珠城りょう×渡辺大に聞く、『マヌエラ』にかける思いや役柄に共感する部分 そして互いの印象とは
(左から)珠城りょう、渡辺大
1999年に初演された『マヌエラ』は、第二次世界大戦直前の上海を舞台に、実在したダンサー「マヌエラ=永末妙子」の力強い生き様を描く作品。鎌田敏夫の脚本を千葉哲也の演出で装いも新たに贈るこの舞台で、タイトルロールに扮する珠城りょうと、彼女に心ひかれる和田海軍中尉役を演じる渡辺大が、作品への意気込みを語り合った。
ーー珠城さんにとっては宝塚退団後初めての主演舞台となります。
珠城:主演であること、1999年初演の舞台の再演であるということで、二つの驚きがありました。作品の内容をうかがい、ファンタジーではなくリアルな内容ということで、きちんと伝えていかなくてはと、身の引き締まる思いです。
ーー渡辺さんは昨年『魔界転生』で初めて舞台に挑戦、今回が2本目の舞台ですね。
渡辺:ここ20年間ずっと映像ばかりだったんです。生で、お客様を目の前に芝居をするという経験がなくて。話もあったんですけれど、なかなか舞台に立つ機会がなかったんです。それが『魔界転生』でやっと舞台に立つことができて、楽しさを感じて。近いうちにまたどこかでやれたらいいなと思っていたら、この『マヌエラ』の話がすぐ来たんです。やり始めると意外と早いものなんだなと。またお客様の前で芝居ができるのが楽しみです。映像の場合、知り合いに見てね、よろしくねと言うと、感想をちょこちょこ聞けたりしますが、舞台の場合、感想をすぐ聞けたりするというのが楽しかったし、カンパニーのみんなと3、4カ月一緒にいられたのも楽しかった。みんなでじっくり作る作業は、映像作品ではなかなかできないので。そういう意味で、みんなともじっくり仲を深められたし、本当に舞台の魅力っていっぱいあって、まだまだやっていきたいなと思いました。
ーー脚本の印象についてお聞かせください。
渡辺:会話の端々に、感情の動きが本当に繊細に描かれていますし、稽古でさらに見えてくるものもあると思うんですね。たまちゃん(珠城)のダンサーとしての踊りの表現であるとか、舞台の中で彼女が懸命に動いていく中で、それに魅了される僕であったり人々がいて。台本だけではまだ見えていないものを早く見たいですし、上海租界の中でいろいろな人が渦巻く中で楽しんで芝居ができたらいいなと思っています。
珠城:第二次世界大戦直前という時代なので、ヘビーなイメージがあるかもしれませんが、大さん(渡辺)もおっしゃったように、その中でいろいろな人間模様が描かれていて、さまざまな人たちが出てきて。いろいろな人たちの会話の中で、ちょっとくすっと笑っていただけるようなところもあるんです。マヌエラ自身、かなり芯がある強い女性に一見とられがちなんですけれど、ただ知らない事、わからない事が彼女にはたくさんあるだけなんです。あとは、ダンスの部分が、マヌエラの心情を表現するにあたってどういう風に使われていくのか、これから実際にお稽古が始まってからわかっていくところだと思うので、そこは自分でも楽しみですね。大さん演じる和田中尉との心の距離感もどう縮めていくか、一緒にお稽古して実際セリフを交わして初めてこうしたらいいかなということがわかってくると思うので、そのあたりも非常に楽しみにしています。
(左から)珠城りょう、渡辺大
ーー大さん、たまちゃんと呼び合っていらっしゃるんですね。
珠城:まだそんなにはお会いしてないんですが(笑)。
渡辺:お会いしたのは3、4回くらいなんです。僕がなぜ「たまちゃん」と呼んでいるかと言いますと、僕の知り合いの娘さんが宝塚でたまちゃんと同期の香咲蘭さんで、それがきっかけで、僕は2015年くらいに初めて宝塚の舞台を観ることになって。宝塚ファンの方はけっこうみんな、たまちゃんたまちゃんって呼ぶじゃないですか。だから僕もすりこまれて、初めてお会いしたときに「たまちゃんと呼んでいいですか」って聞いたんです。そのときから「たまちゃん」ですね。
珠城:事務所が一緒で、チーフマネージャーからよく大さんのお話を聞くんです。「今、大さんこういう仕事していて」とか、「こういう撮影の現場にいて」とか、お仕事、現場、作品の話をよくしてくださって。それで私も勝手にすごく親近感がわいてしまって、初対面、2回目くらいからかな、「大さん」って呼んでいます。
渡辺:「渡辺さん」って言われることの方が少ないかも。うれしいです。
ーーお互いの印象はいかがですか。
珠城:映像作品を観ると、大さんは硬派なイメージがすごくあって。現代劇ももちろん、時代物もすごくやっていらっしゃって、すごく素敵でした。地に足のついたお芝居をすごくされる方なんだなって、いつも拝見していたんです。実際お会いしていてお話ししたら、物腰がやわらかくて、映像のイメージと全然違うなと。お顔立ちもすごくきりっとしていらっしゃいますよね。だから、きりっとした方なのかなと思っていたら、ほわっとした方で(笑)、一気に安心感が生まれました。
渡辺:僕は『1789 -バスティーユの恋人たち-』でたまちゃんを観て、ぱりっとしていてかっこいいなと思いました。一幕の最後、みんなで歌って終わりますが、あれがすごく印象的で、それで宝塚にハマった記憶がありますね。なんだけど、最近会うともう別人なので(笑)、見慣れない感じで、すごくギャップを感じてしまって。でも、その不思議なドギマギ、高揚感みたいなものも、舞台に生かせたらいいんじゃないかなと思っています。
ーー今回の作品で好きな場面やセリフを教えてください。
珠城:好きなシーン、たくさんありますね。大さん演じられる和田中尉との最後の方の二人のシーンがすごくドラマティックだなと思っていて。そこに来るまでためていた感情が一気に流れていくようなシーンだと思うので、そこをいかに情熱的にドラマティックに大切に演じられるか、最後の幕が下りるときにお客様の心にどういうものが残るか、そこが重要だなと思っていて。そこに行くまでの何時間の芝居、物語を通してきて、そこに至るまでに自分がどういう感情になるのか、それが楽しみですね。大切に演じたいと思っています。
渡辺:大日本帝国の終わりの始まりに至る物語なんですよね。そのことによって僕らにとっても何かがいろいろ始まるだろうし、この後どうなるのかというところもお客様に感じていただけると思うので、その前のプロセスもすごく楽しみで。そんな上海租界の中で、たまちゃん演じるマヌエラが飛び回る、その世界観も非常におもしろいと思いますし、舞台上でどれくらい飛び回るのか、その世界がどれくらい大きく見えてくるのか、そこがどうダイナミックに見えてくるのか、楽しみです。
(左から)珠城りょう、渡辺大
ーーこの機会にお互いに質問してみたいことはありますか。
珠城:大さんはずっと映像のお仕事をされてきて、舞台となると稽古の形も違うと思うんですが、舞台の現場と映像の現場で何が一番違いますか。セリフの覚え方の違いとかあったりしますか。
渡辺:僕もそれが聞きたかったです。『魔界転生』のときは再演だったので、初演から参加組と初参加組とがいるということもあって、台本を持たないである程度入れといてくださいと言われて、こんなに大変なんだ~と思って。だから、普通に稽古が進む感じだとみんなどうやって覚えているのかなって。
珠城:私もいつも稽古が始まるとき、全部覚えていくべきかどうか迷うんですよ。ミュージカルは音楽が入ってくるのでちょっと違うんですけど、会話劇って、相手と対面して実際しゃべってみて初めて感情が生まれたりとか、相手はこうやってくるんだと知って成立することが多いので、最初に自分で固めちゃうのが私はあまり好きじゃなくて。だから、私は最初にあまりセリフを入れていかないんです。一緒に芝居する方の出方、キャラクターとかを見ながら、会話しながら覚えていく感じで。なので、立ち稽古のときに台本を外している方がいるとめちゃめちゃあせるんです(笑)。
渡辺:映像だと、台本を持たないで覚えていくことが多いから。その中でどうやって動いていくかとか、こっちのアングルだとこっちでとかっていうこともあるから、動きの音とかも多少委ねがちになるんですよね。動きと会話の整合性が取れていればいいから。そこは映像と舞台のひとつの違いだなと思いますね。
ーーマヌエラはダンサーですが、珠城さんは共通点や共感をどんなところに感じますか。
珠城:マヌエラは劇中、「私は踊るために生まれてきた女」「私はダンサー」ということをすごく言うんです。上海租界という場所で日本人の女性がひとりで生きていくためには、自分で自分の居場所を見つけるしかなかったんだと思うんです。そして、彼女が好きだった、何にも縛られず感情表現することのできるダンスに、喜びや幸せを見出してのめりこんでいったんだと思うんですね。ステージの上で感情を解放する、魂を解放して表現するということは、自分も非常に共感できるところではあります。自分じゃないような感覚になれたりとか、普段の自分だったらそこまでできないのに、ステージで誰かの人生を生きているときは、普段の自分とは違うエネルギーが生まれてきたりすることもあるので。それは、マヌエラが踊りで何かを表現するときのエネルギーと共通するのかもしれないですね。でも、彼女にとってはダンスが居場所みたいなところがあるので、そういった部分では今の私と異なるかなと思います。なぜ彼女がそんなに頑なに踊りというものにしがみつくのかとか、日本の軍人というものに対して嫌悪感を抱いているのかということも、かなりストレートに言葉に出す人なので、そういったところは丁寧に演じていきたいなと思いますし、ダンスを通して、彼女の心情を表現していきたいと思っています。
(左から)珠城りょう、渡辺大
ーー渡辺さんは、軍人として、国家と自分の正義、彼女への思いで板挟みになりつつ生き方を探していく和田中尉のどんなところに共感されますか。
渡辺:軍人役はこれまでも何度か演じてきていて、いろいろな精神性というものを勉強してきたつもりなんですが、今回はどちらかというと、国家への気持ちとマヌエラに対する気持ちですごく揺らぎを感じている役どころなんですね。今まで僕が演じてきた中で言うと、国のため等、ちょっとメッセージ性が強い役どころが多かったんですが、今回のように、恋愛模様が描かれていて、それによって自分の根幹が揺らいでいくというのは初めてなんです。ベーシックな所作はしっかりと押さえつつも、人間っぽさがすごく出る役どころで、軍服を着ているときと脱いだときとの違いがはっきりと書かれているキャラクターなので、そこをしっかり観ていただけるように演じたいと思っています。初演のときの台本と比較すると、今回の台本では、和田中尉の気持ちの揺らぎがかなり早めに来るなあと。それはそれですごくおもしろくて、とにかく今台本を読み込んでいて。彼女が和田中尉に対してものすごく反発するので、とてもじゃないけど好きにならないような感じなんですが(笑)、でも、どこかにあるはずなんで、何をきっかけに好きになるのか考えていて。クラブのシーンは動きがすごいんですよ。マヌエラが、こっちのテーブル、あっちのテーブルと移動して、そこにアンサンブルのダンサーさんたちもたくさん入ってくるので、その中でどうかきわけて彼女を見つけていくのか、その中にいる彼女がどのように輝いて見えるのか、非常に稽古が楽しみですね。
ーー宣伝ビジュアルでの、珠城さんの赤いドレス姿はいかがですか。
渡辺:妖艶な雰囲気をすごく持っていて、負けそうだなと(笑)。のまれそうな空気がすごくある。そこに和田中尉も引き込まれていくんだなと、自分の根幹を揺るがせられるものを感じたので、それを稽古でも生かしていきたいと思います。
ーーダンスも大きな見どころとなる作品になりそうです。
珠城:台本には、当時マヌエラさんが踊っていたのはスパニッシュ・ダンスと書かれているんですけれど、それだとけっこう括りが大きいと言いますか、どういう表現方法になるのか明確ではないと言いますか。それを振付の本間憲一さんがどう解釈して振り付けられるのか、非常に楽しみです。私も、宝塚を卒業して俳優の仕事をやらせていただいていますが、男役として踊ることが多かったので、女性のダンサーとしてのアプローチ、表現の仕方がどういうものなのか、かなり研究していかないといけないなと思っていて。そのあたり、本間さんにいろいろご指導いただきながら、どうやったらマヌエラとしての美しい踊りになるのか、研究していきたいと思っています。
ーーどんな舞台になりそうですか。
渡辺:たくさんのダンサーの中にマヌエラがいて、ちょっと日常を忘れられるような、一月の寒さを忘れられるような、ドキドキ胸を躍らせられるような熱い公演になると思います。その中で、混沌が始まる前の不穏な静けさ等、本当にいろいろなもの、正常とは何なのかちょっとわからなくなるくらいいろいろな魅力が入っている、不安定さが魅力となる作品になると思っています。
珠城:今回の作品は会話劇がメインで、そこに音楽とダンスが融合して、新しい形で再演されるので、前回の『マヌエラ』をご覧になった方はもちろん、そうでない方もきっとまた何か新しいメッセージを作品の中から必ずたくさん受け取っていただけると思います。それぞれの登場人物のキャラが濃くて、それぞれの人生を時代の中で一生懸命生きている、その思いがきっと舞台から客席にほとばしるように伝わっていくと思うので、人間の生き様を皆様に楽しんで観ていただけたらうれしいなと思います。私も新しい挑戦がたくさんあり、スタッフ・キャストの皆さんと頑張りながら一緒に作品を作っていきたいですね。寒い時期ではありますが、劇場に温まりに足を運んでいただければと思います。
(左から)珠城りょう、渡辺大
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=池上夢貢
公演情報
岡田亮輔 齋藤かなこ 他
日程:2023年1月31日(火)
会場:北九州芸術劇場 大ホール
U-25 6,000円(25歳以下対象・当日座席指定、要身分証明書)※観劇時25歳以下である事が確認できない場合、指定席券との差額を頂戴いたします。