貫地谷しほり「お芝居は本当に裸になる」――再び挑む樋口一葉役で見つめた“役を生きる”こと
貫地谷しほり 撮影=ハヤシマコ
貧困のなか『にごりえ』『たけくらべ』などを次々と発表し、若くして一家を支えた作家・樋口一葉(夏子)。彼女と幽霊・花螢とのユーモラスな交友を交えながら、たくましく生きる明治の女性たちを描いた、こまつ座160回記念公演『頭痛肩こり樋口一葉』が、7月29日(水)から東京・紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAで始まり、群馬・岡山・岐阜・山形・石川・大阪でも上演される。井上ひさし作品を上演するこまつ座の旗揚げ公演であり、700回を超える上演を重ねてきた人気作だ。2022年の上演で樋口一葉役を初めて務めた貫地谷しほりが、再び一葉を演じる。出産を経て舞台に戻った彼女は、今の一葉をどう捉えているのか。新たな気づきや、役を生きることへの思いを聞いた。
■女性の自立が難しい時代、「切実な一葉」を今、より深く感じる
貫地谷しほり
――4年ぶりの再演にご出演が決まったときの心境は?
前回の大千穐楽を終えたときに、「あと3回やりたかった!」と思ったぐらいだったので、またこの作品に出演できるのはとても嬉しいです。
――何度も上演されている井上ひさしさんの名作ですね。
樋口一葉は生きているときから自分に戒名をつけていた――、というところから井上ひさしさんが話を広げて書かれたということが、まず面白いなと思いました。しかも女性の俳優さんしか出てこない。それぞれ異なる、個性豊かな女たちの物語で、これまで私が携わってきた作品とは違いました。登場する女性たちは、地獄のような毎日を生きているけれど、ちょっと笑ってしまうような可笑しさがあります。
――何度も井上作品を演出されている栗山民也さんからも、得るものが大きかったですか?
そうですね。こまつ座さんの旗揚げ公演として上演したとき(1984年の初演)に、栗山さんは演出助手として入っていらっしゃったそうです。この作品にずっと向き合ってこられているわけで、井上さんとのこぼれ話などを教えてくださりながら、台本に書かれていないことも読み解いて伝えてくださるので、稽古自体が毎回楽しかったです。
――あらためて台本を読み返し、4年前と違うことも感じられたのでしょうか。
本当に貧乏な生活を送る一葉の、生きていくことへの切実さみたいなものは、前回よりも感じています。劇の冒頭で夏子(一葉の本名)が、「私は小説を書くの」と言うシーンは、女の子が夢を語るのではなく、一家を背負った切実な思いを語る、というふうに捉え直していますね。
――母や妹と貧しい生活を送る一葉は、20歳そこそこという若さで、筆一本で一家を支える決意をします。
もし家族の心配がなかったらどうなっていたのかなと思います。結婚していたのか、趣味で小説を書いていたのか。死の影が迫るなかでの「奇跡の14カ月」(樋口一葉が代表作を次々と発表した時期)のすごさについて考えさせられます。今回は一葉を演じるにあたって、自分ですら聞いたことのない声を聞きたいと思っています。自分が思ってもいないようなテンションで声を出してみるとか。それで何かが変わるのか、ぜひやってみたいです。人間は、思ってもいないことをする生き物じゃないですか? お芝居はつい予定調和になってしまうことが多いので、そこを崩してみたいという気持ちがあります。
――ちなみに貫地谷さんは一葉が小説を書いていた22歳の頃、何に情熱を傾けていましたか?
まさに朝ドラ(NHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』主演)に出演していた頃で、「私はお芝居をやっていくんだ!」と心に決め、夢を持っていたときでした。今の私たちは、そうやって夢を抱ける時代ではありますよね。でもちょうど今、新しい価値観と、「こうあらねばならない」という古い見方とが、交差しているところにあるように感じます。
■年の盆に集まる6人の女性の人生模様に笑い泣き
貫地谷しほり
――この作品では、盆歌に導かれて現れた幽霊の花螢と一葉とのお芝居がとても印象的です。今回も花螢は若村麻由美さんが演じられますね。
若村麻由美さんご自身がとてもチャーミングな先輩ですが、その魅力が役に反映されていると思います。踊りのお師匠でもあり、見事な裾さばきで、ご自身で動きを考えていらっしゃいました。伝統の芸も見られて、学ぶところがたくさんあります。舞台上では軽々と動いていらっしゃいますが、重い着物を着ていて大変だと思いますし、すごい体力です! ほかの皆さんも、やっぱり体力が違いますね(笑)。
――貫地谷さんはご出産後初の舞台ですが、育児も体力が必要ですし、それを生かせる面もあるのでは?
確かに(笑)。おかげで「肩こり」はあるので!
――今回は4年前のキャストがほぼ揃い、岡本玲さんだけが新たに出演されます。
女性がこれだけ集まりますから、前回も美容の話などで盛り上がりました。自由にいられる場所でしたね。皆さん、健康管理にとても気をつけていらっしゃるので、最近の体にいい食べ物の情報交換もしたいなと思っています。
■「最期、尖っていたものが落ちて可愛らしくなれたら」
貫地谷しほり
――4年前この舞台を観劇し終えたとき、亡くなった大切な人にとても会いたくなりました。
このお芝居を観ると、ご先祖さまやいろいろな人たちが自分のことを応援してくれているんだろうな、という気持ちになりますよね。私も出演しながら最後のシーンとか、ぐっとくるものがありました。この作品は一葉の母親がとても重要だと思います。一葉の人生に母親がすごくのしかかってくるところがあるけれど、その母親が次第に毒すらも抜けていくというか……。尖っていたものが落ちて、最期こうやって可愛らしくなれたらいいなと。自分が死ぬとき、こんなふうに身軽な気持ちでいられたらいいなと思いますね。
――そういうことを思わせてくれる舞台ですね。貫地谷さんは幽霊の存在を信じていますか?
見えたことはないのですが、いるのだろうなとは思います。身内が亡くなるという経験があまりなかったのですが、中学2年のときに、ひいおばあちゃんとお別れをしました。お芝居を始めた頃、たとえば泣くシーンがあるのに「泣けない、どうしよう」となったとき、心の中でひいおばあちゃんに「助けて!」と言っていました。きっと見ていてくれているだろうなと。そういうことを、この舞台でより感じますね。
――「死」から「生」を見つめる井上ひさしさんの物語、いろいろな捉え方ができそうですね。
死という視点を通して生を見つめること自体が、今の私たちにも持っておいた方がいい視点なのではと思います。物事を俯瞰で見るのはすごく難しいけれど、「自分が死んだと思って」という直接的なお題を与えられたら、想像できるような気がするんです。そういうふうに感じられたら、もしかすると自分の苦しい人生も、喜劇に思える瞬間があるのかなと。舞台をご覧いただく方にも、そう感じてもらえたらいいなと思います。
■芝居を通してその人自身が見えてくるのが面白い
貫地谷しほり
――貫地谷さんご自身、前回の4年前と今とで変わったなと感じることはありますか。
世の中が本当に変わってきているなというのは感じています。それこそチャッピー(ChatGPT)みたいなAIの存在もそうですし、こういうお芝居が本当に必要なのか、あらためて定義するときが来たのかなという気がしています。
――コロナ禍のときも厳しい議論がありましたが、そのときより今の方が強く感じますか。
そうですね。この先、職業の選び方自体が変わってくるだろうと思いますが、やっぱり自分の幸せを追求するのが一番正しいのでは、という考えに行き着くんです。現代の人も、「こうあらなければいけない」という重圧に耐えながら生きていると思います。そんななか、お芝居はAIには代われないものと信じたい気持ち、代わられてしまうことはないという確信、その両方が私の中にあります。だからこそ、自分の枠を飛び出してやらなければ、という新たな決意のようなものが出てきていますね。
――映像でもご活躍ですが、舞台に立とうと思われるのはどんなときですか。
やっぱり素晴らしい演出家の方、優れた脚本があれば役者として挑むべきだと思うので、そういうものがあれば挑戦したいですし、今までもやってきました。こまつ座さんは役者であれば一度は出演した方がいいと先輩からずっと言われてきたので、そこに樋口一葉という役で立てるのはとても幸運なことです。得るものがたくさんあるはずなので、今回もしっかり持ち帰らないといけないと思っています。
――貫地谷さんは舞台『ガラスの仮面』の北島マヤ役もぴったりな印象でした。役を生きるということは、ご自身にとってどういうことなのでしょうか。
職業は、イコール存在意義みたいな部分もある気がするんです。私にほかに何ができるかと考えても、正直思い浮かばなくて(苦笑)。お芝居は、私の中では空気みたいな存在です。普通に喋っているときよりも、お芝居をしているときの方が、「この人はこういう人なんだ」というのが見えてくるんです。
貫地谷しほり
――役を通してその方が見えてくるんですね。
お芝居は本当に裸になるんですよ。こうやって喋っているときの方がよほど取り繕えます。二十歳くらいの頃、「本音で語れなければ面白くない」と強く思っていたのですが、自分の職業にもそういう部分があったんだと気づく瞬間がありました。人の本音や、その人がどういう人なのかが見えてくるのはすごく面白いです。私にとってはそういう人との付き合いこそが人生の栄養になっていて、お芝居は私の人付き合いそのものなのかもしれません。
お芝居を観に行って「あ、これが言いたかったんだ」と演出家の伝えたかったことが見えた瞬間、面白く感じますよね。自分で感じ取りに行く、その瞬間が人生にとってとても大事で、それが私にとってのお芝居なんです。
――そんな貫地谷さんが演じられる樋口一葉が楽しみです。約1カ月の東京公演の後、全国各地でも上演されます。皆さんといろいろな地を回られる喜びもありますか?
ご当地の美味しいご飯を食べるのも旅公演の醍醐味なので、そういうことも楽しみですし、たくさんの方に観ていただけるありがたさを感じています。ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいです。
取材・文=小野寺亜紀 撮影=ハヤシマコ
公演情報
作 井上ひさし 演出 栗山民也
出演
貫地谷しほり 増子倭文江 香寿たつき 瀬戸さおり 岡本 玲 若村麻由美
■東京公演
日程:2026年7月29日(水)~8月30日(日)
会場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
■入場料(全席指定・税込): 11,000円 / U-30(観劇時30歳以下)7,000円
高校生以下 4,500円 (こまつ座のみ取扱い)
■当日券:開演1時間前より劇場入口にて発売
主催 こまつ座 共催 明治座/BS 日テレ
劇場:高崎芸術劇場 スタジオシアター
劇場:岡山県芸術創造劇場ハレノワ(中劇場)
劇場:可児市文化創造センターala(主劇場)
劇場:川西町フレンドリープラザ
劇場:能登演劇堂
劇場:梅田芸術劇場シアタードラマシティ
■公演に関するお問い合わせ
こまつ座:03-3862-5941
Mitt:03-6265-3201(平日 12:00~17:00)