『OTODAMA ‘23~音泉魂~』2023.5.3(WED)大阪・泉大津フェニックス 昨年、大阪・泉大津フェニックスにて、3年ぶりに開催された『OTODAMA~音泉魂~』。初の春開催となったが、決して「春フェス」とは主催・清水音泉は言わない。夏開催の時にも夏フェスとは言わなかった。番台(代表)の清水さんは、『OTODAMA』を大人の学園祭と呼び、プロとして運営しながらも企画発想はアマチュア精神を大切にと言う。冒頭から何をダラダラ書いているんだと思っているでしょ? 自分でも相変わらず『OTODAMA』のライブレポートは一筋縄にいかないなと自覚している。 先に書いときたいが、最近ひとりでフェスやサーキットイベントのライブレポートを書くことが多くなった。出場者全組について書けるに越したことは無いが、出場者が多いフェスやサーキットであれば、あくまで私が観たライブだけのダイジェスト的なライブレポートでも何とか許してもらえるし、何かしら読み物として成立している。ところが、去年の『OTODAMA』のような2ステージで時間被りがない野外イベントだと、しっかり水分を摂りながら、昼のお弁当を転換中に早食いしたりすれば、全組フルタイムを観ることが可能なのだ。つまり、全組のレポートを書けるということ。ところが、今年はDAIYOKUJYOH(=大浴場)とROTEN(=露天風呂)というステージのほかに、GENSEN TENTO(=源泉)という新たなテントステージが加わった。4年ぶりに3ステージとして復活したのはシンプルに喜ばしいことである。 浴場案内 しかし、ROTENとGENSENは時間が被る。組数としては5組増えただけなのだが、ひとりで全組のライブをフルタイムで観ることが不可能となった。ひとつでもステージが増えて色々な音楽を聴けることは嬉しいし、この3ステージが大変なことのように書いているが、あくまでひとりで全てを書けなくなったということだけであり、ステージ数としては少ない方である。それも会場の端から端まで移動は5分弱。数多のステージがあり、会場の端から端までの移動が30分弱なんていう野外フェスもよくある中で、このステージ数と移動時間の規模だからこそ、敢えて『OTODAMA』は「フェス」と名乗らず、「野外イベント」と名乗るのだなと今回改めて感じた。だが、コンパクトだからこそインパクトある物語が生まれる。 なので、皆様も既に薄々気付かれているだろうが、全組ほぼ同じ文字数で書く典型的なライブレポートでは無いし、ライブ全組が素晴らしいのも大前提だが、あくまで「鈴木が覗いた『OTODAMA』」という紀行文・道中記的に独断と偏見で書かせて頂きます。書く規模範囲はコンパクトかも知れないが、だからこそインパクトがある文章の物語を書くつもりである。序文だけで相も変わらず長くなってしまったが、今年も私が感じて想った感想文を是非お読み下さい。では、ようやく初日編へ。 初日5月3日、朝10時開場。その瞬間、泉大津フェニックスに山下達郎「SPARKLE」が大音量で鳴り響く。その「SPARKLE」が収録された1982年の名盤アルバム『FOR YOU』だが、今回の『OTODAMA』メインビジュアルはレコードジャケットデザインであり、サブタイトルは「FOR 湯ぅ♨」。前述の「企画発想はアマチュア精神」ではないが、毎年お馴染みの入り口のアドバルーンなど、清水音泉は遊び心に溢れている。商業的・興行的であることは第一であるが、オートマチックでステレオタイプなフォーマット過ぎてもつまらない。しっかりと温もりがあり、人間臭くて血が通っている。後程このポイントには、また触れていくだろう。 こちらも後程また何度か書くことにもなるが、この会場の特筆すべき素晴らしい点は、音量規制が無いこと。なかなかそんな会場は無いし、関西ではここだけ。いつか山下達郎御大を『OTODAMA』で観ることができたら、大興奮して失禁するなんて馬鹿なことを考えながら、開演まで後1時間かと気持ちが昂る。 11時にROTENの帝国喫茶から始まるのだが、清水さんが10時55分に前説としてROTENのステージに登場。演者が主役であり、主催者とはいえ裏方なので表に出る必要は無いのだが、主催者の顔が見えて少しでも声を聞くことで、そのイベントの輪郭が伝わってくる。取扱説明書として、前説は大変有効である。決して自分が表に出たい出しゃばりたいわけではない前説だというのも重要ポイント。でも硬すぎると場の雰囲気は悪くなるので、軽さ柔らかさも必要だが、そこの匙加減は清水さん絶妙である。「拍手は大丈夫ですよ、拍手は結構です」という清水さん特有の御謙遜から始まると、毎年ここで一気に場が軽やかになり誠実さも感じる。そして、こう話された。 「地元大阪で着々と実力をつけている帝国喫茶から最後はフィッシュマンズです。良い1日にしてやって下さい」 去年2日目に風呂ントアクト(=フロントアクト)で出場したヤユヨもそうだが、トップバッターに地元のヤングバンドが選ばれているのは嬉しい。いわゆるカタログ的な流行旬の青田買い選出ではなくて、ずっと見守ってきた地元ヤングバンドを大勢の皆様に満を持して観てもらうということ。誠に信用ができるブッキング。そのヤユヨも、今年はROTENの参番風呂としての出場であり、毎年の成長をドキュメントのように観れるわけだ。 続くROTENの四番風呂として出場のネクライトーキーも『OTODAMA』二度目となるが、ギター朝日とベース藤田は別名義バンドであるコンテンポラリーな生活として、関西を拠点に活動していた時期に清水音泉が威勢の良いヤングを紹介する大阪城野外音楽堂でのイベント『ヤングライオン』にも出場していた。やはり、しっかりとした物語がある。物語でいうと、ヤユヨは学生時代、普通に観客として『OTODAMA』を観に来ていた事もあり、だからこその感動もあった去年の初入浴(=初出場)。帝国喫茶も去年、『OTODAMA』を普通に観に来ていた。ボーカルの杉浦祐輝は、出場者の名が記されたのぼりを見ながら、「来年必ず出ます。帝国喫茶というのぼりを作って欲しい」と微笑みながら言っていたのを今なお思い起こす。いつか必ず出るだろうとは思っていたものの、たった1年で有言実行してしまったのには驚いた。可愛らしい顔をしているのに、肝が据わりまくっている。この日もヤングバンドとは思えない落ち着きっぷりで威風堂々と歌っていた。 帝国喫茶 撮影=渡邉一生 「壱番風呂、入浴させて頂いております。俺らは熱すぎるんちゃうかな? のぼせるんちゃうかな?」 なんて言ってのけるふてぶてしさもある。呆気に取られたのは、ラストナンバー「春風往来」。杉浦がステージ横にあるスピーカーが設置された鉄塔に登り、その足場で歌い叫ぶ。これくらい突拍子も無い荒々しい振る舞いをして良いのは、どこかキャリアある演者だと決めつけていただけに、このヤングの向こう見ずさには感動してしまった。最後は何事も無かったかのように、これまた「あったまった?」とふてぶてしく言い放ってステージを去る。清水音泉を、『OTODAMA』を背負って立つ、地元大阪発の新たなロックンロールスター誕生の瞬間が観れた喜ばしきトップバッターであった。 初日はベテランとヤングの両極な出場者という軸を感じた。GESENで初出場のルサンチマンとクジラ夜の街は帝国喫茶とヤユヨの同世代であり、GENSENのラスト伍番風呂を務めたブランデー戦記は同世代だけでなく、帝国喫茶とヤユヨと同じく大阪のバンド。このヤング世代がしのぎを削り、『OTODAMA』常連組を目指していってほしい。そして、清水音泉はライブハウスバンドを大切にしており、DAIYOKUJOH弐番風呂でオレンジスパイニクラブが「ライブハウスでやってるバンド」と名乗ったのも格好良かった。清水音泉は何よりも各演者の普段のワンマンライブに来てもらうことを願っている。『OTODAMA』で観たライブをキッカケに、次はワンマンライブへ出かけてもらえるのが理想なのだ。 怒髪天 撮影=河上良 さて、初日はベテランとヤングと書いたが、帝国喫茶からDAIYOKUJOH壱番風呂の怒髪天、そこからROTEN弐番風呂のKALMAという流れは特に象徴的だった。怒髪天の増子直純は御年57歳であり、子供世代の帝国喫茶とKALMAに挟まれている。 「一期一会だから、たいしたことないって思われたくない。今日も濃厚な角煮を出し続ける」 ただただ自分たちの35分~40分の出番をこなすのではなく、確実に爪痕を残そうとしている。ベテランだからとあぐらをかくのではなく、増子は自らを濃厚な角煮と表現して喰らわし続けようとしている。この全身全霊のファイティングスピリッツには恐れ入った。もう一点、この流れで胸熱だったのは、怒髪天とKALMAは同郷北海道出身であること。KALMAの畑山悠月は北海道の大先輩からバトンを貰ったことについて触れながら、「でも俺が一番大きな声が出ます!」と宣言した。先輩に敬意を払いながらも委縮しすぎず胸を借りて大きくぶつかっていく姿には痺れた。畑山はステージから観客とも会話をして、フィッシュマンズ目当てで来た男性のことを知ると、歌詞にフィッシュマンを盛り込みながらも、自分たちが一番になるんだと宣言。 KALMA 撮影=渡邉一生 終盤はステージ下の清水音泉スタッフにマイクを持ってもらい、人力マイクスタンドで歌いながら、そのスタッフとは自分たちが高校生の頃からの付き合いで、その時から『OTODAMA』を目指してきたと明かす。この一組一組の熱い想いが、『OTODAMA』が単なるカタログ見本市のような、どこにでもある催し物で無いことを理解してもらえるだろう。そうそう余談だが、今年は出場してないが、去年『OTODAMA』初出場したくるりの「ロックンロール」を、KALMAがリハで鳴らしたのにはグッときた。『OTODAMA』には古き良きロックンロールスピリッツを新たに更新していくロマンも感じる。 ハナレグミ 撮影=河上良 この日、さらに感じたのは横の繋がりである。各演者が自分たちのことを一番だと思って自信を持ってぶちかましながらも、どこか駅伝みたいにリレー感覚で、全組が『OTODAMA』のタスキバトンを繋げてゴールに導こうという漢気を感じまくった。DAIYOKUJOH参番風呂のハナレグミは、もう伝家の宝刀とも言うべき永積 崇の声一発で1曲目から持っていき、日本の名曲「オリビアを聴きながら」では彼の美しい声にうっとり酔いしれながら、観客全員が一緒に歌う最高さ……。なのに「この後、スカパラ出ますからね! 俺が「ウォームアップしとけと仰せつかったので!」という言葉が何とも言えず粋だった。 東京スカパラダイスオーケストラ 撮影=河上良 DAIYOKUJOH四番風呂は、その東京スカパラダイスオーケストラ。普段から清水音泉がイベンターとして携わっていない演者が『OTODAMA』の舞台に上がった時に、どう化学反応を起こすかというのが楽しみのひとつなわけで。スカパラは『OTODAMA』歴史の要所要所で出場しており、谷中敦は「全てにおいて物凄く湯加減が良い感じ!」なんていう最上級の誉め言葉を投げてくれたりする。まぁ、彼らが出て盛り上がらないわけがないし、この日、泉大津フェニックスにいた全ての人々がDAIYOKUJOHのスタンディングエリアに集結したのではないかというくらいの大盛況っぷりだった。語るべきは終盤からのこのシーンで間違いは無い。 「久しぶりのゲストです! 久しぶりのこの人です!!」 東京スカパラダイスオーケストラ feat. 奥田民生 スカパラとお揃いのスーツを着た奥田民生が大登場。この時の湧きっぷりと言ったら……。2002年発表のコラボナンバー「美しく燃える森」を民生が歌い始めたら、また湧く湧く……。民生と言えばマイペースなダラダラ加減がとてつもなく心地良いわけだが、この日の民生は軽快なステップを踏みキレッキレで、それはそれで凄くキマッていた。続く「Paradise Has No Border」ではスライドホイッスルまで担当したが、肝心のサビフレーズソロではちょいと調子っぱずれなチャーミングな吹きっぷりで、これまた我々観る側のハートを鷲摑みしちゃう。まさにスターな男。 で、ラストナンバーである。ラストナンバーは、チバユウスケ(The Birthday)がフィーチャリングされた「Dale Dale!~ダレ・ダレ!~」。ROTEN六番風呂で登場予定だったThe Birthdayは急遽不在になったが、だからこそ、このナンバーが鳴らされた時の会場全体の歓喜は凄まじかった。 「チバユウスケに向かって!!」 そう谷中に鼓舞されて全員で「ラララ~ラララ~」と全員で大合唱する。もしもチバがここにいたらなんていくらでも言えるし、それに越したことなんて無いんだけど、いないんだから仕方ないし、必ず元気に戻ってくるんだから、また次にやればいいじゃないという強い気持ち、強い愛を受け止めた。残念だけど、不在だからこそ、改めてチバの偉大さを知れたのだから、今回は有意義な時間だったのだ。そう、奇しくも初日はチバの不在が大事な物語となる。 SIX LOUNGE 撮影=渡邉一生 The Birthday「涙がこぼれそう」を一節歌い、「次、民生さんすよ! こんな事ある!? 上がるな~!」と喜びを心から表現したのはROTEN伍番風呂のSIX LOUNGE・ヤマグチユウモリ。彼らも普段から清水音泉が担当しているバンドでは無いし、初登場ながら、しっかりと『OTODAMA』スピリッツを継承理解してくれていても物凄く頼もしかった。 奥田民生(MTR&Y) 撮影=河上良 その次の民生。DAIYOKUJOH伍番風呂。清水さんいわく清水音泉の表看板。もう、そのスターっぷりはスカパラゲストで充分にわかりまくっていたが、奥田民生(MTR&Y)名義でのバンド編成、いまさら何を言うてるんだという話だが、1曲目「快楽ギター」で音がドーンと出た時の重厚感がとてつもない。いやぁ、もうさすが清水音泉の表看板だよ、清水音泉の守護神だよという安心感。だからって穏やか緩やかにのんびり聴いてるのではなく、胸騒ぎしっぱなしのドキドキワクワク感。「雨雲が『OTODAMA』の醍醐味ですけど、何でこんなに晴れてんじゃいと思いましたけど!」なんて言いつつ、次の言葉は寡黙なイメージもある民生だけに感激した。 「音量規制とかがないフェスです。一番自由なフェスだと思いますよ」 清水さんがフェスティバルと言うのは憚られると常々おっしゃっているけど、清水音泉の表看板である奥田民生がフェスと言っているんだから、『OTODAMA』はもう立派なフェスなのだ。ここには僕らの自由がある……、大げさに言うのならばきっとそういうことなんだろう。ラストナンバー「さすらい」が極上だったのは言わずもがなである。 DJ グレート・マエカワ 撮影=オイケカオリ 4月26日に3組の最終追加出演者が発表された。その内の2組は、GENSEN TENTO弐番風呂DJグレートマエカワとROTEN六番風呂フラワーカンパニーズ。要はフラワーカンパニーズだ。詳しくは清水さんの風呂具(=ブログ)を読んで頂きたい。最初に発表されていたROTEN六番風呂はThe Birthdayだった。 清水音泉が立ち上がって今年で20年。『OTODAMA』は台風やコロナ禍での中止など紆余曲折はあったが、2005年泉大津フェニックスで始まり、今年で19年目を迎えた。初年度から何らかの形態で出場し続ける皆勤賞であり、清水さんいわく清水音泉の表看板が奥田民生ならば、清水音泉の裏看板はフラワーカンパニーズ。記念すべき10年目のトリもフラワーカンパニーズだった。だからこそ、今年『OTODAMA』ラインナップに名を連ねてない時の衝撃は大きかった。それこそ清水さんの風呂具を読んでもらえばわかるが、世の中、気持ちだけではお互い良い結果にならないことを大人になった清水さんも知り、今年は不出場となったのだ。商業興行だから色々大人の事情があるのは、今年46歳の学年である私だって流石にわかる。でも、フラワーカンパニーズが『OTODAMA』に出場しないのは、何かさみしかった。だから、フラワーカンパニーズが出場するのは、急な打診であっただろうし、事情が事情ではあったし、チバユウスケの不在はとんでもなく悲しかったが、それでも何かうれしかった。 GENSEN TENTO弐番風呂DJグレートマエカワ。ライブでは無くて、DJであるのに、テントステージは人で溢れ返っている。マエカワは「1曲目聴きたいのある?!」とフランクに観客へ問いかける。「The Birthday!」と何気ない声が挙がるが、「マジ?!」と言いながら丁寧にさらりといなす。そりゃ私だって聴きたいけど、いきなり1曲目からというのは、どこか趣旨が違ってくると、それは私でも理解できた。その提案へのマエカワからの逆提案がとても良かったから理解できたというのもある。その逆提案は「『OTODAMA』に出て欲しい人たちを流す」というもの。1曲目はシーナ&ザ・ロケッツ……、いやぁ観たかったなぁシナロケを『OTODAMA』で。でも何の湿り気もない。とにかくロックンロールにぶっ飛ばされる。ソウルフラワーユニオン、スピッツ、エレファントカシマシなどなど、『OTODAMA』に未だ出場したことが無いバンドは、ちょっとした『OTODAMA』疑似体験で心から楽しめた。そろそろあと数分くらいで終わるなと思っていた時、爆音で流れたのがThe Birthday「ROKA」。その場にいた全員が「きたぁ~!!!」と思っただろうし、単純に『OTODAMA』に出て欲しい最強にクールなロックンロールバンドとして聴けた。思わず前に押し寄せる人たち、そして思わず涙ぐむ人たち……。そんな涙をぶっ飛ばすかのようにThe Birthday「なぜか今日は」が流れる。 「来年出てくれるだろうから。来年楽しみにして。じゃあ最後に」 THEE MICHELLE GUN ELEPHANT「リボルバー・ジャンキーズ」が鳴った瞬間のどよめき狂喜乱舞は絶対に、一生忘れない。テントステージが揺れていたし、みんな涙ぐみながらも最高の笑顔だった。マエカワの「来年、楽しみにしときましょう!」という言葉で、2日間で唯一のDJステージは〆られた。 フラワーカンパニーズ 撮影=渡邉一生 ROTENラストとなる六番風呂。フラワーカンパニーズ。何事も無かったかの様に鈴木圭介が「行ってきまーす!」と、その名も「行ってきまーす」から、いつも通り元気良くスタート。リハ時点で大勢の人が集まり、その期待度も高まっていた。でも、鈴木は「急な話きましたけど精一杯やらせて頂きます!」と何も特に話さない。清水さんは4月28日に風呂具で書いていた。 「キャンセルとか代打ではない」 「代わりになるバンドなんてのはこの世に存在しない」 その通りだった。ロックンロールバンドが出場する枠にロックンロールバンドが出ただけ。それだけのこと。フラワーカンパニーズは、いつも通り格好良いロックンロールバンドだった。いくらでも意味や重たさを考える事は出来たし、大変に違いないことなのに……。25年前の楽曲「涙よりはやく走れ」が現在進行形のナンバーとして鳴り響く。 「今54歳なんだけど、だから、これが一番好きとか中々言えなくなったけど……日本のフェスで『OTODAMA』が一番好きです」 マエカワの言葉に「ミートゥー!」とメンバー全員がそれぞれ返答する。 「フラワーカンパニーズは『OTODAMA』が一番好きです!」 マエカワの宣言に、その場にいた全員が胸打たれただろう。「終わらないツアー」というナンバーも歌われたが、彼らは年がら年中ツアーをやっている。良い意味で、この日のライブも終わらないツアーの1本だったのだろう。いつどこで誰とやっても強いのがライブハウスバンドであり、ロックンロールバンドだ。このバンドを好きで良かった。 フィッシュマンズ 撮影=河上良 19時40分。いよいよDAIYOKUJOH六番風呂ラストランナーのフィッシュマンズにタスキバトンが繋がった。GENSEN三番風呂・Helsinki Lambda Clubは本番で気持ち良い浮遊感ある音を鳴らしていたが、リハではフィッシュマンズを鳴らしていた。同世代も若手もフィッシュマンズが出場する事に刺激を受けていただろうし、みんながアンカーであるフィッシュマンズへタスキバトンを繋げようとした1日。登場SEでThe Birthday「Buddy」が聴こえてくる……。この日とっても楽しみにしていたのは、フィッシュマンズのゲストボーカルにチバユウスケが初参加することでもあった。明治学院大学音楽サークル「ソングライツ」で一緒だったフィッシュマンズのメンバーとチバ。一体、どの曲が歌われるのだろうと楽しみにしていた。 でも、それ以上言っても仕方ないし、The Birthday「Buddy」でフィッシュマンズのメンバーが登場しただけでアガるし、横一列になってメンバー紹介が行われるだけで、もう悲しかった気持ちなんて吹っ飛んでいた。後、「Buddy」もフィッシュマンズMIXバージョンだと想ったのは私だけであろうか? 浮遊感とソリッド感が増されていた様に感じた。1曲目「チャンス」はドラム茂木欣一が、そして原田郁子(クラムボン)、UA、永積 崇(ハナレグミ)とゲストボーカルが楽曲ごとに参加していく。UAと永積が向かい合ってゆらゆら踊り、中央で原田が座りながらゆらゆら揺れている。それだけで、ずっと観ているし、2000年代に入ってからのフィッシュマンズは何度か観ているが、この日のフィッシュマンズはゆらゆらと、より浮遊感があって、とんでもなく遥か彼方に突き抜けるような……、こんなことを安易に書きたくないが、どこか遠い世界へ、もはや宇宙へ飛び越えていくような到達しきった凄みがあった。 清水さんが、いつかミュージシャンに音量規制が無い中で音を鳴らして欲しいと思ったキッカケのバンドがフィッシュマンズであり、ようやく2005年に辿り着いた場所が泉大津フェニックス。だからこそ、泉大津で鳴り響くフィッシュマンズは特別なのだ。 「次の曲は、本当はチバユウスケに歌ってもらう曲です。今日はみんなで歌って、この熱狂を彼に届けたいと思います。ロックスターに捧げる!」 「MUSIC COM’ON ROCKERS!」 「MELODY」の歌詞がいつも以上に突き刺さる。この歌をチバが歌っていたらどうなったんだろうか。待っていたら帰って来るし、必ずチバの歌声が聴ける。 「後は、あの方が帰って来るのを待ちます!」と茂木が言うと、すかさずUAが「待っちょるよ~!」と叫ぶ。 「みんなでエネルギー送ろ~! チバっち~!!」 UAの呼びかけで全員が手をかざしてチバにエネルギーを送る。気持ちだけではどうにもならないなんて、大人になればなるほど思うし、それも間違いでは無いが、でもエネルギーで、念力で、気持ちで何とかしたいし、何とかしたいと思うことが一番だ。言霊である。 <お前の想像力が現実をひっくり返すんだ> 昨年『OTODAMA』でチバが1曲目に歌ったThe Birthday「月光」の歌詞を思わず想い出す。我々の想像力が現実をひっくり返すんだ。 ラストナンバー「いかれたBaby」。30年前のナンバーなのに全く色褪せず、これからも僕らの中でなり続ける音楽だと確信した。最後のドラムの音が弾ける感じがどうしようもなくイカしていて、UAと原田と永積がハグして飛び跳ねている。美しき音楽が終わった。花火が打ちあがる。花火が打ちあがり、フィッシュマンズ「Just Thing」が流れる。その後にはThe Birthday「抱きしめたい」が流れた。長い長いはずの1日があっという間に終わった。色々な能書きや色々な物語を丁寧すぎるほど書いていたので、少し長い文章になってしまったが、初日ということで勘弁してほしい。2日目は、これほど長くはならないが、引き続き「鈴木が覗いた『OTODAMA』」について丁寧に物語を綴っていきたいと思う。 取材・文=鈴木淳史 写真=清水音泉 提供(撮影:渡邉一生、河上良、オイケカオリ) ■次のページは、音泉魂写真館(初日・5月3日編) DAIYOKUJOH(2ページ目)、GENSEN TENTO(3ページ目)、ROTEN(4ページ目)のライブ写真を掲載中。清水音泉にて受付している、各出演アーティストの公演情報もチェック!   音泉魂写真館(初日・5月3日/DAIYOKUJOH 編) ■怒髪天 怒髪天 撮影=河上良 ■オレンジスパイニクラブ オレンジスパイニクラブ 撮影=河上良 ■ハナレグミ ハナレグミ 撮影=河上良 ■東京スカパラダイスオーケストラ 東京スカパラダイスオーケストラ 撮影=河上良 東京スカパラダイスオーケストラ feat. 奥田民生 東京スカパラダイスオーケストラ feat. 奥田民生 東京スカパラダイスオーケストラ feat. 奥田民生 ■奥田民生(MTR&Y) 奥田民生(MTR&Y) 撮影=河上良 ■フィッシュマンズ フィッシュマンズ 撮影=河上良   音泉魂写真館(初日・5月3日/GENSEN TENTO 編) ■ルサンチマン ルサンチマン 撮影=オイケカオリ ■DJ グレート・マエカワ DJ グレート・マエカワ 撮影=オイケカオリ ■Helsinki Lambda Club Helsinki Lambda Club 撮影=オイケカオリ ■クジラ夜の街 クジラ夜の街 撮影=オイケカオリ ■ブランデー戦記 ブランデー戦記 撮影=オイケカオリ   音泉魂写真館(初日・5月3日/ROTEN 編) ■帝国喫茶 帝国喫茶 撮影=渡邉一生 ■KALMA KALMA 撮影=渡邉一生 ■ヤユヨ ヤユヨ 撮影=渡邉一生 ■ネクライトーキー ネクライトーキー 撮影=渡邉一生 ■SIX LOUNGE SIX LOUNGE 撮影=渡邉一生 ■フラワーカンパニーズ フラワーカンパニーズ 撮影=渡邉一生