草野華余子『カメレオンの憂鬱』全曲解説インタビュー 「私はきっと、歌っていた方がいいと心から思う」
草野華余子
――では次「Rub-a-dub-dub」。
「ごしごし(洗う)」って意味ですね。
――怒りというか吐き出している草野華余子が出てきた感じの一曲ですけど、韻の踏み方が今の草野華余子っぽいなって思いました。
超歌いにくかったですね。難しい。
――他の曲と比べてもちゃんとしっかり韻を踏んでますしね。
そうですね、これはどちらかというと口で歌った時に気持いいとか、耳で聞いていて気持ちいい歌詞の乗せに着眼が置かれているので、内容はしっかりあるんですけど、内容は二の次でもいいから言葉の響きのいいものを並べていこう、っていうのはありました。
――アルバムとしてバラエティに富んでいるし、流れの中でもインパクトのある曲だなと思いました。
今回は不思議と曲順は悩まなかったですね、湿った感じの情けない男の子の物語の後は、爆ギレしてる女の歌でいいんじゃないかって。
――これはご自身の中ではどういう曲ですか?
明確に何かに対して怒っているっていう訳ではなくて、私は怒ると笑えてきちゃうタイプなんです。そういう怒りを楽しめる曲にしたいというのがあって。最近凄いウザイ言い回しをする人がいて、直接文句言ってきたらいいのに、なんやねんお前! っていう事があったんですよ。そこから陰口を叩いたりする奴に対するイラつきを書こうかなと思ったら、生活に埋もれてた怒りっていうのが無限に出てきたから、全部書いてやるぞみたいな(笑)。ちょっと私のダークサイドというか、ネガティブに捉える部分をどうやったら笑えるかっていう曲ですね。
――自分の中の不平不満を出すだけ出して、後は洗って掃除機で吸って全部捨てちゃいますっていうのは、いいですよね。
最後「もういっそ全部 棄てられたらいいのに」で曲終わるじゃないですか。どうせ捨てられないから、この断捨離を人生終わるまでずっとやっていかなくちゃいけないんだよっていう諦めと決意の曲でもあります。「しゃーないよなぁ、これは!」っていうか。
――なんとなく、昔に比べて怒りに囚われている時間がないというか、人生のプライオリティの高いものがどんどん生まれてるんだろうなっていう印象があります。
言い方あれですけど、くだらないもの、人生で必要ないものを捨てられるようになりましたね、やっぱり時間は限られているし。40代手前に差し掛かって思うのは、本当にやりたい事を本当に関わりたい人と丁寧にやるだけの時間を確保するには、負の感情と付き合っている時間なんてないんですよ。
――やりたくない事もしないと生きていけないんだけど、できればしたくない(笑)。
私わりと潔癖なところがあるので、裏で手回しをしたりとか、政治的な動きとかを嫌っちゃうんです。そういうものに対して、「解せん あっちもこっちも不潔」って歌っている曲ですね。
――では次「ドミノ倒し」。これは前のアルバムからのアコースティックカバーっていう形でいいんですかね。
前回はcadodeというユニットのkoshi君をゲストで呼んだんですけど、女性の声だけで演奏してみた時にどういうものになるのかというところがあって。もう1つ、この曲はアコギで作ったものを打ち込んで、それを土台でアレンジしたっていう形だったので、最初の状態をみんなに聴いて欲しくて。
――アコギで作ったままの形ってことですね。
今までは逆バターンだったんです。アコギのアルバムで人気だったやつをバンドアレンジにしてたんですけど、今回は逆にデモ音源の時の「ドミノ倒し」がどうだったかというのをみなさんに聴いて欲しくて。
――なるほどこういうアレンジかって思いましたね。あらためて楽曲のよさが際立った感じというか。
フルアルバム『Life is like a rolling stone』に収録されているバージョンだと、結構バスドラに引きずってもらって後ろめで歌っているんですけど、アコギだと前へ前へって歌った方がかっこよかったので、結構タイム感的にも前のめりになっていますね。こっちの方が体感早く感じるかもしれない。
――サビの歌い方もちょっと前のめりな感じはしたし、やっぱりこれはギターで作った曲なんだなって。
宇多田ヒカルさんとか、私が普段聴いているビービー・レクサ(アメリカのシンガーソングライター)さんやデュア・リパ(UKの2010年代後半を代表するポップシンガー)さんだったり、彼女達UK、USのシンガーソングライターの女性達がやっているようなアプローチの曲を作るために、アコギを持って作ったっていう感じです。やっぱりアコギで作るから海外のダンスミュージック的なものよりメロウな感じになるんですよ。それをちゃんと届けてみたくて。
――なるほど。
「ドミノ倒し」自体が本当にお気に入りの曲だったので、何年も前からずっと録っていて、カヨコ時代に書いた曲だったので、いつか大事なタイミングで入れたいなと思って何回も書き直して置いていたので、今回は自分の想いで入れました。
――草野華余子っていうフィルターを通すと、自分の好きなものがろ過されると同時に、足されるものもあるんだなと。それを凄く感じる。
そうですね、きっといつまでも歌謡曲をやりたいんですよね、私は。歌謡曲ってメロディが強いから、余計なアレンジが無い。本当にシンプルで音がよくて演者も上手くて。日本の真骨頂の音楽だと思うんです。ちょっと音が進化したとはいえ、根っこは80年代後半から日本の音楽って全く変わってない。
――日本の音楽はガラパゴス化してるって話も聞きますしね。
日本の音楽でずっといいものって何? って話になると、たぶんメロディなんですよ。もちろんリズム解釈が間違っていない前提ですが。それは歌謡曲がもたらしてるものだと思うので、私はそこを体現出来るアーティストになりたいなと思います。
■私は作家業だけではなく、歌っていた方がいいって本当に思う
――そして最後は「Room305」。
これは2016年か2017年ぐらいに、上京前に大阪から引っ越す時に書いて、配信はしてないんですけどリリースした事がある曲なんです。今回その時の出来なかった表現のリベンジをしたくて。
――そうだったんですね。
今回のアルバムのテーマが「憂鬱」だったり「失いそうなもの」について書いたんですけど、それで言うとやっぱり失ってしまった感情を凄く端的に表しているかな。
――当時を思い出しながら歌ってどうでした?
「このままじゃ いつまで経っても ただ生きているだけだ」ってサビで歌っているんですけど、今「ただ生きてるだけでいいんだよ」って感じてるんですよね。何であの頃、その瞬間を楽しめなかったんだろうって思ったのと、もう1つは「色んなものを失いながらも あの日々の想いを胸に ただ生きていたいだけだ」って最後のサビにあるんですけど、「色んなものを失うし あの日々の想いを胸には出来なくなっていくよ」とも思いましたね。また新しい思いを胸に生きていけるよって。
――青春との決別じゃないですか。
辛いよね(笑)。
――草野華余子って、ライブでのお客さんとの感情の共有だったり、共感が凄く強いものだと思っていて、その草野華余子が今これを歌うって、チープな言い方になりますけど、エモですよね。
お手軽なエモかもしれないですが(笑)。
――変な話、お手軽なエモって、結構生きていく上のフレイバーで大事だと思ったりもするんですよね。
そうかも。この曲の存在っていうか、書いたときの感情とかちょっと忘れていたんですよ。再録したり再発する気は全然無かったんだけど、ちょっと前にファンの人で「Room305ってなんでサブスクないんだろう」って書いてくれてる人がいて、それでパッと思い出して。
――ファン発信で気づいたんですね。
そう、みんなこういう感情持っているけどあんまりこの部分書く人いないなと思って。自分が変わっていく様とか、決別とか自分の内側に矢印向けるより、夢に向かってっていう事を描く人が多いから。
――確かにあまり書かれるテーマではないかもしれないですね。
どこか外に向かうものだけじゃ1枚のアルバム成り立たないと思って。本当にミニマムな世界で自分の内側に矢印が向いているものを1つ入れたくなったんです。この曲はそこに対して適役だったんじゃないかな。
――もうとっくに外を向いて仕事している側の人間が、もう1回これを歌うって面白いですよね。
改めて歌ってみて、この主人公苦しそうだなって。年齢関係なく人って思春期と決別するタイミングが来ると私は思っていて。
――そうですね、ずっと子供でいたいけど、それはなかなかね。
私がこれを書いた時、それこそ加東さんと出逢ったばかりの2015~16年っていうのは、急に事務所に入って、周りが大人で自分が凄く子供に感じてたんですよ。今見てみると実はそんな事はなかったんだけど、その時に持っていた感情やスキルのお陰で今ここにいるのに、それを全てを否定して大人になろうとしてたんだよね。
――僕も40過ぎていても、周りは大人ばっかりだなって思う時ありますよ(笑)。
本当にね(笑)。なんかその時の私自身の絶妙なバランスを思い出さなくちゃって。改めて思い出したというか。
――それを聞いて人が生きるってエモーショナルな瞬間の連続だなって思ったんですけど、僕らの人生ってシンプルなエモを拾い集めて日々を過ごしているような気がしてきました。
シンプルなエモをおにぎりにして、大きなエモに変えているからね(笑)。スタバのマグカップに「今日も頑張って」と書いてもらっているだけで、頑張っている時、涙出る事あるじゃん?
――そうですね、そういうの結構ある。全部通して小さなことを描いているけど、思いが詰まり倒した一枚になりましたね。
本当に今回一貫して「好きって思ってくれたら聴いてください」っていう感覚なんですよ。勿論めちゃくちゃ聴いて欲しいけど(笑)。楽曲を「私はこう思ってるねん!」って押し付けるんじゃなくて、好きに解釈してもらいたい。たぶん自信が付いたんだと思うんですけど。
――やっぱり草野華余子は歌っていた方がいいと思いますね、改めてですけど。
そこぜひ太字でお願いします(笑)。私自身、昨日歌っていた方がいいって本当に心の底から思ったところだったんですよ。マネージャーが、ずっと華余子さんは歌わなきゃだめだって言ってくれてたのも嬉しかったし。
――ここからはシンガーソングライター草野華余子から、作家・草野華余子に対するリファレンスが増えていく気がしました。ライブでやったことによる気付きとか多くなりそう。
それはあるかも、実は今回レコーディング中最初1~2曲歌ってる時に、自分の歌に絶望して全部一回録ったものを消したんですよ。
――歌を?全部?
そう、色んな仕事を経て、自分の耳が良くなり過ぎてて、自分が頭で分かっていることに歌唱力が追いつかなくて。ヤバイってなって岸田さんに電話して「歌めちゃくちゃ下手や、どないしよ、自分の思ってる曲にならん」って言ったら「ついにそういう次元まで達しましたか」って。何目線やねんって(笑)。
――岸田さんらしい(笑)。
どうしよう! って思って色々考えていたら「プロデュースやる時の目線で、もう1回やってみたら?」って言われて。だから今回は何度も歌い直すというより、良いテイクを選ぶ事に時間をかけたんです。いろんな表情で歌うテイクをしっかり選べるようになったっていうのは、自分の歌でプロデューサーの自分が成長できた部分かもしれないですね。
――それを持ってライブをやって、そこで受け取るものがまた創作に対してプラスになる。そういうのがこれから増えていく気がします。
正直、私のアーティスト活動より、作家活動の方が意味があって、アーティスト活動なんて意味が無いんじゃないかって言う人もいるんです。じゃあ、全部意味のある金銭的価値のある事だけをやっていたら、人間の心も豊かになるんですか? っていうのは今回凄い思ったことですね。そこには、自分だけが感じられる、本当に大切な"生きる意味"があると思ってる。
――体に悪いけどトンカツ食いたい時もある。
マクドナルドで終わりたい1日もあるし、内容の無い会話で盛り上がりたい日もあるじゃん(笑)。作家としての私だけが必要ですっていう人が、今後関わってくる仕事先にいるんだったら、アーティスト活動と作家活動はセットなので、片方だけお渡しできないので結構ですって言うつもりです。
――そうですよね。セットパック片方だけ売ってくれはダメだよって話だ。
そうそう、私が私であるためのガソリンの部分だから、ヘッドアンプとキャビネットをばらばらに売っても音は出ないから。
――僕はもう少しで10年近い付き合いですけど、正直、作家華余子よりもシンガー草野華余子の方が好きなんですよね、初めて言うけど。
めっちゃ嬉しいなそれ。作家の私はクレバーで計画性が凄い高いと思っているんですよ。自分に向いているものばっかり集められないからそうならざるを得なかった。でもシンガーの私はやりたいことやっちゃうから。どっちも私だけど、やりたいことを好きって言ってもらえるのは正直嬉しい。
――では最後に、これからの草野華余子をどう見て欲しいか、教えてもらえたら。
楽曲提供やメディアに出させていただく事で、名前を覚えてくださった方が増えて、やっとスタートラインに立ったと思っているんです。ここから、どこかでアーティストとしての草野華余子がしっかり反旗を翻すターンが来るぞ!と虎視眈々と狙っています。まあ38歳のキャリアも積みに積んで、経験を重ねに重ねたおばちゃんかもしれないけど、カメレオンの色みたいに何にでもなれると信じているし、色んな可能性が無限に広がっているなって今音楽人生で一番思っているので、懲りずに付いてきていただけると幸いです。今日が人生で一番若いですから。
インタビュー・文=加東岳史
リリース情報
草野華余子『カメレオンの憂鬱』
#2 無意味の意味
#3 白いリコリスの咲く頃に
#5 Rub-a-dub-dub
#6 ドミノ倒し
#7 Room305
Mastering Engineer:守屋忠慶
草野華余子 [ex.カヨコ] Official YouTube Channel:https://www.youtube.com/channel/UCoXrzxVONdB4iqEZ0cMJAZQ
ライブ情報
草野華余子 Acoustic Live 2022『カメレオンの憂鬱』
日程:2022年8月10日(水)
会場:SHIBUYA PLEASRE PLEASURE 開場/開演:18時開場/19時開演 入場料金:前売4,500円/当日5,000円(税込、ドリンク代別)
日程:2022年8月26日(金)
会場:バナナホール
開場/開演:18時開場/19時開演 入場料金:前売4,500円/当日5,000円(税込、ドリンク代別)
【前売り】
席種:指定席 料金:4,500円(税込)※1Drink別600円必要