和楽器バンド、ボーカル不在の試練乗り越え全国ツアーを完遂 ファンと共に辿り着いた『ボカロ三昧2 大演奏会』ファイナル(写真10点)
撮影=Keiko Tanabe
11月25日(金)に宮城・トークネットホール仙台(仙台市民会館)にて行われた、和楽器バンドの全国ツアー『ボカロ三昧2 大演奏会』ファイナル公演から、オフィシャルレポートが到着した。
11月25日(金)、和楽器バンドが、トークネットホール仙台(宮城県仙台市)公演をもってツアー『ボカロ三昧2 大演奏会』を完走した。“8人組、デビュー8周年”を掲げリリースしたボカロカバーアルバム『ボカロ三昧2』を引っ提げ、ツアーは8月に開幕。ところが、7本目の島根公演後、ヴォーカルの鈴華ゆう子が体調不良のため緊急入院。その後ヴォーカル不在のまま7人でツアーを続行するという異例の事態を乗り越え、ファンが見守る中、全23公演を完遂した。
撮影=Keiko Tanabe
18時30分に開演すると、Overtureに乗せて、黒流(和太鼓)、町屋(ギター&ヴォーカル)、亜沙(ベース)、山葵(ドラム)、いぶくろ聖志(箏)、神永大輔(尺八)、蜷川べに(津軽三味線)が観客に手を振りながら登場。アルバム同様、1曲目はリード曲「フォニイ」。ステージ中央にはマイクスタンドが置かれ、鈴華の姿はないが、ヴォーカル音源が会場に鳴り響く。「エゴロック」「グッバイ宣言」と、アルバム収録曲を連打。その楽曲の鈴華の歌声に、ユニゾンしたりハーモニーを奏でたりと、まずは町屋がヴォーカルを補っていく。曲の世界観を表すカラフルなアニメーションに重ね、LEDヴィジョンに投影される歌詞。文字は曲に合ったフォントが選ばれ、縦書きだったり横書きだったり、列が乱れてバラバラに散っていったりする一連の演出は、どこか動画投稿サイトを想起させる。
撮影=Keiko Tanabe
撮影=Keiko Tanabe
MCでは「デビュー8周年、ツアーファイナルでございます。一時はどうなることかと思いましたが……皆さんのおかげでここまで走ってこられました」「我々本来は8人バンドですけれども、(今日は)7人での公演になります。それぞれが100%以上の力を出しつつ、ファイナルなので、いいライヴをつくるには皆さんの力が必要です」などと語り掛けた町屋。速弾きを含む複雑なフレーズをギターで奏でながらヴォーカルを務め、加えて、手の振りも合間にしっかりと盛り込んでいたのは驚異的。これは町屋に限らずメンバー全員に言えることだが、メンバーは観客と頻繁にアイコンタクトをはかり、演奏の手をもちろん決して疎かにしないまま、合間に拳を突き上げて煽り、一体感を常に大切にしながらライヴに向き合っている姿が印象的だった。黒流は力強い和太鼓演奏に加え、ヘッドセットを装着し、観客の煽りや進行を担当。その全身全霊さによって、終盤にはすっかり声を枯らしてしまっていたほど。身を捧げてライヴを盛り上げようとしているのが痛いほど伝わってきた。
撮影=Keiko Tanabe
撮影=Keiko Tanabe
『ボカロ三昧2』の収録曲は、CD・配信それぞれの限定曲含む13曲もれなく披露。ボカロカバーアルバム『ボカロ三昧』でデビューした彼らにとって、原点回帰とも言えるコンセプトだが、ボカロシーンは8年前にも増してBPMの高速化が進み、メロディーが激しく乱高下するなど、難易度も高い傾向があるという。それをただ機械的に再現するのではなく、原曲には含まれていない和楽器を使っていかに表現をするか?は、アレンジ面でも演奏面でも、メンバーの腕の見せ所になってくる。通常ロックバンドのライヴでは目にすることのない楽器の数々を目にしたり、その音の響きを生で聴いたりするだけでも新鮮で、刺激的な体験だ。蜷川の背後には、ファイナルのこの日に1棹増えて、全8棹の三味線がラインナップ。KOGEI Nextとのコラボレーションで生まれたという、世界に一台だけの蜷川べに専用エレキ三味線“Lycoris”をツアーで初めてお披露目したのだが、漆塗りの赤いボディーは遠目にも艶やかに輝いていた。
撮影=Keiko Tanabe
撮影=Keiko Tanabe
『ボカロ三昧2』収録曲の中で1曲だけ、しっとりとした和の魅力を湛えたバラード曲「紅一葉」は、いぶくろの雅やかな箏の音色からスタート。今回は4面の箏がステージ中央に並び、それだけでも壮観な眺め。いぶくろは、4面の端から端まで動き回ったり大きく腕を伸ばしたりしながら、ダイナミックに、時に優雅に爪弾いていく。月が浮かぶ夜空を思わせる映像を背に、蜷川がセンターに立ちヴォーカルを披露。普段は、ヴォーカルは元より、コーラスもしない蜷川がメインヴォーカルをとる事が大きな驚きであったが、その歌声に6人は寄り添うように音を重ねた。「ベノム」ではジャンプを繰り返すなど、神永は尺八を吹きながら身体を大胆に動かし、ステージを隅々まで勢いよく走り回って会場を大いに盛り上げた。「いーあるふぁんくらぶ」は、力強くキックを踏み続ける山葵が、中国語のなめらかな語りを披露。黒流と打楽器対決を繰り広げる「ドラム和太鼓バトル~打演飛動~」ではパワフルなドラミングに加え、上着を脱ぎ捨て、鍛え上げた筋肉を見せつける一幕も。メンバー一人一人に主役となる見せ場があり、音楽と共にキャラクターも伝わってくる、総合的なエンターテインメントショウが繰り広げられていく。
撮影=Keiko Tanabe
再び蜷川が歌唱した「キメラ」は、1曲だけ撮影が許可され、ハッシュタグを付けたSNS投稿をOKに。ファンはうれしそうに一斉にスマートフォンを構え、ステージに向けた。アンコールの「亜沙カメラ」コーナーでは、動画カメラ片手に独自のシュールな世界観を炸裂させる亜沙。かと思えば、MCでは「『ヴォーカルのいないライヴをやりきれるのか?』って感じだったんですけど、皆さんの力を借りて、甘えさせていただいてやりきることができた」と真摯に感謝を述べ、自分たちのパフォーマンスは「皆さんがいてこそ完成するものだと思います」とファンを労った。その後、亜沙自身がボカロPとして生み出し今年10周年を迎える大ヒット曲「吉原ラメント」を自ら熱唱。蜷川もこの日ライヴで初お披露目となった、世界で一番美しい津軽三味線“Lycoris”を弾きながら、センターへ歩み出て、町屋と背中合わせになってマイクを執った。亜沙がハイトーンで長く響かせたシャウトからは、言葉にならない想いが伝わってきた。
続くMCでは、コロナ禍で始めた“たる募金”プロジェクトについて、いぶくろが代表して解説。日本の伝統芸能文化をサポートするための寄付活動で、第四弾の今年は沖縄伝統文化・芸能への支援が決定。ロビーには、鈴華の私物である三線が展示されているとアナウンスした。
撮影=Keiko Tanabe
会場に拍手が鳴り響く中、ラストは彼らの代名詞でもあるボカロ曲「千本桜」を披露。蜷川が再びセンターに立ちヴォーカルを務め、黒流も大きく口を開けて口ずさみながら鮮やかなバチさばきで和太鼓を強打。もはや、全員が演奏を通じて“歌って”いた。怒涛の迫力で歌い奏でるステージ上の7人に負けず劣らず、客席でペンライトを振るファンの手の動きもパワフルで、強い想いがこもっているのが分かる。終盤で立ち上がり、渾身の力を込めてドラを鳴らす山葵。町屋、亜沙、神永、蜷川は目まぐるしく立ち位置を入れ替わり、華やかにステージング。かき回しの末に音を止めると、全員で前へ出て「ありがとうございました!」と声を揃え、深い礼をした。約2時間はあっという間に過ぎ去り、ツアーは閉幕。ヴォーカリストという、ロックバンドの顔がいないステージ。その空白を埋めようと全身全霊でパフォーマンスしていた7人の熱量は、想像以上に胸を打つものがあった。7人だけでなく、それを応援し見守るファンと一緒に作りあげたライヴ空間は、一生忘れられない光景となるだろう。困難に挑み、そして乗り越えた和楽器バンドはこれから益々強くなっていく――そう確信した仙台の一夜だった。
※原文ママ
文=大前多恵