「一緒に大海へ出かけましょう!」大貫祐一郎×扇谷研人が語る、2台ピアノコンサート『Mysig Music』が生み出す心地よさ
幅広いジャンルで活躍し、多くのアーティストから厚い信頼を得ている2人のピアニスト、大貫祐一郎と扇谷研人。2人がタッグを組む初の2台ピアノコンサート『Mysig Music』が、2023年4月8日(土)に東京・浜離宮朝日ホールにて開催される。
『Mysig Music』=“心地良い音楽”と名付けられたコンサートに臨む意気込みを、大貫と扇谷の2人に聴くことができた。対談インタビュー中の彼らの間には、まるで穏やかな海のような“心地良い”空気が流れていた。
「お互いにあるものもないものもあって、だからこそ楽しいんです(扇谷)」
ーー2台ピアノコンサートを開催されるお二人ですが、最初の出会いを教えてください。
扇谷:確か、木村花代さんの20周年記念アルバム(木村花代 20th ANNIVERSARY「Change of Flower」)のアレンジで関わったときが最初でしたね。
大貫:そうでした。扇谷さんは素晴らしいキーボーディストでもあるので、アルバムの中の『オペラ座の怪人』の楽曲で打ち込みをお願いしたんです。ちょうど5年前だったかと思います。
扇谷:「自由に打ち込みで全部表現してもらえないか」という依頼でした。僕らはピアノという同じ楽器を扱う人間ではあるのですが、その後もいろいろな現場でご一緒させていただいています。
ーー今回のコンサート開催に至るきっかけは何かあったのでしょうか?
大貫:いろんな現場で一緒に仕事をしていく中で、自然とそうなりました。僕は2台ピアノコンサートの経験がないのですが、扇谷さんは経験がおありなので「2台ピアノってどうなんですか?」みたいな。そのときは雑談レベルでしたけど「いつかやりたいですね」という話をしていたんですよ。
扇谷:確かにそういう雑談はしましたが、まさかこんなに素晴らしい形で、しかも大貫さんからお誘いいただけるなんて思ってもいませんでした。
大貫: 僕、2台ピアノコンサートはずっとやってみたかったんですよ。で、まず思いついたのが「2台ピアノをやるなら扇谷さんとだな」って。
扇谷:いやあ、光栄です!
ーーお二人はタイプが違うピアニストだとうかがっています。実際どのように違うのでしょうか?
大貫:扇谷さんのことは、いいピアニストだなあとずっと思っていたんです。言葉で言うのはちょっと難しいんですけれど、まるで白いキャンバスに絵の具で色を塗るようにピアノを弾く人。よく考えてみたら、白いキャンバスって僕にとってはすごくピュアなものなんですよね。話していてもわかると思いますが、扇谷さんって妖精みたいな人なんです。
扇谷:そんなことないです(笑)。
大貫:ピュアな心の持ち主だから、まっさらな気持ちでワーっとピアノで絵を描くことができるんだろうなって。僕は自分のことをピュアじゃなくてドス黒いと思っているので(笑)。
扇谷:大貫さんがドス黒いだなんて、一度も思ったことないですよ(笑)。
大貫:自分の中にないものを持っている人だから、今回一緒にやることによって影響を受けたいなあと思ったんです。
ーー扇谷さんから見た大貫さんの印象はいかがですか?
扇谷:とにかくピアノが上手いんです! プロだから上手いのは当たり前なんですけど、でも本当に上手くて。あと、今日の僕たち2人の格好にも表れているなと思うのですが、大貫さんはジャケットでビシッとしていて、いつもちゃんとしているんです。
大貫:洋服に無頓着なだけですよ(笑)。
扇谷:いやいや、例えばリズムに関してもすごく正確なんです。もちろん僕も正確さは目指していますが、楽しくなっちゃうと自由になっていくところもあって。でも、大貫さんはどこまでもちゃんとしているイメージ。本番中も演奏とマインドにブレや迷いが全くない感じがするんですよね。そういうところに本当に憧れます。
大貫さんの正確さの要因のひとつとして、僕にはない圧倒的なクラシックの素養があると思うんです。僕も昔はクラシックをやっていたんですけれど、バンド活動やいろんなジャンルに飛びつく方を選んでしまったので。その辺が2人の違うところですかね。でも、僕たちはまるっきり正反対というわけではないと思うんです。表現の仕方こそ違いますが、いいなと思う音楽は共通している気がします。
大貫:今、扇谷さんはご自身のことをクラシックの素養がないとおっしゃいましたけど、以前テレビ番組(WOWOW:福田雄一×井上芳雄「グリーン&ブラックス」)で扇谷さんにピアノ演奏をお願いしたことがあったじゃないですか。そのときにとても難しい曲があったんです。
扇谷:ありましたね〜。「なんてものを送ってくるんだ」と思いました(笑)。井上芳雄さんと合わせる曲だったのですが、あれは難しかったなあ。
大貫:クラシックの素養がないととても弾けないような曲だったんですよ。それなのに扇谷さんは普通に弾いていましたから。
扇谷:クラシックの素養がないとはいえ、ポップスもジャズも基礎的な技術はもちろん必要ですからある程度はやってきていますよ。「これはクラシックのテクニックがないと弾けないな」という譜面が出てくることはあるので、もっと技術を身に着けたいと思うことはあります。そういうところが大貫さんはちゃんと備わっているなあって。
大貫:ありがとうございます。僕は音符から入ったクラシックの人間なので、逆に音符やテクニックに頼ってしまうところがあるかもしれません。そういう意味で、扇谷さんが持つ自由さや発想力には勝てないなあって思うんです。
扇谷:単純に人が違えば表現することが全く違いますからね。お互いにあるものもないものもあって、だからこそ楽しいんです。
2台ピアノコンサートならではの魅力とは?
ーーそんなお二人による2台ピアノコンサートが、4月8日(土)に浜離宮朝日ホールで開催されます。2台ピアノコンサートならではの魅力を教えていただけますか?
大貫:僕は2台ピアノをやるのは初めてなので、扇谷さん、その辺どうなんですか?
扇谷: まず第一に楽しい! 同じピアノという楽器を切磋琢磨してきた人と一緒にやるというのは、他の楽器の方と合わせるときとはまた違った喜びが自然と芽生えるんです。ピアノといっても人それぞれ本当に違いますし、実際に合わせてみないとどうなるかわからないところも楽しみのひとつですね。
大貫:それは例えば、ピアノとベースで合わせるときの感覚とも似ているものですか?
扇谷:リズムやノリに関しては似ているかもしれません。でも、ピアノ同士ならではの難しいところもあるんです。ピアノは鍵盤が全部で88鍵あるので、弾こうと思えば一気にいろんな音を出せちゃいます。例えばCのコードがあったら「ド・ミ・ソ」が基本の音になるのですが、面白い響きをさせるために「レ」を足してみたり、シャープを入れてみたり。基本の音に異なる音を重ねることを“テンション・ノート”と呼ぶのですが、これを増やすとジャズっぽくなるんです。ただ、ピアノ2台で不用意にテンション・ノートを足してしまうと音がぶつかる可能性が高くなるんです。そういう意味での交通整理が、他の楽器と合わせるときよりも必要になります。
大貫:わかります。他の楽器とジャズっぽい曲を合わせたときでも、これは細かく指定しておかないとダメだなと思ったことが何度もあります。
扇谷:クラシック曲なら譜面が完全に決まっているので、最初から交通整理がされているんです。でも自由度がある曲では事前に交通整理をしておくか、そういうものだという認識を持って臨まないと、出会い頭ですぐぶつかっちゃうということが起こるんです。
大貫:うんうん。なんだかそんな予感は既にしています。
扇谷: まあ、大貫さんはちゃんとしているので(笑)。
大貫:言う程ちゃんとしていないですよ(笑)。
扇谷:またまた〜(笑)。
ーー現時点ではどんなセットリストを考えているのでしょうか?
大貫:少し前に、コンサートの選曲の打ち合わせをしたんです。最初から決めてかかるものと、そうではないものの振り幅を広く取ろうかなと話しています。さっきの話のように、交通整理をちゃんとするものと、あまり締め付けない自由なものと、という感じです。
ーーお二人とも幅広いジャンルでお仕事をされていらっしゃいますが、お客様の中にはミュージカルファンの方も少なからずいらっしゃるのではと思います。ミュージカルナンバーも期待していいものでしょうか?
扇谷:今の段階では楽曲はまだ決めきっていないんですけれど、ゲストに中川晃教さんというスターもいらっしゃるので・・・・・・。
大貫: そう、ゲストがアッキー(中川)さんなので、 推して知るべしみたいなところはあるかもしれませんね。
扇谷:一曲もミュージカルナンバーをやらなかったら、怒られそうですね(笑)。
大貫:その可能性もゼロではないですけどね(笑)。我々はミュージカルに関わることももちろんありますが、扇谷さんだったらポップスの世界、僕ならシャンソンの世界といろいろな現場で活動しています。既に僕たちからアッキーさんに歌ってほしい楽曲のリクエストは出していますが、どうなるかは当日のお楽しみということで。
「ひとつの船に乗って、大きな海を気持ちよく漂っていけたら(大貫)」
ーーコンサートのタイトルの「Mysig(ミューシグ)」という言葉は、スウェーデン語で“心地良い”という意味だそうですね。これはどうやって決めたのでしょうか?
大貫:僕から提案させてもらいました。僕、スウェーデン語を見るのが好きなんですよ。日本語では表せないような、いろんな意味を含んだ言葉がたくさんあるんです。「Mysig」は、例えば暖炉の側でゆったりしたり、星空を眺めたり、好きな人と一緒にいたり・・・・・・いろんな心地良さがあるでしょう。そうしたあらゆる心地良いを総合した言葉なんですって。日本語の「心地良い」という言葉以上の意味が含まれているんです。あと、「Mysig」って「Music」とも似ているなあって。ダジャレなのでOKが出たのだと思います(笑)。
扇谷:僕たちみんなダジャレ好きですからね(笑)。
ーータイトルに絡めて、お二人が感じる“心地良い瞬間”を教えてください。
大貫:音楽をやっていると、ワーっと気持ちが合う瞬間っていうのがあるんです。それは2人でも10人でもオーケストラでも同じこと。その瞬間がたまらなく気持ちよくて、それを感じたくてこのタイトルにしたっていうのもあるかもしれません。今回のコンサートの本番でもぜひMysigを感じたいです。
扇谷:そもそも僕たち、まだ一度もピアノを合わせていないんですけどね(笑)。
大貫:実はそうなんですよ(笑)。
扇谷:「Mysigを感じさせるぞ!」という気持ちで臨みますけどね。共演者の方はもちろん、会場のお客様と気持ちがものすごく通じ合っていると感じる瞬間が最高に幸せです。それが僕にとってのMysig、心地良い瞬間ですね。
大貫:やっぱり、我々にとってそれを超えるMysigはないですよね。
ーー会場は浜離宮朝日ホールですが、音の響きが美しくて素敵な場所ですよね。
大貫:日本には素晴らしいホールがたくさんありますが、その中のひとつですね。今回はピアノを気持ちよく弾けるところをポイントに会場を探しました。
扇谷:Mysigは会場に依るところも大きいですからね。会場の段階で既に最高なんじゃないでしょうか。ピアノひとつとっても、会場によって雲泥の差があるんです。ライブハウスではなかなかピアノに予算をかけられないことが多いのですが、この規模のホールなら最高のフルコンピアノがありますからね。
大貫:いい会場でいいピアノを弾くと、すごく気持ちいいんですよね。まるでピアノに弾かされているような感覚になります。そういうときは本当に何時間でも弾いていられるくらい気持ちいいものなんですよ。
ーーコンサートに向けて、お二人の共作の楽曲も披露されるとうかがっています。
大貫:そうなんです。2台ピアノ用の曲を一緒に作ろうかなと話していて。今はまだ本番の2ヶ月前だから、ちょっと余裕ぶっこいています(笑)。
扇谷:ね(笑)。曲ってできるときはバッてできちゃったりするんです。ただ、今回は共作だからどうなるかなあ。そろそろ曲作りも始めないといけないですね(笑)。
ーーどんな曲ができあがるのか楽しみです! 最後に、お客様へ向けたメッセージをお願いします。
大貫:コンサートをやるときは、演奏している人と聴いている人でひとつの船に乗って、大きな海を気持ちよく漂っていけたらいいなあと常々思うんです。この日もそんな気持ちで臨むので、みんなで一緒に大海へ出かけましょう! 豪華客船に乗りたいですね。
扇谷:ピアノコンサートのような歌のないインストのコンサートは、ちょっと難しく感じる方もいるかもしれません。けれど、逆に言うとどのようにでも解釈できる楽しみがあります。僕らもMCを通して、お客様がイマジネーションを膨らませられるようなお話を伝えていくつもりです。それぞれのイマジネーションの中で、みんなでひとつになれたらいいなと思います。
取材・文=松村蘭(らんねえ)
撮影=福岡諒祠
公演情報
会場:浜離宮朝日ホール
ゲスト:中川晃教
イープラス:https://eplus.jp/mysig-music/
主催:TBSグロウディア