64歳になったらロンドンへ 「ベルリン・フィルと指揮者たち」第一回

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2015.8.8

シリーズ「ベルリン・フィルと指揮者たち」第一回 サー・サイモン・ラトル編


London Symphony OrchestraのYoutube公式チャンネルより

2002年秋の着任から今ではすっかりベルリン・フィルハーモニーの顔となって、かつては苦手だったドイツ語も前よりは流暢に喋れるようになってきた。彼に代わる人も思い当たらないし、そもそも彼を替える必要を感じない。サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィルハーモニーがそんなふうに関係を深めてきた2013年1月、ラトルからの「2018年の夏でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督から退任する」という発表には世界が驚かされた。

たしかに、前任のクラウディオ・アバドも任期を延長せず2002年シーズンをもって退任したけれど、「あの」ベルリン・フィルのポストから、自らの意志で降りるマエストロが二代続くことになるとは、かつての生涯をこのオーケストラと共に歩んだ指揮者たちの姿を知る音楽関係者、そしてその姿に憧れたファンが予想するわけもない。戦争の最中にあってぎりぎりまで楽員とともにあり続けたフルトヴェングラー、冷戦期にこの上ない栄華を極めながら最晩年には困難な状況にありそれでもその任にあり続けたカラヤン。彼らの時代にはベルリン・フィルハーモニーの音楽監督とはそういう、ある種の終身ポストだと考えられていたのだから。

しかし大戦中の、そして冷戦のさなかのベルリンと現在のベルリンは別のものである、同様にフィルハーモニーもまた変わったのだ、そう考えることもできよう。いま現在も世界最高のオーケストラと誰もが認め、特別な地位に彼ら彼女らはある、それでも在り方は変わっていく。そう捉えるべきなのだろうか。

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ラトルの退任発表によって、「ではベルリン・フィルの次の指揮者は?」「ラトルは今後どうするのか?」というふたつの疑問が持ち上がった。自主レーベルの開始や定期演奏会のネット配信、そして映画にもなったアウトリーチ活動などのラトル時代の成果をさらに展開し、同時にベルリン・フィルを世界最高のオーケストラであり続けさせるのは誰か。この上が望めないポストとも言える職を降りたラトルの明日はどっちだ。

先に答えが出たのは後者だ。2015年3月3日にロンドン交響楽団から「2017年9月からサー・サイモン・ラトルが音楽監督に就任する」と発表されたのだ。これに併せ、現任のヴァレリー・ゲルギエフが2015年シーズンをもって退任することも発表された。この人事は意外に思われるかもしれないが、最近のロンドンのコンサート事情を注視し、最近のラトルのロンドン交響楽団への客演増加などをある種の兆候と感じていた向きにはむしろ自然なものと受け取られている。…しかしさすがに「ローワン・アトキンソンと共演したあのロンドン・オリンピックも伏線だったんだよ!」とまでは申しますまい。

「ベルリンからロンドンへ」という移動はもしかするとステップダウンと捉えられることもあろうけれど、「英国の若手指揮者として頭角を現し、その後世界を代表するマエストロとなったリヴァプール出身のラトルが功成し遂げて後、最後の仕事のため英国に凱旋する」という流れと見れば特段不自然なところはない、とも言える。アウトリーチ活動などは母語で活動できる地域の方がより踏み込んだ仕事が可能だ、という計算もあるだろう。

現在、オーケストラだけをとってもサロネン&フィルハーモニア管、ユロフスキ&ロンドン・フィルなどが活躍するロンドンに、「ラトル&ロンドン響」という最強のカードが一枚加わるわけで、ロンドンの音楽事情がより充実するのは確実だ。ここまで役者が揃うとロンドンの音楽ファンの気分はもう「毎日がプロムス」なのではないだろうか、誠に羨ましいことである。

なお、2017年9月からのシーズン、サー・サイモン・ラトルはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者、芸術監督とロンドン交響楽団の首席指揮者を兼任する。

ベルリン・フィルからの退任を発表するに際してポール・マッカートニーの「When I'm 64」を引いたラトルが、その齢を超えて今も世界で歌い続けるポールのように、末永くその音楽を聴かせてくれるだろう本拠地が定まった。そんな吉報として、ラトルの一ファンはこの発表を受け容れたいと考えている。かつて赤いカマーバンドをして近現代作品を最高に面白く聴かせてくれた「若手」指揮者も、この1月には還暦を迎えた。それだけの時間が過ぎたということなのだ、と感じ入る次第である。

とは言いながら、ラトルのベルリン時代はまだ終わっていない。2018年の退任までにはまだ時間があるし、先日放送されたヴァルトビューネコンサートのようなエンタテインメント路線も堂に入ったものだ。そして来年には日本でのベートーヴェンの交響曲全曲演奏会も予定されており、これからも彼らの活動からは目が離せない。

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2013年に示されたサー・サイモン・ラトルの選択が、今年の5月から6月にかけてキリル・ペトレンコを次期首席指揮者に選び出すまで続いた、数多くの指揮者を巻き込んだベルリン・フィル次期ポストをめぐる「騒動」のそもそもの始まりだった。「夏休み特別企画」ではないけれど、これから数回にわたってその過程で名前が上がった指揮者たちの話をさせていただこうと思う。そこから現代の指揮者の在り方が見えてくる部分もあろうかと愚考している。

なお、次回は本命視されたうちのひとり、クリスティアン・ティーレマンについて取り上げる。

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