東京交響楽団 第707回 定期演奏会 2月に開催 オーケストラ温故知新 ―伝統の名作と現代日本の今を映しだす新作たち―

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クラシック
2023.1.20
(左側)菅野祐悟、(右側上段)原田慶太楼(右側下段)アレクサンダー・ガブリリュク

(左側)菅野祐悟、(右側上段)原田慶太楼(右側下段)アレクサンダー・ガブリリュク

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菅野祐悟という名前を知らなくとも、その音楽は必ずどこかで耳にしているはずだ。21世紀に入り、テレビドラマやアニメ、映画音楽などで次々にヒット作を飛ばしたちまち売れっ子になった。ミステリーからアクションものまで、ポップ調からシリアスまで、映像のもつイメージを的確に音にする能力には抜きんでたものがある。

菅野祐悟

菅野祐悟

菅野はサウンドトラックでも、オーケストラを最新のテクノロジーと組み合わせ効果的に用いてきたが、彼にはまた自分の音楽をスピーカー越しではなく、生で聴いてほしいという夢があり、そうした活動にも継続的に取り組んできた。ここ数年は各種メディア用の膨大な仕事をこなしつつ、フルオケを使った大作を次々と発表し、クラシック界での存在感も高まっている。代表作は2曲の交響曲で、須川展也(サックス)や宮田大(チェロ)といった人気奏者が独奏を務めた協奏曲も話題を集めた。

菅野のような作曲家の作品をオーケストラが取り上げるようになったのも、時代の流れであろう。クラシックの世界では、同時代の創作は調性のない難解な音楽というのが通り相場だった。現代音楽の作曲家が劇伴を手掛けていたのも今は昔で、近年は分業が進み、商業音楽とクラシックの垣根はずっと高くなっている。一方、西洋の名曲だけでなく、ジャズやポップス、ワールドミュージックなど同時代の様々な音楽に興味を持つ聴衆はたくさんいる。現代的なセンスでオケのポテンシャルを生かしたレパートリーは必ずしも多くはないが、近年、オーケストラにポストを持つ中堅・若手クラスの指揮者たちは、このジャンルを積極的に開拓しようとしているようだ。

原田慶太楼

原田慶太楼

原田慶太楼もその一人。東響2月定期で原田は菅野の「交響曲 第2番“Alles ist Architektur"-すべては建築である」を取り上げるが、これは“現代音楽畑でない作曲家”の“交響曲”を“東京のメジャーオケとその正指揮者”が“定期演奏会”で“再演”するという、いろんな意味で画期的な企画である。

この作品は、2016年の第1番に続き前作を超えるべく並々ならぬ決意で書き下ろされ、藤岡幸夫と関西フィルによって2019年に初演された。大ホールの広大な空間に立ち上げられた音響が時間軸に沿って展開されるオーケストラ芸術は、古くから建築とのアナロジーでとらえられてきた。交響曲はその最も格式のある巨大な形式だが、本作全4楽章のそれぞれは菅野が世界各地を旅して受けた偉大な建築からインスピレーションを受けている。

とはいえ、身構える必要はない。音の魔術師・菅野らしく、流れに身を任せるだけで眼前に目くるめくドラマが繰り広げられていく。第1楽章は雄大な序奏の後に、心地よいパルスに乗って美しい歌が現れ、新鮮な森の空気のようなマイナスイオンを放射する。第2楽章はどこかとぼけたユーモラスなダンスで、抜群のリズムセンスやオーケストレーションによって、森の動物たちも集まってきそうな楽しい宴が繰り広げられる。第3楽章は弦がたっぷりと歌い込む抒情的な楽章で、装飾的なピアノの響きも胸に残る。終楽章は鳥たちの喜びのさえずりに導かれ、壮大なフィナーレを迎える45分の堂々としたシンフォニーだ。

ところで今回の機会は特定のジャンルに関心のある聴衆向けではなく、オケが自分達にとって一番コアなお客様に聞かせる定期演奏会である点も興味深い。いろいろな曲を聴いている人たちに「面白い」と思ってもらってはじめて、曲がレパートリーとして残っていく前提が整う。名曲とは歴史の星霜に耐えてきた曲のことであり、新曲に求められているのも、それと比しそん色のないクオリティなのだ。

今回、菅野作品とカップリングされるのは、グリーグの「ピアノ協奏曲」――北欧ロマン派の代名詞ともいうべき人気コンチェルトだ。落雷のように激しく始まり、メランコリックな気分が支配する中、ピアノが美しい花を咲かせる。第2楽章では透明な抒情が歌われ、第3楽章はピアノが技巧的に活躍するが、中間部にはフルートに導かれて、この作曲家らしい素朴で可憐なメロディーも登場する。グリーグが改定を繰り返し、磨き上げた名協奏曲と現代日本の生み出した大交響曲、なんともワクワクする組み合わせではないか。

アレクサンダー・ガブリリュク

アレクサンダー・ガブリリュク

ソリストにはアレクサンダー・ガブリリュクが登場。華麗なるテクニック、情熱を秘めた力強い表現で聴衆を魅了してきたが、今回も硬軟自在な語り口でグリーグのリリシズムを捕まえてくるだろう。来日も多く、おなじみと言ってもいいピアニストだが、実はガブリリュクはウクライナのハルキウ出身。平和への祈りも心に込めながら、耳を傾けたい。

ところで原田は一昨年秋に東響の正指揮者に就任した直後、こどもたちからメロディーを募集し、それを素材に新曲を募るという企画を行った。これに選ばれた新進・小田実結子に、改めて委嘱した「Kaleidoscope of Tokyo」が、冒頭に世界初演される。若い感性に同時代の東京はどんな風に映るのだろう。

オーケストラは古く、かつ新しい。それを実感できるコンサートになるのではないか。

江藤光紀(音楽評論)

公演情報

東京交響楽団 第707回 定期演奏会
 
■2023年2月19日(日)14:00 サントリーホール
 
指揮=原田慶太楼
ピアノ=アレクサンダー・ガブリリュク
小田実結子:Kaleidoscope of Tokyo(東京交響楽団委嘱作品/世界初演)
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 op.16
菅野祐悟:交響曲 第2番“Alles ist Architektur"-すべては建築である
 
■料金:S¥7,000 A¥6,000 B¥5,000 P¥2,500
 
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