「音で記憶を届けたい」――堀内優里『SOUVENIR』に込めた想い
音楽で届ける、記憶の旅
ヴァイオリニスト・堀内優里、初の全国ツアー『SOUVENIR』が2025年7月よりスタート。
名古屋・大阪・長野・東京・札幌を巡り、“音楽を通じて記憶に残る瞬間を届けたい”という想いを各地の会場へと運ぶ。
ブラームス《ヴァイオリンソナタ第2番》、バッハ《シャコンヌ》、シェーンフィールド《4つの思い出》など、クラシックの伝統を大切にしながら、堀内の個性が際立つ作品も織り交ぜた、多彩なプログラムが組まれている。
現在アメリカで研鑽を積む彼女が、一音一音に込めた感情と記憶を奏でる本ツアーに迫った。
「このコンサートを通して、音や空気、ひとつひとつの時間が心に残る思い出になってくれたら嬉しいです」と語る堀内優里。
彼女が見つめる”今”とは。そして、音に込められた想いとは。
――ソロでは初の全国ツアーとなりますが、今のお気持ちを聞かせてください。
昨年の夏にデュオでツアーをさせていただきましたが、ソロでのツアーは今回が初めてになります。名古屋、大阪、長野、東京、そして北海道と、5つの都市を巡る予定です。
それぞれの土地で生まれる独特の空気感、そして聴衆の皆さまとの出会いを心待ちにしています。
特に、北海道と名古屋では初めて演奏させていただくので、新たな発見があることを期待しています。
インタビュー時の様子
――デビューリサイタルを経て、昨年のデュオツアー、そして今年2月のリサイタルと重ねてこられましたが、そうした経験の中で、ご自身の音楽に対する考え方や演奏スタイルに変化はありましたか?
今年の1月からアメリカに留学を始めたこともあり、その経験を通して音楽に向き合う”心のあり方”が深化してきたように感じています。
ビブラートひとつを取っても、単なる技術としてではなく、音にどのような表情を与えるか、その音で何を語るかということを、より深く考えるようになりました。特に最近は、“どう演奏するか”よりも”何を伝えたいか”という本質的な部分に意識が向かうようになり、一音一音が自分の内面から自然に生まれる音となるよう心掛けています。
――アメリカを留学先に選んだ理由、このタイミングで留学した理由はなんですか?
高校生の頃、ジェームズ・エーネス先生のパガニーニのアルバムに出会ったことが始まりでした。その演奏の完璧さに衝撃を受け、こうした音楽の境地があるのだと深く感銘を受けました。
その後、先生がインディアナ大学で教鞭を取られることを知り、直接指導を受けたいという想いが募っていきました。思い切ってメールでご連絡を差し上げたところ、「それならぜひ受験してみては」とお返事をいただき、その瞬間に決意が固まりました。
先生は楽譜に込められた作曲家の意図を深く読み取り、常に作品への敬意を持って音楽と向き合われています。その真摯な姿勢から学ぶことは計り知れません。
――現在、一番尊敬しているヴァイオリニストを教えてください。
師事しているジェームズ・エーネス先生です。卓越した技術を持ちながら、それ以上に”音楽の語るもの”を何より大切にされる姿勢に深く感銘を受けています。
レッスンでは、音色の多様性や、楽曲に込める表現の豊かさについて多くのご指導をいただきます。「このフレーズを別の角度から捉えてみては」といった具体的なアドバイスを通して、同じ旋律でもいかに多面的な表現が可能かを学んでいます。自分の音楽にさらなる色彩を加えていきたいという思いが日々強くなっています。
――アメリカでの生活はいかがですか? 実際に暮らしてみて、どんなことを感じていますか?
今住んでいる場所は、本当に皆さんが優しくて町の雰囲気もとても穏やかなんです。学生街でもあるのでたくさんの学生が暮らしていて、とても居心地のいい場所だなと感じています。
ホストファミリーのお宅では、お母様がタンゴのピアニスト、お父様は作曲家でインディアナ大学の教授をされており、まさに音楽に満ちた環境です。深夜までバンドネオンやピアノの音が響く中で、私も制約なく練習に打ち込むことができます。そのご家庭の娘さんに、週に3〜4回ほどヴァイオリンのコーチングをしていてそれが語学の勉強にもなっていて、本当にありがたいなと思っています。
大学では5つのオーケストラが活動しており、どのオーケストラでも1学期間に3サイクルの活動があり、そのすべてに参加することが求められます。多忙な日々ですが、常に音楽に囲まれた刺激的な毎日を過ごしています。
――今回の公演のタイトルにもある「SOUVENIR」にはどのような意味が込められていますか?
『SOUVENIR』というのは、もともとフランス語で「思い出」や「記憶」という意味の言葉なんです。今回のツアーでは、それぞれの土地で出会う空気や、一瞬の時間、そして音を通して、聴いてくださる方の心にそっと残る”思い出”のように届いたら嬉しいな、という思いを込めています。
空気感や呼吸によって、毎回まったく違う音楽が生まれるというのも、このコンサートの魅力のひとつだと思っています。だからこそ、その土地、その会場でしか生まれない”瞬間”を大切にしながら、まずは自分自身がしっかり楽しんで、その時間を、お客様にも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
――今回のプログラムの選曲の背景や想いを教えてください。
『SOUVENIR』というタイトルも、ジェームズ・エーネス先生から「シェーンフィールドの《4つの思い出》は、あなたに合っているんじゃない?」と提案していただいたのがきっかけでした。その言葉を受けて、今回のツアーのテーマも自然と決まっていったように思います。
そして、プログラムに組み合わせるソナタを決める際に、ブラームスの《ヴァイオリンソナタ第2番》が、彼自身のスイス・トゥーン湖での思い出をもとに書かれた作品だと知って、「私にとっても、お客様にとっても、今回のツアーがそういう”思い出”のひとつになったら素敵だな」と思いました。いくつか候補を出しながら、先生とたくさん話し合った結果、このソナタに決めました。
今回のプログラムの魅力については、動画でもご紹介しています。
ぜひご覧いただき、コンサートをより深くお楽しみください。
“思い出の曲”を、日本で演奏します
――今回のツアーの開催場所、それぞれの思いやエピソードはありますか?
北海道の六花亭・ふきのとうホールは、以前からずっと憧れを抱いていた会場なんです。毎年夕張のセミナーなどで北海道を訪れていましたが、今度は演奏者として戻ってこられることが本当に嬉しくて。
故郷である長野での演奏は、私にとって特別な意味を持ちます。素晴らしい音響のホールなので、今から演奏するのをとても楽しみにしています。東京の浜離宮朝日ホールは、これまで何度も演奏させていただいた馴染み深い会場で、その落ち着いた雰囲気の中で集中して演奏に臨むことができます。昨年のデュオツアーでの経験から、同じ楽曲でも会場によって響きやバランスが大きく変わることを実感しており、今回はその違いをより深く味わいながら、柔軟に音楽と向き合いたいと考えています。
大阪での演奏では、関西の聴衆の皆さまの熱気を感じながら、より情熱的な演奏をお届けしたいと思います。名古屋の電気文化会館は今回初めて演奏するホールなので、どんな響きになるのか、すごく楽しみにしています。
2025年2月11日開催のリサイタルより
――今回はツアーと言うことで連続公演が続きますが、体力作りなど対策はされていますか?
全国5公演という規模は私にとって初めての挑戦であり、体力面・精神面ともに万全の準備が必要だと考えています。普段から体調管理には気をつけているつもりですが、連続した演奏の中で、自分の音楽的な表現がどのように深化していくのか、またそのプロセス自体が貴重な学びになると期待しています。
各公演での経験が次の演奏に活かされ、ツアー全体を通してより豊かな音楽をお届けできたら良いなと思っています!
――各地を回る中で、もし時間があればやってみたいことや楽しみにしていることはありますか?
各地の文化や風土に触れることを楽しみにしています。アメリカ滞在中は日本の食文化が恋しく感じることも多かったので、各地の郷土料理や銘菓を味わうことも密かな楽しみのひとつです。
せっかくいろんな場所を回れるので、ハイキングなど自然にも触れられたら嬉しいです。そうした体験が、演奏にも良い影響をもたらすのではないかと期待しています!
――共演する小井土文哉さんとの共演への思いを教えてください。
小井土文哉さんとは、これまで室内楽で2回(2022年、2023年)ご一緒させていただきましたが、ソロリサイタルでの共演は今回が初めてとなります。実は、男性ピアニストとの共演も今回が初めての経験です。
今はイタリアにいらっしゃるので、きっとイタリアでの空気や思い出を音にのせて持ってきてくれるんじゃないかなと。そういった背景も含めて、私たちの音楽的対話がどのような化学反応を生むのか、非常に興味深く感じています。
――このツアーを経て、ご自身がどのように成長したいと考えていますか?今後の活動の展望もあわせて教えてください。
日本では、これからもツアーを続けていきたいですし、今まであまり表に出してこなかった”自分らしさ”も、少しずつ発信していけたらと思っています。リサイタルだけではなくて、お客さまともっと気軽に交流できるような場もつくっていきたいなと考えています。演奏会のときだけでなく、普段から交流できる機会も創出していきたいと考えています。演奏だけでなく、音楽を通じた対話や共有の場を設けることで、より深いコミュニケーションが生まれたら良いなと。そういう意味でも、リサイタルはただ演奏を聴いてもらうだけの場ではなく、今の私が感じていることや、これまで学んできたことを共有できる時間にもなるんじゃないかなと思っています。
同時に、海外での演奏機会も積極的に求め、国際的な舞台での活動も視野に入れています。
最後に、公演を楽しみにしている全国の皆さまへメッセージをお願いします。
『SOUVENIR』というタイトルにあるように、私自身の思いや、作曲家の思いを音にのせて届けることで、聴いてくださるお客さまが、それぞれの思い出と重ね合わせながら聴いてくださったら嬉しいです。そんなふうに、「思い出が交差するような時間」になったらいいなと思っています。
ぜひ会場で、そのひとときを一緒に過ごしていただけたら嬉しいです!
公演情報
大阪:2025年7月17日(木) 開場18:00 開演19:00 東大阪市文化創造館小ホール
東京:2025年7月23日(水)開場18:00 開演19:00 浜離宮朝日ホール
【曲目】
ブラームス:ヴァイオリンソナタ第2番 イ長調 作品100
バッハ:無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番より シャコンヌ
シェーンフィールド:ヴァイオリンとピアノのための4つの思い出
ほか
ヴァイオリン:堀内優里
ピアノ:小井土文哉
名古屋・大阪・東京
全席指定:VIP席8,000円 一般席5,000円 学生3,000円