劇団温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』(作:原田ゆう、演出:シライケイタ)について、劇団員全員に聞く
温泉ドラゴンの面々。左から、原田ゆう、いわいのふ健、筑波竜一、阪本篤、シライケイタ
劇団温泉ドラゴンが、新作『悼、灯、斉藤(とう、とう、さいとう)』を2023年2月16日(木)~23日(木祝)、東京芸術劇場シアターイーストで上演する。2人の劇作家(シライケイタ・原田ゆう)を擁する同劇団による、3年8か月ぶりの<作:原田ゆう、演出:シライケイタ>体制での公演だ。
母親の突然の死をきっかけに実家に集まった三兄弟は、母の遺品や思い出から、何を見つけだすのか。ひさしぶりに家族全員が揃ったリビングルームで、告別式に向けての準備が始まる。これは「自分たちの物語」だと語る演出家をはじめ、温泉ドラゴンの劇団員全員から、作品に取り組む想いを聞いた。
■約4年ぶりの温泉ドラゴンへの書き下ろし
──台本を読んだら、男の兄弟3人が登場する話でしたので、劇作家と演出家にも来ていただいて、温泉ドラゴンの劇団員全員にお話を伺いたいと思いました。チェーホフに『三人姉妹』がありますが、今回は『三人兄弟』とも呼ぶべき内容になっています。まず、原田さんから、ひさしぶりの温泉ドラゴンへの書き下ろしになりますが、コロナ禍ではどんなふうに過ごしていましたか。
原田 2年ぐらい前に、文学座の企画をいっしょにやろうというのがありました。演出した所奏(かなで)は玉川大学の同級生で、彼と話し合いながら企画を進めていって……。
──それは昨年の12月、文学座のアトリエで『文、分、異聞』として上演された作品ですね。そういえば、今回の『悼、灯、斉藤』とタイトル文字の並べかたが似ています。
原田 あとはイデビアン・クルーに所属しているので、そこに出たりしていました。
──他にも劇作家としての活動はありますか。
原田 あとは知り合いの劇作家といっしょに自主公演みたいなことを、小さいところでやったりしてました。
──そういった活動を続けながら、温泉ドラゴンの新作の構想を練っていたんでしょうか。
原田 そうですね。3年前に母が亡くなりまして、そのときに喪失感を抱えながらも、いま自分が実感していることは台詞に起こしたりするといいものになるなということが経験としてあって、そう思っていたところへ温泉ドラゴンの公演もやらないかということになり、キャストが3人いるから……ぼくは実際には二人兄弟なんですけれども……三人兄弟に当てはめて母の死について書けるなと思って、こういうかたちになりました。
──実際に母親を亡くされたことが、執筆の大きなきっかけのひとつになっている。
原田 はい。そうです。
温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』(原田ゆう作、シライケイタ演出)のチラシ。
■両親や兄弟の呼びかた
──ちょっと意外だったのは、斉藤家の三人兄弟は両親を「お父さん」とか「お母さん」と呼ばないで、それぞれを名前で呼んでいます。こういう設定にしたのはどうしてですか。
原田 ぼくがそうだったので。高校生になってから「お母さん」と呼べなくなってしまって、それを存分に活かした感じです。
──なるほど。そして、兄弟同士も「お兄ちゃん」とは呼ばないで、それぞれの呼びかたをしています。
原田 それも照れですね。もう「お兄ちゃん」とは呼べないなと。実際には下の名前で、さん付けで呼んでいます。
──そのように呼びかたで距離を置くのは、高校生になることで、独立した人間として相(あい)対するみたいなことなんでしょうか。
原田 いや、ぼくの場合は、ただの照れです。むちゃくちゃ照れていました。
温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』、作者の原田ゆう。
■斉藤家の息子たちをどう演じるか
──斉藤家の母親の佳子(よしこ)さんは、すごくやさしいお母さんで、困っている息子には無理をしてでも必要なものを届けようとする。やりとりの随所で無償の愛を感じました。母親に最も世話になった長男の倫夫(みちお)を演じる筑波さんから、役作りについて聞かせてください。
筑波 すごく甘えさせてくれたお母さんなんでしょうね。長男で、かわいがってもらっていて、劇中に直接、母親と会話するシーンがあるんですけど、演じていてもちょっとつらくなっちゃうところがあります。いまの年齢になって、年老いてきて、実際の母親が亡くなったことを想像したりしながらやっています。母親は男の子供にすごく優しく、甘く、いつまでたっても子供扱いする……そういう感じがしてますね。甘えさせてくれる存在というか、甘えてしまう存在というか……。
──必要としている息子に自分ができるだけのことを母親はやってあげていた感じですね。では、次男の周司を演じる、いわいのふさん。周司は長男の倫夫とのあいだで、確執とまではいかないが心の歪みみたいなものを抱えています。
いわいのふ 周司君は男兄弟の真ん中で、ふつうに栄養士として病院に勤めて、サラリーマンをやって、自分がやりたいことも学生時代にあって、早々に就職するわけです。で、奥さんもいて、奥さんの活動の支援もして、真っ当に生きているという自負がある。そこがひねくれていく原因なのかもしれないんですけど。
だから、自分の家族で思ったのは、家族はいちばんリラックスして会える人間ではあるけれど、いちばんかっこつけちゃう対象でもあると思っていて。周司君はいっぱいしゃべるんですよ。そうやってしゃべるのは、そうしないと家族の前では自分がいるというポジションを築けないから。だから、こういう性格になったのかなと思いながら、それを軸にして、しゃべり倒していこうと思っています。
で、お金のことは、さっきも通帳の話が出ましたけど、たぶんいちばん周司君がうれしかったのは、母親が気にかけてくれていたということ……。
──母親が自分名義の通帳をちゃんと作ってくれていたことですね。
いわいのふ で、自分以外の兄弟がお金をもらってることも、別にいいんだけど、なんかイラッとする。そのへんのリアルな兄弟間と家族間みたいなものがリアルにやれたらいいなと思っています。
──阪本さんが演じる三男の和睦(なごむ)は、映画ライターという設定で、お母さんにはときどき生活費も助けてもらい、車の頭金まで受け取っていたことになっています。
阪本 3兄弟のいちばん末っ子で、いちばん親離れできてない。結婚していないから家庭を持ってないし、親離れできてない存在だと思うんです。長男も母親に援助してもらっているけど、特別な事情によるものなので、ふたりの兄は自立して親元を離れたと思うんです。三男の和睦だけは、家こそ出てはいるけれど、親離れできてないから、家族のなかで誰よりも母親が亡くなったことを実感できていないんじゃないかと思って。
10年ぐらい前に父が他界したとき、葬儀までの1週間という短い時間では父の死を受けとめることができなくて、そこから長い時間をかけて、さみしさとかを埋めていってくれた実感があるんです。まず母親に対しては、そういう気持ちで……。
兄弟に対する感情としては、兄ふたりの関係が悪いと感じていて、弟としては仲良くなってほしい。でも、そんなことはストレートには言えない。ただ、そのふたりでは絶対に解決しないようなことでも、和睦という存在がいることで絡まってしまった関係のバランスを保つような存在になれたらいいなと思って、稽古場で模索中です。
温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』、長男の倫夫(みちお)を演じる筑波竜一。
■実際にあったことも作品に採り入れる
──実際の原田さんの思い出を取り入れた部分はあるんでしょうか。ちなみにお父さんはお元気ですか。
原田 はい。
──じゃあ、いっしょにできあがった舞台を見て、感想を聞いてみたい?。
原田 いや、ちょっと怖いです。けっこう実話を入れているので、どれくらい父が反応するのか……
──お父さんは、ここに登場する吾郎のように、絵を描いていたりするんですか。
原田 そうです。だから、めっちゃ怖いです(笑)。
シライ 原田に聞くと、ほぼ実話で、もちろん、ぼくたちはフィクションとして立ちあげるんですけど、かなりそのまま入っているようです。
温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』、次男の周司を演じる、いわいのふ健。
■座付き作家に起きた出来事は「自分たちの物語」
──シライさんは斉藤家をどんな家族として演出したいと思っていますか。
シライ 一読したときに、これはぼくたちの物語だと思ったんですよね。原田がどういうつもりかはわからないけど、自分たちの物語だとぼくは読みました。
温泉ドラゴンは、最初は筑波と阪本が始めた劇団で、ぼくは作・演出の立場で後から入っているから、小劇団にしては珍しく作・演出家が主宰者じゃない。そういう成り立ちだから、割となんでもみんなで話し合いながら合議で決めてきた。時間はかかるんですけど、そういうやりかたを努めてしてきたこともあって、兄弟みたいに十数年やってきたという感覚がある。
ぼくは母も父もまだ生きているので、その喪失感は想像力で埋めるしかないから、圧倒的な経験をした作家の原田にたくさん聞きながら、なんとか自分たちの物語として立ちあげようと、いま必死です。素敵な台本だと思っているので、ぼくの特徴とか、演出家としての腕力は基本的には封じて、ぼくたちだからできる台本への向かいかたというのかな、原田が書いたことに必死に向き合ってるという感じです。
──温泉ドラゴンでしかできないアプローチで、この作品を上演していく。
シライ そうですね。ぼくたち、喧嘩したり、いがみあったりが、最初の頃は特に多かったせいもあって、よくわかる感じなんですよ。3年前にコロナ禍で『SCRAP』という作品が中止になり、それから会えなくなった。ひさしぶりにみんなで会ったのが、原田のお母さんのお通夜だったんです。そこから少し関係が変わった感覚がぼくにはあって、本当にそういう意味でも自分たちの物語という感じがしています。
──劇団員のひとりに起きた出来事なんだけど、それぞれが自分の物語としてこの時間を生きてみる。
シライ まさにそうですね。それにゲストの人たちも、ぼくたちの物語にフラットに寄り添ってくれる素敵な人たちばっかりで、豊かな作品づくりができています。すごく幸せな現場ですね。
温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』、三男の和睦(なごむ)を演じる阪本篤。
■お気に入りの台詞について
──それをお聞きになって、作者としてはどうですか。また、ご自身の体験をもとにして書かれた作品が、稽古場で立ちあがっていくのを見ているのはどんな感じですか。
原田 シライさんから温泉ドラゴンが集まるきっかけになったという話を聞いたときは、なるほどと思ったのと、なんかうれしいなと思いました。そういう妙なめぐり合わせも面白いなと思います。
稽古については、本番前になると、ぼくの書いた台詞がそれぞれ俳優さんの言葉になっていると実感するんですけど、最初の稽古の段階で、すでにおたがいの関係性などを話し合って、言葉がすでに俳優さんのものになっていると感じているので、とてもいいものになると思っています。
──世代的にも近いので、同じ時間を過ごしてきた人たちは同世代の者だけが響き合える何かがあると思いました。最後に、とりわけ気に入った台詞があったら教えてください。
いわいのふ ぼくがいま好きなのは、「よくあるような生き方をしてるからよくある悩みで悩むんだなって納得したけど」という周司君の台詞があるんですよ。いつも原田の脚本をやっていて、好きな言葉はあるんですけど、すごい周司君を象徴してるなって。なんか卑屈だなあ、周司君って思う。だから、いい台詞とか、涙が出るみたいなものじゃないけど、いま好きな台詞。
──なんでもない台詞のなかに、その人がとても表れています。
筑波 ぼくは最後に「なんだか導かれるような、肯定されるような感じがして……」という台詞があるんですけど、倫夫が物語を通して最後にそこへ行けてよかったなと思います。その台詞を書いてくれてありがとうという気持ちになりますね。
阪本 ぼくは、和睦の台詞じゃないんですけど、高校のときに付き合っていた同級生の生田目(なばため)恵が、母親を亡くして傷ついてるときに、「……お別れはかたちだけだから……きっと今まで以上にお母さんと話すことになると思うよ」と言ってくれる台詞があるんです。これが本当にそうだなと思うんですよね。
自分の父親の場合も、亡くなった後の方が手を合わせたり、心のなかでしゃべる時間が増えました。そういう時間を通して死を受けとめてこられたと思うので。
──人の記憶とか、思いを掘り起こす台詞が随所にあり端々にありましたね。シライさんは。
シライ ぼくはね、佳子さんが奈美恵の名前を「波平さん」と聞きまちがえたことを、夫の吾郎が「……笑ってたんだよね……ずっとね……」って言うのが好きですね。
──なんでもないことで笑いがとまらなくなるお母さん。
シライ あのシーンは「笑ってた」という言葉を聞いて、泣きそうになるという不思議な体験です。
いわいのふ 劇団としてはひさしぶりの公演なので、たくさんの人に来てほしいです。『SCRAP』以来の芸劇だし、返り咲きなんで。
温泉ドラゴン公演『悼、灯、斉藤』、演出のシライケイタ。
取材・文/野中広樹
公演情報
■作:原田ゆう
■演出:シライケイタ
■出演:阪本篤、筑波竜一、いわいのふ健、大森博史、大西多摩恵、林田麻里、宮下今日子、枝元萌、東谷英人、山崎将平、遊佐明史
■会場:東京芸術劇場シアターイースト
■日程:2023年2月16日(木)~23日(木・祝)
■公式サイト:https://www.onsendragon.com/