森本隼太&尾城杏奈&亀井聖矢、コンチェルトを語る~リスト・ショパン・ラフマニノフ――名曲揃いの『特級グランド・コンチェルト』大阪にて開催
森本隼太、尾城杏奈、亀井聖矢
2022年5月1日(日)、大阪のザ・シンフォニーホールで『特級グランド・コンチェルト』が開催される。
ピティナ・ピアノコンペティションの最高峰である特級部門で注目を集めた尾城杏奈(2020グランプリ)、亀井聖矢(2019グランプリ)、森本隼太(2020銀賞および聴衆賞)の3人が、指揮の藤岡幸夫&関西フィルハーモニー交響楽団とコンチェルトを共演する。コンサートへの思いを3人のピアニストに訊いた。
――それぞれ演奏するコンチェルトについて教えてください。
亀井:僕は、ラフマニノフの《ピアノ協奏曲 第3番》を演奏します。この曲を初めて演奏したのは昨年2021年9月、それから今年1月に弾きました。実は、この1週間後にも弾く予定です。(編集註:取材は3月中旬に行われた)
ラフマニノフのこの作品は、ピアノ・コンチェルトの“王道”です。ずっと弾いてみたいと思っていましたが、想像していた以上に譜読みが大変で、苦労しました。彼の第2番のコンチェルトと似ている部分もありますが、第2番よりも第3番の方が精神的に落ち着いています。とても暗く、メランコリックで……ラフマニノフの音楽の特徴が表われています。長大な作品ですし、構造的にも勉強のし甲斐があります。彼の書法はとても凝っていて難しいのですが、そのすべてに意味がしっかりと感じられ、アンサンブル的にも楽しいですね。とても奥深い作品だと思います。
亀井聖矢
――このコンチェルトは、最初はユニゾンでシンプルな感じですが、いきなり難しくなりますよね(笑)。
亀井:見開き1ページ目は良いんですけれど、楽譜をめくると絶望します(笑)。最初の1~2ページは、今でも正解がわかりません。
――ラフマニノフは、亀井さんにとってどんな作曲家ですか?
亀井:一番好きな作曲家と言っても過言ではありません。非常にエモい……どこをとっても感情があふれ出てくるようなハーモニー、とても息の長い旋律、モチーフの組み合わせや使い方が緻密に構築されていき、息の長いフレーズをピアノで表現するために内声が複雑に書かれています。その内声も、メロディを支えるだけではありません。内声の一つひとつの音程やちょっとしたハーモニーの変化……差し色のようなものが、ラフマニノフの音楽をより奥深いものにしています。細かく揺れ動く感情の波や、それが爆発してあふれ出てくるような、とてもエモーショナルなところもあり、哀愁もさまざまに感じられる。ちょっとした心の変化を逃さないように取り組みたいです。オーケストラと一緒に弾くことで立体感はさらに増すので、それを楽しんでいただければと思います。
尾城:私はショパンの《ピアノ協奏曲 第1番》を演奏します。好きな作曲家は沢山いますが、やはりその中でも一番好きな作曲家は、小さい頃から自然と聴いているショパンです。この曲を初めて演奏したのは高校1年生の時で、当時は弦楽四重奏との共演でした。ですから(この曲は)まだオーケストラとは共演したことがありません。その時は、ひと月も時間をかけずに一気に譜読みをして本番に臨んだので、深く勉強できませんでしたが、今回はこの作品の魅力を伝えられるように演奏したいと思っています。
尾城杏奈
――この曲のどんなところがお好きですか。
尾城:メロディの美しさはもちろんですが、何度弾いても新たな発見があり、特に内声に心をつかまれることが多く、そこにショパンの魅力のようなものを感じます。
第1楽章には情熱的なところもあります。すべてのメロディが本当に美しくて、心惹かれます。ショパンがこの協奏曲を演奏したのは、ワルシャワからウィーンへ行く前の告別演奏会でした。オーケストラの長い前奏には、ショパンの祖国への思いや、これから羽ばたいていこうという気持ちが強く感じられますね。第2楽章はとてもロマンティックで、大好きです。どこか懐かしさを感じさせ、思い出に浸るような気持ちになれます。第3楽章には、ポーランドの民族的な要素に満ちています。それから、ショパンの音楽の技巧的な華やかさや軽快さ、煌びやかで優雅な気品も感じられます。
森本:僕が演奏するのはリスト《ピアノ協奏曲第1番》です。中学3年生だった2019年、ヴァン・クライバーン・ジュニア・コンクールのために勉強しました。この曲は4楽章構成のコンチェルトですが、交響詩のような、4つの楽章がつながってひとつの大きな作品をなしているような感じで一貫性があり、表情豊かな音楽だと思います。
――森本さんにとってリストという作曲家は?
森本:第一印象は、やはりヴィルトゥオーゾですね。いつも光り輝くような作曲家だなと思っています。
行進のようなところと、第2楽章のレチタティーヴォ……歌手が歌うような部分など、このコンチェルトのいろいろな性格を表現したいと思っています。この曲でもう一つ重要なのは、オーケストラとの掛け合いだと思います。僕が中学時代に弾いた時は、自分のことだけ考えて突っ走っていましたが、今回はそういう風には弾けませんね。オーケストラと掛け合ったり、オーケストラとピアノ・パートの対比だったりを、会話のように表情の掛け合いとしてうまく捉えていきたいです。
森本隼太
そういえば、この曲が発表されたとき、第3楽章の初めに出てくるトライアングルのことを皮肉られたそうですよ。
――2019年夏のワルシャワの音楽祭で、森本さんが憧れているアルゲリッチさんがこの曲を演奏するのを聴きました。トライアングルの人が通常よりも前方で演奏していたのですが、それは彼女のリクエストだったそうです。森本さんは当日、どうしますか?
森本:僕の横に来ていただいても良いですけれど……わからないです(笑)。
――それぞれのコンチェルトを勉強するときに参考にしたピアニストはいますか?
森本:僕はアルゲリッチの演奏が好きでした。幼い頃からアルゲリッチには特別な憧れがありました。1曲を通して、第3楽章、第4楽章といかに最後に向けて、エネルギーや情熱を組み立てていくかを考えていました。
亀井:僕は、勉強する時には若手ピアニストの演奏を聴くことが多いです。この曲では、チャイコフスキー国際コンクールで演奏するチョ・ソンジンだったかもしれません。コンクールに向けて仕上げているため、いろいろと考え込まれている。そういう意味で、自分が弾く際の研究材料として若手の演奏を聴きます。もちろん巨匠の演奏も好きですから、自分のやりたいことが仕上がってきたら、個性的な演奏もいろいろ聴きます。自分が好んで聴くということでは、ブロンフマンの演奏です。
尾城:ショパンに関しては昔からよくアシュケナージの演奏を聴いていました。彼の演奏するショパンのCDを全部買いましたし、彼のスクリャービン演奏も好きです。そのCDは、今回の勉強のために聴いたわけではないのですが、歌い過ぎず、ナチュラルなショパンの形式とショパンの素性などのバランスがとても良いと思っています。
今回共演する関西フィルハーモニー管弦楽団(第7回親子定期演奏会より (C)s.yamamoto)
指揮は藤岡幸夫 (C)SHIN YAMAGISHI
――お互いの印象をお聞かせください。
森本:おふたりともやさしくて、僕はいつも尊敬しています。亀井くんとは、コンクールでも一緒になるなど以前から知っていて、努力家で素晴らしいと思っています。亀井くんの「こうしたい」という意思の強さやその鋭さに魅力を感じます。
亀井:光栄です!
森本:尾城さんも何度かお会いしています。ナチュラルな演奏やアシュケナージが好きとおっしゃいましたけれど、そういう音楽のテイストを以前から感じていて、音楽を自然に捉えているところが魅力のひとつだと思っています。
亀井:森本くんの演奏は僕の好きなタイプで、会場を巻き込む力や、彼のタッチに意思を感じる……鍵盤に吸い寄せられるような森本くんのタッチが僕はとても好きです。喋っていても、ツンとした感じがなく、どんな現場であっても一緒にいると楽しいですね。自分より年下で、さらに驚異的な才能を持っていると、自分的には悔しい感情を抱いてしまいそうなものですが、全然そんなことはないですね。
2020年特級の様子
尾城さんにも何回かお会いしています。ふわっとしていて、ちょっと天然な感じ(笑)。演奏も純粋で、自分の嫌な主張やひねくれた感じがまったくなく、お人柄も演奏に表われていると思います。歌い方なども入っていきやすい……まさにショパンの若い頃の作品なんて、とても合っているのではないかなと感じます。
尾城:私は、亀井くんと森本くんとは少し年齢が離れているのですが、お二人とも神童だというお噂を聞いて知っていました。強烈な個性で、才能あふれた素晴らしいピアニストです。私も、お二人から刺激をもらって頑張ろうと思えます。
亀井さんの演奏は、いつも完成度が高く、表現力も圧倒的でピアノの音色の美しい印象を持っています。作曲を勉強されていることもあると思いますが、解釈について奥深いアプローチで……本当に素晴らしいと思います。森本くんは、音楽のエネルギーに満ちあふれ、いつも楽しそうに弾いていて、聴いているお客さまも、すごくパワーをもらえますよね。お二人とも博識で好奇心旺盛で、ふつうにお話している時もとても楽しいです。
――今回はコンチェルトの演奏会ということで、みなさんの人生初のコンチェルト体験を教えてください。
森本:たぶん11歳だったと思います。モーツァルト《ピアノ協奏曲第23番》の第3楽章を演奏したのが、オーケストラとの出会いです。オーケストラとの共演は、プロのピアニストでなければできないことだと思っていたから、初めてオーケストラのみなさんが練習しているところへ向かうとき、その音を聴くだけで、「これからオーケストラと一緒に弾くんだ!」と感じたことを、いまでも忘れません。実際に弾いてみて、指揮者を通じて同じ方向性を何十人もの演奏家と共有できる幸せを感じました。
亀井:僕が最初に弾いたのは、ピティナ・ピアノコンペティションでグランプリを取ったとき。人生のなかで最も重要で大きな舞台だったと思います。コンチェルトを弾くのはプロのピアニストになってからという印象があったので、この先オーケストラと共演する機会なんて、もうないかもしれないと思っていました。サントリーホールで大好きなコンチェルトの作品をオーケストラと弾ける喜びがありつつも、コンクールですのでとても緊張しました。でも、本番の30分ほど前になって、「この機会を楽しめなかったらもったいない」と思えるようになりました。
2019年特級の様子
本番は、オーケストラと共演できる喜びや、今までの練習などで経験したことのないような高揚感、オーケストラの迫力、そして音楽を創り上げていく感覚がとても楽しくて。最高の音楽を出し切ろう!と、その音楽にどっぷりと入り込んで、それがお客さまに伝わり、会場が一体となって熱も高まっていくのを感じられた体験は衝撃的でしたし、本番後に感情が高ぶって涙があふれ出した体験も初めてでした。
尾城:私は高校1年生の夏休みに、ショパンの《ピアノ協奏曲第2番》をオーケストラと共演しました。ポーランドの講習会でのお披露目コンサートのような演奏会で、教会で演奏しました。オーケストラとコンチェルトを弾く時、コンクールの場合、前日あるいは直前に打ち合わせをする感じですが、講習会でしたので10日間ほどかけて何度もオーケストラと指揮者と一緒に、ピアノの先生のレッスンを受けました。とても良い体験でした。
ただ、教会でのオーケストラの演奏は、音が響きすぎていて、とても怖くなりました。でも、初めてのコンチェルト、しかもコンサートでしたので、楽しんでオーケストラの方と一緒に音楽を創り上げることに集中して取り組みました。
2020年特級の様子
――最後に、コンサートへかける思いをお聞かせください。
尾城:ザ・シンフォニーホールで演奏するのは初めてですが、以前に映像で見た時、舞台とお客さまとの距離が近くて一体感が生まれそうな……そのような素晴らしいホールで、自分が大好きな作曲家であるショパンを、オーケストラと演奏させていただけるのでとても楽しみにしています。オーケストラとピアノが響き合う瞬間をお客さまと分かち合い、みなさまの心に届くような演奏をしたいと思います。
亀井:僕がもしも聴く立場でしたら、このプログラムは絶対に聴きたいと思いますよね。それぞれの個性も見えるようなプログラムだと思います。森本くんと尾城さんの演奏も素晴らしく、三者三様……とても興味深いコンサートになると思います。僕もこのホールでの演奏は初めてなので、楽しんで弾きたいです。
森本:僕たちのまったく違う音楽的な個性を、楽しんでいただければと思います。僕は京都育ちですが、いまはイタリアにいます。ここで勉強していることを全力で、これまで憧れてきたザ・シンフォニーホールでの演奏に向けて全力で取り組んでいきます。
取材・文=道下京子
公演情報
会場:ザ・シンフォニーホール(大阪府)
森本隼太(ピアノ)
尾城杏奈(ピアノ)
亀井聖矢(ピアノ)
藤岡幸夫(指揮)
関西フィルハーモニー管弦楽団
リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 S.124/R.455
ピアノ:森本隼太
ピアノ:尾城杏奈
ピアノ:亀井聖矢