鄭義信&ウエンツ瑛士が語る~ブレヒト&ヴァイルの傑作が関西弁で炸裂する『てなもんや三文オペラ』
(左から)鄭義信、ウエンツ瑛士
ベルトルト・ブレヒトの傑作音楽劇『三文オペラ』が、鄭義信の手により、クルト・ヴァイルの名曲に乗って関西弁が炸裂する『てなもんや三文オペラ』として登場する。舞台を1950年代の大阪に置き換え、大阪砲兵工廠の跡地にたくましく生きる「アパッチ族(鉄屑窃盗団)」の生き様を描く。作・演出の鄭義信と、主人公であるアパッチ族の親分マック(生田斗真)の恋人ポール役を演じるウエンツ瑛士が、舞台への意気込みを語った。
ーー『三文オペラ』を「アパッチ族」の物語として読み替えるという作品の構想はどこから来たものなのでしょうか。
鄭:梁石日さんの小説「夜を賭けて」の影響を受けています。梁さん自身、かつてアパッチ族の一員だったんですね。それから、「猪飼野詩集」を書かれた詩人の金時鐘さんがアパッチ族の族長みたいなことをやっていらして、その方からアパッチ族の話をお聞きしたこともあって、いつかこの話をやってみたいなと思っていたんです。それで、『三文オペラ』をやるとなったときに、アパッチ族のことを思い出して。その当時の、生きることの貪欲さ、生と死、川に落ちたり電車にひかれたりする人もいる状況の中でも屑鉄を拾って生きているというのが、『三文オペラ』の盗賊団の人たちの生き方とちょっと似通っているかなと思って。生きることの貪欲さ、そのパワー、エネルギーというものを作品に出せればいいなと、今回、1950年代の大阪の話にしてみました。
ウエンツ:最初に台本を読んだとき、『三文オペラ』がこのように進化したというところにすごく驚きがありましたし、それと共に、本当に単純に、すごいなという喜びがあって。あとは、鄭さんの書かれた言葉一つひとつにものすごくエネルギーがあるなと感じたので、すごくエネルギーが必要な作品になるだろうなと思いました。
ーーお稽古はいかが進行中ですか。
鄭:5月に始まりました。歌稽古はその前からやっていましたが、本読みを開始して、2週間くらいで立ち稽古が半分くらいまで進みましたね。本当に時間がなくて。というのは、クルト・ヴァイルの難曲があり、ダンスがあり、殺陣がありといった感じなので、やらなくてはいけないことが満載なんです。関西弁もしゃべらなくてはいけないし、ウエンツも本当に大変だと思いますね。
鄭義信
ウエンツ:鄭さんが、「今日はこれくらいにしといたる」っておっしゃるんですけど、単純に、時間がなくてこれくらいで終わらなくちゃいけないときもあるんだろうなと思って。
鄭:(笑)。
ウエンツ:もちろん関西弁とか歌の難しさもあるんですけれど、やっぱり、言葉一つひとつを大事にされるという鄭さんの思いがビシビシ伝わってくるので。キャラクターとしてどうあるかということももちろんあるんですが、PARCO劇場公演を経て、旅公演もあるので、一つひとつの言葉が客席に届くようにということを意識しながら稽古しています。
ーーキャスティングについておうかがいできますか。
鄭:生田(斗真)くんは、もともとの性格がスパッとしていて男っぽいので、マックという、男からも女からも愛される“人たらし”の人物としてはとても合うなと。その恋人を誰にしようか、いろいろな人が浮上したんですが、最終的にウエンツがいいんじゃないかと。そして、とても素敵な人たちが集結してくれたと思っています。(福田)転球さんはもともと大阪芸術大学のミュージカルコースを出ていらっしゃるんですよね。(渡辺)いっけいさんはミュージカル、初めての経験だったり。上手に歌い上げる人じゃなくて、ゴツゴツでもいいからすごくエネルギーと思いをもって歌ってくれる人が、アンサンブル的な人たちも含めて、今回集まってくれたなと思っています。
ウエンツ:僕は斗真とそもそも小学校のときからの縁なので、恋人役と聞いて驚きがありました。初めて斗真と一緒にお芝居がやれる、どんな感じだろうと思っていたら、恋人だ、と(笑)。どんな役であろうと斗真と一緒にできることがうれしいですし、斗真の人柄も昔からよく知っているので、自然と好きになってしまうようなマックを彼が演じることはもう明白だったので、斗真のマックをどう好きになろうかなって、楽しみで。
ーーシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を戦後の関西に置き換えた『泣くロミオと怒るジュリエット』はオール・メール・キャストでの上演でしたが、今回は、原作のヒロインの一人ポリーをポールと男性に置き換え、ウエンツさんを配しています。
鄭:最初はこの作品もオール・メール・キャストにしようかなとも思ったんですが、マックという人が男も女も魅了するという意味で、ポリーが男性であってもいいんじゃないかなと。ルーシーの設定を考えると、ルーシーは女性の方がいい、そして愉快なあっちゃん(平田敦子)をキャスティングしました。原作ではポリーとルーシー、女性同士の戦いですが、男性と女性がマックをめぐって戦っていてもとてもおもしろいんじゃないかなと思って。実際やってみるととてもおもしろいことになっているので、観てのお楽しみということで。誰だってそういう具合に愛に落ちてしまうということを描きたいというか、原作より愛と希望のある作品にしたいなと思っています。
ウエンツ:ポールがマックのどこを好きになって、マックがポールのどこを好きになったか、こないだ斗真と話そうねという話になって、でもまだ話せていないんです。飲みに行ったりする機会があればそういうことも話したりできるんでしょうけど……。ルーシーのあっちゃんさんも、「私のことあの人はなんで抱いたんだろう。でも聞く時間ないんだよね」って言ってました(笑)。このコロナ禍における「飲み会に行けない問題」ですが、それがマイナスかどうかはまだわからないですよね。そういう思いを内に秘めて、逆に演技がふくらんでいるということもあると思うので。ただ、斗真の演じるマックには、僕から見ていても、誰からも愛されるというか、性別関係なくついて行きたくなる魅力があるので。ポールについて、境遇含めいろいろ考えたんです。そもそも愛されるということがあまりなかったんだろうなと思ったし、結婚できるということが、時代背景も含めて一瞬も思い描くことができなかったかもしれない、そんな夢のようなことがポールに起きている、その思いが大事だなと思って。彼は、小さいころから自分の気持ちを周りにはっきり言えないようなところがあったと思いますし、マックの周りにいる人たちにはエネルギーにあふれていると思うので、そんなエネルギーも飲み込んでくれる人たちの中に入れたという喜びを感じながら、他の人たちとの関係性も大事に役を作っていきたいなと思っています。
(左から)鄭義信、ウエンツ瑛士
ーージェニーは福井晶一さんが演じられますが、女方で演じられるのでしょうか、それとも男娼ということになるのでしょうか。
鄭:ジェニーに関しては、女性としてやってくださいと福井さんにお願いしていて。あそこの売春宿にいる人たちに関しては全員女性でやってくださいということにしています。福井さんが思った以上に色っぽいので、女装して歌い出したらとてもゴージャスな感じになるんじゃないかなと思っています。男性が演じているということで男娼に見えるかもしれませんし、それはそれでいいと思っていて。いろいろな愛の形があると思っているので、そこは観る方にお任せしたいなと。福井さんは歌唱力と演技力がすばらしいので、今までにない形の、福井さんとしてのとても素敵なジェニーを演じてくれるだろうなと思っています。今回、キーも含め、曲のアレンジもかなり大胆に変えてもらっていて、とても楽しい、ワクワクするような曲が多くなっています。
ーークルト・ヴァイルの曲を関西弁で歌う難しさ、おもしろさは?
ウエンツ:難しいことだらけですね(笑)。そもそも、訳詞となると、音のはまりとか、難しいことがいろいろあるんですが、僕は逆に、関西弁の方が英語詞のイントネーションに近い感じというか、そんな印象を受けました。曲だけではなく、セリフにおいても、初めて関西弁に接していますが、そんな感じがとても楽しいなと思います。
ーーロンドンへの留学経験は、この作品を含め、今の活動にどう影響を及ぼしていますか。
ウエンツ:レギュラー番組もあった中で、それを一回ストップしてロンドンに行くというチャレンジをした、そのことで、帰ってきてから周りにいる人、出会う人がまったく変わりました。変わったのか、それまで自分が見えていなかったのか、わかりませんが。一緒に過ごす人がまったく変わったので、ロンドンに行っていなければこの作品に出会うこともなかったし、声をかけていただくこともなかった、だからそれが一番大きな違いだと思います。ロンドンに行って、いろいろな意味で気持ちが楽になったことがたくさんあったので、お芝居もそうですし、仕事自体を楽しみながら突きつめていくということがいい影響を生んでくれればいいなと思っています。少しでも地に足の着いたお芝居ができればいいなと。
ウエンツ瑛士
ーーウエンツさんへの期待、そして鄭さん演出についておうかがいできればと思います。
鄭:ウエンツの持っているよさみたいなものが出てくればと思っています。実際、かわいらしいポール像になっているので、彼のよさが出てくればいいなと。割とくだらない実験をしているのですが、そんなことも進んでやってくれるし、他にもくだらないギャグとかをいっぱい入れていて、でも一生懸命やってくれて、申し訳ないなと思いつつ、一緒に楽しんでくれていることに感謝しています。そこも観てのお楽しみになってしまうんですが。ウエンツだけじゃなく斗真にもいろいろなことを要求していて、「馬鹿だな」って言ったら、「それはあなたが要求していることでしょう」って言われました(笑)。
ウエンツ:僕はあっちゃんさんと一緒にいるシーンが多いんですが、空いている時間に、「鄭さんがくだらないこと要求してくるから気をつけるように」と言われていて、だから割と身構えている状況ではあります(笑)。本当に素敵だなと思うのは、やはり言葉を大切にされている方だということ。僕はバラエティ番組に出ているときも言葉を使って遊ぶということもあるんですが、もともと自分でちょっとコンプレックスになっているような、テンションが上がったときに決まったリズムになってしまったりとか、感情が入ってしまったりするなという意識が自分の中にあるのが、今回、そこにある言葉自体をどのようにお客様に届けるかということをお芝居の中でやっていて。テレビだとマイクが拾ってくれたり、編集で文字が出たりということがありますが、舞台ならではの部分、劇場で、生で目の前にいる方に伝えるということをすごく勉強させてもらっているので、感謝しています。
ーーコロナや戦争等で気が沈む状況ではありますが、この作品を通じてどのような時間を届けたいと考えていらっしゃいますか。
鄭:この作品にも戦争というものが深く影を落としているので。僕たちのささやかな日常、今平和だと思っていることは本当はすごくもろく危ういものの上に成り立っているということ、でも、平和や愛や希望というものが生きていく上で本当に大切であるということ。そんな大上段に構えているわけではないですが、何か、観ているお客様と、そんな思いをヴィヴィッドに共有できたらなと。コロナで人間同士の交流が少なくなった今だからこそ、思いを共有しつつ、そんなこともちょっと考えられる舞台にしたいなと思っています。
ウエンツ:僕が演じるポールは、両親といろいろと意見が相容れないところがあるんですが、改めて、相容れない人たちと意見を交わすということがこんなにも大事なんだなと思いますね。そこにすごく愛情を感じたりして。今の時代、そもそも人となかなか交流しづらい中、割といろいろなことをとっかえひっかえできるというか、友達でも、気が合わなかったら次の人とか、マッチングアプリを使えばいくらでも好みの人と出会えるし、相手をすぐ切ることもできる。ポールは、親と意見が合わなかったり、ルーシーとも最初は気が合わなかったりしますが、出会ったことに理由があるし、出会った人とのコミュニケーションってこんなにも大事なんだなと演じていて感じているので、そんなことも観ていてちょっとでも感じていただけたらいいなと。今回共演する方々のお芝居をお稽古場で見ていて、すごいなあと思うんですね。そんなこと言っていちゃいけないんですが(笑)。稽古が終わった後に、いっけいさんや転球さんとお話しして、何か言葉をいただいて、その次の日、自分はその言葉をきっかけにこんな風にしてみたりこんな風に思うことができましたなんて言うと、「そんなこと言ったっけ?」みたいに言われる、それがテンプレのようなかっこよさなんですよ。それ自体が『てなもんや三文オペラ』かのような。そんな言葉をくださる方たちばかりなので、とても幸せです。
(左から)鄭義信、ウエンツ瑛士
ーーウエンツさんの役者としての魅力、鄭さんの演出の魅力を教えてください。
鄭:ウエンツってすごく日本的なんだよね。考え方がとても日本人的というか、どちらかというと失われてしまった日本人の礼儀正しさをもっていて、びっくりするときがあって。そこはきっと、いろいろなことを考えつつ生きてきたからなんだろうなと。僕も在日外国人ですから、そのあたり感じるところがある。ウエンツもロンドンに留学したりして、いろいろなことを同じように思っているんじゃないかなと。だから、こちらの言っていることを心情的にすごくよくわかってくれる。日本人のツーカーというか、言葉では言えないけどこういう感じのものなんだよって言ったときに、そのことを理解してくれる俳優ってとてもいい俳優だと思っているんですが、そのあたりもとてもフレキシブルにやってくれて、これからウエンツはいろいろなことを吸収して大きくなっていくんだろうなと思っています。
ウエンツ:鄭さんの演出には、真実をえぐり出すという印象が僕はありますね。ともすればお芝居なので、見せる部分もあるし、ただただリアルなことをやっていくだけではお客様が楽しめない部分もある、でも、リアルじゃないと動かない部分もあると思うんですが、その融合がすごいなと。見せながら、そこに真実があるという演出ですよね。今回、役者さんも素敵な方ばかりなので、皆さんの力もすごいなと思って見ているんですが。舞台上で起こることが真実だし、それがおもしろい、くだらないことをやっていたとしてもそこに必ず真実がある、真実をえぐり出す。だから、くだらないことでも笑えるし、そこに涙してしまう。それには、気持ちもそうですし、技術的に言葉も大事にしないと成り立たないだろうなと思ってやっています。そこが鄭さんの演出の一番の魅力なんだろうなと。
ーーお客様へのメッセージをどうぞ。
鄭:とても単純に、笑ったり泣いたりしていただけるだけでもうれしいですね。コロナでお客様との距離感がすごく遠くなったんで。PARCO劇場という空間はとても親密なので、すぐそばに人がいる、いろいろなことを思い、いろいろなことを感じて生きている人たちがすぐそこにいる、そんな人たちと時間を過ごせるという喜びを、役者とお客様が共有できるような舞台になればいいなと思っています。
ウエンツ:お芝居を楽しんで観ていただける環境が少しずつ整ってきて、そんな中で上演させていただけること、お客様に来ていただけることがうれしいなという気持ちです。役者としては、とにかくエネルギーをしっかり受け取ってもらえるように。コロナで役者側もいろいろ大変なことがありますが、しっかりエネルギーを蓄えて、それを受け取ってもらえるよう出していって、笑って楽しんで帰っていただく、そんな循環ができればと思っています。
(左から)鄭義信、ウエンツ瑛士
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=池上夢貢
公演情報
生田斗真 ウエンツ瑛士 福田転球 福井晶一 平田敦子
www.picnic-net.com
入場料金:13,000円(全席指定・税込) ※未就学児入場不可
お問合せ:キョードーインフォメーション 0570-200-888(11:00~16:00/日祝休業)
会場:新潟テルサ
入場料金:S席12,000円 A席10,000円 B席8,000円(全席指定・税込) ※未就学児入場不可
一般発売日:2022年6月5日(日)
会場:サントミューゼ 上田市交流文化芸術センター 大ホール
入場料金:S席12,000円 A席10,000円 B席8,000円(全席指定・税込) ※未就学児入場不可
一般発売日:2022年6月5日(日)
お問合せ:サンライズプロモーション北陸 025-246-3939