大倉孝二×咲妃みゆ、“スペシャルランチ”な『最後のドン・キホーテ』でKERA流ドン・キホーテに苦戦「一口で説明するのが難しい」
右から大倉孝二、咲妃みゆ
バレエ、ミュージカルなどさまざまな舞台作品を生んできた17世紀のスペインの小説『ドン・キホーテ』。現実と妄想の区別がつかなくなった主人公の冒険を描くこの物語のリメイクに、ケラリーノ・サンドロヴィッチが満を持して挑むのがKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』だ。9月14日(日)にKAAT神奈川芸術劇場にて幕を開けたのち、オーバード・ホール(富山)、J:COM北九州芸術劇場(福岡)、SkyシアターMBS(大阪)へ巡る。長年KERA作品に携わってきた大倉孝二と、KERA作品は初めてとなる咲妃みゆが、作品作りについて語り合った。
●咲妃、初共演の大倉に「なんて素敵な座長さん」
――お互いの印象からおうかがいできますか。
大倉:KERAさんの演出に対して恐縮して答えているのを見て、取り組み方とか居方とかがすごく品行方正な方だなと思っています。
咲妃:私は稽古場でお芝居なさっている大倉さんのお姿を間近に見ながら、センスが光っているな~と思いました。お稽古が始まって間もないのに、KERAさんの描かれる世界を理解しつつ、ちゃんとご自分の色も反映できていらっしゃるのがすごいなって。
大倉:一緒にやってきたのが長いってだけですよ。それだけの話です。
咲妃:それもやっぱり、これまで積み重ねてこられたご経験の賜物だと思うので。新参者からすれば勉強させていただくことばかりです。
大倉:逆に咲妃さんのフィールドに行けば僕なんて何もできないですよ。そういうものです。
咲妃:大倉さんが演じられるからこそのドン・キホーテをお客様にも楽しんでいただけると思います。なんて素敵な座長さん、と思っています。
大倉:大丈夫ですよ、そんなに一生懸命宣伝してくれなくても(苦笑)。
咲妃:めちゃめちゃ正直なので、思ったことしか言えないです。
大倉:(照)いやいや、ありがとうございます。
咲妃:これまで映像作品等で拝見してきて、大倉さんの声が素敵だなと前々から思っていました。その声で朗々とセリフをおっしゃったかと思えば、すごくおもしろいことをポロッとおっしゃったりする。KERAさんの台本で本当に生き生きとされていて。
大倉:いや、全然してないです。
咲妃:私は生き生きなさっていると感じます。早く舞台上でコスチュームをまとわれた大倉さんを観たい! って。
大倉:いやいやいや、今回はヤバいなと思いながらやっていて……。僕のことはいいです。自分のことをお話してください。
咲妃:大倉さんのことをお話ししたい時間です。
――「今回ヤバいな」とおっしゃったのは?
大倉:うまくできないかも……みたいな感じです。難しいなって。今の時点では全部できあがってないですけど、やっている感触として、すぐにものにはできそうもないって感じですね。
――KERAさんから、ドン・キホーテをやってみないかというお話があったとか。
大倉:まず古典を普段は読まないんですよ。でも、KERAさんがやるならおもしろくなるのかなって。やっぱり難しいですが。
咲妃:難しいです。ドン・キホーテだけに見えている世界と、現実世界と、あと何だか中間みたいな世界と。
大倉:早速入り混じってきましたよね。咲妃さんの出番がある部分は、それまでとはがらりと雰囲気が変わって、トーンが全然違う感じの芝居を作り上げている感じですかね。何かややこしいことをやってますよ。
咲妃:KERAさんがこうやってみよう、ああやってみようと提示してくださるけれども、最終的に、みんなどう思う? とキャストさんにもスタッフさんにも問いかけながらお稽古を進めてくださるのが印象的です。
大倉:言葉にして説明しながらやっているなと思います。あまり見かけない姿なので。
咲妃:私はそれがKERAさんのスタイルなのかなと思って。もっと漠然とお話されることもあるんですか?
大倉:あまり説明されないイメージです。
咲妃:役者に、さあどうぞという感じですか。
大倉:いやあ、あんまり役者の好きなようにはやらせてくれないタイプの演出家だと思います。やりたいようにやって、みたいなのはないかもしれない。
――「それは違う」みたいな?
大倉:基本的にはそうですかね。でも、僕もずっと一緒に作品をやっているわけじゃないし、KERAさんの活動の多さから比べればそんなに関わってないですよ。
咲妃:ここぞというときに関わってらっしゃるんですか?
大倉:ここしばらく、劇団公演でしか携わっていなくて、プロデュース公演は久しぶりですね。
――咲妃さんはKERA作品に対して、どんなイメージがありましたか。
咲妃:イメージを断定できないのがKERAさんの舞台の素敵なところだと思っていて。何層にもなるし、何色にもなる。舞台を拝見しながらこういう展開なのかなって想像していたら、全然違う方向転換に圧倒されるとか、すごく張りつめたシーンに嘘でしょっていうくらいおもしろいポイントが突如現れるとか。ずっとアトラクションに乗っているみたいな感覚です。最初からわくわくしながら楽しんで、終わったら想像以上のものを受け取らせてもらっているというか。今は作品ができあがる過程も経験することができていて、二倍楽しいです。
――参加が決まってのお気持ちは?
咲妃:2年前くらいにお声がけをいただいて、「やります! やらせてください!」と即答しました。KERAさんが『少女都市からの呼び声』をご覧になって私のことを知ってくださったそうで、当時必死で唐十郎さんの作品に挑んでいた自分からしたら大喜びだし、ありがたい未来へ繋いでいただけたなと。『ドン・キホーテ』をもとにした舞台で大倉さんが主演ということしか情報がなかったのですが、どういう形であっても携わらせていただきたいと思って、お稽古が始まるのをずっとずっと楽しみにしていました。
●日々変わっていく台本をどう楽しむか
大倉孝二
――大倉さんは、ご自分をドン・キホーテと思い込んでしまった役者さんの役とか。
大倉:台本に書いてある通りにやっています。基本僕はそうなので、役をどうしようとかはほぼ考えてないです。最終的には調整しなくちゃいけないかもしれませんが、日々配られていく台本をまず覚えなきゃいけないし。自分がそのセリフを覚えて言えるかどうか、そして自分の出番がいつ来るかもわかんないので、明らかに、脳内でセリフを繰り返してるんだろうなという顔で固まっている人たちが稽古場にはずらっと並んでいます。
咲妃:私、その筆頭ですね(笑)。
大倉:全然にこやかな雰囲気もない、ただ緊張している稽古場です。もう日々追い詰められています(笑)。
――KERAさんのお稽古場はいつも日々台本が配られる感じですよね。
大倉:はい。
――そういう現場における取り組み方とは? こうやると乗り切れるよみたいな秘訣はありますか。
大倉:ないです。ひたすら覚えて、やる。
咲妃:私はKERAさんの作品に初参加なので、すべてが目新しく何一つ取りこぼさずに吸収したいという緊張がありますが、KERAさんの作品をたくさん経験されてきた皆さんはもっと懐大きく、ドーンとかまえていらっしゃるのがすごく印象的です。「さあ、KERAさん、何でもござれ」みたいな。
大倉:そんなことはないですよ。今から役のことを考えてもしょうがないから、ただ配られたのをやるだけ。覚えて、間違わないように言おうとしているだけで、何か余裕があるとかドンとしているとかじゃない。
咲妃:KERAさんが細かくディレクションなさる前から、みなさん動いていらっしゃるから。やっぱりキャリアの賜物だなって思うんです。私、思うように動けなかったですもん。
大倉:誠実な証ですよ。
咲妃:本当にがんばる瞬間がもっと後に来る?
大倉:ずいぶん後に、どっちにしろ追いつめられますから。こんなに早くからみんな追いつめられてるのが新鮮ですよ。KERAさんの作品に関わった回数が少ない人たちは、いざやってみようかと言われたとき、完璧にやりたいというイメージで臨むじゃないですか。
咲妃:そもそもそれが間違いでしょうか?
大倉:いや、それがみんな誠実だなって思います。
――最初から台本がある現場と、こうやって日々配られる現場とで、役に対する取り組み方の違いはありますか。
大倉:そうですね、もちろん台本はあった方が良いと思います。ただ最初から台本があったら、稽古が始まってすぐに繰り返し通しをするところもあるじゃないですか。マイナス面でいうと、それに飽きちゃうというのはありますね
――日々配られる方が新鮮に取り組める?
大倉:できていてもちょっとずつ配ってくれるといいのかな。台本がないから、逆算の芝居をしないっていうのがあるんですよね。逆算の芝居を考えていくと、予定調和になるじゃないですか。
――咲妃さんは台本が日々配られるのは初めてですよね。その経験をどう楽しんでいらっしゃいますか。
大倉:そこは気になるところですよね。
咲妃:楽しいです。何か、生きてるなっていう感じがして。だってKERAさんもお稽古と同時進行でゼロから生み出していらっしゃるわけですから。こちらは台本を待つ側だけれども、実際に台本を作ってくださっているその労力を思うと。
大倉:いや、僕らも覚えなきゃいけないし、覚えただけじゃお芝居ってできないですから、対等だと思います。
咲妃:やっぱりできあがってくる台本を読むと、おもしろい! ってなるので。お待ちする甲斐があります。
大倉:日々ライブですべてのことが進んでいっているというか。執筆も、芝居作りも、覚えていくのも。KERAさんも日々生み出しながら、まだ先のことはわかってないと思うんです。スタッフもそれに対してライブで、動きとか音楽とかをその場で作っていく。もうね、スタッフもみんな、他では経験しないことばっかりやるんですよ。
咲妃:今回、舞台セットも斬新なので。
大倉:その場で、どうやって使う? とか、もうちょっとこうならない? とか。スタッフさんが対応してくれたり、使い方を提案してくれたり。
――日々稽古場で起きたこと、話したことが台本に反映されたり?
大倉:稽古で行なわれたり、スタッフさんとのやりとりの中で生まれたことはすぐ反映されます。役者に関しても、この人に何をやらせたらいいんだろうとか、何が苦手とか、そういうものも反映されます。それはいつも確実にそうです。
●全貌は「たぶんKERAさんもまだわかってない」(大倉)
咲妃みゆ
――咲妃さんは、ドルシネア姫的なところを担う看護婦さんの役どころとか。
咲妃:どうやらそのようです。原作のドルシネア姫像とはまったく違うんですね。環境も状況もまるで違うから、どうやって構築していこうかなと思っているところです。KERAさんの思い描く世界がどんな風に広がっていくのかなってわくわくどきどきして、ドルシネア姫のシーンを待っているところです。演じさせていただく看護婦は、大倉さんがおっしゃられたみたいに、その前からつないできたシーンとは全然違う世界を生きる人物で……。
大倉:説明が難しいんですよね。時間軸とか時空もかなりぐちゃぐちゃになっていくんで、物語も今のところ一口でどうって説明するのが難しいです。たぶんKERAさんも結末もわかってないんじゃないかな。
咲妃:何か殺伐とした、緊張感のある世界に看護婦も存在していて、放つ言葉に込められた‟本音”を表現するのがすごく難しくて。ドン・キホーテだと思い込んでいる役者さんを看護婦はどう思っているのかも、いろいろ描きようがあるといいますか。糸口としてKERAさんが提示してくださったのは、興味が湧いたことにまっすぐな女性であるという点です。
大倉:すごいですよね。演出された言葉をこんなに覚えているんですよ。僕なんか生返事ですよ(笑)。
咲妃:でも、それくらい力が抜けていらっしゃる方がKERAさんの言葉が腑に落ちるんだと思います。
大倉:いや、そんなことないです(笑)。
咲妃:私は気迫は充分だけど、身になってないんじゃないかと。みなさんがすごく素敵なので、あせります。
大倉:大丈夫です。フラットに、あまり考えずにやってください。
咲妃:はい。
――咲妃さんは日々増えていく台本を読んでいかがですか。
咲妃:立ち稽古をしてみて、ここは言い回しを変更した方がいいとか、ここはテンポよく行きたいからこの言葉に換えた方がいいとか、シーンでの変更は早速ありました。先々の台本も作り上げつつそういうブラッシュアップもKERAさんの中でどんどんされていっていて、本当にKERAさんってこの世に一人なのかなって。すごいお仕事量だなって思うんです。
大倉:ごめんなさい、対等とか、完全に適当なこと言いました(笑)。
――歌もあるそうですね。
大倉:歌います。カットにならなければ。
咲妃:ならないですよ~。
大倉:ちょっとカットにしてほしいなって(笑)。
咲妃:すごく素敵な曲ができあがって。
大倉:そういうのも日々できあがってくるんです。
咲妃:譜面が配られてすぐ歌稽古でしたね。
大倉:普通はそんなことないんですか?
咲妃:なかなかないですね。歌詞もまだ決まっていない状態なので、みんなで「ラララ」で歌いました。
大倉:歌が上手い人は「ラ」でもやっぱりめっちゃ上手いなと思いました。
――現段階でどんな作品になりそうですか?
咲妃:シリアスとコメディが共存する、まさにKERAさんの魅力が詰まった作品になりそうです。ドン・キホーテの思い描く世界と現実世界と、何層にも何色にもなっていて、その中で大人が真剣に駆け回っています。今はやることに追われていますが私も楽しめるようになりたいし、お客様にも楽しんでいただきたいなと思いながら、KERAさんの世界に身をおける幸せを日々感じています。
――逆に、以前出演されたあの作品とこういう共通点がある等お感じになることはありますか。
大倉:いや、ないです。何かをなぞるつもりもKERAさんはないだろうし。今回限りの、初めてのことを生み出そうとしているんだろうと思います。すごく独特で単純に楽しいだけではない雰囲気があります。どこまで行ってもKERAさんの作品はコメディなんですよ。今回も確実にコメディ。コメディってすごくいろんな種類があって、どういう風に皆さんが受け止めるかわからないですけど、僕は基本的にKERAさんの作るものは全部コメディだと思っているんで。やっぱり何か、人間の愚かさを笑う。かわいらしさを笑うという部分もあります。今回も人間の愚かさを笑っている感じがありますね。
――笑いって地域性があったりするものかなと思うのですが、そのあたり、舞台に立っていて感じられますか。
大倉:西の方は厳しいっていうのは何か昔からありましたよね。うちの劇団も初期は割に受け入れられなかった印象ですけれども、今はそんなことまったくないので、ほとんど気にしてないです。今回、子供から大人までというタイプの笑いやすいものではないかもしれないですね。だいたい、笑いになればそれがコメディということでもないですし。笑ってくれるかどうかはその人のご自由でかまわないと思います。
咲妃:何が心に響くかも本当にさまざまというか。みんながお稽古場で笑うときと、自分だけがフフってなるときとがあって。
大倉:そうですね、それが一番健全ですね。好き好きでいいと思います。
――今回、大阪ではSkyシアターMBSでの上演となります。
大倉:咲妃さんは関西に長くいらっしゃってますから。
咲妃:はい。大変お世話になった第二の故郷です。これまでいろいろな作品でお邪魔させていただいてきましたが、まさかKERAさんの作品で関西の地を踏めるとは夢にも思っていなかったのですごくうれしいです。SkyシアターMBSさんは『カム フロム アウェイ』でお世話になって、今回二度目ですが、全然違う雰囲気の作品で立たせていただけるので楽しみです。利便性もよくて、音響もよくて、どの席からも見やすいと、お客様からも俳優の方からもよく聞きますね。
大倉:異論はあるかもしれないですけれども、イメージでは、関西の方は得が多いのが好きなのかなと。今回は歌もあり、ステージングで役者をいろいろ動かしたりして見せる部分もたくさんありますし、舞台上での生演奏もあります。本当に盛りだくさんになりますね。ダークな部分あり、笑いあり、スペシャルランチみたいにいろいろのっているのでお得だと思います。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
公演情報
U24
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