帝国劇場を支えた人々《前編》~あなたにとって帝国劇場とは?【支配人&客席案内係編】
H.Nさん[元 帝国劇場支配人]
エントランス
――Nさんはクロージングの時の支配人、つまり二代目帝劇最後の支配人でいらっしゃいます。帝劇は長いのでしょうか。
そうですね。入社して3年目に演劇部の中の帝国劇場営業事務所配属になりました。最初の帝劇勤務時は約7年ほどで、その後演劇宣伝、シアタークリエを経験し、再び帝劇に戻ってきました。帝劇にはトータルで15年くらい在籍しています。
――もともと演劇が好きで東宝に入られたのですか?
演劇というか、宝塚が好きでしたね。親に連れていってもらって、中学生くらいから観ていました。当時は男子校だったので、まわりに宝塚の話ができる人がいない。大学に入った時に、そういう話ができる友達を作れるサークルがいいなと思い、オリジナルミュージカルを上演するサークルに入りました。就職活動では様々な業種を受けたのですが、「1週間のうち5日間働くのだから、自分が興味のある仕事に就いた方が楽しいだろう」と思って東宝を選びました。
――では入社前は帝劇というものには思い入れは……。
入社前は企業研究をした際に東宝が所有している自社劇場という認識くらいでした(笑)。学生時代に帝劇で観たことがあるものは『エリザベート』と『レ・ミゼラブル』、あとは愛華みれさん主演の『チャーリー・ガール』くらいだったと思います。
――宝塚ファンでいらっしゃったから(笑)。では、支配人になる以前は、帝劇ではどんなお仕事を?
入社3年目で配属された時は、アルバイトさん(案内係)の統括、出勤管理や悩み相談などをしていましたが、業務の中心は開場から終演までのお客様対応ですね。山口祐一郎さんの出待ちをガードしたり、井上芳雄さんの後ろについて芳雄さんへの差し入れを預かったりもしていました。
――いわゆるプリンスロードですね。……各俳優事務所の方のお仕事かと思っていました。
お客様の列を整理するという意味で、私たちのお仕事でしたね。あとはまだ劇場で直接の前売り販売をしていた最後の時代でしたので、発売日前日からアルバイトさんと一緒に劇場に泊まり、朝6時くらいからお客様に整理券を配って抽選をしたのも今となっては良い思い出です。その当時、帝劇には地下にスタッフさん用のお風呂もあったんです。ほかにはチラシの管理や、アルバイトスタッフから共有されるお客様対応やサポートなど、現場感のあるお仕事がメインでした。
ロビー売店正面。上に見えるのがステンドグラス「律動」(猪熊玄一郎)と「喜怒哀楽」の仮面(本郷新)
電灯装飾「熨斗」(猪熊玄一郎)
――言える範囲で、Nさんにとっても珍しい体験だったなと思うことがあれば教えてください。こんなことも劇場の仕事なんだ!? というようなこととか。
そうですね……一度、盆(回り舞台)が壊れたかも? という時があったんです。結局は直ったのですが、「壊れたかも」となった時に「いざとなったらみんなで回すぞ」と言われ、一度、みんなで回す練習もしました(笑)。
――人力で!? 回せるんですか?
強引な対処法ではありますが、回せるらしいんです。実際に私が入社する前に本番中に回した経験のある先輩もいらっしゃいます。回せるけど止めるのが難しく、もちろんそんなことは起こらない方がいいのですが。
地下6階廻り舞台の最下層のピット
――その後別の部署に行かれ、戻ってきたときは副支配人。副支配人のお仕事とは。
最初に7年いた時、最後は係長だったんです。この時は「係長は劇場の中心だ」と言われ、スタッフをまとめる現場のリーダーのようなポジションでした。副支配人は管理職ですので、もう少し数字的な責任もあります。具体的には「作品を良い形でお客様に届けながら、興行として成立させること」ですね。たとえば団体販売や各窓口(プレイガイドなど)にどう配券するかというのは劇場営業の仕事としては大きい部分です。あまり劇場の仕事っぽくはないかもしれませんが、これは、支配人の仕事も同じです。
――つまり支配人・副支配人の仕事は「経営面・現場面ともに上手く回るようにする」ということ?
そうですね。興行というものは、の販売から始まります。
を前売りで販売し、その後、公演は初日を迎え、千穐楽を迎える。その一連の流れの中で人を上手く配置し、最も良いのは「毎日満席で」「何事もなく」公演を終えること。それが最大の目標です。その中で、一日の公演に限れば、開場から終演まで何事もなく、何かあった時はうまく対応して進めることが仕事です。
――支配人の仕事で「実はこんなことをしています」というものは? 客としては支配人って、開場時、終演時に劇場入口に立っているイメージなんです(笑)。あとは何かあった時にステージに出てお詫びする人。
なるほど(笑)。ある程度知られていることかもしれませんが、公演の初日前の「お祓い」に出る、というのは劇場ならではでしょうか。ほかにも初日や千穐楽に役者さんの楽屋にご挨拶にあがったり、警察署や消防署とのやりとりなど対外的な窓口も行っています。
――ちなみに支配人だけが入れる小部屋や、支配人だけが知っている秘密の扉、代々支配人に引き継がれる秘密のアイテムなどは……。
ありません(笑)。
楽屋口/劇場には多くのドアがあり、元支配人も解体時に初めて入った場所もあるそう……
――残念。ところで、Nさんは帝劇最後の支配人でいらっしゃいますが、帝劇建替えの一報を聞いた時はどう思われましたか? 中で働いている方にとっては「致し方ない」という感想だったのでしょうか。
私たちの間でもずっと噂はあったんです。でも構造上、まだまだ使えるのでは?とは思っていました。聞いた時は「そうか、ついにその時がきたんだな」という感想でしたね。その時は、まだ先のことだなという印象だったので特にショックを感じたということもなかったですね。
――クロージングに向けてどんなお仕事がありましたか。
私からだけでなく、東宝の演劇部からも「帝劇のクロージングは、演劇部全体で盛り上げていこう」という話があり、帝劇最後の1年を盛り上げるべく手上げ式のプロジェクトチームを作り、その旗振り役的なことをしていました。業務の都合で参加できなかった人もいますが、やりたいと手をあげてくれた人は結構いまして、30名くらいの一大プロジェクトになりました。そのチームでグッズを作ったり、イベントを行ったりしました。「帝国劇場アニバーサリーブック New HISTORY COMING」を出したのもその一貫です。あとはウェディング・フォトプランをやったりもしました。お客様が休演日の劇場に入ることはあまりありませんし、帝劇は美術品を含め、美しい空間でしたので、思い出になるかなと思いました。これはかなり好評をいただきました。
『THE BEST』公演中のロビーには、これまで上演された演目のポスターたちが飾られた
――Nさん発案のものは何かありますか?
私が発案したもの……。帝劇本の裏表紙に、書籍に登場している方のお名前を着到板風にして載せるのはどうですかと言ったくらいかな(笑)。そうしたら担当者が「良いじゃん!」と言ってくれて採用されました。
――2025年2月28日、二代目帝国劇場最後の日はどんなお仕事をされていましたか。
『THE BEST』の出演者が日替わりでしたので、その期間ずっと忙しかったんですよね(笑)。最終日には帝劇にご出演されていた俳優さんたちや関係者の方々をご招待していましたので、開場時間はそのアテンドやお客様のお出迎えをしていました。終演後にはパーティもありましたので、その準備、さらにはテレビ番組の生放送もありましたので、演劇部全員で走り回っていましたね。
――お気持ちとしては。
裏方さんを除くと、私はおそらく演劇部の現役の中では一番長く帝劇で働いていた人間だと思います。ですので当然最後の瞬間は寂しさを感じましたが、怒涛の一日だったので無事に帝劇の大千穐楽をやり遂げられた、という達成感の方が勝っていましたね。すべて終わって、帝劇のロビーで演劇部の皆で軽い打ち上げをした際に胴上げもしてもらいました……「挨拶をしろ」と言われたら感極まって泣いていたかもしれません。演劇部全員で一つのことに取り組むことが出来て、とても良いクロージングだったと思います。
エントランス左側の受付
――最後のお客さんを出す光景は。
見ていました。寂しいというよりも、ほっとした気持ちが大きかったですかね。でもお客様がずっと劇場の外で写真を撮っていらして、皆さんに「ありがとうございました」と言いにいけたらよかったなというのは、ちょっと心残りですね。
『THE BEST』の期間は、特によくお客様に声をかけられました。「私はレミゼの初演から来ているのよ」とか、「こけら落としにも来たんですよ」とおっしゃる方もいました。本当に帝劇を愛してくださった方がたくさんいるんだなというのは日々感じていました。初代の帝劇は、最後は映画館として使われていたんですよね。やっぱり劇場ってお客様がいらして、お客様の熱気や賑わいで盛り上がるよなと改めて思ったので、最後の3年間、コロナの影響はありましたが、それ以外はずっと満席だったというのは、劇場孝行ができたのかなと思っています。
――改めて、二代目帝国劇場に思うことは。
閉館が決まって、帝劇のことを好きだと言ってくれる方がすごく多かったなと感じました。お客様、スタッフさんもですが、俳優さんで言えば市村正親さんや堂本光一さん、井上芳雄さんなど。帝劇とはそういう劇場だったんだと実感しましたし、60年間劇場を支え、育ててくれた先輩方がいたということはすごく感謝しています。そして次の劇場も、そういう場所にしなければいけない、とも思いました。
――ちなみにNさんが帝劇で好きな場所は。
客席ですかね。落ち着きますよね、あの客席。たまに終演後、誰もいないシーンとした中で座るのですが、とても心地よい空間でした。
客席 (写真提供:東宝演劇部)
――最後に、Nさんにとって帝国劇場とは?
入社したての若手の時から、係長、副支配人、支配人と全部のポジションを経験しました。やっぱり自分を育ててくれた場所だと思います。会社人生の中の……いえ、人生においても、一番のふるさと。帝劇閉館後、毎日忙しいせいか寂しさはさほど感じていなかったのですが、今お話ししていて急に懐かしく、寂しくなってきました。
帝劇の歴史や伝統を次の世代に繋ぐ、その役割を担わせていただいたのかなと思っています。今、建築家の小堀哲夫さんと共に三代目の帝劇のプロジェクトも始まっていますが、三代目も皆さまが「帰ってきた」と感じていただける劇場になれるよう取り組んでまいります。
そして、また新しい劇場で皆さまとお会いできることを心より願っています。
取材・文=平野祥恵 写真=『帝国劇場アニバーサリーブック NEW HISTORY COMING』より
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書籍情報
四六判/288ページ
ISBN:978-4-08-770038-1
◎白杖の父が遺した、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」のパンフレット。そこには新人案内係からの手紙が挟まれていた――「ホタルさんへの手紙」