藤田俊太郎×成河インタビュー 同い年の2人が2度目のタッグで挑む『ラビット・ホール』が目指す“翻訳物の会話劇”とは
(左から)藤田俊太郎、成河
2023年4月9日(日)~25日(火)PARCO劇場にて(秋田・福岡・大阪公演あり)、舞台『ラビット・ホール』が上演される。
本作は2007年にピュリツァー賞を受賞した戯曲で、2010年にはニコール・キッドマンの製作・主演により映画化もされ、数多くの映画賞に輝いている。4歳のひとり息子を事故で亡くした若い夫婦と、彼らの家族や事故を起こした車を運転していた高校生との日常的な会話を通して、傷ついた心が再生に至る道筋を繊細に描いた作品だ。
演出を手掛けるのは、ミュージカルからストレートプレイまで幅広い活躍で数々の演出家賞、作品賞を受賞している藤田俊太郎。息子を亡くしたベッカを宮澤エマ、その夫ハウイーを成河、ベッカの妹・イジーを土井ケイト、ベッカの母・ナットをシルビア・グラブ、事故を起こした高校生ジェイソンを阿部顕嵐と山﨑光がダブルキャストで演じる。
今作の翻訳は、祖父に小田島雄志、父に恒志、母に則子と翻訳家一家に育ち、今後の活躍がますます期待される小田島創志が手掛ける。
繊細な会話劇に挑む思いを、演出の藤田とハウイー役の成河に聞いた。
(左から)藤田俊太郎、成河
2人の出会いとなった『VIOLET』「あの時期に公演ができたことは奇跡的」
ーーお2人は2020年9月に上演されたミュージカル『VIOLET』で初めて顔を合わせ、今回が2回目となります。今作で再び一緒にクリエイションをすることが決まったときのお気持ちを教えてください。
成河:『VIOLET』は本来、2020年の4月に上演される予定でしたが、ちょうどコロナ禍が始まり国の緊急事態宣言の出ている時期で全公演が中止になってしまい、約半年後の9月に3日間だけという形で上演がかないました。その半年間は藤田くんと一部のキャストでオンラインで稽古をしていたんです。公演に向けて準備していたものが突然中止になって、でもそれをなんとか継続させていかないとみんな精神的にしんどい状況だったので、作品の話をしたり読み合わせをしたりコミュニケーションを取り続けていました。そういう意味でもあの3日間の公演はとても特別で思い出深くて、それが藤田くんとの最初の出会いだったわけです。藤田くんは現場にいる人たち全員の主体性を重視して、どうすればみんなが作りやすい環境にできるかということをとても真剣に考えてくれる人なので、僕にとっては貴重な同志という気持ちもあります。
藤田:すごく嬉しいお言葉をいただきありがとうございます。僕にとっても成河さんとの仕事はやはり特別で、実は同い年なんですが、僕が演出家として活動するようになったのは30代からで、成河さんのことは20代の頃からずっと見てきて「いつか一緒にお仕事をしたいな」と思っていました。それが『VIOLET』で初めて叶ったのですが、あの時期はどのように演劇を再開していくのか、そしてどのように未来に向かっていくのか、ということを僕は問い続けていたと思います。『VIOLET』では、自らの人生を切り開こうとする主人公のヴァイオレットの姿と、演劇の現在を考え続けているカンパニーの思いがシンクロしながら作ることができたと思っています。そして今回、成河さんと2回目のお仕事ということで『ラビット・ホール』というストレートプレイの会話劇でご一緒できることにとても興奮しています。
ーー藤田さんが今おっしゃった演劇の未来について、『VIOLET』上演時に何か見い出せたものはあったのでしょうか。
藤田:立場によって感じ方や考え方は全く違うと思うし、これはあくまで僕個人で感じたことですが、『VIOLET』という作品に関して言えばあの時期に公演ができたことは奇跡的だと思います。全員は集えなかったし、上演形態は変えつつも座組が約半年後にもう1回集結して3日間公演できたことで、一歩前に進むことができたのではないかと感じました。
ーー成河さんは『VIOLET』上演時に何か思うところはありましたか。
成河:先々の演劇の希望とか、演劇がどうあればいいのかという話であれば、それはわからないというのが正直なところです。ただひとつ言えるのは、演劇が非常に特別なものだということが再確認された、再認識されてしまった時期だったと思っています。人によってはプラスの意味合いとして「演劇が特別である」と感じたかもしれませんが、それと同時に僕は逆の立場で、もっと演劇が特別ではないものになるべきだな、という課題を再発見した時期でした。
(左から)藤田俊太郎、成河
答えを出さず、思いだけをきちんと観客に伝える作品
ーー藤田さんはこの『ラビット・ホール』のどういうところに魅力を感じていますか。
藤田:世界中、そして日本でも、幾多のカンパニーが素晴らしい上演を重ねてきた作品で、それを踏まえた上で、私たちのカンパニーは私たちのコミュニケーションとクリエイティブで作っていきたい、と思える座組の皆様にお集まりいただけたことを、まずはとても誇りに思っています。
成河:やばいメンツですからね(笑)。
藤田:素晴らしいです、本当に。今作は非常に喜劇的な要素もあり、そして悲劇的でもあると思います。家族を失った喪失からどのように再生していくのかというストーリーですが、重層的で非常に解釈のしがいがある戯曲だと思っています。そして、2000年代初頭を舞台に描かれるこの作品が、まさに2000年代初頭に私たちが何を失って何を得たのかを示唆してくれるのではないかと感じています。答えを出さず、思いだけをきちんと観客に伝えることができることが、この作品の大きな魅力だと思います。挑戦できることを演出家としてとても嬉しく思っています。
ーー成河さんは、今作に参加することが決まってどのようなことを思われましたか。
成河:純粋な会話劇への出演はとても久しぶりです。最近は特にミュージカルも含めて比較的様式性の高い演劇に出演することが続いていましたし、こうした会話劇はそんなに得意な方ではないんです。台本を読めば読むほど、真正面から取り組むことになりそうだな、という気がしていて、作品への取り組み方として、自分の生活を全部投げ打って心をぐちゃぐちゃになるところまで持っていくような作り方に勇気を持って踏み出してみようかな、というふうに思っています。
翻訳家・小田島創志との作業は「日本語の会話の真実味を高めていける」
ーー今作の翻訳を手掛けるのは小田島創志さんです。成河さんは2019年に新国立劇場で上演された『タージマハルの衛兵』でもクリエイションを共にされていますが、創志さんにどのような印象をお持ちですか。
成河:日本で上演されている会話劇は翻訳物が多くを占めていて、つまり日本で会話劇をやるには翻訳が大きな命綱になってくるわけです。「この会話は私達がしている会話と同じだ」とか「この会話は町中でもよく聞くね」と思えるレベルの会話劇というものが、日本でどれだけ上演されているのかは疑問だと僕は思っています。今回この座組は、宮澤エマさん、土井ケイトさん、シルビア・グラブさんという出演者3人が英語のネイティブスピーカーなので、創志くんを中心にしながら、役者も一緒になって台本を練ることができるというとても特別な座組なんです。創志くんは自分がどう翻訳するかではなくて、その現場にいる人たちがいかに自然に喋れるか、を一番に考えてくれる翻訳家ですし、このメンバーが集まったことで日本語の会話の真実味というものをかなりの次元まで高めていけるんじゃないかな、と楽しみにしています。
ーーキャストの中に英語ネイティブが3人いるということを、藤田さんはどのようにとらえていますか。
藤田:ここで大事なのは成河さんも英語が話せるということなんです。成河さんはこれまで翻訳劇をどのようにして日本のお客様に伝えていくのかということを、時間をかけてアプローチされてきました。そして生活レベルで英語を知っている3人は、英語圏の生活の質感と日本語の生活の質感の両方を持っています。座組み全体で、2000年代初頭のアメリカの空気感を日本語で日本のお客様にどのように伝えるのか、ということを話すことができている。そこに阿部顕嵐くんと山﨑光くんが10代から20代の本当にリアルかつ新鮮な価値観で参加しているという、座組の在り方が非常に面白いなと思っています。
(左から)藤田俊太郎、成河
ーー創志さんのお仕事ぶりについてはどのようにご覧になっていますか。
藤田:1回目の読み合わせをしたとき、創志さんだけじゃなくて他のスタッフもみんないろいろな意見をフラットに出し合える空気がもうできていて、時間がいくらあっても足りないくらい楽しい時間でした。読み合わせのときに成河さんの言った「テキレジ(※)を俳優が自分ですること」を話題にされたのがとても印象的でした。つまり自分が話す言葉、自分のセリフは自分が責任を持ってテキレジできるんじゃないか、ということなんですが、とても画期的な発想だなと思います。創志さんは丁寧なコミュニケーションの取れる翻訳家です。俳優のテキレジを受けて翻訳家が全体をチェックしてもう一度俳優に返して、さらにそこに演出家も加わってどういうビジュアルにしたいか、どういう関係性を作りたいかを返す、というやりとりが既にできている。創志さんの柔軟性と、皆さんとの対話が作品を豊かにしていると強く感じています。
※テキストレジ=台本の台詞の変更、追加や削除などをすること
ーー成河さんは今回のハウイーのセリフについて、自分でどのようにテキレジをしていくのか、現段階で考えていることがあれば教えてください。
成河:自分のセリフは自分の言葉、自分が扱える言葉の中でテキレジしよう、というのは本当に思っていることですが、あくまで近現代の会話劇として書かれたもの、いわゆるリアリズム演劇に則って書かれたものに関しての話です。セリフというのは、言葉だけを大事にすると会話劇としては崩壊してしまうので、言葉の中に何が含まれているかということが大事になります。要は自分の言葉と役の言葉と、どういうふうに溶け合わせていくかという作業はまさしく稽古場で行われることなので、ハウイーのセリフをどうしていこうか、という質問には現段階でまだはっきり答えられないんです。創志くんと『タージマハルの衛兵』のときに発明したのですが、セリフの語尾だったりちょっとした単語の入れ替えというレベルの部分をフィックスしないで、3パターンから5パターンくらい用意しておくんです。セリフについては、稽古場から本番を通してずっと向き合い続け、変化し続けていくわけですから、本番までにフィックスしなくていいと僕は思っています。
ーー年齢的には創志さんはお2人よりも10歳ぐらい下になりますが、自分たちよりも若い感性を感じるようなところはありますか。
成河:でも彼は翻訳家一家の小田島家三代目の生え抜きじゃないですか。なかなかない環境の中で生まれ育って、同世代の中だとだいぶ偏ってるんじゃないかな、という気がします(笑)。そこが彼と一緒に仕事をしていて面白いところだし、常に目を開かせてくれるというか、余分なウロコを取ってくれるような存在なので、あまり年下ということは意識していないですね。
藤田:僕もフラットに対話をしていて、どちらの年齢が上とか下とかではなくて、思ったことを素直に伝え合える関係だと思っているので、年齢はあまり意識したことはないですね。
それぞれの登場人物は、誰しもの人生の中に必ずいる
ーー藤田さんは今回の登場人物たちについて、現段階ではどのように描いていきたいと考えていますか。
藤田:この作品は家族を喪失した夫婦がどのように共生していくかを描いていますが、劇中では事件らしい事件は起きません。淡々とした日常の中で、どのようにハウイーとベッカがこの先の人生を見つけていくか、『ラビット・ホール』というタイトルですから、今自分たちが落ちてしまった穴じゃない、他の穴にいるかもしれない自分を探していくというストーリーだと思います。言葉を突き詰めていけばいくほど、役を掘れば掘るほど、普遍化され、社会化され、お客様の物語になるんだと思うんです。だからそれぞれの登場人物は、喜怒哀楽を持って一生懸命生きてきた誰しもの人生の中に必ずいるキャラクターなんだと思います。そういう生々しい人生を生きている人たちを描きたいと思っていますし、最後に明確な答えは出さないけれども、お客様と僕たちがこの作品が上演されている時間を共有した同士として、楽しく劇場を出られるような問いかけでありたいなというふうに思ってます。
(左から)藤田俊太郎、成河
ーー悲しみにはそれぞれ個人差があると思いますが、お2人は悲しみが訪れたときにどのように癒そうと思いますか。
成河:そもそも僕にとっては演劇が悲しみを癒すための行為だと思うんです。僕自身は、悲しみは演劇でしか癒えないし、もっと言うと演劇をやることでしか癒えないんです。演劇をやるということは自分を遠くから見るという作業なので、いろんな人のドラマや世界中の歴史といったものを俯瞰して見たときに、「自分の悲しみなんてちっぽけだな」とか「自分の悲しみは、いろいろな人の普遍的な悲しみなんだな」と思うことで癒されます。それがひとつの舞台芸術の力であると思っています。
藤田:イマジネーションの「想像」と、クリエイションの「創造」によって、悲しみを癒していくというのは、ひとつ大きくあると僕は思っていて、僕にとってその方法は演劇でしかないのですが、特に僕は演出家なので、稽古場や、稽古場に至るまでの過程でどのようにして悲しみを癒していけるかなと考えています。人生は正直、喪失感や悲しみを感じる時間が99%だと思っていますが、でも僕には残りの1%、演劇の現場でクリエイトするという希望があります。僕にとって、演劇の稽古場やものを作る現場があって、同じ気持ちでその場を共有できる皆さんがいてくださることが希望なので、成河さんと立場は少し違うけれど、悲しみが客体化されて生きていこうと思えるというところは同じだなと感じますね。
成河:だからその悲しみは僕だけの悲しみじゃないし、あなただけの悲しみじゃない、ということなんです。それは文学でも音楽でも、芸術全般においてそうなのですが、舞台芸術はその中で何が特別かというと、決められた時間に決められた場所でかなりの大人数と一緒に半強制的に体験するところなんです。それにハマる人もいれば、ハマらない人もいると思いますが、その事実がまた現実としてとても良いと思いますよ。文学とか絵画とか、プライベートに癒していくような治療法とはまた違って、コミュニティとして治療していくところが、演劇がなくならずに続いている理由なのかなと思います。
(左から)藤田俊太郎、成河
ヘアメイク:河村陽子
取材・文=久田絢子 撮影=鈴木久美子
公演情報
『ラビット・ホール』
【作】デヴィッド・リンゼイ=アベアー
【翻訳】小田島創志
【演出】藤田俊太郎
【出演】
宮澤エマ 成河 土井ケイト
阿部顕嵐/山﨑光(ダブルキャスト) シルビア・グラブ
<東京公演>
【日程】2023年4月9日(日)~4月25日(火)
【会場】PARCO劇場
【入場料金(全席指定・税込)】11,000円
【一般発売日】2023年2月11日(土)
【お問合せ】パルコステージ 03-3477-5858(時間短縮営業中)
<秋田公演>
【日程】2023年4月28日(金)
【会場】あきた芸術劇場ミルハス 中ホール
【入場料金(全席指定・税込)】11,000円
【一般発売日】2023年2月18日(土)
【主催】秋田魁新報社/AAB秋田朝日放送
【企画・制作】パルコ
【お問合せ】秋田朝日放送事業部 018-888-1505(平日9:00-17:30)
<福岡公演>
【日程】2023年5月4日(木)
【会場】キャナルシティ劇場
【入場料金(全席指定・税込)】11,000円
【一般発売日】2023年2月25日(土)
【主催】ピクニック
【協力】福岡パルコ
【お問合せ】ピクニックセンター 050-3539-8330(平日12:00~15:00)
http://www.picnic-net.com/
【日程】2023年5月13日(土)・14日(日)
【会場】森ノ宮ピロティホール
【入場料金(全席指定・税込)】11,500円
【一般発売日】2023年4月9日(日)AM10:00
【主催】公演事務局
【企画・製作】株式会社パルコ
【お問合せ】公演事務局 0570-783-988(11:00-18:00※日祝休業)
【ハッシュタグ】#ラビット・ホール