伝統と革新が広げる、日本舞踊の世界~藤間蘭黄が語る「日本舞踊の可能性 vol.8」
『徒用心』イメージビジュアル
2026年11月13日(金)と14日(土)の両日、東京・浅草公会堂で「日本舞踊の可能性 vol.8」が開催される。出演するのは、西川扇藏、花柳寿楽、花柳基、山村友五郎、藤間蘭黄の五人による五耀會。今回披露するのは、オペラに着想を得た人気作品『徒用心(あだようじん)~セビリアの理髪師~』と、北九州・門司の歴史を描いた『門司春秋(もんじしゅんじゅう)』。創作の背景や再演への思い、五耀會の魅力を芸術監督・作・演出・振付・出演の藤間蘭黄に聞いた。
■二作品の上演が決まるまで
――今回の二作品を上演することになった経緯を教えてください。
2024年11月の「日本舞踊の可能性 vol.6」で久しぶりに『徒用心』を上演しようと、五耀會のほかの四人に声をかけていました。ただ、コロナ禍で中止になった『GOSAMARU—勇者たちの物語—』から派生した『琉球英雄傳』を上演することになったんです。
2025年10月には、十世西川扇藏三回忌追善 十一世西川扇藏襲名披露公演で、五耀會として『七福神船出勝鬨』を踊りました。五人で踊る楽しさをあらためて感じ、お客様にも喜んでいただけた。そうした手応えから『徒用心』をぜひ再演しようと考えました。山村友五郎さんにも出演していただけるので、私と二人で踊る『門司春秋』を組み合わせたんです。
『門司春秋』は、2020年から2021年にかけて開催された「東アジア文化都市 北九州」のために創作しました。2021年6月の初演は無観客配信でしたが、2025年11月に大阪の国立文楽劇場で行った「紫紅会」で初めてお客様の前で上演しました。今回は関東初上演となるので、東京の皆さんにもご覧いただきたいと思っています。
藤間蘭黄 (撮影:渡邉 肇)
■門司の歴史を舞踊でたどる『門司春秋』
――『門司春秋』の創作は、どのように始まったのでしょうか。
北九州市にまつわる作品を依頼されました。現地を訪れると、門司は関門海峡に面した交通の要所で、さまざまな文化や歴史が積み重なった土地だと感じました。そうした土地の魅力にひかれ、作品のテーマにしました。「春秋」には年月、歳月という意味もあります。門司の歴史を、時代の移り変わりとともに描こうと考えたんです。
調べてみると、約1300年前にさかのぼる和布刈神社の神事や、唐から帰国した弘法大師にまつわる話、壇ノ浦の戦い、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に船が座礁し、舟奉行が責任を取って切腹したという逸話など、興味深い歴史がありました。
作品では、そこから江戸時代の大名行列、石炭の積み出し港として栄えた時代へと移り、港で働く人々や蒸気機関車、関門橋を描きます。昭和から平成、令和へと、門司の歩みを舞踊でたどっていくんです。
――歴史上の出来事は、踊りの中でどんな場面として描かれるのでしょうか。
詞の語りを踊りにして、場面ごとに人物を演じます。冒頭では、松明で照らしながらワカメを刈る神事を表現します。弘法大師がやってくる場面では私が船頭を演じ、大名行列の場面では、行列を待つおじいさん、おばあさんになって一行に頭を下げるんです。
歴史の説明ではなく、さまざまな時代の情景を積み重ねることで、門司という土地の姿が自然に見えてくる。散文詩のような作品ですね。一人の踊り手が何役も演じ分けるのも見どころです。
『門司春秋』前から 藤間蘭黄、山村友五郎 (撮影:玉元秀治 )
――音楽は、四代目杵屋小三郎さんが担当されています。曲づくりでは、蘭黄さんからどんな要望を伝えたのでしょうか。
プロデューサーの柴田英杞さんの推薦でした。当時、小三郎さんは東京藝術大学に在学中で、長い舞踊曲を作るのは初めてだったそうです。私は場面の情景や踊りのイメージを伝え、曲が届くたびに「もう少し速く」「ここはたっぷり聴かせたい」とやり取りを重ねました。
舞踊に合うことはもちろん、音楽として聴いても魅力的でなければいけません。そのバランスが難しいのですが、小三郎さんはよく耳を傾けてくれました。コミカルな部分もあり、場面に合ったテンポのよい音楽になっています。
――舞台美術には、北九州市から無償貸与された伝統工芸品・小倉織を取り入れているそうですね。舞台ではどんなふうに生かしたのでしょうか。
柴田さんから小倉織を教えていただきました。築城則子さんがデザインする小倉織は、縞の幅に変化があるのが特徴です。その縞の変化を舞台でも生かしたいと思い、海を表すために幅約120センチの大きな布を織れないか相談し、特別な織機で作っていただきました。
松林の場面では、茶色と緑の縞の布を縦に使います。最初は一本だった布が三本へと変化する。布の見せ方によって舞台の景色が変わるところにも注目していただきたいですね。
――大阪での有観客上演では、客席の反応も印象に残ったのではないでしょうか。
温かく迎えていただきました。北九州出身の方から「面白かった」と言っていただけたのもうれしかったですし、客席の皆さんが笑顔で見てくださったのも印象的でした。友五郎さんが、男まさりの力持ちを演じて勢いよく踊る場面では、拍手も起きました。門司になじみのない関東の方にも、土地の歴史や魅力を知っていただけたらと思います。
『門司春秋』左から 藤間蘭黄、山村友五郎 (撮影:玉元秀治)
■オペラから生まれた喜劇『徒用心』
――2012年初演の『徒用心』は、ロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』をもとにした喜劇で、五耀會では8年ぶり7回目の上演となります。皆さんの配役を教えてください。
西川扇藏さんが尾張屋萬蔵(バルトロ)、花柳寿楽さんが尾張屋お梅(ロジーナ)、花柳基さんが髪結彦郎(フィガロ)、山村友五郎さんが舞師匠幡土十郎(ドン・バジリオ)、そして私が若殿有馬林之進(アルマヴィーヴァ伯爵)を演じます。初演からずっと一緒です。
『徒用心』イメージカット 右から 藤間蘭黄、花柳寿楽、西川扇藏、花柳 基、山村友五郎 (撮影:渡邉 肇)
――日本舞踊にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
まず、音楽にひかれました。あれほど早口で言葉が次々に出てくるのに、ちゃんと歌として成立している。二重唱や三重唱では、登場人物がそれぞれ違うことを言っているのに、音楽としては調和している。その音楽的な構成に魅力を感じました。
舞台映像を見て大笑いし、これを踊りにしても楽しめるだろうと思ったんです。当時、私は一人で作品を創っていた時期でした。でも、二重唱や三重唱は、登場人物同士の掛け合いが見どころです。一人で踊るより、何人かでやるほうが面白いのではないかと考えました。
それなら五耀會でできる。それぞれの個性を考えて役を当てはめることもできる。そう思って、どんどん話を進めていきました。衣裳もそのときに作りました。同じ生地の色違いを選び、袴も五人おそろいの紺色の細身のものにしています。
音楽は杵屋勝四郎さんに作曲をお願いし、初演後にスタジオ録音しました。録音音源を使うことで、各地で上演できるようになりました。
初演では皆さん、こちらの意図をくみ取って演じてくださいました。再演を重ねるうちに、それぞれが役を自分のものにしていく。踊り手の個性が加わることで、人物像が膨らんでいくんです。そこが再演の面白さですね。
『徒用心』イメージカット 左から 藤間蘭黄、花柳寿楽、西川扇藏 (撮影:渡邉 肇)
――再演を重ねることで、作品にどんな変化が生まれましたか。
初演は完成ではなく、始まりだと思っています。
古典作品も、多くの人が上演する中で余分なものが削られ、大切な部分が残ってきたのでしょう。新しい作品も、上演のたびに足りない点を補い、余分な点を削って磨く必要があります。
『徒用心』も、再演の途中で大幅に短くしました。自分で創作した作品であっても、初演は手探りです。舞台にかけて初めて見えてくることがある。何度も見直しながら、長く上演され、お客様に「また見たい」と思っていただける作品に育てていきたいですね。
『徒用心』イメージカット 左から 花柳基、藤間蘭黄 (撮影:渡邉 肇)
■五耀會、それぞれの個性
――五耀會のメンバーの皆さんの持ち味は、舞台のどこに表れていますか。
扇藏さんは大らかで、こちらがいろいろ仕掛けても受け止めてくれます。『徒用心』では「俺さ、リアクション舞踊家じゃないんだから」と言っていましたが、実際は反応の引き出しがとても多い。一つ仕掛けると、予想を超える反応を返してくれるんです。
友五郎さんも大らかですが、上方らしいユーモアがあります。表には出さなくても、どこで落とすか、どうすれば面白くなるかをいつも考えている。五耀會への愛情も深い人です。
基さんはとにかく稽古熱心です。鏡の前で動きを細かく確認し、ほかのメンバーが話し合っている間も、一人で稽古を続けていることがあります。アイデアもとても豊富です。
寿楽さんは真面目で、自分がどう見えるか、何ができて何ができないかをよく理解しています。そのうえで、どうすればよく見えるかを考えて踊りを組み立てる人です。
皆、技術があり、個性も強い。でも、自分だけが目立とうとするのではなく、五人でひとつの舞台を作ろうと考えている。流派が違っても群舞がぴたりと合うのは、目指すものが共通しているからだと思います。
右から 山村友五郎、西川扇藏、藤間蘭黄、花柳寿楽、花柳 基 (撮影:渡邉 肇)
■二作品で伝える、日本舞踊の可能性
――浅草公会堂の広い舞台を生かすために、何を工夫していますか。
五耀會の面々で、浅草公会堂くらいの大きさの舞台に立つのは久しぶりです。舞台の広さをどう生かすか、花道や舞台脇の通路も含めて工夫が必要です。『徒用心』も、間延びして見えるところはテンポを上げ、じっくり見せたいところは踊りを整理して余韻を感じられるようにしたい。再演を重ねた作品ですが、今回の舞台に合う形を考えていきます。
取材会の模様 右から 花柳寿楽、山村友五郎、藤間蘭黄、西川扇藏
――二作品を通して、日本舞踊の表現の幅をどう伝えたいですか。
『門司春秋』は、紋付袴でさまざまな場面を描く、いわば「ザ・日本舞踊」という作品です。門司の歴史を散文詩のように見せていきます。一方の『徒用心』は、人物のキャラクターや物語、音楽の面白さを楽しんでいただく作品で、古典とは少し違う新しい舞踊作品だと思います。
「守破離」という言葉でいえば、『門司春秋』は「破」、『徒用心』は「離」にあたるのかもしれません。伝統を大切にしながら、新しい表現にも挑戦する。どちらも日本舞踊を基盤にし、素踊りのよさを生かしています。日本舞踊の奥深さと広がりを感じていただけたらうれしいですね。
取材・文=高橋森彦
公演情報
『門司春秋』『徒用心~セビリアの理髪師~』
■会場:浅草公会堂
■料金:S席10,000円 A席8,000円 B席2,000円 C席1,000円 A席ペア14,000円
※パトロネージュシート(公演支援席)20,000円(株式会社代地のみ販売)
■出演
第1部『門司春秋』
出演 藤間蘭黄、山村友五郎
演奏 杵屋小三郎、望月左太助 連中
第2部『徒用心~セビリアの理髪師~』
出演 西川扇藏、花柳寿楽、花柳基、藤間蘭黄、山村友五郎
ナビゲーター 桂吉坊
第1部『門司春秋』
【作・演出・振付】藤間蘭黄
【作曲】四代目 杵屋小三郎
【作調】藤舎呂近
第2部『徒用心~セビリアの理髪師~』
【作・演出・振付】藤間蘭黄
【作曲】杵屋勝四郎
【作調】藤舎呂英
■公式サイト:https://www.nbkanousei.com