『大英博物館ミイラ展』日本特別展示「サッカラ遺跡」の発掘秘話に迫る、河合望教授に訊く特別展の見どころ解説第3弾
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河合望教授 撮影=黒田奈保子
2月から始まった『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』。5月8日(日)の会期終了までついに1ヶ月を切った。神戸市立博物館にて開催中で、その人気からゴールデンウィークの開館時間延長が発表された同展では、6体のミイラとともに、古代エジプトで生きた人々の素顔を明らかにしている。SPICE編集部ではこれまでにも、初心者でもわかる「ミイラの謎」や1体ずつ深堀した内容を、同展の日本側監修を務めた河合望教授へのインタビューなどをもとに紹介してきた。6体のミイラについて詳しく知りたい人は、記事下のリンクからぜひ読んでいただきたい。今回はさらに「どのように発掘するのか」まで掘り下げ、日本独自の特別展示として注目を集める「サッカラ遺跡の実寸大模型」について、詳しく紹介したい。
カタコンベの内部 (c)North Saqqara Project
エジプトの首都、カイロの南方に位置する場所にある「サッカラ遺跡」。ここは同展の日本側監修を務める、金沢大学の河合望教授を隊長とする日本エジプト合同・北サッカラ調査隊によって2019年に発見された。遺跡は紀元後1~2世紀、ローマ支配時代の「カタコンベ」と呼ばれる地下集団墓地で、未盗掘のままの数十体のミイラを含む遺体がほぼ手つかずの状態で埋葬されていた。ほかにも石碑や女神像なども出土し、今後の研究の進展が期待されている。同展では現在も調査が続く遺跡の内部の様子を実寸大模型として再現。現在のエジプト考古学における最前線の事例として紹介している。
古代文明の遺跡を発掘……。歴史ロマンを感じる響きだが、そもそも遺跡はどうやって見つけるのか。外国での発掘調査はどのように進められるのか。河合教授に気になる疑問をぶつけてみた。
ツタンカーメン王の乳母、マヤの墓の浮き彫り (c)Nozomu Kawai
――『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』では日本だけの特別展示として、教授が隊長を務める日本エジプト合同・北サッカラ調査隊が発見した「サッカラ遺跡」のカタコンベの実寸大模型が展示されています。エジプトは日本の2.7倍の面積もある広い国、どうやって発見にこぎ着けたのでしょうか? 「ここ掘ってみようかな」なんて、気軽に見つかるものではないですよね。
僕は元々はツタンカーメン王などの新王国時代を専門に研究をしていて、今回のサッカラ遺跡で見つかったローマ支配時代の遺跡やミイラを見つけようとしていたわけではないんです。実は、今回我々が発掘をした場所から数百メートル南に行った先に、我々の現場と同じような岩盤、斜面があり、そこにある横穴式の岩窟墓からはツタンカーメンの乳母の墓や、ラメセス2世の時代の外交官の墓、ツタンカーメン王の父であるアクエンアテン王の時代の宰相の墓が並んで発見されています。同じ標高、お墓が掘りやすい質の良い石灰岩の岩盤や斜面、条件が似ている場所でお墓がありそうなところを狙っていました。
――いろんな要素が重なって「ここにあるのかも」と、発掘していくんですね。
すでにヨーロッパの研究者が、新王国時代の役人の墓があるのではないかと推理していたのですが、誰も調査していなくて。斜面だから掘りにくいというのもありました。遺跡周辺は何メートルも砂が堆積しているし、斜面だから他の遺跡の廃土などが重なってしまって、より一層埋もれた状態でした。ローマ支配時代となるともう2000年以上も昔。その時からずっと砂に埋もれたままで。
――掘っても掘っても砂が出てくる。想像するだけで大変そうです。
しかも、今回発掘した遺跡のすぐ横には、さらにもっと古い古王国時代の墓が顔をのぞかせています。
――もう他の墓が見つかっているんですか!?
そうなんです。私がエジプトを離れている間は埋め戻していますが、あの辺りは団地のようにお墓が並んでいるんです。
サッカラ遺跡、カタコンベ前での発掘調査 (c)North Saqqara Project
――お墓の団地ですか(笑)。王家の谷と呼ばれる岩山の谷にも王様の墓が集中する岩窟墓群がありますが、「サッカラ遺跡」周辺にもたくさんの数のお墓が並んでいるんですね。
1~2kmほど続いてお墓が並んでいますよ。いろんな時代が交錯しているのですが、みんな良い地盤の場所にお墓を作りたかったのでしょうね。
――発掘をする前の準備というのはどうやって段取りしていくのでしょうか。金沢からエジプト、そう何回も気軽に行ける場所ではないですよね。
発掘前には踏査の事前調査をして、最終的にいくつかの地点に絞り込みます。ほかにも良さげな場所はありましたが、一番はセキュリティの問題。2011年にエジプト革命があり、それ以降は遺跡周辺や街中では治安が不安定な状態になりました。革命当時は一般市民の警護や安全確保を優先するため、遺跡調査のために警備をしてくれる警察官がいなくなってしまって、その間にいろんな場所で盗掘があったのです。
――今の時代にも盗掘はあるのですね。
お金になるものが得られますからね。何千点もの貴重なものが盗掘され、エジプトからヨーロッパなどに密輸されてしまいました。遺跡の発掘中もセキュリティなどの安全面が保証できないという難しい状況で。でも、いま発掘している場所は遺跡の対面に警察署があるので、いつもそこから見守ってくれています。
――遺跡の前に警察署があるのですか!? 今回の遺跡の実寸大模型を見ても、砂漠のなかでの発掘は大変だなとは思いましたが、まさか後ろを振り向けば警察署があるとは……。
写真や映像には写っていないですからね(笑)。発掘調査は安全面も考慮して行われています。
――今回の発掘ではローマ支配時代の遺跡を発見されましたが、年数などの時代はどのタイミングでわかるものなのでしょうか。
お墓を開ける以前に周辺に散らばっている土器などから時代はわかりますね。ほかにも、装飾品やミイラを包む包帯の編み方からも、いつの時代なのか見当がつきます。
ミイラの調査 (c)North Saqqara Project
――「サッカラ遺跡」はまだまだ発掘途中とのことですが、現在はどれくらい調査が進んでいるのでしょうか。
2019年に発見した時には、まだ中を確認した程度なのです。ナショナルジオグラフィックの撮影チームが調査に同行していて、発見当時の中の様子を撮影していますが、それが9月末頃。私自身は大学の授業もあったので日本に帰国しなければならず、現場はすべて封鎖し鉄扉をつけて撤収しました。
――盗掘の心配もあるとのことだったので、扉も頑丈そうですね。
貴重なものが発見されていますからね。実は撤収する際も大変なのです。現場で雇っている村の人たちも誰でも入れるものではなく、信頼できる親方など数人だけに絞るようにしています。
――2019年以降はコロナ禍の影響もあり、エジプトでの発掘調査はストップしたままとのことですが、あとどれくらいで発掘調査が終わるのでしょうか?
調査は全部掘り終わるまでは計画できません。まだまだ埋もれているものも多く、先が見えていない状態。実寸大模型で見えている部分のさらに奥に竪穴があることもわかっていますが、まだそこには入れていません。
――今はまだドアを開けて、少し顔をのぞいてみた程度なのですね。
そうです。奥の方は天井部分からの落石があったりするので、調査中に事故が起こると大変です。次にエジプトで調査する際は天井に鉄骨などで補強する土木工事をし、安全を確保してから次に進む予定です。
――今回発掘された遺跡はローマ支配時代。同展で展示しているミイラと同じ時代のものとなると?
「ハワラの子ども」、「グレコ・ローマン時代の若い男性」のミイラですね。
――これからの発掘調査で、今回の展示と似たミイラなどが見つかる可能性もありますか?
地域の違いがあるので、まだわからないものが多いですね。現状で見つかっている棺などは地味なものですが、「グレコ・ローマン時代の若い男性」のミイラが入っていた箱型の木棺に近いものがあるかなと。調査はまだまだこれからです。
遺跡は砂に埋もれているので、発掘は砂を掘り起こすように上のほうから掘っていくのですが、最初に入り口部分にある石碑が遠くから見えました。これは何か重要なものがあるに違いないと、かなりエキサイトしましたね。
カタコンベの入口 (c)North Saqqara Project
――実寸大模型にもある石碑のことですか?
それです。実寸大模型は入口など全景を見ることができますが、実際は扉の上の部分から掘っているのです。
――私たちは遺跡の全景や、発掘されて修復された貴重な至宝を見るだけ。どこにミイラがいて、どこに石碑や像、装飾品が埋もれていたのか。実際に現地に足を運ばないと知ることが出来ない情報ですね。
どれも砂のなかから見つけたものばかりなので、今回の実寸大模型を見て、どうやって発掘されているのかを知ると、展示をより興味深く見ることができると思いますよ。
――実際にエジプトに足を運んだり、考古学に興味を持つ子どももいるかもしれないですね。「サッカラ遺跡」は現在調査中ですが、周辺の遺跡などは一般の人も立ち寄ることはできるのでしょうか?
ここは、ユネスコの世界遺産に認定されているエリアで、バッファゾーンと呼ばれる文化遺産の保護を目的としている緩衝地帯になっています。私的利用や開発規制などが設けられているので、簡単には入ることができない場所になっています。警察もいるし、勝手に歩くだけで逮捕されちゃうんですよ。
――それだけ貴重な遺跡が多く発見される。エジプト考古学を研究する人であれば、誰もが調査したがる場所なんでしょうね。
エジプト政府に申請して許可をもらわないと発掘調査はできませんが、みんなここには何かがあるに違いないと考えていますね。でも実践しようとなると色々な審査があるんです。過去にはドイツやフランス、イギリス、アメリカなどが次々に調査し、発掘したものはエジプトと折半し、残りは自国へ持ち帰っていたんです。同じ遺跡で発見されたものでも、片方はメトロポリタン美術館、もう片方はカイロ博物館にあることもあったり。それが1970年代に法が変わり、発掘したものも自国に持ち帰ることもできなくなりましたし。
エジプトの神々が描かれた石碑 (c)North Saqqara Project
――大英博物館に数多くの至宝があるのも、そういった時代背景があるからなのですね。先生が発掘調査している「サッカラ遺跡」では興味深い発見はありましたか?
実寸大模型でも展示しているテラコッタ製の像やステラ(石碑)ですね。エジプトの文化とギリシャやローマの文化の融合。異国文化交流、接触がわかるのが面白いところです。いま東京で開催されている特別展『ポンペイ』にもリンクしているのですが、紀元後1世紀くらいの時代はローマ帝国がエジプトを支配していた頃。青い顔料、エジプシャン・ブルーなどはエジプトからポンペイへ輸入され、ポンペイにはイシス神殿といったエジプトの女神を崇拝していた神殿もあったんです。まだ当時はキリスト教はローマ帝国の国教ではなく、エジプトの宗教がヨーロッパにも広まっていた時代でした。
――そういった時代の繋がりから世界の歴史を知るのも面白いですね。今回の『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』にもローマ支配時代のミイラが展示されています。この時代のミイラが展示されることもすごく貴重なんですよね。
ローマからの支配を受け、ミイラ作りにも大きな影響が出ています。装飾品のなかには、コブラが巻き付いたブレスレットなどの装身具が展示されていますが、ネックレスに使用しているエメラルドは古代ローマや古代ギリシャで崇拝されてきた宝石。他国の文化の影響を受けていた証拠でもあります。古代エジプト文明が周辺の国に影響を受けて、どのように変容していったか。そういった点に注目するのも面白いですよ。
――展示の最後のほうにはミイラマスクが展示されています。そこに描かれている肖像画も衝撃でした。
西洋画の起源を感じるような描写ですよね。
――表情もすごくリアルで、「こういう人いる!」と思うくらいです。エジプト人というよりもギリシャやローマの血を感じる骨格をしていますよね。
映画『テルマエ・ロマエ』に出演された俳優の阿部寛さんのような、濃い顔をしていますよね(笑)。
河合望教授 撮影=黒田奈保子
――古代エジプト文明にまつわる展示で、こういったヨーロッパの雰囲気を感じたことはなかったので驚きました。
確かに、新しい時代といっても、せいぜいクレオパトラがいたプトレマイオス朝時代くらいでしたね。
――古代エジプト人の顔を知るには、横顔で表現した絵ぐらいでしかなくて。正面、しかも立体的なマスクも展示されていましたね。
エジプトといえば、みんなそろって「横から見ました!」という描き方ですからね(笑)。正面から見た肖像画など、ギリシャやローマからの影響を受けた古代エジプト文明の進化も楽しんでほしいですね。特別展『ポンペイ』でも、古代エジプト文明の影響を感じる展示がいくつもあるんですよ。
――歴史の奥深さを知ることができそうですね。今回の『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』では図録の解説などにも河合教授が携わってらっしゃいますよね。写真の掲載点数もボリューム豊かで読み応えがありました。
翻訳、解説なども多く手掛けています。カバンに入りやすいサイズなので、読みやすいんですよ。これを読んでから展示を観たり、1度と言わず2度、3度と足を運んでほしいですね。ロンドンの大英博物館に行っても、この展示はもう2度と見られないですからね。貴重な展示をぜひ楽しんでください。
取材・文・撮影=黒田奈保子
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イベント情報
会場:神戸市立博物館
会期:2022年2月5日(土)~5月8日(日)81日間
開館時間:
ゴールデンウィーク中、開館時間拡大!
主催:神戸市立博物館、大英博物館、朝日新聞社、関西テレビ放送
後援:神戸市教育委員会、Kiss FM KOBE
協賛:鹿島建設、DNP大日本印刷、三菱商事、公益財団法人 日本教育公務員弘済会 兵庫支部
協力:日本航空
一般 2,000円(1,700円)
大学生 1,000円(900円)
高校生以下無料
※神戸市在住で満65歳以上の方は当日一般料金の半額。(要証明書)
※団体は20名以上。
※障がいのある方は障がい者手帳等の提示で無料。(要証明書)
公式HP:https://daiei-miira.exhibit.jp/