梅津瑞樹が主演 虚構と現実の境界が揺らぐ、新感覚サスペンス~舞台『フォールポイント』ゲネプロレポート
舞台『フォールポイント』舞台写真
舞台『フォールポイント』が2025年11月19日(水)、東京・銀座博品館劇場にて開幕した。東映プロデュース、広瀬格が作・演出を務めるオリジナル新作舞台。梅津瑞樹が主演を務め、密室を舞台にした新感覚サスペンスが繰り広げられる。初日前に行われたゲネプロ公演の模様をお届けしよう。
白の壁に、赤色がよく映えた舞台セット。VRシステムを模した舞台装置が、象徴的に鎮座している。無機質なようで、血が通っているような。もしかしたら、そんなメッセージが込められているのかと想像を巡らせながら、これから体験する未知のオリジナルストーリーに期待が膨らむ。
やがて暗転し、暗闇に梅津演じる男が闇に浮かび上がる。耳元で風を切るような音が鳴り響き、一気に恐怖を煽った。どこかから、どこかへと落ちている最中らしい。
落下地点は、とある密室。そこには他に4人の人物がおり、誰もが苛立っている様子が窺える。突然、放り込まれた男は、周囲の会話から状況を把握。自分の名前が“七沢直希”であり、この場では直希という人物としての振る舞いを求められていることを理解していく。これらの行動は観客にとってもチュートリアルとして作用し、自然と本作の世界観へ入り込むことができた。
直希たちがいるのは、ゲーム開発を行う企業・エーテル社の開発室らしい。新作ゲームの最終テストの真っ最中だったが、直希を含めた開発メンバーたちは、原因不明のトラブルが原因で閉じ込められてしまっていた。情報秘匿のために外界から隔絶された特殊な構造になっていることから、助けが来るまでは少なくとも2時間はかかってしまう。その時間を使い、開発メンバーたちはゲームのシステムチェックを試みることに。
ゲームのタイトルは「フォールポイント」。作り出したのは、エーテル社のクリエイターである直希とのこと。最新AIやVRシステムを駆使しており、特に落下する感覚は非常にリアルらしい。まるでジェットコースターを楽しむようにはしゃいだり怖がったりする面々だったが、突然、断末魔の叫び声が響き渡り……。無情にもゲームオーバーを告げるアラームが表示されてしまった。
目が覚めたのは、現実世界にいる男。先ほどまで彼が見ていたのは、ゲームの世界だった。研究者らしき風貌のチューターが言うには、男は何らかの理由で記憶を失い、自分の名前すらわからない。治療の一環としてゲームを体感しているとのこと。ゲーム内でそうしていたように、チューターに対してもチュートリアル感覚で話を聞き出そうとしていく男だが、一切の情報が与えられない。自分の記憶を取り戻すため、男は再びゲームをやり始めるが、一向にクリアできる気配がなく……。
閉ざされた開発室であるゲームの世界と、記憶喪失の男が治療を受ける現実世界。本作は、この2つの場面でのみ展開されていく会話劇で構成されている。派手な場面転換や大きなアクションはない分、キャスト陣の緻密な演技が要求されるであろう難易度の高い作品だが、個々の芝居力を存分に堪能することができた。
ストーリーを常にリードしていく梅津は、シリアスな世界観だからこそ求められる多彩な表現力を惜しみなく発揮していた。たとえば、恐怖にのまれる場面。ストレートに伝わる怯えた顔だけでなく、恐怖に対する防衛本能として思わず出てしまう苦笑までも浮かべている。登場人物の感情変化によって繊細に、的確に使い分けているのだ。その迫真さは観客側の体力までも奪うほどだが、それすらも心地良く感じるだろう。
エーテル社のAI開発主任・宇吹安那を演じるのは、花栁のぞみ。親しみやすく、優しい笑顔は場に安心感を与えてくれるが、どこか一筋縄ではいかない不気味さは絶妙。柳下大が演じた錦城壮吾は、圧倒的強者の雰囲気を醸し出すエーテル社社長。彼の佇まい一つで会社がどれほど巨大なものか、直希という人物がどれほど天才であるかということを、説得力をもって提示していく。
謎めいた存在感で場に緊張感をもたらすのが、今村美歩演じる錦城花凜だ。錦城壮吾の妻という役どころだが、鋭いセリフをさらに研ぎ澄ませて放ち、こちらをヒリヒリさせてくれる。VR開発室室長としてエンジニア然としているのは、乾英俊。本来は開発室内にいるべき役職ではないという設定もさることながら、演じる加藤啓によって好奇心をくすぐる怪しさが醸し出されていた。
直希としてゲームを進める男は、3年前に起こったある事故の真相にたどり着く。いったい誰が何の目的で彼らを密室に閉じ込めたのか。宇吹安那によく似たチューターの女性は何者なのか。なぜ、男は記憶を失っているのか——挙げきれない謎や伏線が会話のなかに散りばめられた脚本と演出が、自然と頭がフル回転状態にさせてくれる。何度も同じ場面をループされるのも苦ではない。のめり込みすぎるがあまり、虚構と現実が揺らぐ瞬間が何度も訪れるのがわかった。
落下する浮遊感は人間に恐怖をもたらす。同時に、落下しないと味わえない愉悦に似た感覚が癖になってしまう人も多いだろう。怖いけど、楽しい。そんな感覚を、本作の観劇で知ってしまった。上映時間は、ゲーム内で彼らが閉じ込められる時間と同じ約2時間。ぜひ劇場で、落ちていく感覚を味わってほしい。
出演者コメント
■七沢直希役:梅津瑞樹
これまで数々の落下を経験してきました。
階段から滑り落ち、志望校に落ち、馬から落ち、バイトの面接に落ち、何かしらから落ちる夢なんかはよく見ます。
舞台『フォールポイント』は落下がキーワード。七沢は様々な絶望へと落ちていきます。
観劇する皆様にはお手数ですが心にパラシュートをご準備いただきますよう。
■宇吹安那役:花栁のぞみ
人生は選択の連続ですが、この作品はまさに“選ぶことで物語が変わる”舞台です。誰かの正義が他の誰かには正義でないこともある...その揺らぎを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
私は今回初挑戦が多く、毎日「できるかな…!」と自問しながらも向き合ってきました。まっすぐ向き合った時間ごと受け取っていただけたら。
きっと何度でも味わえる物語です。物語に巻き込まれに来てください。
■錦城壮吾役:柳下大
今回の舞台は、現実と仮想が揺らぐ中で「何を信じ、何を選択するのか」が問われる作品だと思っています。
錦城を演じる中で、彼の表面的な強さ以上に、奥に抱えた脆さや孤独に何度も共感しました。
追い詰められた時、自分の限界を目の前にした時、抗いようのない相手に直面した時、人は何を選択するのか。
その苦しみや葛藤を、一瞬一瞬、大切に生き抜きたいと思います。
劇場で、その緊張と温度を受け取ってください。
■錦城花凜役:今村美歩
感情のバロメーターがぐわんぐわんなりながら、最後には全身に稲妻が走り目がチカチカになる。そしてきっと誰かの生活にもっと豊かさをもたらすエッセンスを散りばめてくれる。
そんな演劇だと思うし、そう信じています。
わたくしもいい意味で皆さまを振り回し、貴方に演劇のトキメキを与えられるよう、花凛として真実の瞬間を産み出してゆけるよう頑張ります。
■乾英俊役:加藤啓
手強い作品です。そこが面白い。何を聞いてもスラスラと裏設定を絡めて説明してくれる広瀬さんの描き込まれた世界を体現すべく、探求とトライの日々。今までの自分のやりかたでは、なかなか辿り着けず、ああでもないこうでもないと実験を繰り返しました。あるとき本能的にやったことを「良かったです」と言ってもらえたときに、嬉しさと同時に『これは挑み続ける作品だ』と覚悟しました。
本番も毎回挑戦します。お客さまにとっても、きっと面白い作品です。お待ちしております。
作・演出:広瀬格 コメント
初日を迎え、本作をお客様に届けられることに興奮しています。
高いところから下を眺めた時、自分が転落することを想像して心がざわめく。そんな不安感を作品に込めました。「フォールポイント」は転落し続ける男の目眩に襲われるような自分探しの物語です。実験的で挑戦的な部分もあるかと思いますが、そうとは感じずただ楽しめるように、俳優たちと丁寧に作り上げ、この世界へ観客を引きずり込む力を持った作品に仕上がりました。
主人公とともに、足元が揺らぐ、目眩のするような感覚を体験してください。
取材・文・撮影=潮田茗
公演情報
■出演 梅津瑞樹 花柳のぞみ 柳下大 今村美歩 加藤啓
■公式X @Toei_stages(https://x.com/Toei_stages)
■企画・プロデュース 東映