川崎鷹也が念願の大舞台にーー夢を叶えるために必要なこと「本気で悩んで、考えてくれる仲間がどれだけいるか」
川崎鷹也 撮影=浜村晴奈
川崎鷹也が大きな夢をつかんだ――。2018年、SNSより「魔法の絨毯」が大ヒット。一躍人気アーティストの仲間入りを果たした川崎。2025年、4thアルバム『曖昧Blue』を引っ提げて全国13都市を巡る『川崎鷹也 2025 Hall Tour「まだ夢の中」』を行い、全国で約3万人を動員した川崎。その追加公演が5月8日(金)に大阪城ホール、29日(金)に日本武道館で開かれる。
ミュージシャンなら誰もが憧れる、両会場。川崎は今、どのような心境なのか。そこで今回は川崎に、夢をつかむために必要なこと、そして自分の糧となったミュージシャンたちについて話を訊いた。
「川崎鷹也と同じ熱量を持つこと」
――大阪城ホール、日本武道館での『まだ夢の中』追加公演が近づいてきました。この二つの会場はミュージシャンにとって聖地的存在。川崎さんも、夢が一つ叶ったのではないでしょうか。
大阪城ホールと日本武道館は、いつの日かライブをやりたい場所でした。ただ、アプローチとしては「いつもと変わらないようにしなきゃいけない」とも考えています。川崎鷹也のステージは、背伸びをしたり、見栄や意地を張ったりする一面もあり、楽曲も等身大で大層なことは言っていません。だから、無理をしちゃいけないなって。みなさんの気持ちや日常に寄り添う音楽を届けているからこそ、大阪城ホールや日本武道館でも、普段と違うことはしないでおこうと思っています。
――逆にそうやって今のうちに強く言い聞かせておかないと、いつもと違うことをしてしまいそうなのではないですか。
そうかもしれません。そうやって意識をしないでいたら、日本武道館に立ったときキャラじゃないことを叫んでしまいそうだし(笑)。大阪城ホールでも、「城ホー!」とか。普段はそんな風に叫ばないのに、言っちゃう可能性はありますね。
――日本を代表する会場である大阪城ホールと日本武道館での公演が決まった瞬間、どのように感じましたか。
僕が抱いている夢を実現させるために、本気で動いてくれる仲間たちへの感謝が湧き上がりました。この業界に限らず、チームを作る上で必要なのは「夢や目標に対して、一緒に本気で考えてくれる人がどれだけいるか」です。それによって結果は大きく変わります。川崎鷹也のチームは、僕が抱いている夢をリアルに考えてくれます。本気で一緒に悩んで、考えてくれるスタッフが多いし、そういう人としか一緒に仕事をしないという信念もあります。仲間たちが、「川崎鷹也を大阪城ホールや日本武道館に立たせたい」とがんばってくれた結果ではないでしょうか。僕は幸せ者ですね。
――本気で考えてくれる人を見抜いて、一緒に仕事をするということですね。
うちのチームはもともと、僕と社長の二人だけで始まりましたし、最初はプロモーションをしてまわっても誰にも話を聞いてもらえない状況が続きました。そこから仲間が少しずつ増えていきましたが、「とりあえず、このアーティストの担当になったから……」みたいな考え方のスタッフは一人もいません。自分がどのようにそのチームにジョイン(参加)するか、という意識が明確なんです。
――スタッフ選びで特に重視するのは?
どの業種・部署においても、熱量が重要だと思います。でもそれってすごく難しいこと。もちろん、働く環境や職種によって異なる部分はあるのですが、音楽においてはやはりアーティストと同じ熱量かどうか。つまり、うちは「川崎鷹也と同じ熱量を持つこと」になります。でも、いきなり「熱量を合わせろ」は難しいので、一緒に話をしたり、食事をしたり、お酒を飲んだり、そういう日常的な動きのなかから「なにを思って仕事をしているのか」をお互い理解する必要があります。そうやって見極めていくうちに、同じ感覚の仲間がおのずと集まりました。
優里、Tani Yuukiから受け取ったバトン「僕の手元についに来た」
――そんな大阪城ホールや日本武道館での公演を経て、川崎さんはミュージシャンとしてどのような成長を遂げると思いますか。
夢にまで見た舞台なので、大きな自信になるはず。ただ、その後の自分にどんな影響を与えるかについては想像がつきません。というのも、たとえば優里くんやTani Yuukiの日本武道館公演を見に行ったとき、二人とも達成感は間違いなくあったと思うのですが、一方で僕が見た感覚としては、自分の長い活動において良い意味で通過点の一つに捉えているようにも映ったんです。あの二人は常に「このあと、どうするか」を考えていますから。
――なるほど。
それこそスキマスイッチさんは、日本武道館の公演でもいつも通りの雰囲気でステージに現れて、いつも通り最高のライブを聴かせてくれて、いつも通り帰っていったんです。プライベートでもお世話になっているからこそ、お二人がいかに「いつも通りだったか」が伝わってきて。気取ったり、気張ったりしている様子がなかった。それが、日本武道館のステージでできることがすごい。ミュージシャンとして、シンガーソングライターとして、理想的な姿ですよね。高橋優くんのライブを観させていただいた時も、完璧なステージを観客に届けてくれた。ある種、シンガーソングライターとして究極の姿を見せてくれました。「これくらいの域にいくのは、いつになるんだろう」と、逆に自分自身の可能性も膨らみました。大阪城ホールや日本武道館は、そうやってさらに前に進む大きなきっかけになると思います。
――たとえば3、4年前に大阪城ホールや日本武道館でやっていたら……?
今ほど落ち着きはなかったでしょうし、無理をしてがんばらなきゃいけない部分も多々あったはず。パフォーマンスも、会場の雰囲気に飲まれて終わって後悔だけが残っていたはず。「川崎に大阪城ホールや日本武道館は早かった」と言われていた気がしますし、「俺もそう思ってた」となりそう(笑)。でも自分を客観視できていたこともあり、ここ数年も焦らず活動できていました。
――早すぎず、遅すぎず、だれもが納得できる形とタイミングで大阪城ホールや日本武道館に立つ印象です。
ありがたいことに、優里くんやTani Yuukiがあの大きな舞台に立った後、自然と「次は鷹也くんだね」といろんな人に言ってもらえる空気感ができあがっていました。これはあくまで僕個人の感覚ですが、なんとなくあの二人から“見えないバトン”をもらったみたいな気がしていて。ただ、そのバトンパスの勢いがめちゃくちゃすごかった(笑)。優里くんが全速力で走ってTani Yuukiにバトンを渡し、Tani Yuukiがその勢いを逃さないよう大切に包んで僕に持ってきてくれた。3人の関係値も相まって、僕の手元にバトンがついに来たという気持ちです。
――ちなみに公演タイトルにちなんで、川崎さんにとって「初めて夢が叶った」と思えた瞬間は?
いろいろ思い浮かびます。初めてライブをやったのが下北沢のライブバーのような場所だったんですけど、そのときはお客さんが一人くらいしかいなくて。「いつかここでワンマンライブをやりたい」と思って、それが実現できた瞬間「夢が叶った」となりました。あとカラオケへ行ったときに、僕の楽曲が履歴に残っていたのを見て「夢みたい」って。音楽活動をやっているなかでも、あのときが一番、心が浮ついたかも。「誰かが歌ってくれているんだ、僕の曲を!」って。
――大阪城ホールや日本武道館での公演が、誰かに夢や目標を与えるきっかけにもなったらいいですよね。
この2公演に関しては、僕も伝えたいことがたくさんあります。音楽活動を志している方や、音楽で苦しんでいる仲間も見に来るかもしれない。まだ、夢を持っていない人もいるはず。いろんな人がそこにはいる。そんな方たちに向けて、僕だから言えることを届けたい。「がんばったら、夢は叶う」というつもりはないですし、現実はそんなわけもない。でも、「チャレンジし続けていないと、チャンスは来ない」ということは間違いない。大阪城ホールと日本武道館では、それを体現したいです。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=浜村晴奈