石坂浩二が解説!イタリアの巨匠「ボッティチェリ」はなにが凄いのか?
ボッティチェリについて語る石坂浩二
2016年1月より東京都美術館にて、イタリア・ルネサンスの巨匠、サンドロ・ボッティチェリの大回顧展「ボッティチェリ展」が開催中だ。街中のポスターやテレビコマーシャルでは、穏やかに見つめあう聖母子の作品が盛んに取り上げられている。しかし、このような美術作品をどのように鑑賞し楽しんだらよいのか、いまひとつわかりきっていないという方も多いのではないだろうか。「作品をみても"キレイな絵だな"以外の感想を持てない!」「美術は知識がないと楽しめないんでしょ?」というあなたにこそ知ってほしい、ボッティチェリの味わい方をご紹介する。
2月24日(水)、東京都美術館にてトークショー『石坂浩二と楽しむボッティチェリ展』が行われた。このトークショーでは、自身も画家として活躍し、美術に造詣が深い石坂浩二が太鼓判を押す、ボッティチェリ作品5点を厳選。その作品の面白さ、見どころを独自の目線で語るという内容となっていた。トークショーでは、併せて東京都美術館学芸員の小林明子氏の解説も伺うことができた。
鑑賞者の目線を"誘導"する《バラ園の聖母》
《バラ園の聖母》 Gabinetto Fotografico del Polo Museale Regionale della Toscana Su concessione del MiBACT. Divieto di ulteriori riproduzioni o duplicazioni con qualsiasi mezzo
石坂:一見すると「中央のマリアの胴が長すぎるのではないか」という印象を持ちませんか?しかしこれは、ボッティチェリによって巧みに計算された構図が関係しているんです。マリアの視線は、画面下へ向かって伸びていますよね。それに誘導されて、鑑賞者の目線は画面下部にいく。そうすると、斜め上にのびるマリアの衣服のヒダに出くわし、鑑賞者の目線は再び画面上部へ引き戻されます。まるで、カメラをパンしているかのような画面の動きが仕掛けられてる点が大変興味深いです。このような構図の意図的なズレを効果的に用いる手法は、あのセザンヌの静物画にもつながる表現方法といえます。また、マリアの衣服にも注目してください。キリスト教画の伝統として、マリアの衣服は外が青、中が赤と決められています。この赤と青の鮮やかなコントラストも、この作品の魅力のひとつといえます。ちなみに、この作品では大変高価な絵の具が使用されているんです。これは、当時隆盛を極めていたメディチ家のバックアップがあったことを示唆する点だといえます。構図、色彩、描かれた時代背景など複数の観点から楽しむことができる、味わい深い作品だと思いますね。
ボッティチェリ自身が描きこまれた作品《ラーマ家の東方三博士の礼拝》
《ラーマ家の東方三博士の礼拝》 Gabinetto Fotografico del Polo Museale Regionale della Toscana Su concessione del MiBACT. Divieto di ulteriori riproduzioni o duplicazioni con qualsiasi mezzo
小林:ボッティチェリの構図の巧みさが特にわかる作品であり、画業を象徴するような重要な1枚です。中央の聖母子が最も目立つよう、三博士を含むその他のキャラクターを配置しています。また、メディチ家の3世代の肖像が描きこまれているという点にも注目してほしいですね。
石坂:ボッティチェリはほとんど背景を描かない画家として知られているのですが、この作品では珍しく背景が描きこまれています。まずこの点で、非常にレアな作品であるといえますね。また、なんといっても注目は画面右側に描かれているボッティチェリ自身。鑑賞者側に対して、力強い目線を投げかけています。色彩の面では、要所要所に赤色が配置されていることで、鑑賞者の視点が回遊する仕組みになっています。ボッティチェリの持ち味が随所に現れた作品と言えるでしょう。
フィレンツェ1の美女《美しきシモネッタの肖像》
《美しきシモネッタの肖像》 ©Marubeni Corporation
石坂:こちらの作品では、繊細な筆づかいに注目です。この作品が描かれた1480年頃は、絵画の主流がフレスコ画(漆喰を使って壁に絵を描く技法)からテンペラ(卵などのような乳化した素材を用いて絵を描く技法)に移っていった時代なんです。テンペラになったことで、初めて筆致がみえる絵画が生み出せるようになった。ボッティチェリは、筆致を描き出せるというテンペラならではの特色を生かし、「フィレンツェ1の美女」といわれたシモネッタをやわらかく表現しています。衣服のヒダ、髪のうねりなどは、よく観察してほしいポイントですね。
小林:ヒダの動きに着目されるというのは、絵画を描かれる人ならではの視点だと思います。こちらの作品は、ボッティチェリ作品の中で唯一国内にあるものなんです。普段は、丸紅株式会社の役員室に飾られており、社員の方でも見ることができないそうです。こういった貴重な作品を鑑賞できるこの機会を逃さないでいただきたいですね。
日本の"絵巻物"に似ている?《アペレスの誹謗(ラ・カルンニア)》
《アペレスの誹謗(ラ・カルンニア)》 Gabinetto Fotografico del Polo Museale Regionale della Toscana Su concessione del MiBACT. Divieto di ulteriori riproduzioni o duplicazioni con qualsiasi mezzo
石坂:こちらは、紀元前4世紀にアペレスというギリシャの画家が描いたとされる作品を、記述だけを元にボッティチェリが復元した作品です。実際に作品を目の前にするとよりわかるのですが、中央の女性の腕の白さ、長さが大変強調されているんですよね。これによって、鑑賞者の目線が画面の左右を流れるように誘導されるという効果があります。また、背景が描かれておらず、全体として平面的な印象を与える作品になっています。これらのことから、日本の絵巻物にも通ずる要素がある作品だともいえますね。
小林:多くのキャラクターの複雑な絡みが、計算された方向、構図でドラマチックに描かれています。宮殿の装飾も含めて、劇的な印象を与えています。
大きく作風が変化した晩年の作《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》
石坂:この作品は、ボッティチェリの晩年に描かれた作品です。全体としては幸福感のある作品ですが、十字架とともに描かれたイエスを見つめるマリアの表情からは悲しみがうかがえます。また、マリアがイエスを抱きすくめる手の表現からも彼女の慈悲深さを感じることができます。まるで、イエスのこれからの受難を見通しているかのようですよね。
小林:この頃のボッティチェリは、禁欲的な修道士ジロラモ・サヴォナローラと出会い、心酔していった時期でもあるんです。そういった影響もあって、これまでの彼の作品よりもずっと厳格で信仰心を煽るような雰囲気を醸し出しています。構図自体も大胆に変形させたものになっています。
石坂:ボッティチェリの作品には、視点や構図をずらして描かれているものが多いんです。そういった意味で、非常に日本の浮世絵に近いところがあると思います。ボッティチェリは日本人にとってはなじみ易い作家なんじゃないかと思いますね。
石坂流展覧会を楽しむ秘訣は?
石坂浩二
石坂:ある展覧会に行ったときに、お気に入りの作品を1点決めてみるといいと思います。日本では、日本美術、西洋美術、現代アートなどいろいろなジャンルの展覧会がありますから、そういった機会を利用して自分の「宝物」となるような作品を見つけ出してみてほしいですね。展覧会に行くと、作品の横に専門的な説明文が添えられていることが多いのですが、そこに囚われず、作品そのものに向き合うと良いです。学術的なところは研究者の方にお任せして、純粋に愛せる1作を見つけていく気持ちをもつ、というのが展覧会を楽しむ秘訣かなと思います。
いかがだっただろうか。ボッティチェリを鑑賞する際の注目ポイントを掴んでいただけていれば幸いである。しかしながら、その構図、色彩、筆づかいの実際の巧みさや迫力は目の前にしてみないとわからないもの。ボッティチェリの初期から晩年までを総覧できる今回の大回顧展を通じて、彼が生涯をかけて絵画に尽くした思いを含めて、存分に作品を味わってみてはいかがだろうか。「ボッティチェリ展」は、2016年4月3日(日)まで、東京都美術館で開催。
日時:2016年1月16日(土) ~ 4月3日(日)
会場:東京都美術館 企画棟 企画展示室
休室日:月曜日、3月22日(火) ※ただし、3月21日(月・休)、28日(月)は開室
開室時間:9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)