稲葉賀恵×藤野涼子インタビュー~劇作家ワークショップから生まれた新作舞台『私の一ヶ月』が【未来につなぐもの】とは

インタビュー
舞台
2022.10.27
(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

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2022年11月2日(水)~20日(日)新国立劇場 小劇場にて、新国立劇場2022/2023シーズン 演劇『私の一ヶ月』が上演される。

本作は、新国立劇場が2022/2023シーズン中に日本の劇作家の新作をおくるシリーズ企画【未来につなぐもの】の第一弾で、2019年5月より英国ロンドンのロイヤルコート劇場と新国立劇場が協力して行ってきた劇作家ワークショップから生まれた須貝英による新作を、稲葉賀恵が演出する。稲葉は須貝と同年代で、小川絵梨子演劇芸術監督就任一年目のシーズン幕開け作品となった、2018年10月上演の『誤解』(作:アルベール・カミュ)の演出を手掛けており、小川監督も厚い信頼を寄せる注目の演出家だ。

物語は、3つの時空で進行していく。とある地方の家の和室では、泉(村岡希美)が日記を書いている。実(久保酎吉)と美由紀(つかもと景子)が経営するコンビニには息子の拓馬(大石将弘)が毎日買い物にやって来る。東京の大学図書館の閉架書庫には職員の佐東(岡田義徳)とアルバイトの明結(あゆ・藤野涼子)が働いている。物語が進むにつれ、この3つの時空に存在する人たちの関係が明らかになっていく。

今作に挑む思いを、演出の稲葉賀恵と明結役の藤野涼子に聞いた。

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

素直に書かれていて非常にスッキリとした研ぎ澄まされた戯曲

ーー今作は小川絵梨子芸術監督が力を入れて取り組んできた、劇作家ワークショップから生まれた作品です。稲葉さんは、須貝さんと一緒に戯曲を改訂する作業をされたそうですが、改訂作業に入られる前に今作を読んだときの印象を教えてください。

稲葉:まずワークショップの企画自体が素晴らしいなと思っていて、他人事のように「その戯曲を読みたいな」と思っていたところにお話しをいただいてすごく嬉しかったです。須貝さんとは、穂の国とよはし芸術劇場PLATで毎年行われている「高校生と創る演劇」に私が2017年に演出家として参加した翌年の作・演出担当が須貝さんだったというご縁でお会いしたことがありました。そのときに高校生のために須貝さんが書いた作品を見させていただいたのですが、その作品の印象と、今作の印象がいい意味で全然違ったんです。「高校生と創る演劇」のときは、企画に合わせたり、高校生のための作品としてとても完成度が高かったのですが、今作はすごく挑戦的というか、ご自身の思いも含めて素直に書かれているような気がしました。それでいて非常にスッキリとした研ぎ澄まされた戯曲だな、というのが最初に抱いた印象です。

ーー実際に改訂をしながら須貝さんとはどのようなお話しをされたのか、そしてどういった部分を改訂されたのか教えてください。

稲葉:最初に読んだときに、東京にいる佐東と、泉と明結の母娘という2つの軸があるけれども、私は母娘の方に焦点を当てた方がいいんじゃないか、ということを提言しました。それは佐東のことを薄くするとかではなくて、やはり家族のつながりというのは語る上で決して小さな話にならない題材なので、母娘を軸にすることで、佐東との関わりがよりはっきりしてくると思ったからです。あとは、時間が行き来する話なので、お客様が見たときに「これはどういうことだろう」と程よい混乱を起こしてほしいけれど、紛らわしさと面白さの境目に気を付けないとついてこられなくなってしまうので、そこの整理が一番大きな主題でした。

ーーそうした話し合いの元、改訂が行われて今の上演台本に落ち着いたということですね。

稲葉:途中からはプロデューサーや演出助手といったいろんな人とも意見を擦り合わせて行きました。稽古前のかなり早い段階からテクニカルのスタッフさんも入って話す時間が取れたというのは、すごく贅沢な時間でした。

稲葉賀恵

稲葉賀恵

ーー藤野さんはそうして出来た台本を手にされたわけですが、最初に読まれた印象はいかがでしたか。

藤野:3つの時空ごとに上・中・下と段が分かれている台本は初めてだったので、最初はまず上段だけ読んで、次に中段だけ読んで、とやっていたら話が繋がらなくて「これはどういうことなんだろう?」と思い、改めて3つの段を全部合わせて一気に読んでいって「なるほど!」と理解出来ました。この物語の中心は家族の話なのですが、ミステリー小説みたいな感じでどんどん謎が解けていく面白さを感じて、でも実際に舞台でどういうふうになるんだろう? と稽古場に行くまで予想がつかなかったです。

ーー昨年ご出演された『ジュリアス・シーザー』はシェイクスピア劇でしたから、今作はまた全然違うお芝居になると思います。

藤野:そうですね。この作品は、自分の本当の気持ちを表に出していない部分がたくさんあるんですよ。家族であればこそ、隠してしまう部分があるのだと思います。本当はこういう爆発的な感情を持っているのに、相手の前ではそれをあまり出さないというところがあるので、お稽古で(稲葉)賀恵さんとお話しして、表に出していない感情の部分を埋めていく作業をさせていただきました。自分でも稽古に入る前に「明結はこう考えてこのセリフを言ってるんじゃないか」と考えてはいたのですが、お稽古場に行ってみたら、こういうことを考える余地もあったんだ、こういうふうにも想像できるんだ、と新たな気づきがたくさんあって、毎日学ばせていただいています。

今作が初顔合わせの2人 お互いの印象は?

ーー今回、稲葉さんと藤野さんは初めてご一緒されるということで、お互いへの印象をお聞かせいただけますか。

稲葉:(藤野)涼子ちゃんは22歳で、舞台経験は今回が4回目とのことですが、素晴らしいなと思います! キャスティングするにあたり、明結は二面も三面も持っている一筋縄ではいかない女の子で、表に見せている顔は明るくて人に好かれるところがあるけれど、その中にものすごい喪失感とかを抱えているという、これはなかなか難しい役だけど誰かやれる人がいるかしら、と思っていました。涼子ちゃんは、芝居に対する考え方も含めて想像力が豊かな人だなと感じています。私にとって素敵だなと思う俳優というのは、どれだけ想像できる人か、というところのような気もしているんです。技術的なことは二の次で、どちらかというとお芝居をしていないときの豊かさというか想像力を持って自分で作品を解きほぐしていく作業をできるか、ということが大切なのではないかと思うので、それが出来ている涼子ちゃんは頼もしいですし、素敵な人だなと尊敬しています。

藤野:賀恵さんは、ご本人から「怖い印象だとよく言われる」と聞きましたが、私は全く怖い印象を受けませんでした。それは賀恵さんの稽古場の雰囲気づくりの良さもありますし、ご本人がすごくチャーミングで、相手に対しての向き合い方がすごく誠実な方だなと思っています。演出家としてすごく尊敬していますし信頼もしていますが、まず人として素敵だな、と思っています。

稲葉:ありがとうございます。恥ずかしいですね、これ(笑)。

藤野:賀恵さんは「想像することが大切だ」ということを毎回言ってくださるんです。「こういうふうに明結は考えているんじゃないの?」って一方的に答えを言うんじゃなくて、まず「涼子ちゃんはどう思う?」って相手の意見をちゃんと聞いてから「私はこういうふうに思うんだけど、どう思う?」って言ってくださるところがこちらとしても意見が言いやすいし、そういう雰囲気づくりや、相手に対する接し方がすごく勉強になります。

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

私たちが物を作って残すことが先の未来に繋がっている

ーー稲葉さんは同年代の作家とのお仕事についてどのようなことを感じていますか。

稲葉:私はこれまで古い戯曲や海外の戯曲を演出することが多くて、そもそも書き下ろしの作品を演出することがあまりなかったですし、同年代の作家の書き下ろし作品は初めてです。同年代の横のつながりで、これからの演劇のことも含めて、私たちクリエーターに何ができるかを考えることはすごく大事だという気がしているんです。違う世代の誰かのせいにするのではなくて、私たちが何かしら物を作って残すことが先の未来に繋がっているということ、それをちゃんと同年代で考えを共有することは、アート活動において重要な部分だと思っています。須貝さんとは作品の話をしていますが、作品の話を通して自分たちが今お互いに演劇界にいてどういうことを思っているのかということを共有しているので、その作業そのものが既に尊いというか大事だなと思っています。これは大切な機会ですし、これからは機会を与えてもらうというよりも、自分たちが積極的にやっていくべきなんじゃないかな、と思うきっかけをいただくことができました。

ーーお稽古場には須貝さんもいらっしゃっているのでしょうか。

稲葉:よく来てくださっているので、それもすごく頼もしいです。これまでは作家がいない稽古場がほとんどだったので、作家がいるってすごいな、と思っています。作家がいなければいないで自分たちなりの答えを探すことができますが、作家がいることで考えられる選択肢が豊かになるので「いてくれてありがとう」と思いますね。

ーー稲葉さんたちのさらに下の世代にあたる藤野さんから見ると、幅広い年代の先輩方が集まっているお稽古場だと思います。

藤野:最初に稽古場に入るときから「自分ができないのは当たり前、まずはどれだけ吸収できるか試してみよう」と思って臨みました。毎日課題がいっぱいありすぎて、いつも稽古が終わると頭がいっぱいいっぱいになってしまうのですが、先輩方がたくさんアドバイスをしてくださるおかげで、雲がかかっているような状態だったのが段々晴れてきています。まだまだ乗り越えなければならない壁はたくさんあるのですが、助けてくださる先輩方が周りにいるという安心感のおかげで、頑張って乗り越えて行こうという気持ちになれています。学んでインプットして成長していける日々がすごく楽しい分、もうすぐ稽古が終わってしまうことを考えると寂しいなと思ってしまいます。

藤野涼子

藤野涼子

コネクトが見えたときに「うわ、楽しい!」と思う

ーー【未来につなぐもの】というシリーズの第一作目として上演されますが、お2人にとって今作に参加した経験はどのような未来につながると思いますか。

稲葉:演劇は特に、お客さんと共有するというのが最終地点にあるので、作り続けることの苦しさというのはあるのですが、こんなに潤沢な現場で作らせていただくことのありがたさをひしひしと感じています。準備段階から稽古期間、そして公演期間に至るまで、キャスト・スタッフ間での信頼できる輪を作るのに必要な時間、熟成されていくに値する時間を過ごせるというのは、ものすごくあるべき姿だと思います。2018年に新国立劇場で演出させていただいた経験は自分にとって大きなものだったので、この劇場に育てられたような気持ちになっています。あれから4年経って、自分はどういう創作をしてきたのか、と立ち止まって振り返って、これからどういうことを大事にしてやっていくのか、ということを自問自答できる時間をいただけた感じがしています。4年前は「よし、これからスタートだ」という自分にとっての分岐点でもありました。今回はまたちょっと違った分岐点をいただけて、自分の創作人生の中での分岐点にいつもこの劇場があるなと思っています。

藤野:私は1年に1回舞台をやらせていただく機会があって、ドラマも映画も舞台も、伝え方が変わるだけであまり本質は変わっていないというか、人と人とのコミュニケーションの中で起こっていることだと感じていますが、舞台は何がいいかというと、稽古ができることなんですよね。アウトプットだけじゃなくてインプットもして、自分の芝居のやり方とか、他の方の芝居を見て「こういうやり方もあるんだ」と学ぶ機会があるのが稽古だなと思っているので、私はすごく舞台が好きです。みんなで作り上げていくという雰囲気も好きなので、機会があったらもっとやりたいし関わっていけたらいいなと思っています。

ーー今回のお稽古の中でも、舞台の楽しさを感じていらっしゃいますか。

藤野:そうですね……今は楽しいというよりは、やることがたくさんあって大変で毎日悔しい思いをしているんですが(苦笑)。でもやっていく中で「コネクトあったな」と思う瞬間があるんです。コネクトっていうのは賀恵さんからお稽古で言われている言葉なんですが、相手との一瞬の心のつながり=コネクトが見えたときに、「うわ、楽しい!」と思うんです。今はまだそれは一瞬だし、それがないときもありますが、その楽しさがわかってきているので、それを目指していく作業と、本番で客席の皆さんとどうコネクトしていくかというのも舞台のひとつの楽しみだと思うので、これからの自分の成長につなげていくためにも、心をちゃんと開けてみんなと接して稽古していけたらいいなと思っています。

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

(左から)稲葉賀恵、藤野涼子

取材・文=久田絢子    撮影=池上夢貢

公演情報

新国立劇場2022/2023シーズン
【未来につなぐもの】Ⅰ
『私の一ヶ月』
 
日程:2022年11月2日(水)~20日(日)
会場:新国立劇場 小劇場
 
作:須貝 英
演出:稲葉賀恵
 
キャスト:
村岡希美
藤野涼子
久保酎吉
つかもと景子
大石将弘
岡田義徳
 
料金:A席 7,700円 B席 3,300円
 
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