山脇立嗣が60歳で初受賞!「第29回OMS戯曲賞」授賞式&公開選評会レポート

レポート
舞台
2023.1.31
(左から)「第29回OMS戯曲賞」佳作を受賞した私道かぴ、大賞を受賞した山脇立嗣。 [撮影]吉永美和子(このページすべて)

(左から)「第29回OMS戯曲賞」佳作を受賞した私道かぴ、大賞を受賞した山脇立嗣。 [撮影]吉永美和子(このページすべて)

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関西小劇場界の中心的な存在だった劇場「扇町ミュージアムスクエア(OMS)」の10周年記念事業として1994年に始まり、OMS閉館後も継続されている「OMS戯曲賞」(主催:大阪ガスネットワーク(株))。「関西2府4県に在住、または関西を主たる活躍の場とする劇作家」の「実際に上演が行われた」戯曲のみを対象にするという、全国的に見ても珍しい戯曲賞だ。しかし、2020年の新作が対象となった第28回は、新型コロナウイルスによって上演中止・延期の公演が相次いだため、初めて未上演の戯曲(書き下ろしも含む)も含まれることに。その結果、大賞・佳作とも未上演の戯曲(さらにどちらも初ノミネート)が選ばれるという、驚きの結果となった。

(左から)選考委員の鈴木裕美、土田英生、佃典彦、樋口ミユ。もう一人の選考委員の佐藤信は、今回欠席した。

(左から)選考委員の鈴木裕美、土田英生、佃典彦、樋口ミユ。もう一人の選考委員の佐藤信は、今回欠席した。

そして2021年の新作が対象の第29回も、相変わらず新型コロナの影響で、上演活動が例年より困難になっている状況を受けて、引き続き未上演の作品も応募可能に。そうして集まった41作品の中から、最終選考にノミネートされたのは、以下の7作品だ(作者50音順・()内は上演団体)。

キタモトマサヤ『われわれは遠くから来た、そしてまた遠くへ行くのだ』(遊劇体)
近藤輝一『バス・ストップ』※未上演。
三枝希望『かもめごっこ』(プロジェクトKUTO-10)
私道かぴ『いきてるみ』(安住の地)
田辺剛『透明な山羊』(下鴨車窓)
土橋淳志『その間にあるもの』(A級MissingLink)
山脇立嗣『わたしのこえがきこえますか』※未上演

第29回の選考会&授賞式は、12月20日に開催されたが、第一回目から選考委員を務め続けている佐藤信が体調不良のため、今回に限り選考を断念。残りの4人──鈴木裕美、佃典彦、土田英生、樋口ミユに一任するという、異例の事態となった。約5時間に及ぶ選考の結果、大賞は山脇立嗣『わたしのこえがきこえますか』、佳作は私道かぴ『いきてるみ』が選ばれ、授賞式でそれぞれ賞状&賞金を受け取った。

賞状と賞金を受け取る山脇立嗣。

賞状と賞金を受け取る山脇立嗣。

大賞の山脇は、1962年生まれの60歳。90年代から、健常者と聾者が共に芝居を作る「劇団あしたの会」で演劇活動を行い、執筆した戯曲が映画『アイ・ラヴ・フレンズ』(監督:大澤豊)の原作となったほどの実力者だが、作品の上演機会がさほど多くないこともあり、関係者の間でもあまりその名を知られていなかったダークホースだ。『わたしのこえがきこえますか』は、今回の応募のために書き下ろした未上演作品となる。

山脇立嗣。

山脇立嗣。

山脇は受賞の挨拶で「今から27年前に、聴覚に障がいを持っておられる方たちと劇団を立ち上げ、聾の人たちの歴史的な事件やご苦労などをじょじょに知っていくうちに、これを作品にしたいと思って書き始めました」と自己紹介をし「いつも『こんな作品で、本当に伝わるのか?』と思いながら、聾の人にまつわる作品を書いていましたが、そういう作品の一つが今回評価されて、すごく嬉しいです」と、控えめに喜びを見せながら語った。

賞状と賞金を受け取る私道かぴ。

賞状と賞金を受け取る私道かぴ。

佳作の私道かぴは1992年生まれの30歳で、京都の劇団「安住の地」に在籍。劇団のもう一人の作・演出家である岡本昌也との共作で、以前にも応募した経験はあるが、単独では初応募で、そしてもちろん初受賞となる。『いきてるみ』は2021年に京都で上演されており、実際に上演された戯曲が受賞するのは、2019年の作品が対象の第27回以来となった。

私道かぴ。

私道かぴ。

私道は受賞の挨拶で、本作を書いた動機を「コロナ禍で1年ぐらい演劇活動ができなかったのを経て、再び劇場で上演するという時に、やっぱり役者の生きてる身=身体を、そっと差し出したいと思いました」と語り、さらに「まず最初に小説を書いて、それを戯曲化するという実験的な書き方をしていたので、こうやって評価していただけたのがすごく驚きです」と、心境を語った。

授賞式に続いては、選考委員4名による公開選評に入った。大賞の『わたしのこえがきこえますか』は、聾者の長女を持つ一家の再出発の物語が、現在よりも聾者や手話への偏見が激しかった1960年代と、コロナ禍が始まった2020年代を行き来しながら描かれる。主役のはずの長女は実体として現れないとか、手話を舞台上で直接使わないのに、手話の重要性を観る者に感じさせるなど、手練の作劇術が光った一作だ。

鈴木裕美。

鈴木裕美。

選考委員からも「聾者やマイノリティを扱う作品は、頭だけで作られたと感じるものが多いけど、これは体で感じて体験された、とても信じられる物語」(鈴木)「本を読みながら泣いてしまった。母親の記憶がさかのぼって舞台化されているという構造も、非常に考えられている」(佃)「いい話を書いた時にありがちな嫌らしさが一切ないし、時代をズラしたことで、当時の差別が今もあるということが、よりリアリティを持っていた」(土田)「家族の話を描いてるけど、人間たちがどのような差別を作ってきたかが、そこにはすごく描かれていて、だからこんなに心が動くんだと思いました」(樋口)と、ほぼ絶賛に近い意見が並ぶ。

ただ選考会では「お父さんが娘を許すのが唐突ではないか?」というのが、唯一のネックになっていたそう。「周りと対立してでも、娘の側に徹底的に立つと思うに至るには、やっぱり何かクッションを仕掛けてほしかった」(土田)「お父さんが差別を放り投げるための物語も描くことができたら、もっと素晴らしくなる」(樋口)などの惜しむ声が寄せられた。

佃典彦。

佃典彦。

佳作の『いきてるみ』は、瀕死の重傷を負った人や、足を切断した患者と医者のやり取りなど、人間の「身体」について深掘りする物語を、モノローグや会話劇などの異なるスタイルを用いた、4つの物語で構成。最初に小説で書いたというだけあり、文学性の高さが特に高く評価されたそうだ。

選考委員からは「どの話もオリジナルなアイディアに満ちているけど、アイディア倒れに終わらず、それをある文体にしている所が素晴らしい」(鈴木)「ものすごい情報量だけど、どれだけ言葉を尽くしても尽くしきれない喪失感や絶望感に圧倒された」(佃)「こんなに肉体をめぐって、自分の視点が遠くや近くに変えさせられることはなかった。一個一個違う所から揺さぶられて、惹きつけられた」(土田)「個性がある、想いがある、美学もあるし、痛みもある、圧倒的な表現」(樋口)など、大賞に負けないぐらいの称賛の言葉が並ぶ。

ただ大賞に至らなかったのは「文章だけで読んだ方が面白そうで、役者がやる必要がないんじゃないか? と思ってしまった」(鈴木)「間口が広い分、いろんなやり方が考えられるけど、『わたしの……』と違ってほかの表現媒体でもやれそう」(佃)と、演劇の「戯曲」としては、その強度が心もとない……という言葉が並んだ。これはやはり戯曲そのもののクオリティだけでなく、あくまでも「上演」にこだわる、OMSらしい理由だろう。

土田英生。

土田英生。

そして各最終候補にも、以下のような選評が寄せられた。

■キタモトマサヤ『われわれは遠くから来た、そしてまた遠くへ行くのだ』
「愛すべきダメ男たちの懺悔みたいなことがテンポ良く描かれ、笑っちゃう所もあった。ただ男たちの周りにいる女性が有機的には絡まず、少し装飾的に思えた。男たちと女たちが、お互いに影響を与えていく所が見たかったと思う。ただ実際の上演は(コロナ対策で)録音音声が使われたと書いてあり、それは神に捧げるみたいな雰囲気が生まれてたのでは」
(鈴木)

■近藤輝一『バス・ストップ』
「家族の系譜をロードムービー的にたどっていき、最終的に家族の構成がわかってくるアイディアと、途中のやり取りはすごく面白い。ただ主人公たちの現在や、今抱えている何かが見えないまま始まってて。物語の入口が弱かったために、出口も弱くなってしまったのがもったいない。バスの乗り込み方に工夫をしたら、彼らの日常をもっと描けたのでは」
(佃)

■三枝希望『かもめごっこ』
「チェーホフの『かもめ』のフォーマットを使いながら、小劇場で感じるコンプレックスやいらだちをよくすくい取っていて、名言がいっぱいあった。ただ『かもめ』のフォーマットにはめたとわかってても、ちょっと乱暴だと思う所が多い。アップデートできてない人たちを描く時、そこに何かしらの外部の視点があったら、広がり方が違ったんじゃないか」
(土田)

樋口ミユ。

樋口ミユ。

■田辺剛『透明な山羊』
「亡くなった父親の肉声が、大量に遺したカセットテープで、天の声のように降ってくるという仕掛けが面白い。これによって何が起こるか期待がふくらむけど、出来事が起こっても物語が始まらないという印象を受けてしまった。こちらが深読みをした以上のものが感じられなくて、作家が何を大事にして描いていたのか、その核心がつかみづらかった」
(樋口)

■土橋淳志『その間にあるもの』
「震災の記憶を継承する時に、事実は資料を残せばいいけど、その時起こった人間の心を残す時に、演劇はものすごく有効性があるし、人間が未来をどう生き抜いていくかを見つけられる……ということをが書いてあるなあと。入れ子構造のこだわりはすごく考えられているけど、同じぐらい台詞にもこだわってもらいたかった。それがあれば、震災の記憶が消された世界線という、SF的な仕掛けを受け入れやすくなったと思う」
(樋口)

今年の戯曲の傾向として、選評会の冒頭の方で、鈴木から「死とか災害にまつわる話が、ものすごく多かった」という言葉があった。実際キタモト、三枝、田辺、土橋の作品は、いずれも災害下にあったり、災害の経験を経た人間たちを、直接扱った物語だった。また私道の作品をきっかけに「戯曲とは何を持って“戯曲”とするのか?」という議論も、選考委員会の間ではあったという。今回もまた、戯曲を通して現代社会のムードを感じさせると同時に、演劇の未来について考えるような時間となる選考会だった。

公開選評会の様子。

公開選評会の様子。

山脇と私道の作品に加えて、各選考委員の選評や、選考経過のレポートなどが掲載された戯曲集「OMS戯曲賞Vol.29」は、3月末に発売予定。また全最終候補作は、2月下旬まで「OMS戯曲賞」公式サイトで公開されているので、気になるものがあったらチェックしてほしい。

取材・文=吉永美和子

イベント情報

第29回OMS戯曲賞 授賞式・公開選評会 ※終了
 
■日時:2022年12月20日(火) 19:00~
■会場:大阪ガス本社ビル 3Fホール
■公式サイト:https://network.osakagas.co.jp/effort/oms/
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