上野耕平が「今、サックスで伝えたい音楽」を詰め込んで。デビュー10周年を迎え、1stソロアルバムから最新アルバムの作品までの渾身のプログラム【東京公演レポート】

レポート
クラシック
2025.5.15

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2025年4月20日(日)の午後、東京の浜離宮朝日ホールで開催された『上野耕平 サクソフォンリサイタル』。4月16日(水)に最新アルバム『eclogue』をリリースした直後の東京公演は全席完売の盛況ぶり。今年2025年は上野にとってデビュー10周年の節目の年にもあたる。相思相愛のピアニスト高橋優介と共演した演奏会の模様をお伝えする。

リハーサルの様子

リハーサルの様子

上野耕平の新アルバム『eclogue』はサクソフォンのための作品以外にも映画音楽・タンゴ(ピアソラ)・童謡や新作など多彩なジャンルの曲が収録されている。ソプラニーノからバリトンまで様々なレンジのサクソフォンを駆使し、近代に芽吹いたクラシックサクソフォンの新たな境地とポテンシャルを追求する意欲的なコンテンツとなっている。

浜離宮朝日ホールで演奏された曲目は、新譜収録作品から同アルバムのタイトルにもなっている 旭井翔一 「Eclogue(エクローグ[田園詩])」、そしてデビュー10周年を踏まえ2014年(2014年はCDデビューの年)にリリースされた上野のデビューアルバム『アドルフに告ぐ』収録作品から二作品、さらに上野が「今、サックスで伝えたい音楽」と感じる数曲から構成されていた。10年ほど前に全力を投じて録音した記念碑的な作品を今、改めてステージ上で披露し、新作を交えつつ会場に集ったファンとともにその成長の軌跡を共有するという、いかにも上野らしい粋な試みだ。

前半一曲目は ポール・クレストン「サクソフォン・ソナタ 作品19」(アルトサックスによる演奏)。デビューアルバム『アドルフに告ぐ』にも収録されている作品だ。

第一楽章  With Vigor
軽やかなピアノのリズムに乗せてアルトサックスが快活に多彩な表情を見せる。上野の感情表現の振れ幅は近年、際だって豊かになっており、リサイタル冒頭からそのさらなる深化ぶりを堂々と披露した。

第二楽章  With tranquility 
ロマンティックな緩徐楽章。息の長いフレーズを上野特有の全身から漲る力でたっぷりと豊かに歌い紡ぐ。中間部でピアノパートが“歌”を受けて一瞬アグレッシブに応えるが、しかしすぐに静けさの深淵へと戻ってゆく。共演者のピアニスト高橋優介の絶妙なコントロールも見事だ。心の奥底の心象風景を描きだすかのように穏やかで静謐な美しさがどこまでも夢見心地に続いてゆく。

第三楽章 With gaiety
小気味よいアクセントとシンコペーション的な独特のリズムの応酬が続く強烈に速いパッセージを、両者ともに挑むようにエネルギッシュに聴かせる。速いテンポの中でも生き生きとしたリズムを際立たせ、幅広いレンジの音域を豊かに輝かしく響かせる両者の一体感もまた見事だ。

一曲目を弾き終えると上野はマイクを持って会場に挨拶。演奏したばかりの作品に触れ「本日の演奏は絶対に10年前のものとは違うはず……」と述べつつ、すかさず「今日、ここに来る前にデビューアルバムを聴いて予習して来た方はいますか?」と会場のファンに向かって質問を投げる。会場の反応が予想よりイマイチだったようで、ステージ上でユーモアたっぷりに語ってみせるところも上野らしい。

続いては、こちらもデビューアルバムに収録されているポール・モーリス「プロヴァンスの風景」。5曲からなる組曲だ(アルトサックスで演奏)。

第一曲目 若い娘達のファランドール
エキゾチックなメロディと小粋な和声感をグロテスクなまでに力強く描写してゆく。“ファランドール”とはプロヴァンス地方で踊られる速いテンポの舞曲。華やかな衣装を着た若い娘たちがなまめかしく踊るそのしぐさや、陽光あふれるプロヴァンスの乾いた空気感に放たれる息づかいまでもが感じられた。

二曲目 いとしい人への歌
愛情を込めてたっぷりと。でも少し密やかに。

三曲目 ジプシーの女
ジプシーの女というと古今東西、魅力的で恋多き女というイメージがあるのだろうか、男性を誘惑する“コケティッシュ” な女性像を感じさせる音の描写が実に巧みだ(コケティッシュも“なまめかしい”という意味だが、こちらは第一曲目に比べてかなりなまめかしい)。

四曲目 アリスカンの魂は嘆きて
影を帯びた色彩とともに繊細に歌いあげる。たゆたうような旋律に祈りを込める詩情は同時にアルトサックスという楽器の魅力と可能性を無限に感じさせていた。

五曲目 カブリダン
“カブリダン”はアブ(虻)の意。極めて速度の速い無窮動的なピースを上野はアブの羽の動きを思わせるかのようにコミカルにミニマリスティックに弾きあげる。少しゆったりとしたテンポを持つ後半パートもサックス、ピアノ両者ともに表情豊かで密度の濃い音を紡ぎ続ける。サックスソロによるカデンツァも余裕たっぷりにスケールの大きなフレージングを描き、上野らしいセンスの良さが光っていた。

続いてはラヴェル「ハバネラ形式の小品」。ヴァイオリン、チェロからフルートまで様々な楽器で演奏されるこの作品はアルトサックス用の編曲作品としてもよく知られるが、本来は声楽用の練習曲(ヴォカリーズ)だ。ゆえに上野の真骨頂である“歌心”をじっくりと堪能できるピースの一つとも言える。この日も哀愁漂う旋律を自由に伸びやかに歌いあげる。しかし“ハバネラ”という曲風にふさわしく少しだけ小悪魔的な表情を見せるところも心憎い。トリルの挿入の仕方のドキっとするような絶妙な間合いの巧みさもまた今の上野の境地を物語っているようだ。

ここまで演奏したところで前半プログラムを締めくくる作品 旭井翔一 「Eclogue(エクローグ[田園詩]) 」について上野がトークを展開。その前にまずは今年で6枚目となる新譜について言及。CDジャケットはあえて自身の写真ではなく画(津田周平氏による)としたこと、そして各曲間の長さにもこだわり抜いたことなどを伝え「一枚のアルバムを通してその世界観に浸って欲しい」とアピール。

「Eclogue(エクローグ[田園詩])」については2023年の初演時にもピアノ共演した高橋とともにその魅力を語った。同作品は上野がソプラノサックス同様に愛してやまないソプラニーノサクソフォンのために自ら旭井に委嘱した作品だ。ピアノパートもサックスパート同様の力強い存在感を放つ。
高橋が「この作品を演奏していると少年時代を思い出させてくれる」と発言すると、上野はすかさず同調しつつも「過ごしたことのない少年時代までもが見えてくる感覚もある」と応えると、高橋も共感した様子。

冒頭、ソプラニーノサックスという楽器が持つノンビブラートにも近い無垢な響きが会場空間を満たす。独特の音の響きに心を奪われていると、高橋が紡ぐピアノのソロパートがまさに少年時代の在りし日の想い出を詩的に、しかし雄弁に語り紡ぐ。音の風景はさらに密度を増し、次第にジャズを思わせるリズムへと展開。そして両者のアンサンブルになるとさらに縦横無尽な音楽の流れに乗って上野は小さな楽器を巧みにコントロールし、限界に挑むかのようにアグレッシブにアドリブ的な超絶技巧を聴かせる。再び詩的な余韻を燻らせて静謐な田園風景を思わせるものへと回帰してゆく―――サックスとピアノが紡ぎだす絶妙なアンサンブルの相乗効果がひと際、心を掴む印象的な作品だ。

後半の一曲目はフローラン・シュミット「レジェンド作品66」。シュミットはマスネやフォーレに学んだフランス出身の作曲家だ。上野は演奏前にこの作品の魅力に触れ「この世のモノとは思えないほどの美しい作品。音数が多く、特にピアノパートの譜面は三段になっているほどだが、大きな流れの中で繊細さや色彩の変化を楽しんで欲しい」と言及。

冒頭から神秘的で魅惑的なカデンツァを思わせるイントロダクション的なアルトサックスのフレーズが客席を魅了する。中間部の展開的なくだりではスケールやトリルなどの要素をスリリングにしかしダイナミックに挟みながらも上野は息の長い鷹揚なフレーズで色彩の変化とゆらぎを巧みに聴かせる。15連符や11連符などが連なる “Ad lib” のくだりではさらにたゆたうようなスモーキーな大人の響きで印象づけた。

ソロ演奏としても成立しそうな程に成熟した書法で描かれた難解なピアノパートを、高橋は時にはくすんだ音色で、時には輝かしい音色で詩的に弾き上げていた。アルトサックスの官能的な音色にも見事に調和させ、その魅力を存分に引き立たせていたのはさすがだ。

後半、上野はさらにスケールの大きなフレージングを描きだし、ダイナミクスの変化も最大限に際立たせ、全身を駆使して楽器から伝わる音の波を客席空間に響きわたらせる。サックスの魅力というものが、いかに振動を通して弾き手と聴き手が共鳴するところにこそあるということを真に体感できる演奏だった。客席の聴衆も、理性のオブラートに包まれながらもデュオニソス的な激情ほとばしるこの作品の魅力を存分に味わったことだろう。高橋のピアノの音色と音量のコントロールの巧みさ、何よりもこの作品の本質的な全体像を把握する見事なまでの洞察力の鋭さと感性の豊かさもあいまって最強のパートナーシップが生みだした渾身の演奏だった。

本プログラム最後を飾るのは フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ 第一番」。演奏前に「この作品はまさにピュアな恋愛です」と三回繰り返して語っていた上野。ソプラノサックスに持ち替えての演奏だ。

第一楽章 冒頭からみずみずしい情感であふれんばかりに湧き上がる想いと高揚感を描きだす。その音の連なりは囁きや言葉が聞こえてきそうなほどに説得力があり、高橋のピアノとともに紡ぎだされる“愛の対話”が美しかった。

演奏前に上野は純然たるヴァイオリン作品をサックスでカバーすることの難しさについても触れていたが、ソプラノサックスという上野らしさを最も表現し得るこの楽器を用いて限界まで挑戦している姿が全編を通して感じられた。特に高音部においてヴァイオリン独特の弦の響きの余韻を感じさせる息づかいの巧みさが際立っていた。第一楽章では上野と高橋の力学的な作用が一つの点に収斂してゆく様が感じられ、両楽器が真に共鳴している姿もまた美しかった。

速いパッセージで軽やかに超絶技巧を聴かせる第三楽章。中間部ではシシリエンヌ風の旋律を憂いを帯びた色調で描き出していたのが印象的だった。そして最終楽章では低声部を豊かに響かせ雄弁に語るピアノに全信頼を寄せて上野は大らかに、時に細やかに心の機微を描きだす。それを支える高橋のピアノの緩急の度合いもまた絶妙だ。最後までアンサンブルの妙味を存分に味わせてくれた。

アンコールは新アルバムの収録作品から山中惇史編曲による「赤とんぼ」(アルバムでは山中自身がピアノパートを担当している)。山中はピアニストとしても上野と共演している若手の作曲家だ。山中の編曲もまた見事なものだが、都会的なみずみずしさと郷愁を湛えるスケール感あふれる作風に鮮やかに命を吹き込んだ上野と高橋の渾身の、そして愛情あふれる演奏が印象的だった。両者にとっての音楽仲間(高橋は『176~un sept six』という名称で山中とピアノデュオを組んでいる)である山中へのオマージュが感じられた。

取材・文=朝岡久美子 撮影=池上夢貢

今後の公演予定

『上野耕平 サクソフォン・リサイタル』
日時:2025年5月18日(日)開演:14:00 開場:13:30
会場:愛知・宗次ホール
出演:上野耕平(サクソフォン)、高橋優介(ピアノ)
演奏予定曲:
フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 Op.13
シュミット:レジェンド
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
ラヴェル:水の戯れ(ピアノソロ) 他
https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-3785.html

『上野耕平 サクソフォン・リサイタル』
日時:2025年5月25日(日)開演:14:00 開場:13:15
会場:千葉・佐倉ハーモニーホール
出演:上野耕平(サクソフォン)、高橋優介(ピアノ)
演奏予定曲:
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
マスネ:タイスの瞑想曲
旭井翔一:エクローグ
イベール:コンチェルティーノ・ダ・カメラ 他
https://www.city.sakura.lg.jp/soshiki/shiminongakuhall/syusaikouen/20045.html

『上野耕平 サクソフォン・リサイタル』
日時:2025年6月7日(土)開演:14:00 開場:13:30
会場:茨城・佐川文庫
出演:上野耕平(サクソフォン)、高橋優介(ピアノ)
演奏予定曲:
イベール:コンチェルティーノ・ダ・カメラ
ジョン・ウィリアムズ:エスカペイド(映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』より)
旭井翔一:エクローグ
山田耕筰/山中惇史 編曲:赤とんぼ 他
https://www.sagawabunko.com/doc/event.html

リリース情報

上野耕平 6thアルバム『eclogue』
em-0045│¥3,000 (tax included)
2025.4.16 Release
Released by eplusmusic
 
ジャック・イベール:アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲
[1] I.Allegro con moto
[2] II. Larghetto
[3] Animato molto
[4] 旭井翔一:Eclogue(エクローグ[田園詩])
[5] アストル・ピアソラ/三浦一馬:孤独の歳月
ジョン・ウィリアムズ:エスカペイド「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」より    
[6] I.Closing In
[7] II.Reflections
[8] III.Joy Ride
[9] ニーノ・ロータ/萩森英明・山中惇史:ゴッドファーザーより
[10] 山田耕筰/山中惇史:赤とんぼ
[11] アストル・ピアソラ/三浦一馬:レオノーラの愛のテーマ    
[12]山本菜摘:Encore Piece
 
>詳細はこちら
https://eplusmusic.jp/release-29
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