『ワーニャ伯父さん』のソウル版、『スヌ伯父さん』~イ・ホンイの「ソウルde演劇めぐり」Vol.5 [韓国]

レポート
舞台
2015.7.18
蚕室島があった漢江の橋の下に立つ『スヌ伯父さん』のキャストたち ©Wooje Jang

蚕室島があった漢江の橋の下に立つ『スヌ伯父さん』のキャストたち ©Wooje Jang

『ワーニャ伯父さん』のソウル版、『スヌ伯父さん』

大学路のソンドル劇場(선돌극장 ⇒劇場紹介・地図)では、いま7月26日まで演劇『スヌ伯父さん(순우삼촌)』が上演されています。大学路の小劇場で創作劇を観ることは、日本の方には多少勇気が要ると思いますが、この作品はチェーホフの『ワーニャ伯父さん』の舞台をソウルに置き換えた作品です。日本の劇作家・演出家の岩松了が1998年に発表し、昨年16年ぶりに再演された『水の戯れ』は『ワーニャ伯父さん』に登場する二人の人物「エレーナ」と「ワーニャ」からモチーフを得て創作された戯曲でしたが、この作品と比較できるでしょうか。しかし韓国版の方は、原作の痕跡がより強く残っています。
 
劇場に掲示されている蚕室島と漢江の地図。開発前(1963年・左)と開発後(1978年・右)の変化が一目瞭然 ©Lee HongYie

劇場に掲示されている蚕室島と漢江の地図。開発前(1963年・左)と開発後(1978年・右)の変化が一目瞭然 ©Lee HongYie

この『スヌ伯父さん』を少しでも早く見るために初日直前の最終リハーサルにお邪魔してきました。地下1階にある劇場へ降りていくと、壁には1960~70年代の蚕室(チャムシル)の地図や資料などが展示されていました。なぜならば本作の舞台が「1973年の蚕室島」だからです。今の蚕室は、ロッテワールドやデパート、野球場などの大型ランドマークがあり、高層マンションが立ち並ぶ現代的な街並みですが、当時は漢江にある島だったそうです。細かい設定はストーリに合わせて変えたところもあるそうですが、まだ川に渡し場があったころ、蚕室島で始まった都市開発工事を背景にしています。

兄ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)と共に蚕室島の農場を守ってきた伯父のスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

兄ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)と共に蚕室島の農場を守ってきた伯父のスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

『ワーニャ伯父さん』は老教授セレブリャーコフと彼の若き後妻エレーナが、老教授の前妻との子ソーニャとその伯父ワーニャが長年管理してきた田舎の屋敷に住み始めたことで巻き起こる人間模様を描いた作品ですが、『スヌ伯父さん』のあらすじは次の通りです。まだ独身のスヌ(=ワーニャ)はアメリカで留学中の腹違いの兄ゴヌ(=セレブリャコーフ)のために一生懸命に節約しながら働いてきた農夫です。彼のそばにはいつもゴヌの娘ジスク(=ソーニャ)がいます。二人は家族が代々暮らしてきた蚕室島で地道に働いているのです。しかし10年間の留学を終え文学博士になったゴヌが若い女性ルーシー(=エレーナ)を連れて家に戻った後、彼らの生活はガラリと変わります。そこに漢江開発事業も発表され、彼らは蚕室島を離れなければならなくなるのです。

ゴヌの妻タジョン(キム・ジョン)に迫る、医者ソクジュン(オ・デソク) ©Wooje Jang

ゴヌの妻タジョン(キム・ジョン)に迫る、医者ソクジュン(オ・デソク) ©Wooje Jang

 
©Wooje Jang

©Wooje Jang

『ワーニャ伯父さん』のなかの人物関係をうまくシンクロさせた、この面白い世界を作り上げたのは劇団「月の国椿の花(달나라동백꽃)」を主催する劇作家キム・ウンソンで、2009年ソウル市劇団の「ソウル+記憶」創作開発事業の一環で本作品を執筆し、同年初演されました。今回は「月の国椿の花」の共同代表ブ・セロムが演出を務め、劇団「ドゥビチュム(두비춤)」の制作で再演を迎えたのです。ちなみに、劇団「月の国椿の花」は、2011年に劇団を旗揚げした翌年、『ガラスの動物園』(テネシー・ウィリアムズ作)を現代の韓国に置き換えた『月の国連続ドラマ(달나라연속극)』、『ショパロヴィッチ巡業劇団』(リュボミル・シモヴィッチ作)を近代の韓国に置き換えた『ロ・プンチャン流浪劇場(로풍찬유랑극장)』、『かもめ』(アントン・チェーホフ作)を1980年代の韓国に置き換えた『干潟(뻘)』など、名作戯曲をベースにした作品を次々と発表し、観客と評論家の両方から高く評価されました。そして今、キム・ウンソンとブ・セロムのコンビが手がけたもう一つのチェーホフの脚色版『スヌ伯父さん』も予想通り、高い評価を受けています。

韓劇.com読者のなかには、今年1月に東京・世田谷パブリックシアターのシアタートラムで上演され大好評を得たリーディング公演『木蘭姉さん』をご覧になった方がいらっしゃるかもしれませんね。『木蘭姉さん』はキム・ウンソン脚本家の作品なんですよ。

兄ゴヌ(ムン・イルス)につかみかかるスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

兄ゴヌ(ムン・イルス)につかみかかるスヌ(イ・サンフン) ©Wooje Jang

『スヌ伯父さん』に出演している素敵な俳優のなかには、劇団「ドゥビチュム」の俳優だけではなく、劇団「月の国椿の花」所属のイ・ジヘとノ・ギヨンがゴヌの娘ジスクと渡しの番を演じます。それから演劇『ヒストリーボーイズ』の校長役や、昨年ドゥサンアートセンターで上演された韓国版『背水の孤島』(中津留章仁作)に出演していたオ・デソクが医者ソクジュン役(=アーストロフ)に。そして東京デスロックの多田淳之介が演出した日韓合作『カルメギ(かもめ)』に出演していたソン・ヨジンがスヌの母ムンジャ(=マリヤ)に扮しているなど、日本の作品に縁のある俳優も出演しています。

ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)に歌を聴かせるタジョン(キム・ジョン) ©Wooje Jang

ゴヌの娘ジスク(イ・ジへ)に歌を聴かせるタジョン(キム・ジョン) ©Wooje Jang

舞台転換の際には俳優たちがギターやハーモニカなどを演奏するため、小劇場ならではの魅力を十分味わっていただけるのではないかと思います。ソンドル劇場は座席数132席の小さな劇場ですが、さまざまなヒット作が生まれているところです。大学路にいらした際には、このような小劇場にもぜひ一度足を運んでみてください!


sunu8

公演情報
演劇『スヌ伯父さん』(순우삼촌)

期間:2015年7月9日~7月26日
会場:大学路ソンドル劇場
出演:ムン・イルス、ソン・ヨジン、オ・デソク、イ・サンフン、カン・マルグム、キム・ジョン、イ・ジへ
脚本:キム・ウンソン
演出:ブ・セロム
音楽監督:ぺ・ミリョン
舞台:キム・ダジョン
照明:ソン・ミリム
企画:ナ・ヒギョン
 

写真提供:Play for Life ©韓劇.com All rights reserved. 記事・写真の無断使用・転載を禁止します。

韓劇.com
シェア / 保存先を選択