スカラ座で快挙のメゾソプラノ脇園彩が語る、オペラ『ウェルテル』の魅力と人間の核
脇園彩 写真=堀田力丸
新国立劇場が、フランスの作曲家ジュール・マスネのオペラ『ウェルテル』を上演する。ドイツの文豪ゲーテが1774年に発表した書簡体小説『若きウェルテルの悩み』を原作とし、1892年に初演されたオペラだ。今回、ゲーテが自身を投影した主人公ウェルテルの恋の相手シャルロッテ(オペラではシャルロット)を演じるのは、イタリアを中心にヨーロッパで活躍中のメゾソプラノ脇園彩。長年、この役を歌うのが夢だったという彼女の、役と作品への思いを聞いた。
ミラノ・スカラ座での主役デビューを経て
――脇園さんは去年9月、新国立劇場でも演じた『チェネレントラ』アンジェリーナ役で、オペラの殿堂ミラノ・スカラ座に主役デビューされて話題になりました。スカラ座というと、古くはマリア・カラスもここで称賛を浴びてスターになったり激しいブーイングを浴びたりした“熱い”劇場というイメージがありますが、いかがでしたか?
個人的に、かなりエピックな出来事でした。どの劇場の観客も熱いのですが、スカラ座には10ユーロで観られる天井桟敷があり、そこで毎公演欠かさず見るような、耳が肥えていて厳しい「ロッジョニスタ」と呼ばれる方々がいることで有名なんです。同僚も皆言っていますが、そういうお客様、あるいはコーラスやスタッフが、一人一人はとても気さくで話しやすいのに、全体になると「見てやるよ」というような、歌い手にとってすごくプレッシャーを感じる雰囲気が作られる不思議な劇場なんです。ですからとても緊張しましたね。
一方でスカラ座は私をイタリアへ導き、またアカデミー時代に私を育ててくれた、とてもご縁のある劇場。私にとって聖地でありホームです。10年ぶりの帰還を劇場のたくさんの方が歓迎してくださり、何か一つのサイクルが閉じたような、同時に新しい章が開いたような、不思議な感覚を覚えました。
新国立劇場『チェネレントラ』(2021年)より 撮影:寺司正彦
――そうした劇場で、日本人として主役を張ることの重みをどうとらえていますか?
林康子さんや山路芳久さん、近年では中島康晴さんなど、過去にスカラ座で日本人の方が主要な役に出演されていた時代、東洋人がキャスティングされるということは今よりずっとハードルの高いことでした。けれども最近ではグローバル化が進み、東洋人が西洋文化の世界に進出してきている一方、自身の文化を高く評価する西洋人がかつてよりは少なくなり、西洋人だけではその世界を持続することができなくなってきたという背景もあり、ここ10年で時代が変わってきたことを実感しています。その変化の恩恵を存分に享受していることに感謝しながら、長い時間をかけて先輩方が切り拓いてくださった日本人オペラ歌手としての道を、さらに豊かなものにしていけたらと願っております。
実際、世界の変化のスピードは本当にすごいですよね。AIの台頭もその一つ。その中で、人間にできることは何か、どうしたら幸せになれるかということが問われていると思います。
――生の舞台芸術というのはある意味、AIとは対極にあるアナログな世界ですよね。部分的に取り入れられることはあるにしても、AIの歌声と人間の生の歌声はやはり全くもって違うものですし。
人間は一人一人、不完全であるからこそ魅力的ですよね。不完全だからこそ出てくる性格みたいなものを一人一人が全面的に押し出していくことで、AIに制御されるのではなく、人間が主導権を握って発展していく社会を作っていけるのではないでしょうか。
――不完全さこそが、人間の個性であり強みになり得るということですね。脇園さんにとっては、ご自身のどのようなところがそうだと思われますか?
できないこと、苦手なことはたくさんあります。例えば、私は今までロッシーニを武器にして歌ってきましたが、それは、ロッシーニの速いパッセージが、余り太くなく小回りが利く私の声帯に合っていたからなんです。一般的に、小回りが利く小型車は、ずっとスピードを出して長い距離を走るのが苦手。でも、その車の性格をちゃんと理解して事前に色々な対策を講じれば、きちんと走ることができますし、逆にその性格が分からないまま力技で無理やり走らせようとすれば壊れてしまいますよね。私の声帯は少し前までドーンとしたフレーズを歌うのが苦手でしたが、それをテクニックで補うということをこの数年間、意識して行ってきたお陰で、今回の『ウェルテル』のシャルロットにたどり着いたと言えます。
――『ウェルテル』のシャルロットは、おいそれとは歌えないものなのですか?
勿論、持って生まれたそのままで、20代でパッと歌える人もいます。私にとっては、ロッシーニがそう。何故、そのアジリタ(細かく速い音符の連なりを敏捷に歌うテクニック)が最初からできるの?と聞かれても「できるから」としか答えようがないくらいでした。逆に私の声帯と私が持っているエレメントでは、シャルロットはそうではなかったんです。
けれども自分の方向性を自分で定め、足りないところを客観的に見て、どうしたら目標にたどり着けるかを考えて実行していくことで、本当に何でも可能になるのだということを今、身を持って実感しているところです。
ゲーテの原作とマスネのオペラの違い
――『ウェルテル』のシャルロットを歌いたいと思われたのはいつ頃からなのでしょう?
大学4年生の卒業演奏会の曲目を決めるにあたって様々な曲を聴いたり歌ってみたりする中、シャルロットのアリア「手紙の歌」と出会いました。当時、(ラトヴィア出身のメゾソプラノである)エリーナ・ガランチャがすごく好きで、その録音を聴いたのがきっかけだったかもしれません。本当にロマンティックな歌で、6~7分の中に全てのドラマが見える。私はもともと、歌うことは勿論ですが色々な人物になりきることが好きでオペラ歌手になったので、このアリアにものすごく惹きつけられて。そこから『ウェルテル』というオペラを知り、原作も読みました。
――読んでみていかがでしたか?
ロマンティックでドラマティックなオペラの印象からすると、ゲーテの原作はひたすら根暗な男が、自分はどれだけ辛いかを綴っているような印象で(笑)。でも、ヨーロッパの様々なところでお仕事をお引き受けするようになり、ドイツにも長く滞在してみてわかったのは、ラテン系の人の情熱がロマンティックで甘美な感じなのに対して、ドイツ人の情熱はまさにウェルテルのように固くて不器用だということです。
――『若きウェルテルの悩み』に描かれた青い燕尾服と黄色のチョッキというウェルテルの服装で自殺するのが流行ったぐらい、あの当時の若者の気持ちをつかんだのですよね。
あの時代のヨーロッパはキリスト教の影響が強くて、特にドイツはマルティン・ルターの宗教改革以来、プロテスタント系のキリスト教的規範が大きな位置を占めていました。そんなところも作品の背景にあったのではないかと思うんです。自由への思いや自然礼賛がしきりに書かれているので。原作でウェルテルがオシアンの詩をシャルロッテに朗読するうちに思いが高じる場面は、オペラにもかなり忠実に再現されているのですが、原作はウェルテルの視点なので、そこで「シャルロッテも自分のことが好きなんだろう」と書かれていても……。
――ストーカーだって同じように思っていますものね。
そうなんですよ。けれどもオペラの中ではシャルロット自身が死を前にしたウェルテルに、「あなたを初めて見た時から断ち切れないご縁のようなものを感じていました」とはっきり言います。原作のシャルロッテが許婚のアルベルト(オペラのアルベール)寄りなのに対して、オペラのシャルロットはもっとウェルテル寄りで、生まれ持った魂は自由で強い人間なのですが、規律や義務みたいなものの檻に閉じ込められている。ウェルテルはそれを感覚的に見抜いたからこそ、救おうとし、そんな自分の愛が彼女にとっての救いではないと気づいた時、自殺を決意するんです。
――そうなりますと、オペラの二人は初めから、魂自体が呼び合っていたようなところがあるわけでしょうか。
はい。二人は似ているのだと思います。ウェルテルにシャルロットのお父さんである大法官がシャルロットを紹介する場面があるのですが、紹介された瞬間に、シャルロットのほうでも一目惚れしていると私は解釈しています。
理想的なプロダクション、指揮者、共演者と共に
――今回、ウェルテルを歌うのは、アメリカ出身のテノール、チャールズ・カストロノーヴォさん。一緒に歌ってみていかがですか?
テクニックもお声も本当に素晴らしくて。彼も今回がロールデビューだそうですが、念願のデビューという感じが伝わってきます。シャルロットを演じたいという15年越しの夢が叶う私と同じように、役に対して大切にしてきた思いや熱意がおありです。フィーリングも音楽の解釈の方向性も近しいものがあり、すぐに息が合いました。
――ウェルテルとアルベールとの間を揺れ動くシャルロット。アルベール役の須藤慎吾さんはどうでしょう?
昨日、須藤さんにも直接お伝えしたのですが、あまりにもお声もお姿もイケメン過ぎて、アルベールでもいいかなと迷ってしまうほど(笑)素敵です。でも、お話ししていると柔らかい方なのに、歌い出すとアルベールの厳しさが伝わってきて、別人のようでしたね。また、ソフィ役の砂田愛梨さんは、私は昔から存じ上げているのですが、今本当に上り調子で、彼女の聴かせどころには高音でデクレッシェンドするところなどがあるのですが、とても綺麗で素晴らしかったです。
――そうした皆さんをまとめるアンドリー・ユルケヴィチさんの指揮にはどんなものを感じていますか?
私はマリエラ・デヴィーアという、ローマ近郊に住むイタリア人のソプラノ歌手のもとで勉強しているのですが、今回の『ウェルテル』の稽古に入る直前までローマ歌劇場に出演していたので、彼女のレッスンに行き放題で((笑)。『ウェルテル』の指揮者がユルケヴィチさんだとお伝えしたら、彼女は「ブラボー!」と。ドニゼッティの『ルクレツィア・ボルジア』と『アンナ・ボレーナ』を一緒にやったそうです。『ウェルテル』は1892年の作品で、重いイメージがあると思うのですが音楽的には重くなく、繊細な表現が求められる部分が多いんです。もちろん、ドラマティックな表現が求められるところもありますが、ロマン派のオペラなので、そこでヴェリズモ的な表現をしてしまうと、このオペラに必要な繊細さのようなものが失われてしまう。絶妙にデリケートなバランスの上に成り立つ作品なのですが、今回、ベルカントの素養がおありのユルケヴィチさんらしい繊細さに加え、必要に応じてドラマティックなところも強調され、メリハリのついたバランスのいい音楽作りをされています。ベテランでいらっしゃいますし、ジャンルや時代や言葉を超えて、幅広い知識と経験がおありになる方で、頼りになります。
――ニコラ・ジョエル演出のプロダクションに対する印象も教えてください。
衣裳も美術も美しくて、大好きです。最近のヨーロッパでは、台本に書かれていることや登場人物の思いとは全然違うことをさせる演出も多いですが、このプロダクションはそうではなく、「オペラ」という時に皆さんがイメージされるような豪華さ、荘厳さを持っている。現代的な演出がどうこうということではなく、大事なのは作品の世界や音楽、そしてオペラという芸術様式に対してリスペクトがあるかどうかだと思うのですが、その点、このプロダクションは何の心配もなく気持ちを乗せて演じられるし、観客の皆さんにも安心して観ていただける貴重なものになっています。
デリケートな自分の核を出さずには歌えない役
――日本にいらっしゃる直前までローマで歌っていたのはグノーの『ロミオとジュリエット』。作曲家は違いますが、今回と同じフランスものです。
私にとってイタリア語は、他の言語とは一線を画してご縁を感じている言語ですが、その次くらいに素敵だな、好きだなと常々感じていたのがフランス語です。今年はフランスものにたくさんデビューするということで本腰を入れて勉強し始めたら、やっぱりとても相性が良くて。話している際の音がすごく好きなんんですよ。とはいえ、フランス語の鼻母音はイタリア語にはないですし、ある種のeの音も(頭蓋骨の)ちょっと後ろで響かせる音なので難しいですね。イタリア語でもフランス語でも、日常会話とはまた違う、歌う際のそれぞれのテクニックも必要になってきますし。
実は『ロミオとジュリエット』の現場にはフランス人の歌手の方々が3人いらしたんです。中でもジュリエットの乳母役をやっていらしたメゾ・ソプラノのジェラルディーヌ・ショヴェさんは、プラシド・ドミンゴとアレーナ・ディ・ヴェローナ(ヴェローナ野外音楽祭)で『カルメン』をやった方で、シャルロットを歌ったこともあったので、実は今回、見てもらったんです。彼女は声楽の先生として素晴らしい方で、この役を歌うにあたって必要なものを一緒にみつけてくれたのは大きかったですね。
私達は普段、一番デリケートなところを見せるのは怖いから、いつもどこかで演じているというか、シェルターの中にデリケートな核の部分はしまい込んでいますよね。でも『ウェルテル』のシャルロットは、それを取り除かなくては歌えないんです。そもそも全ての歌にそういうところがありますが、例えばベルカントなどは、書いてあるものが難しく、音にするだけで大変な作業だし、そこに自ずと伝わるものが出てくるところがあるけれど、シャルロットは、声楽的にものすごく難しいというわけではない代わりに、歌っている人の核みたいなものが見えないと、何も伝わらず「綺麗な音楽だね」、で終わりかねない。だからこそ、シェルターを一つずつ取り外して、心をオープンにする、裸にするといったことが必要になってきます。そういう作業をジェラルディーヌが一緒にやってくれたことで、かなりこの役に対しての理解が深まりました。
――なるほど。そうしたご自身での準備を経て、今度は本番まで日本の稽古場で、共演者と共にそれを更に深めていくということですね。
そうですね。演じる側の人間的な成熟が大事になってくる。20代でも歌える人はいるのかもしれませんが、私は20代でデビューせず、38歳の今、この役に向き合えてよかったなと思っています。
――現実と理想の間で葛藤するシャルロットの姿は、日本人にもとても共感しやすいかと思います。
自然/社会、自由/規律といった、相反する二つのエレメントの狭間で揺れ動くことこそが人生であって、実はそれが目的なのかもしれないですよね。揺らぐ中で色々な出来事を、そして喜びや悲しみなど色々な感情を体験すること。それこそが人生の目的であって、人間ってそういうことなのかもしれないと思います。それが人間の本質だからこそ、ゲーテの原作が当時のヨーロッパであそこまで爆発的にブームになったし、オペラとして残っている理由でもあるのではないでしょうか。
文=高橋彩子 写真=堀田力丸
5月24日(日)に新国立劇場にて開幕する『ウェルテル』。本番を目前に控えたクリエイティブの現場より、熱いリハーサルの様子をお写真にてお届けいたします。 写真=堀田力丸
公演情報
マスネ
『ウェルテル』
Jules Massenet / Werther
全4幕〈フランス語上演/日本語及び英語字幕付〉
【会場】新国立劇場 オペラパレス
※予定上演時間 約3時間10分(休憩含む)
【指揮】アンドリー・ユルケヴィチ
【演出】ニコラ・ジョエル
【美術】エマニュエル・ファーヴル
【衣裳】カティア・デュフロ
【照明】ヴィニチオ・ケリ
【ウェルテル】チャールズ・カストロノーヴォ
【シャルロット】脇園 彩
【アルベール】須藤慎吾
【ソフィー】砂田愛梨
【大法官】伊藤貴之
【シュミット】村上公太
【ジョアン】駒田敏章
【ブリュールマン】水野 優
【ケッチェン】肥沼諒子
【合唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】世田谷ジュニア合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
公演情報 WEB サイト https://www.nntt.jac.go.jp/opera/werther/