ホットケーキとねこのパティシエと主題歌について

コラム
2016.9.11

拝啓

 

 ホットケーキを作ってみることにしました。今日一日、あなたと過ごす理想的な朝食について想像していたのですが、そこで食べるメニューはやはりホットケーキが最適だろうという結論に達したからです。

 焼くのはもちろん僕です。朝方、まだあなたが子犬みたいにぐっすり眠っているベッドをこっそりと抜け出して、僕はキッチンでホットケーキを焼くわけです。

 

 材料と道具を料理番組みたいにすべてテーブルの上に準備したら調理開始です。まずフライパンを弱火で温めて、その間にホットケーキ・ミックス、牛乳、卵を手早く混ぜ合わせて生地を作ります。充分に温まったフライパンに生地を流し込んで焼き始め、三分ほど経って生地の表面に気泡が出てきたらひっくり返して裏側も火が通るまで焼いていきます。

 これだけ。実に簡単です。一枚目のホットケーキが完成しました。

 先ほどからキッチンにはホットケーキの焼けるいい匂いが立ち込めていますね。

 

 僕は二枚目のホットケーキの調理に取り掛かります。

 ここらへんであなたが眠い目をこすりながら起きてきます。寝癖だらけの頭でパジャマのままキッチンにやってきたあなたに僕は「おはよう」とホットケーキをひっくり返しながら挨拶し、あなたは何度か軽く頷きながら「なるほど」と僕に返します。

 そこで当然僕は聞くわけです。

 「なるほど?」

 あなたはこう答えます。

 「夢を見たのよ。自分がお菓子にされそうになる夢。甘くていい匂いがしてきたから起きようかとも思ったんだけど、まだ眠かったから布団をかけ直そうとひっぱったのね。そうしたらむにゅうって布団が伸びるからびっくりして目を開けたら、それは布団じゃなくてパイ生地だったのよ。よくよく周りを見てみるとどうやら私は大きなパイ皿の上に横たわっていて、しかも体にはパイ生地を乗せられていて」云々。

 とにかくあなたは僕に向かって、いじわるそうな巨大なねこのパティシエによって自分がお菓子にされそうになった夢を見たこと、そしてそれはおそらく現実の世界で僕が焼いているホットケーキの匂いによって引き起こされたのだということを説明します。

 そうしている間にもホットケーキはビーチでうつ伏せになっている若い女性の肌のようにじっくりと焼かれていますが、あなたの話に的確な相づちを打ちながらも僕は一切誤ることなく完璧なタイミングで、焼けたホットケーキをお皿に移します。

 二枚目も完成しました。

 

 その後、僕たちは並んでテーブルの席につき、完成したホットケーキにたっぷりとメープルシロップをかけて食べ、幸福な朝食を過ごすのです。

 どうです。なかなか素敵でしょう。

 

 つまり普段全く料理なんてしない僕がなぜ急にホットケーキを作ってみようなどと考えたかというと、実際にこのような状況になった際、スムーズにことが運ぶよう練習が必要だと思ったからなんですね。巨大なねこのパティシエがつけているエプロンの柄についてあなたが一生懸命説明をしているのに、僕がホットケーキをひっくり返すタイミングがわからずにちらちらと何度もはしっこのほうをめくっていたりしたら落ち着いて話すこともできませんよね。

 

 さて、そのようにしてホットケーキを作ろうと決心するに至った僕が実際にホットケーキを焼いてみたところどうなったかというと、これがまったくうまくいきませんでした。というよりも、実をいえば僕はホットケーキを焼く段階までたどり着くことすらできませんでした。

 

 バターを買い忘れてしまったんです。うっかりしていました。僕はホットケーキミックスと、牛乳と、卵をスーパーのカゴに入れた時点で満足して、ホットケーキにバターが必要なことなんてまるっきり忘れていたんですね。

 

 バターのないホットケーキなんて主題歌のない映画みたいでなんだか味気ないですよね。

 いや、僕はそんなものは映画じゃないとすら思います。映画にはやはり印象的な主題歌が不可欠だと思いませんか。「ボディーガード」には「オールウェイズ・ラヴ・ユー」だし、スターウォーズにも「スターウォーズのテーマ」があるでしょう。その主題歌を聞けば自然と映画の印象的なシーンも思い浮かぶ。よい映画にはそういう主題歌が必要だと僕は信じているのです。

 

 そもそも僕はなんにでも主題歌があったほうがいいと思っているくらいです。朝起きて顔を洗う時の主題歌とか、一番気に入っているパンツの主題歌とか、冷蔵庫に一個だけ残っているじゃがいもの主題歌とか、その他いろいろです。冷蔵庫に残っているじゃがいもの主題歌が中島みゆきの「時代」だったりしたら、いてもたってもいられなくなってすぐにふかしいもにしたくなったりするんじゃないかな。

 

 実は僕自身の主題歌というものもあって、それはJUDY AND MARYの「LOVER SOUL」という曲です。大好きな曲ですが日常的に繰り返し聞くわけではなくて「ここぞ」という場面で僕はこの曲を流します。

 まあ、要するに女の人に振られたときですね。振られた日の夜にとぼとぼと帰路につきながら「まいったなあ」などとため息をつきながら聞くこの曲はかなりしみますよ。

 あなたもこの曲を僕に聞かせるつもりじゃあないでしょうね?

 冗談です。

 

 バターは買っておきます。練習ができなかったのでぶっつけ本番にはなりますがたぶん大丈夫でしょう。うまく焼けますよ。あなたと過ごす朝食をとても楽しみにしています。ホットケーキの主題歌をいっしょに考えましょう。

 

それでは。

いつかまた宇宙のどこかで。

 

敬具 

 

チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。

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