リートの星アップルが日本初リサイタル

コラム
クラシック
2023.11.17
ベンヤミン・アップル(C)courtesy by Lars Borges  Sony Classical

ベンヤミン・アップル(C)courtesy by Lars Borges Sony Classical

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1982年6月26日にドイツ・バイエルン州の古都レーゲンスブルクで生まれたバリトン歌手、ベンヤミン・アップルBenjamin Applが2023年11月28日(火)、東京・築地の浜離宮朝日ホールで待望の日本初リサイタル『魂の故郷』に臨む。リート(ドイツ語歌曲)を軸に世界のあらゆる歌曲とオペラに通じ、声楽のエンサイクロペディスト(百科全書派)と尊敬された偉大な先輩ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925ー2012)最後の弟子という触れ込みから「ドイツ正統派」のレッテルを貼られがちだが、アップルの関心と歩みには子どもの頃から絶えず「もう1人の自分」=ドッペルゲンガー(Doppelgänger)が存在していて、それが現在の多彩な活動と表現の大きな原動力になっているような気がする。

振り出しは生地の大聖堂で西暦975年から活動するレーゲンスブルク少年聖歌隊(Regensburger Domspatzen)にボーイアルトとして10年間在籍して音楽の基礎を学び、アビトゥーア(Abitur=大学入学資格)を取得した後は銀行員の実務研修を受けながら経営学修士号を取得した。同時にミュンヘン音楽演劇大学、バイエルン州立アウグスト・エーファーディンク演劇アカデミーで声楽やオペラの演技を学んだ。2010年には本拠をロンドンに移し、2013年にギルトホール音楽・演劇学校を卒業した。

レーゲンスブルク少年聖歌隊時代に2度、日本を訪れているが「大人のバリトン歌手」としては2018年が初来日。10月にNHKホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団とオルフ『カルミナ・ブラーナ』のバリトン・ソロを担い、12月に大阪城ホールでは佐渡裕指揮『サントリー1万人の第九』のゲストでマーラー、バーンスタインの歌曲を披露した。さらに2019年、京都・仁和寺で開催された『音舞台』にも出演。「次は単独ツアーを組み、リートの世界をきちんとお伝えしたい」と意気込んでいたが、コロナ禍のために足が遠のき、4年ぶりの来日で遂に念願を達成する。『カルミナ』で接したアップルの声は聖歌隊出身らしい頭声発声(コップフシュティンメ)を基本とした柔らかなリリック・バリトンだった。

2018年の来日時、直接インタヴューの機会を得て「intoxicate」、そのWeb版「Mikiki」に記事を書いた(https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/20208)。

その中でロンドンに本拠を選んだ理由を「ドイツではフィッシャー=ディースカウ先生が1972年にインタヴューを受けた時点ですでに『リートは死んだか?』の問いかけがなされていましたた。これに対し英国では、室内楽の良い伝統の中にリートが位置付けられ、ウィグモアホールなどが優れた自主企画の録音を続けています。自分もロンドンに移住し、グレアム・ジョンソン先生らの薫陶を受けながら、リートアルバムの制作に取り組んできました」と語っていた。ソニークラシカルのデビュー盤に『Heimat(ハイマート)』(日本盤では『魂の故郷』)と名づけた背景については「単純に『故郷』とだけでは訳しきれないドイツ語独特の言葉。ロンドンに生き、古典から現代までのドイツリートとともに英語、その他の国の言葉の作品を歌う自分自身のアイデンティティーと見つめ、幅広い国々の聴き手に届けるとの願いをこめました」と語っていた。現代の日常会話とは大きく隔たってしまった歌のドイツ語(ゲザングドイッチュ)を新しい世代、ドイツ語を母国語としない聴衆の前で表現するためには「1920年代、俳優向けに出版された手引書《ドイツの舞台の発音(Deutsche Buehnen Aussprache)》で示された発音を基本に過去と今日の発音を近づけ少しでも現代の聴衆のそばに引き寄せようと努めています」と、学究肌の一面もみせた。

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