石井琢磨、新アルバム『Diversity』を引っ提げ全国ツアーがスタート! 満場の観客を前に初の自作曲披露も

レポート
クラシック
2024.9.26

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2024年9月4日(水)にピアニスト 石井琢磨のアルバム第四弾『Diversity』がリリースされた。“Diversity” は英語で多様性を意味する言葉。クラシック音楽の多様性に迫る石井の新たなプロジェクトだ。発売を記念してのリサイタルツアー 2024 『Diversity』もまた、9月7日(土)の愛知公演を皮切りに9都市11公演、11月17日(日)まで行われる。二日目となる9月8日(日)の東京公演の模様をお届けする。

リサイタルツアー2024『Diversity』東京公演は、9月8日(日)、初台のオペラシティコンサートホールで開催。日曜昼間の公演とあって幅広い層の石井ファンが詰めかけ、大ホール三階席まで埋め尽くした。

颯爽と石井がステージに登場。いつものように胸に手をあて、満場の聴衆に心からの感謝の気持ちを表す。そんなピュアで緊張感ある空気感を保ったままに第一曲目のモーツァルト=リスト(編曲版)による「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を演奏。本来は厳かな宗教曲だが、リストによる編曲、そして石井が演奏すると、荘厳な曲調の中にも演奏会の開始を告げるファンファーレのような華やかさがあった。

そしてすぐに次なる作品へ。石井の十八番の一つともいえるグリュンフェルト「ウィーンの夜会」 。華麗な序奏に始まり、“美しく青きドナウ” の旋律を聴いたところで「石井がステージに戻ってきた!」という感覚が甦ってくるから不思議だ。テンポの緩急も気持ちよい程に自由自在。ウィーンの風と薫りが客席に立ち込める。少しアンニュイな和声感も華麗なパッセージとともに粋に聴かせ、リスト張りのオクターブの連打も小気味よい程に完璧だ。石井のアイデンティティを語る100の要素が一曲の演奏の中にすべて凝縮されており、見事な名刺代わりの一曲となった。(本人も演奏後に「自己紹介替わりの一曲」と言っていた!)

続いてマイクを持ち、今回のツアー、そしてリリースされたばかりのアルバム『Diversity』について自ら解説。当アルバムの企画と意図は、まずは「クラシック音楽の多様性を表現することに挑戦したかった」というのが最も大きな理由であり「伝統を守りつつも固定観念にとらわれない革新性を目指し、所々に対比的な面白さも盛り込みたかった」と語った。収録曲のうち数曲は石井自身が編曲している。

続いては「ウィーン・パラフレーズ」と題された一曲。19世紀、ウィーンに華開いたワルツ文化を一挙に支えた音楽一家、シュトラウス・ファミリーによって生みだされた数々のワルツの名曲の断片(パラフレーズ)が、石井の友人でもあるござの編曲によって一つの作品にまとめあげられたものだ。編曲自体の技法も秀逸だが、それを鮮やかに生き生きと情景描写する石井の大胆かつ自由奔放な演奏も見事だ。中間部に出てくる「ラデツキー行進曲」も、シューベルトやべートーヴェンのソナタのような重厚感を感じさせるかと思えば、時折、ラヴェルやドビュッシー作品を感じさせる斬新な要素も加わって幾重にも楽しめる作品だった。

次なる曲はドビュッシー「ゴリウォーグのケークウォーク」。音楽史上において間違いなく革新の作曲家と位置付けられるドビュッシー。石井は、ブラックアフリカの人々の独自の舞踊音楽と西洋音楽の初の融合を試みたこの斬新な作品を取り上げることで当時(二十世紀初頭)のクラシック音楽界における新たな世界観の芽生えについて語った。ジャジーなリズム感とドビュッシー特有の理知的で色彩あふれる和声感との融合をバランスよく聴かせ、石井の音楽的知性と見識の広さを改めて感じさせてくれる選曲・演奏だった。

そして、お馴染み シューマン=リスト「献呈」。石井がこの曲を演奏する際につねに感心させられるのは、ピアノソロであっても、絶対的に歌い手の息づかいそのものが細やかに反映されていることだ(原曲はソロの声楽曲。いわゆるドイツリートの一曲)。この日も石井はピアノ演奏では通常見えてこない、原詩がもたらすフレージングの妙を見事に表現していた。そして、中間部を経て再現部で聴かせた “愛の賛歌”——すべての思いから解放され、心の赴くままに自由と愛の喜びを高らかに謳い上げていたのが印象的だった。

前半最後を締めくくるのは、チャイコフスキーの名曲、バレエ組曲「くるみ割り人形」から「花のワルツ」。バレエ作品を心から愛する石井が、チャイコフスキーの弟子であるタネーエフの編曲版をもとに半年をかけて編曲に初挑戦したそうだ。

イントロダクションでのハープを感じさせる美しいアルペッジョの応酬が早々に聴き手を夢の世界へと誘う。ワルツ部分もゆったりとしたテンポを取り、自ら作品を楽しんでいるかのようだ。短調のドラマティックな旋律ではブラームスのピアノソナタ張りの重厚なロマンティシズムも聴かせる。全編を通して、明るく豊麗な音の響きが印象的で、石井がいかにオーケストレーションを正確に捉え、その響きを熟知しての編曲であったことがよくわかるダイナミックで華麗な演奏だった。

前半プログラムを振り返ると、石井の演奏の秀逸さもさることながら、ピアノの音色の卓越した響きもまた観客を魅了し続けていたのは間違いない。これについては石井本人からも言及された。当日使用されたピアノは本番用に特別に搬入された ベーゼンドルファー コンサートグランド280VC。実際に今回の新アルバムの録音セッションでも使用された楽器と同モデルだ。繊細で高貴、しかし制するのが難しい程のスケールの大きさを持ち合わせたこの楽器を、石井自身があたかも(楽器と)一体化しているかのように自由自在に弾きこなしていたのが何よりも印象的だった。

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