奈良美智の言葉から読み解く「景色」が「風景」に変わる瞬間 『奈良美智がえらぶMOMATコレクション』展レポート
@girls Artalk
『奈良美智がえらぶMOMATコレクション 近代風景~人と景色、そのまにまに~』が11月13日(日)まで東京国立近代美術館で開催中だ。
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当展示のキュレイターはアーティストの奈良美智。東京国立近代美術館にある所蔵作品の1万2500点から、奈良がセレクトした約60点の作品を展示する本展。美術史の流れに捉われず、彼が自然と選んだものは1910~50年代に描かれた人と景色を描いた絵画、彫刻作品だ。
当展示のテーマは「風景」。この「風景」について、奈良は「街や野原といった『景色』も『人』と同じくらい重要で、『人』と人の外にある『景色』、ふたつが合わさって『風景』になる」と語っている。
筆者は風景画よりも人物画が好みだ。それゆえ、絵を観るとどうしても作品の人物に目がいき、その背後にある景色にはあまり注目してこなかった。しかし、本展をめぐるにあたり"景色が風景に変わる瞬間"って何だろうと頭の片隅に置いて展示作品を見始めると、あらゆる仕掛けが施されていることに気付いた。
まず、展示方法が大変ユニークだということ。大きな作品から比較的小さな作品まで、作品同士の高さが揃えられていないのだ。
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撮影:木村昌之 @girls Artalk
私達が見慣れている展示は、作品の位置をある程度統一したものが多い。おそらくそれは、来場者の鑑賞のしやすさや会場全体のお行儀良さを優先してのことであろう。
だが、奈良が観てほしい作品を並べた結果、鑑賞者の目線が上下に動く「でっこみ引っ込み」のある展示となったのだ。それは、筆者がかつてカナダの美術館で出会った、大きさに統一性なく所狭しと作品が散りばめられた会場にも似ていた。その時感じた、作品がシャワーのように降り掛かってくる感覚を思い出しワクワクさせられる。
作品を見始めて、足が止まったのは松本竣介の《並木道》だ。
《並木道》 @girls Artalk
松本の描く世界を一言で表すとしたら、「静」だ。緑がかった空気に覆われた町は、ひっそりと静まりかえる。朝なのかもしくは夕方なのか、ここは日本のどこかにも見えるし、外国かもしれない。描かれた場所も時間も特定されない不思議な空間だ。
松本竣介は、奈良の武蔵野美術大学時代の恩師・麻生三郎と同時代を生きた画家の一人。10代後半に患った、流行性脳脊髄膜炎で聴力を失ったことを一つのきっかけに、画家を志すようになったという。
また1941年、松本が29歳の時、美術雑誌『みづゑ』に反戦を主張する「生きてゐる画家」という文章を発表する。
奈良は言う。「僕はこの『生きてゐる画家』を読んではいない。しかし、当時の発禁図書『生きてゐる兵隊』(石川達三著)を意識したこの題名を口に出してみると、心臓が高鳴るのだ。その血液が送り出される振動こそは、音の無い世界で竣介が感じていたものではないだろうか」
この言葉を読んだ後、もう一度《並木道》を観てみた。
ところが、《並木道》にも隣にかかる《Y市の橋》も、並木道又は橋と工場らしき街に、人の姿がポツリとあるが、戦争反対の描写やモチーフは見当たらない。
《Y市の橋》 @girls Artalk
しかし、松本の描く「静」の世界には、彼の反戦への思いが静かに流れているように思える。
作品に描かれた表面的なものを観るだけでなく、作品が誕生した当時の美術界の状況や、作者がどんな時代を生きていたのかを知っていくと、同じ作品でも見方がこんなにも変わる。そうやって、作者が「糸」のように紡いだ作品を、観る側が丁寧に読み解いていくことで、それまで見えてこなかった景色や人や物の存在が表れてくるのだ。そういったことが奈良の言う「風景」なのかもしれない。
最後に、東京国立近代美術館で観られる、奈良の作品をご紹介しよう。
《Harmless Kitty》 (c) Yoshitomo Nara
同館4階の「MOMATコレクション」ハイライトで奈良の《Harmless Kitty》が展示中だ。タイトルを訳すと「悪意のない/罪のない子猫ちゃん」となる。
ネコの着ぐるみ姿でおまるに跨る子供は愛らしくみえる一方で、観る側をドキリとさせる鋭い視線や不機嫌そうな表情が入り混じっているようにもみえる作品だ。『奈良道が選ぶMOMATコレクション』を観た後に、この《Harmless Kitty》をぜひ観ていただきたい。奈良の言葉や、伝えたかった「風景」を観た後には、この白い背景には何か別のものが映ってみえるかもしれない。
文・撮影=かしまはるか
会場:東京国立近代美術館 ギャラリー4
会期:2016年05月24日(火)~11月13日(日) ※8月8日(月)~8月15日(月)は全館休館
開館時間:10:00〜17:00
金曜日は20:00まで ※入館はそれぞれ閉館30分前まで。
休館日:月曜日(ただし7月18日、9月19日、10月10日の祝日は開館)、7月19日(火)、8月8日(月)〜15日(月)、9月20日(火)、10月11日(火)
観覧料:一般430(220)円、大学生130(70)円
※高校生以下および18歳未満、キャンパスメンバーズ、MOMATパスポート持参者、65歳以上、障害者手帳持参者とその付添者(1名)は無料。
※()内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
※当日に限り「MOMATコレクション」(4F〜2F)も観覧可能。
無料観覧日:毎月第一日曜日(6月5日、7月3日、8月7日、9月4日、10月2日、11月6日)および11月3日(木・祝)
※本展および「MOMATコレクション」(4F〜2F)のみ。