三浦透子が挑む、初めての一人芝居『プライマ・フェイシィ -私の声を聞いて-』「声や体を信頼して、この物語が問いかけることに応えたい」

インタビュー
舞台
18:00
三浦透子

三浦透子

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衝撃の一人芝居を三浦透子が演じる!
劇作家スージー・ミラーが2019年に発表した戯曲『プライマ・フェイシィ』は、優秀な弁護士テッサが主人公。ある事件をきっかけにテッサはそれまで信じてきた法律が必ずしも完璧なものではないことに気づく。法律が男性優位な観点で作られ、女性の側に寄り添っていない点が存在する事実に直面するのだ。
「プライマ・フェイシィ」とは法律用語で「反証しないかぎり一応事実とされること」。その曖昧さ、矛盾を目の当たりにしたとき、テッサはどうする? 苛烈な現実に打ちのめされながら、なお闘おうとするテッサの姿と、たったひとりで舞台に立ち膨大なセリフを吐き続ける俳優の姿が重なり、その熱量と切実さに観客の心は大きく震える。
2022年のウエスト・エンド公演、2023年のブロードウェイ公演では主演したジョディ・カマーがオリヴィエ賞とトニー賞の主演女優賞を獲得し、ナショナル・シアター・ライブとして世界中の映画館でも上映され大きな反響を呼んだ。
この話題作が日本で初めて上演されることになった。主演は三浦透子、演出は『ロスメルスホルム』(23年)、『星の降る時』(25年)に続いて三浦と3度目のタッグを組むことになる栗山民也。三浦が絶対的な信頼を寄せる栗山のもと、どんなテッサが誕生するだろうか。稽古を前にして、難易度の高い一人芝居に臨む心境を聞いた。

「大変そう」だからこそ、託された信頼に応えたい

三浦透子

三浦透子

――世界中で評判の戯曲ですが、出演のオファーを受けたときどう思われましたか。

評判は聞いていて、ずっと気になっていた作品だったので、出演オファーが自分のところに届いたことにとても驚きました。

――気になる作品とはいえ、台本を読んで、重いテーマの作品であり、しかも一人芝居ということで、挑戦することに迷いはなかったですか。

大変そうだとは思いましたが、これほど大変そうな作品でオファーをいただいたのは、栗山さんやプロデューサーの北村明子さんが私自身にはまだ見えていない可能性や信頼感のようなものを感じてくださってのことだろうと勝手ながら思いまして。私を見てこの役を託せると思ってくださったことが純粋にありがたかったです。なによりも読んでみてなおさらこの作品と役に純粋に興味を持ちましたので迷いを感じることはありませんでした。

演劇だからこそ、この問いを「自分ごと」にできる

三浦透子

三浦透子

――実際、台本を読んで作品のどんなところに興味を持ちましたか。

主人公テッサが直面した問題に真摯に向き合おうとしているところです。様々なシステムが男性優位になっていて、テッサが人生をかけて仕事をしている法律の世界でも同じであることに、自分が被害者の立場になったことから直面します。女性が生きやすい社会を考えることは、この作品のみならず、いま社会全体で考えていこうという動きになっていますよね。そういう問いかけに、演劇という形式は相性がいいように思います。演劇というのは、観ている人がその人物の感情や体験を目の前でダイレクトに受け取れる形式です。演じる側も観る側も同じ場所で同時に感じ、考えることができます。テッサが男性から受けた暴力的な行為と、その後に彼女が裁判を通して経験する様々な出来事は、経験していない側の人間がわかるとかわからないとかを簡単に判断していいことではないと思いますし、なかなか自分ごととして向き合うのは難しいかもしれない。ですが、演劇という形式によって自分ごととして感じたり考えたりできるかもしれない。この題材を演劇でやる意味がそこにある。だからこそこの作品が問いかけることに応えるように世界各地で上演が広がっているのだろうと思いました。

「共演者がいない」ことで広がる表現の可能性

――一人芝居という形式にはじめて挑戦することをどう思っていますか。

正直、まだわからないです。一人芝居にもたくさんのアプローチの仕方があるでしょうし、自分が思うお芝居というものの定義がこれをきっかけに更新されるかもしれません。これまで私が経験した舞台では、お互いに共演者の心を動かすようにセリフを放ち、相手の声を聞くものでした。受け取った相手が出してくれるものをまた受け取るという往復の中で芝居をしてきました。一人芝居ではその相手がいない。でも言い換えれば、聞くものや受け取るものを自分で選べるということかもしれないですよね。例えば、舞台上の見えない相手が目の前にいると思ってセリフを発する場合もあれば、傍白のように観客に直接語りかける方法もある。どんなアプローチがありうるのか、一人芝居とはどういうものかは稽古を経てみないとわからないですが、いまはただ栗山さんを信じてひたすら修行するのみだと思っています。

――三浦さんは俳優のみならずシンガーとしても活躍されています。一人芝居とソロで歌うことには同異はありますか。

ミュージカルでソロ曲を歌う体験や、ライブで自分の曲を一人で歌うときの感覚が、もしかしたら一人芝居のヒントになるかもしれないとは思います。一人で人前に立つことは私にはとても恥ずかしいことなんです。“自分”が晒されていると感じてしまって。ある瞬間、その晒されているという意識がふっとなくなり、〈誰もいない〉みたいに感じられることが私にとってうまくいっているという感覚です。つまり集中できている状態ですね。その感覚は一人芝居でも共通かもしれないといまは想像しています。ただ稽古が終わったあとには全然違うことを言っているかもしれません(笑)。これまでも稽古を通すと、最初に考えていたこととはまったく違うものが見えてくるという経験をしているので。〈今この場でこの人物として生きている〉という状態になれれば、観客の存在を忘れてもいいかもしれない。法廷劇の側面もありそうで、観客を傍聴人などに見立てて語りかけているというふうにもできますよね。それがこの戯曲のおもしろさでもありそうで、どういうふうになるか自分でも楽しみです。

三浦透子

三浦透子

――弁護士を演じるうえで法律の勉強はしますか。

法廷で使う用語や振る舞いはテッサにとって日々の仕事として積み重ねてきたものです。彼女が心底から理解し使っているように演じるためには、あらかじめしっかり準備しなければならないと思っています。

――栗山さんの演出を受けるのは3回目になりますが、栗山演出はいかがですか。

栗山さんから聞いたことで印象に残っていることのひとつに、翻訳劇を演じるときの心構えがあります。台本に日本ではなじみの薄い欧米の文化や慣習が書かれていると、それに関する知識を逐一教えてくださるんです。栗山さんはそういったことへの理解が非常に深い方なので、稽古の合間にさりげなく、でも的確に、情報や解釈を手渡してくれる。それを聞き逃さないようにして、吸収しながら、この情報が他の箇所でも応用できないか探っていく。そこから興味を持ったことをさらに自分で調べて資料を読んで……という勉強する面白さが演劇にはあります。

――これから稽古で探っていくことになると思います。物語では法律という「絶対の真理」を仕事にして生きてきた弁護士がその法律によって自分の声をかき消されていく経験を味わいます。信じていたものの価値観が変わるという主人公の体験をどう思いますか。

まだ演じる前の段階ですが、正しいと思っていたものが形を変えるという経験は、きっと多くの人が身に覚えのあることだと思うんです。『これが正しい』という信念を持っていて、でも実はそれがどこかで間違っていたと気づく瞬間が誰にでも訪れるかもしれない。そのときにどう振る舞えるか、自分でも正直わかりません。ただ、体験の内容にもよるでしょうけれど、素直になりたいと私は思います。私は間違えていましたと認め、わからないことは教えてほしいと頼む。ずっと信じてきたものを、そうではなかったかもしれない、と認めるのは本当に難しいことです。立場上、〈絶対に間違っていない〉と主張しなければならないという状態や真理もありますよね。だからこそ、世の中が、誰もが〈間違えていました〉と言いやすい空気になったらいいなとは思います。あくまで個人的な意見ですが、『正しくあらなくてはならない』というプレッシャー自体が、世の中の空気によって作られている部分もあると思うんです。例えば立場や役職によって、原則から外れることが許されない状況に置かれている人もいる。でも、本当にこれが正しいのか、ほかの可能性はないのか、と考えていくことや、考えを声に出していくことがゆるされたらいいなと思います。

まったく違う役を演じても、いつも「とても自分だな」と思う理由

三浦透子

三浦透子

――とても冷静でしっかりした考えをもった三浦さん。舞台だと『ロスメルスホルム』では自由思想をもった人物、『星の降る時』では移民の男性と結婚する人物とその背景まで理解しないと難しい役を演じ、映画『ドライブ・マイ・カー』はミステリアスな運転手を演じて高い評価を得られています。5月に公開される映画『ミステリー・アリーナ』ではべらんめえ調に話す少年のような人物を演じます。ともすれば漫画キャラのように見えそうな属性を自然に演じていると評判です。どうやって自然に演じられるのでしょうか。

べらんめえ調は意外と言いやすかったんですよ。あるんじゃないでしょうか、私のなかにも。その役に限らず、どの役を演じていてもこの役のこのあたりは私にもあるなあと感じるもので。人間というものの深さや厚みや可能性がそうさせるのでしょう。しっかり役を探っていけば、理解できる要素がたくさんあります。だからまったく違う役を演じているはずにもかかわらず、いつもとても自分だなと思ってしまう。それがお芝居の不思議でおもしろさです。

――確かに、三浦さんには唯一無二の三浦さんらしさがあって、でも役によってグラデーションがあるように感じます。

それは嬉しいです。どんな役を演じてもその人として輝ける、そんな特許をもっているみたいな俳優も大好きだし、どんな役にも変幻自在な俳優もリスペクトです。私はそのどちらも信じていて。コツコツ訓練して技術を磨き、あらゆる役と親和性高くあれる自分を目指しつつ、自分らしさも大切にしたいです。

声に導かれて、自分の感情に出会う。音を磨くことで生まれる表現

三浦透子

三浦透子

――歌うときだけは自分になれるのでしょうか。

歌を作るときでいうと、歌詞は言語なのでどうしても理屈が働いてしまうことがあって。でも、音(曲)の場合、ここにこの音がほしいと思うというのは説明しようのない感覚です。理由はないけれどこっちのほうが気持ちいいみたいなことで選択しているという意味では歌詞よりも音(曲)のほうが自分らしいのかもしれません。

――音の話は興味深いです。『プライマ・フェイシィ』はひたすら語り続けるから、どの場面でどんな音(声)を選択するか気になります。

栗山さんもよく音の話をされます。稽古の中で不意に『ここ、ちょっと違う声で入ってみて』とおっしゃることがあって。音って大事ですよね。聞くほうも音で印象が変わるし、発するほうも出した声に影響を受けます。おもしろいと思うのは、自分が出した声を自分の耳で聞いて、そこで自分の感情に気づくときがあって。気持ちが苦しいとき声も濁ったり低くなったりすることがありますよね。だから私は、いい音を選ぶことをこわがらないです。いい音ばかり選ぶと感情が蔑ろになるのでは、とは思わないという意味です。音を磨いたら、必ずそこに美しい感情が必ずついてくると信じているんです。声や体にはパワーをもらえます。声や体はトレーニングの成果がちゃんと出るものだから、そこを信頼して準備すれば、稽古と本番を乗り切れる気がします。

取材・文=木俣 冬 撮影=荒川 潤

スタイリスト:佐々木翔
ヘアメイク:山口恵理子

ケーブルニットベスト/near.nippon(ニアーニッポン)
ベーシックシャツ/Nue by near.nippon(ヌエ バイ ニアーニッポン)
デニムパンツ/Bed&Breakfast(ベッド&ブレックファスト)

公演情報

シス・カンパニー公演『プライマ・フェイシィ-私の声を聞いて-』

シス・カンパニー公演『プライマ・フェイシィ-私の声を聞いて-』


『プライマ・フェイシィ -私の声を聞いて-』
 
【公演時期/場所】2026年7月1日(水)~26日(日)東京:ザ・スズナリ
          以降、群馬・福島・茨城・大阪・兵庫 5都市にて巡演
【作】 スージー・ミラー   【翻訳】 徐賀世子 【演出】 栗山民也 【出演】 三浦透子
【一般前売開始日】 2026年4月25日(土) ※茨城公演のみ5月2日(土)一般前売開始
【企画・製作】 シス・カンパニー TEL:03-5423-5906(営業時間 平日11:00~19:00 ※休業=土日祝)
 
トリガーアラートのご案内
本作品には、性的暴行についての表現や描写がございます。ご観劇前にあらかじめご了承くださいますようお願いいたします。

introduction

野心的に勝利を追い求める気税の法廷弁護士テッサ・エンスラー(三浦透子)。
しかし、ある日、一夜にして被害者の立場に立たされてしまう。
そこで自分が信じてきた法制度が、いかに被害者を追い詰め、
傷つけるものなのかを容赦なく突きつけられるテッサ。
極限の感情の渦の中、自分の内なる「声」に向き合い、彼女が向き合い、追い求め、
闘おうとしているものは何なのか。そして、彼女が選んだ道は・・・?
 

『プライマ・フェイシィ -私の声を聞いて-』 ティザー映像

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