《連載》もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜 Vol. 7 豊竹呂勢太夫(文楽太夫)

2024.2.2
インタビュー
舞台


芸歴40年から、その先へ

2024年は、呂勢太夫さんにとって、芸歴40年の節目となる。

「次々と課題が出て、それをクリアすることで精一杯。うっとり悩んでいる場合ではなかったです。色々な方に、それこそありとあらゆるご注意を受けて来ましたが、これだけは言われたことがないのは、『浄瑠璃が好きじゃないのか?』。義太夫が好きなので、やめようと思ったことはまあないですかね。もちろん怒られて落ち込むとかできなくてとか、そういうのはありますけれども。若い頃はフシが合っている間違っているというような上っ面のレベルでしたが、今はそういうレベルを過ぎたからこそ、余計に昔の先輩や師匠方の凄さがわかる。それに引き換え自分は……と考えると、辛いし恥ずかしい。最近になって、義太夫は本当に難しいということが、身をもってわかってきました」

難しさは、関東出身である点にも感じているという。

「以前、(竹本)源太夫師匠にお稽古していただいた時、『訛っているかと言えば訛っていないし、間違っているかと聞かれても間違っているとまでは言えないけど、私が聞いたら気持ち悪い。何や違う』と言われました。山城師匠(豊竹山城少掾)のような関東出身の名人もいらっしゃいますが、やっぱり上方の芸能だというのは間違いないですから。東北の、例えばズーズー弁は、イントネーションだけではなく声の出し方も違いますよね。今はもう無くなってきているのかもしれないけれど、大阪にも本来はそういうものがあって、(竹本)住太夫師匠によく私は発声が『地声ばっかりでオンがない』と怒られていました。やはり、完コピを頑張るしかないですね」

一説には、太夫は三味線が弾けると良くないとも聞く。両方を学んだ呂勢太夫さんはどう思っているのだろうか。

「よく言われますね。確かに三味線をわかってしまっていることによる弊害というのはあるかもしれません。三味線を知らない人は三味線の枠から出て語ることができるのですが、知っていると枠からなかなか出られない。次にどうなるかがわかるから、どうしても輪郭というか、スケールが小さくなってしまいがち。『枠から抜けろ』と言われ続けてきました。でも、昔の太夫には三味線が弾ける人も多かったんです。例えば、竹本摂津大掾師匠は元三味線弾きですし、三味線を弾きながら他人に稽古をする太夫は結構いたので、根本的な問題ではないのかなと思っています」

呂勢太夫さんが初舞台を踏んでからの40年で、文楽自体も、そして文楽を巡る状況も、変わった。その中で呂勢太夫さんはどんなことを感じているのだろうか。

「やっぱり一番はコロナです。あれ以来習慣が変わり、他の人の舞台を聴かずに自分の出番が終わったら帰る若い人も増えました。でも本当は、良いものも悪いものも、観たり聴いたりするのが大切なんです。その時は分からなくても。そういうことをしている人が少なくなったことは一番心配していますね」

さて、2月は清治師匠と『艶容女舞衣』酒屋の段の奥を勤める。大坂上塩町の酒屋・茜屋の半七は、美濃屋の三勝とかねてより恋仲で、妻・お園を娶りながらもお通という子供を儲け、家に帰らず、お園の父・宗岸はお園を連れ戻す。ある日、半七の父・半兵衛とその女房が、丁稚に連れてこられた捨て子を不憫に思って引き取ることにしたところへ、お園の妻としての貞節に打たれた宗岸が、再びお園を連れてくる。捨て子を見てお通だと気づくお園。お通の懐から出てきた書き置きを読み、ひょんなことから人を殺めた半七と三勝が死ぬ覚悟であることを知った一同は嘆き、外ではその様子を見ながら半七と三勝が不孝を嘆く——。呂勢太夫さんは2022年の前回に続いて、この奥を語る。

「嶋太夫師匠が、皆が交代で手紙を読む場面がすごく難しいとおっしゃっていました。登場人物は多いのに、手紙を読むだけですから、語りだけであの光景を形にするのは大変なんです。手紙だからあからさまに全て感情を入れてはダメで、例えばお園が読んでいるところはそこにお園の感情はもちろん入るのだけれど、ただ文字を追っている感じのところもあって、どこもかしこも感情を入れて語ったら読んでいるように聞こえないし、何もなくただ読んだら今度はお客さんに何も伝わらないから、読んでいることによっての感情みたいなものは出さなければならないし」

その手紙の場面の前には、お園が一人、夫を想いながら「今頃は半七つぁん、どこにどうしてござろうぞ」と嘆く有名なクドキがある。

「昔はあのくだりは誰でも知っている名曲中の名曲でしたが、現代人にお園の気持ちはわかりにくいですよね。いっそ自分が死んでしまったら、というような感覚は今の人にはないでしょうから、それをどう伝えるか。とにかくやればやるほど新しい発見や新しいできないところが出てくるので、今回もドキドキしています」

今、58歳。60代、70代をどう見据えているのか、訊いた。

「昔の師匠方が私らの年齢の時には、もっとすごい浄瑠璃を語っていたので、焦ります。ただ、一応それを生で聴けたことは、一つの財産です。やっぱり、録音って全然違うんですよ。(竹本)津太夫師匠の浄瑠璃なんか、録音では本当の良さが全く出てないですから。その一方で、後輩も伸びてきているので、目標は、追い抜いていった後輩に追いつくこと(笑)。私はいつもいっぱいいっぱいなのですが、それはいっぱいにやらなきゃいけないっていうこととは違う。後輩でも、(竹本)碩太夫くんなどは芸に余裕がありますよね。若いから経験不足なところも当然あるけど、お客さんが余裕を持って聴くことができる。語る中身に関しても、例えば(豊竹)靖太夫くんなんて聴いていると情が出ていて凄いなと思う。(竹本)織太夫さんのあのスケール感なんかも。私にないものを持っている人は目標にしたいですね。若い頃は浄瑠璃の本当の難しさなんてわからないから、あんな役やりたいなとかああいうのを語ってみたいな、などと気楽に思っていましたけど、今、現実にそれが来ると大変。こんな凄い曲、覚えられないだろうとか最後まで語るの無理だろうとか配役が出る度にドキドキです。清治師匠にはいつも『本読みが足りない』『君、この作品で何をお客さんに伝えようとしているの?』と言われるので、もっと作品の世界を掘り下げていかなければと気を引き締めています」
 

≫「技芸員への3つの質問」