石井琢磨、新アルバム『Diversity』を引っ提げ全国ツアーがスタート! 満場の観客を前に初の自作曲披露も
休憩を挟んでの後半。いつものように「ただいま~!」の一言で石井が元気にステージに登場。冒頭の作品はグリーグの名作「ペール・ギュント」からの一曲だ。壮大な大地にたたずむ主人公ペール・ギュントが見て感じたその感動と思いの丈をスケールの大きい演奏で余すところなく描きだす。
二曲目は石井にしては珍しい選曲だ。坂本龍一「インテルメッツォ」。1998年に発表されたアルバム『BTTB』に収められている一曲。いかにも “Diversity” らしさを感じるセレクトだが、この作品は坂本が愛してやまなかったブラームスの間奏曲(インテルメッツォ)にオマージュを捧げた一曲と言われている。今回のプログラムにおいて、意図的にブラームス「間奏曲(インテルメッツォ) 作品118-2」が続けて演奏されたのはいかにも興味深い。
坂本自身、「ブラームスのインテルメッツォ(間奏曲集)という作品群を好きというよりも、むしろリスペクトしている」と語っていたというエピソードを石井も披露していたが、低声部(バス)の動きから、その内面に激しく燃える情動の移ろいといい、ブラームス作品が貫く本質に坂本自身、大きく魂を揺さぶられていたことが深く感じられる作品だ。石井はそれらの要素を踏まえながら、みずみずしい現代性をも湛えた坂本特有の世界観を粛々と、しかし内面に燃える情感で濃密に表現した。そこには、また石井自身の(ブラームスと坂本)二人の偉大な作曲家への謙虚なリスペクトも感じられた。
続いては雰囲気をガラッと変え、ミュージカル『メリー・ポピンズ』の中の、かの有名な一曲「チム・チム・チェリー」を菊池亮太の編曲版で聴かせるという大胆な試みだ。石井は友人であり、尊敬する演奏家でもある菊池に、あえて “ラ・カンパネラ風の編曲で” と依頼したことで、最終的にとてつもない難曲になってしまったそうだ(!)。
確かに冒頭から リスト「ラ・カンパネラ」を思わせる勇壮なイントロ。オクターブの連打の応酬ながら流麗な旋律の運びが美しい。と、物思いに浸っていると、一挙に悪魔的なヴィルトゥオージティ(技巧的な)なパッセージへと変幻してゆく。さらに所々で予期せぬかたちでパロディ風に「ラ・カンパネラ」のパレフレーズがとどめを刺すところが実に面白い。と、言っても全体的にはシリアスでロマンティックな曲想に仕上がっているところがいかにも芸達者な奇才 菊池の編曲らしい。編曲に際しては石井も菊池と多くの議論を交わしたそうで、勘どころを得た石井の自信あふれる演奏を通して作品を数倍楽しめた感がある。二人のアーティストの力が一つとなって生みだした名作だけに、今後もぜひ弾き継がれて欲しいものだ。
そして、本プログラム最後を飾るのは ホルスト=石井琢磨・横内日菜子編曲による 組曲「惑星」から「ジュピター(木星)」。組曲の中で最もポピュラーな作品だ。演奏前に「僕と一緒に “ゾーンに入って” 一緒に宇宙旅行を楽しみましょう!」と一言投げかけ、聴衆を未知なる旅路へと誘う。
木星(ジュピター=ゼウス)は占星術で歓喜や快楽をもたらす星。物事を大きく良き方向に発展させる星を象徴するかのようなエネルギーあふれる躍動的な冒頭の旋律が印象的だ。石井の演奏は速いパッセージの導入部から一気に大気圏へ———そして、さらに深層へとワープ―——というような時空間を超えたストーリー性が手に取るように感じられるものだ。それは卓越したテクニックといわゆる “持っていき方” の巧みさもさることながら、彼自身の「聴衆に伝えたい」という強い気持ちと気迫がなせる業なのだろう。
そして、あのジュピターの感動的なコラール風のテーマが鳴り響く。ベーゼンドルファーのダイナミックで温かみある音もあいまって会場全体を感動の余韻が包み込む———。
しかし、未知なる世界との遭遇に歓喜する束の間のひと時も過ぎ去り、地球への帰環の時が迫り来る……。石井は宇宙船をナビゲートする船長のごとく音の世界を通して時空間を自由自在に操り、聴衆をさらなる未知なる遭遇の華麗なフィナーレへと誘った。
全プログラム終了後、スタンディングオベーションで石井の登場を待ちわびる客席。そこに突然、一階平土間客席中央の扉から石井が登場。客席はよりいっそうの盛り上がりをみせる。
そしてアンコール。初の自作品「なつかしさ」を演奏。遠い日の記憶を手繰り寄せるようにしっとりと始まったかと思うと、展開部ではしっかりヴィルトゥオジティを披露(!)。石井らしいピュアな感性が凝縮された美しい一曲だった。
そして、最後の一曲として演奏したのは やはりリスト「ラ・カンパネラ」だ。自らが想い出の動画と位置付けする石井のあるYouTube動画がついに100万回作成を突破したという。その記念として、聴衆に感謝の気持ちを込めて演奏したのがこの一曲だ。ファンに愛され続ける石井の「ラ・カンパネラ」は、今後も大きな輪を広げ続けてゆくことだろう。
取材・文=朝岡久美子 撮影=池上夢貢
公演情報
グリュンフェルト:ウィーンの夜会 OP.56
シュトラウスファミリー=ござ:ウィーン・パラフレーズ
ドビュッシー : ゴリウォーグのケークウォーク 組曲「子供の領分」より
シューマン=リスト:献呈
チャイコフスキー=石井琢磨:花のワルツ 「くるみ割り人形」より
グリーグ:朝 「ペールギュント」第一組曲より
坂本龍一:インテルメッツォ
ブラームス:インテルメッツォ Op.118-2 イ長調 6つの小品 間奏曲より
シャーマン兄弟=菊池亮太:チム・チム・チェリー ミュージカル「メリー・ポピンズ」より
ホルスト=石井琢磨・横内日菜子:ジュピター 組曲「惑星」より