くによし組『ケレン・ヘラー』國吉咲貴・中井千聖・名村辰・大場みなみにインタビュー~承認欲求に突き動かされ破滅する女性芸人を描く
【上段左から】國吉咲貴(撮影:中野あき)、中井千聖【下段左から】名村辰、大場みなみ
くによし組『ケレン・ヘラー』が2024年12月19日(木)より東京・シアタートラムにて上演される。「面白いと不謹慎の境目を歩きながらドン底へ落ちていく女性芸人の、ポップでアフロなお話」と紹介される本作の初演は2018年の王子小劇場で、若い才能の発掘と育成を目的に世田谷パブリックシアターが主催する「シアタートラム・ネクストジェネレーション」に選出され再演されることになった 。二日前に稽古が始まったばかりという11月某日、作・演出の國吉咲貴、主人公アフロ子役の中井千聖、悪アフロ子役の名村辰、アフロ子の相方ケイト役の大場みなみに話を聞いた。
◾️この作品をポップと捉えるか否か問題
──國吉さんが『ケレン・ヘラー』を「シアタートラム・ネクストジェネレーション」応募作に選んだ理由から伺えますか?
國吉 『ケレン・ヘラー』は6年前に、SNSでの「おもしろい」はどこまで許されるのか、をテーマに書いた作品なのですが、「シアタートラム・ネクストジェネレーション」に応募したいと思った時に、今上演すれば初演当時とはまた全然違う見え方になりそうだなと思って選びました。今は6年前よりもSNSに過激なものが増えているし、一方で言っちゃダメなことや笑っちゃいけないことも多くなったと思っていて。少し前までは笑ってよかったことが、「これ笑っていいんだっけ?」と敏感になっているのを感じます。
──6年前のお客さんの反応はいかがでしたか?
國吉 私はかわいいコメディのつもりで作ったのですが、お客さんからは「怖い」という反応をいただいて……。前半はこれから何が起きるかわからないので客席から笑い声もあったんですけど、途中から不穏な空気が濃くなっていったので、「自分が思ってた反応じゃないぞ」という感じでした。
──國吉さんの中では、お客さんは終始笑いながら観ることを想定されていた?
國吉 そうなったらいいなと……。
──なるほど……。台本を読んだ印象としても、後半は特に悲劇色が強いなと感じました。再演にあたって改稿された部分がたくさんあると伺っていますが、主にどんな部分を変更されましたか?
國吉 主役のアフロ子ちゃんがどんどん壊れていく過程を、初演では主に彼女の目線で書いたのですが、今回読み直してみて、アフロ子ちゃんをこれだけ暴れさせているのは環境や周りの人たちからの影響も大きいのかも、と思いました。過激な投稿が広まっていくには、それをいいね! している人たちがたくさんいるからだと思うので、同じように、アフロ子ちゃんの周りの人たちが彼女をどう扱ってどう接していたかを深めて書きたいなと思って、そういった部分を見直しました。
國吉咲貴 (撮影:中野あき)
──台本について、出演される皆さんの感想も伺いたいです。
名村 僕は読んでいて笑っちゃったしおもしろいなと思ったけど、これをまったく笑わない人もいるだろうなとは思いました。客席が笑う状態が正しいというわけでもないだろうし、上演回によって空気感が全然違うだろうなと思ったのと、あとは演じるのが率直に大変な役だなって(笑)。それが最初読んだ時の感想でした。でも、中にはすごく美しい言葉がいっぱいあって、そういう部分も印象的でした。
──中井さんはいかがですか?
中井 私は……怖くて……。國吉さんがポップなつもりで書いたとおっしゃっているのを今直接聞いて、ちょっと……恐ろしいなと(笑)。
國吉 (笑)。どうしよう、価値観の違いが……。
中井 アフロ子がおもしろいと思ってしていることが、人を笑わせたくてやってるようには私には思えなくて。それは彼女が壊れていってしまっているからかもしれないし、彼女の中に迷いがあるからなのかなとは思うんですけど……。物語がどこに向かっているのか先が読めなくて本当に怖かったです。登場人物たちの言ってることもよくわからなくて、「なんでわからないんだろう」と考え始めている自分がいました。演じるうちにわかってくることもあるので、とにかく動いてみようって気持ちで稽古に来ましたが……ちょっと恐ろしくなってきました(笑)。でも、わからないからこそ、もっと考えてみたいと思っています。
中井千聖
──大場さんはいかがでしょう?
大場 アフロ子ちゃんという人物については、ポップでおもしろいというよりは、過激で悲しい印象を受けました。本を最初に読んだ時、終盤の展開に泣けてきちゃって、人間ドラマだなと思いました。そういう部分をポップに描けたらいいのではないだろうかと思いつつ、一体どうやってやるんだろう? と考えているところです。
──ちなみに、主人公のアフロ子ちゃんには國吉さん自身の経験や感覚を重ねていますか? それとも誰かほかにモデルになる方がいますか?
國吉 モデルもいますね。タバコが好きで、乱暴なしゃべり方をするところなんかはモデルの方を参考にしました。
名村 お友だちですか?
國吉 そうです。口が悪くて「ふざけんなよ」みたいなことを言うけど、かわいくて目が離せない女性です。あと、自分自身の気持ちを乗せている部分もあります。初演当時は劇団を作って3年目で、もう本当に1番迷っていた時期で。何をしてもいいからお客さんに観てほしい! みたいに気持ちが追い詰められて、過激なことをしようとしていた時だったので、私自身の焦りをアフロ子ちゃんに重ねた部分はあります。
◾️目立つために暴走する主人公、共感できる?
──二日前に稽古が始まって、「キャストさんイメージぴったりで可愛いし凄いし、幸せです!」とXに投稿されていましたが、國吉さんが三人の俳優さんに抱いているイメージを伺えますか?
國吉 まず名村さんには、悪アフロ子ちゃん役をお願いしてるのですが、悪アフロ子ちゃん役はコメディとシリアスのバランスがとれる俳優さんにお願いしたいと思っていました。前半はお客さんが「この人好きだな」と思って追っかけたくなるような愛嬌のある親しみやすい雰囲気で、後半はどんどん悲劇に飲み込まれていくのでシリアスな雰囲気で、その両方ができる方がいいですとプロデューサーさんに伝えたら、名村さんのお名前が挙がりました。以前舞台を拝見していたので、そう言われると「そうだ、この役は名村さんだ!」と思ってお願いしました。
中井さんのことはプロデューサーさんから「次世代のコメディエンヌだよ」と紹介されて舞台を拝見したら、もう、いるだけで楽しくなる方で、すごく素敵で……。アフロ子ちゃんは過激な発言と行動ばかり繰り返すけど、お客さんに嫌われちゃいけないというところがとても大事な役柄です。アフロ子ちゃんのことを応援してしまう状態に持っていくには、可愛らしさもある方がいいなと思った時に、中井さんにならお任せできると思ってオファーをしました。
大場さんも前に舞台とワークショップで拝見していたのですが、たたずまいと声がものすごく好きです。話の後半に大場さん演じるケイトがアフロ子に呼びかけるセリフがあるのですが、その場面をすぐに想像できて。大場さん演じるケイトならお客さんも寄り添えるだろうなと思って、お願いすることにしました。
──本作はSNSが大きな意味を持つ作品です。皆さんはSNSとどう付き合っていますか?
大場 SNSは人類にはまだ早すぎたと思うくらいに今は荒れてるので、ある時期から宣伝しかしなくなりました。前は「今日は鍋にしよう」くらいのことを投稿していたけど、今は「鍋が食べられない人もいるんです!」ってどこかから批判が来るんじゃないかという怖さを感じますよね。
名村 わかります。匿名だったら好き勝手なことを言えるかもしれないけど、今は距離感がちょっとわからないです。
大場 中井さんはどうですか?
中井 私はSNSやらないんです。学生の頃はやってたこともあるけど、実際に会える友だちが、会ってない時間に何をしてたかが常に情報として入ってくるのが自分には合わなくて。
名村 えっ、いいな。見てもいないですか?
中井 時々は見ます。情報収集には便利なので、例えばレシピを見たり。ただ、SNSで人と繋がろうとかコミュニケーションを取ろうとは思わないですね。
──出演された作品のエゴサーチもしないですか?
中井 誰かに「こういうこと書いてあったよ」と教えてもらったら見ることもあるけど、基本的にはしないです。
名村 うらやましい、そうなりたい……。
名村辰
──SNSが承認欲求を加速させやすい面があると思いますが、そういう部分でもアフロ子には共感できないですか?
中井 共感はしないですね。ただ、アフロ子は人と関わろうとしてる感じがすごくあって、人と何かすることで得たいものがあるっていいなあとは思います。
──たしかにそうですね。ただ、近くにいたら大変だろうなって。
中井 はい、あんまり関わりたくはない……。
大場 愛情に飢えてる気がしますよね。
──ケイトはかなり近い位置でアフロ子を見守る役ですが、大場さんはどんな気持ちで臨みますか?
大場 もう最後まで面倒みようって。
國吉 頼もしいです……!
大場 私はアフロ子ちゃんのことが嫌いじゃないんです。大学生の頃に、アフロ子ちゃんとちょっと似たタイプで、何をしたらおもしろいと言われるのか常に模索してる友だちがいて。
名村 えっ、芸人さんですか?
大場 芸人さんではなくて、当時は演劇を志して自分でも書いたりしていました。とにかく過激なことをしたがっていたので、アフロ子ちゃんの姿は彼女に重なるんです。私は彼女が起こす竜巻にいつも巻き込こまれて、一瞬ですが一緒にガールズコントユニットみたいなことをやっていました。
大場みなみ
──この作品と近しい経験をお持ちだとは!
大場 そうなんです。読んだ時に当時のことをすごく思い出しました。
名村 実は僕も、大学生の時に1回だけ幼馴染と漫才したことがあります。新宿のライブハウスで。
大場 そうなんだ!
名村 漫才とかM-1がすごく好きで、でもややすべって終わりました(笑)。俳優を始める前は、Twitter(現X)もFacebookも痛いほどやってたから、過激なことをつぶやいてはいいね! を稼いで自己肯定感を得たいアフロ子ちゃんの気持ちはちょっとわかります。10代の時はそういう感じでした。
──年齢で言うと、アフロ子ちゃんは29歳ですね。この年齢設定はどうやって導かれたものですか?
國吉 初演の時は私が25、6歳だったので、アフロ子の年齢もそれに合わせました。ただこの6年間のあいだに、年齢の焦りを感じることがすごく多くて……。たとえば「30歳までには売れなきゃ」とか「30歳までにはこういう仕事をしなきゃ」みたいなことを考えては、とにかく焦っていました。私のように、自ら追い詰められにいっているアフロ子ちゃんの気持ちを際立たせるためにも、年齢を30歳手前の29歳にしました。
──シアタートラムはこれまでくによし組が公演を行ってきた会場に比べて大きな劇場ですが、そのことについてはどのようにお考えでしょう?
國吉 すごくびっくりしています。まず初演当時はこの作品を再演するとも思っていなかったし、ここまで演劇を続けられるかどうかもわかっていませんでした。なので、改めて『ケレン・ヘラー』ができることと、それをシアタートラムでできることがいまだによくわかってないというか……。今も「これは現実なのか?」という気持ちですが、そうも言ってられないので、現実を見て頑張ろうと思います。
*
インタビューの後、稽古場を訪ねた。台本からは過激さや暴力性が強い印象を受けたが、読み合わせを見学してそのイメージが変化していくのを感じた。國吉本人が、過激な言動をしても観客に嫌われることのないよう愛嬌のある俳優をキャスティングしたかったと話していたように、中井を始めとする出演陣のチャーミングさや人間味が声や身振りから溢れ出ている。休憩を挟み、この日稽古場に仮組みされたばかりの舞台装置の説明を経て立ち稽古へ。一瞬の沈黙のあと、國吉が自らを鼓舞するように「よし」と発したのが印象的だった。
ポップでありながら暴力的、過激でありながら切ない。あなたはこの作品を笑えるかどうか、ぜひシアタートラムで確かめてほしい。
取材・文=碇雪恵
公演情報
くによし組『ケレン・ヘラー』
■会場:シアタートラム
■料金:一般 4,000円
■一般発売日:2024年10月20日(日)~
■出演:
中井千聖 名村辰 大場みなみ
花戸祐介 佐藤有里子 てっぺい右利き 柿原寛子 谷川清夏 永井一信
■照明:横原由祐
■音響:深澤大青
■舞台監督:本郷剛史
■宣伝写真:阪野貴也
■宣伝ヘアメイク:YOSHi.T
■企画制作:くによし組/世田谷パブリックシアター
■後援:世田谷区
■協賛:東邦ホールディングス株式会社 トヨタ自動車株式会社 Bloomberg.L.P.
■協力:東急電鉄株式会社
※営業時間:10:00~19:00(年末年始を除く)