「VOGA新作公演のオーディションを兼ねた俳優指導ワークショップ」を徹底レポート
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
VOGAは京都を拠点に活動する舞台芸術集団である。近年は特に、京都・吉田神社や男山山上・石清水八幡宮での壮大な規模の演劇公演が話題だ。今年の5月公演では、全10ステージにも関わらず、1222名の観客が男山山上の野外特設会場を訪れた。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
第12回本公演『Social walk』で建造された武骨な野外特設舞台は、じつは東西南北に併せて設置したのだそうだ。演出としても、役者の身体の方向を方角に合わせ「北に足を踏み出して」「南に顔を向けて」と指示していたらしい。時刻についても同じく、日の入りを計算にいれたライティングであった。沈んでいく陽を待つ。減光に合わせて照明を当て、役者の姿を逃さない。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
写真から伝わるだろうか。VOGAのパフォーマンスは時に小気味良く、あるときは不気味なテンポで延々と展開し続ける。公演後も忘れられない瞬間を目指すのが信条だ、と脚本・演出・音楽の近藤和見は言う。
役者たちが、洗練を重ねて生み出された美しいテンポに従って身体を動かす。そして、遥か上空では星たちが規則通りに動いている。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
ロケーションから、『Social walk』は自然の中の人間を題材にしたものだ……と思ってしまうが、実はそうではなかった。
物語は他でもない、京都市内の碁盤の目にあらわれた生と死の狭間をゆれ動く人間の魂と、彼らのおぼつかない精神が巨大な幻を見るというものである。我々と同じ「生活者たち」は、京都に実在する通り道を歩み、不意に怪異にまみえ、幻影が生むシステムに動かされ、愛を信じて裏切られ、想像上のつながりに一喜一憂する、まさに哀れな役者たちだ。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
音楽は近藤の手によるもの。役者たちは長時間、集中を保ちながら四角い舞台を駆け巡る。
そのVOGAが、来年1月に京都市内で新作公演を行う。その公演のオーディションを兼ねた俳優指導ワークショップが8月に、大阪の芸術創造館で行われた。
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
「脳と身体をつなぐ」。WS(ワークショップ)の目的だそうだが、どういう事だろう。
WSの冒頭で行われた、数をかぞえながら身体を動かすムーブメント。ある程度のところで終わるものではなく、繰り返し繰り返し徹底的に行われていた。2時間続いた。台本の読み合わせや自己紹介などもない。
ところで、呼吸法の中には数字をカウントしながら行うものがあり、これは雑念を払う効果がある。VOGAのワークはそのレイヤーを何層も重ねたものだ。数、振り、声、レイヤーが重なる。もちろん大変だ。付いていけない部分は、参加者それぞれが工夫をして乗り越える。それを数時間続けた末に2チームに分かれて発表をする。
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
気付いた事があった。彼らの表情だ。最初の段階では快感を伴うものであったのが、次は苦痛もしくは飽和あるいは無責任のそれを帯び、その次は熱心な集中、さらに仲間意識、失望、最後には透明な集中ともいうべきものに変わっていった。繰り返しの身体の動作の中で澄まされていくものがあったとしたら、それは何だったのだろうか。
作業がもたらす精神集中の快感を越え、自然と合一し、何もない世界へ至る。たとえば幼児は単純な遊びを何回も何回も繰り返し、世界への手がかりを得る。意識から雑念を払い、身体の世界に近付けていく。そこには物語や想像は無いだろう。肉体が起こす忘我の中に何を感じたのだろうか。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
VOGA所属の俳優、西村麻生へのインタビュー。
西村麻生 (撮影:高橋 良明)
-- 野外公演で、嬉しかった事や嫌だった事はなんですか?
西村 (笑う)嬉しかったのは色々あるんでおいといて、嫌だったのは虫にインカムを使われた事です。屋外公演ではワイヤレスマイクを使ってるんですけど、ある回で、「ジジジッジジジッ」って音がして。裾をまくって見たらこんな大きな虫が。それはちょっと野外でしかありえないですよね。虫がSOS。
-- それは驚きますよね。そして、野外劇で出番を待つって、結構負担だったんだろうなあ……と思います。では、良かった事は?
西村 なんか、普通に、自然って凄いなと。満月の中で舞台に立った事もあったし、竹のざわめきが音楽に入ってきたり、それが波の音に聞こえた事もありました。
-- すばらしい。本当の意味で演劇をやってるって感じしません?
西村 考えてみれば、古来からの舞踊なり演劇なりってまあ元々野外が多かったから。その感覚に帰ってるのかな、って。神社や能。
-- 私はどちらかというと、夜の公園で演劇をやっている連中に惹かれて芝居を始めたんですよ。実はそういう演劇人、多いと思いますよ。
西村 私も大学生の頃、ダンスのパフォーマンスをしてたんですけど、美術館のお庭だとか鴨川とかで踊ったりしてました。
-- 「踊り」と「野外」と「夜」。
西村 それと、父が阿波踊りの組合に入っていて、ヨーロッパに仕事で連れていってもらった時に、ゲリラ的に阿波踊りを勝手にやった事があるんですね。ヴェニスのサンマルコ広場で勝手に阿波踊りしたんですよ、ゲリラ的に。でも向こうって、祭りは基本的には貴族のもので、一般の人はあんまり参加しないみたいで。けど、その阿波踊りをしてたとき、その辺りで踊ってた小中学生のストリートダンスの集団が来て、鉦の音に合わせて普通に踊ってたんです。ストリートを。その光景が面白くって。敷居もなく、言葉の境界線もなく、音が鳴っていたら踊りだして輪に入ってくる。なんか、けっこう、そういうのが好きです。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
VOGAの観客は種々雑多だ。年寄りもいれば子供も若造もいる。国籍も色々だ。なんだか自然にるつぼになっている感じがある。そう考えてみたらVOGAの公演は自然現象に近い。では、VOGAはどこで自然発生したのだろう?
近藤和見の話。
近藤和見 (撮影:高橋 良明)
「僕らの作品は純粋なフィジカルを求めるんだけど、無理難題なんですよ。でも、そこを突破した、意識しないところから出てくる感性を見せてほしい。しんどいところを越えると、見えてくるものがあると思う。パフォーマンスももっと長くしたい。10分よりも長くしたい。しょうもないTV番組を2時間見るよりも、僕らが挑戦しているような、時間の軸にこそ価値があり、これからの可能性があると思う」
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
近藤の目に見られたい。そんな気持が、ふいにどこかからやってくるのだろうか。
*
-- 私、中学生の頃ですね、クラスメイトが骨肉腫で死んだんですよ。その葬式の晩に、一人で駐車場で追悼の舞を舞った事があるんです。
西村 ふーん。
-- 杉の枝を富士山に向けて二回三回あおぐみたいな振り付けでした。多分、自分が踊ったと言えるのなんてあれが最初で最後だと思う。その友達だとか神様とかに見られたいとか、最初はそう思ってたけど、だんだんと自分の為に踊っていた。いや、そういうのが絶対に必要だったんだと思うんですよ、あの夜は。でVOGAは、その、野外じゃないといけない理由はあるのでしょうか?
西村 難しい。でも、個人としては、VOGAの持っている言葉とかイメージって、自然であったり社会であったり、自分の中から聞こえる言葉だったり、なんですね。
-- というと。
西村 『Vector』で、偶然に出会った男の人や子供や鳥がいて、人間は死ぬけれども鳥は生きていて。この世で会ったもの達は死に別れてもいつか出会える、っていう、そういうテーマに惹かれるんです。社会だとか日常生活のどうのこうのではなくて、もっと大きな世界にいる存在の話なんじゃないかと思っていて。そういう循環の力について野外でやるのはやっぱり意味があるんじゃないかなって、思うんですね。暗くなっていったり、月が出たり。演じている役者も生きているし。
-- では、来年1月の劇場公演も、屋外だけど屋内だと考えてもいいかもしれませんね。
西村 うーん……そうですね。それはでも、ATWASの吉光さんが参加するのが大きいかもしれませんね。彼は常に、屋外のパフォーマンスで映像の仕事をしながら、屋内での上演でもそういう意識をもって映像を生み出す人なので。
西村麻生 (撮影:高橋 良明)
WSが終わりに近づいている。しかし、西村たちアシスタントには疲労が見られなかった。それもさることながら、ワークとワークの間の余白のシンとした間に私は魅力を感じた。特に西村麻生のシークエンスの合間の残心は見事である。彼女は居合をやっているらしい。精神的な振る舞いに共通するものがあるとしたら、それはどんな作用なのだろうか。
(撮影:高橋 良明)
-- 日本舞踊とかタップダンスをこなす西村さん。道についてどう思いますか?
西村 私、色々学んでるんですけど、基本的には日本舞踊を3歳からやってきていて。実はちょっと、居合を学んだんですよ。男舞の勉強で、男の人の身体を学びたくて。でも精神的な奥深さに感銘を受けて、これから続けたいと思ってるんですね。多くの人が、古くから伝わっているものを大事にしようとしている大きな道があって、その中で私は偶然大きな道に出会うんですね。でも、本当に私の中にある、単に踊りたいという衝動や欲望があって……私の生きているおぼろげな道が、大きな道に出会いながら旅をしているというか。自分が歩んできた道、小さな路地とかもあるんですけど、古典で見つけた面白いものは大切にしていきたいですね。道って、凄いものが出てきても守るだけでは消えてしまうんですよ、きっと。阿国が作った歌舞伎だって、それを面白いと思った人たちが作ったたくさんの道が、大きな道に見えてるんだろうなあ。そしてそれは大切にしているだけでは終わっちゃうし。何かしら、それをもっと面白いものにしようとしているから大きくなって、増えて、繋がっていって。
-- 木みたいですね。
西村 そう思っています。成長していくものなんだと思います。
西村麻生 (撮影:高橋 良明)
VOGA俳優指導ワークショップ風景 (撮影:高橋 良明)
ワークショップ中、一瞬、気になる表情があった。カウントと呼応するテンポを決めなければシークエンスは始められないのだが、それがVOGAサイドでしばらくの間もたつきがあった。その時である、参加者の何人かが共通の表情をしていたのだった。「何でもいいからはやく決めろよ」「でも私には関係がない」。だが「どんな指示でも頑張ろう」というようなミックスの表情。これはWSの初期段階に何回か見られたが、ある段階から消えていく。動きの規則のルール、数字と足と腕がそれぞれ別になり、運動量もすさまじい。すると脳と身体をつなぐだけで突破出来る領域ではなく、精神の強さによっていく。雑念を払うどころではない。頭脳を思考でいっぱいにし、身体に行き渡らせる。ソフトが問われる段階でもう一度、その人物が抱える理想があらわれていくと近藤は言った。集団から、個の内面にフォーカスが移る。
西村麻生 (撮影:高橋 良明)
-- 宇宙に興味がありますか?
西村 あります。さっき美術館が好きだって言いましたけど、宇宙と似てるからだと思うんですよ。何でもない空間にいるとなんか音が聞こえて来る。妄想か何かだと思うんですけど、そういう時、踊りだしてきたくなっちゃうんです。何も無いから見える、遠い存在と繋がれるというか。私ビョークのPVが凄く好きなんですけど、細胞全てが唇になって歌ったり、ダリの作品で二重螺旋構造が出てくるのも興味があって。
-- あーそういうのを頭の中で捉える事が出来るから人間ってやめられませんよね。ミクロとマクロの世界を同時に捉えられるんですからね。しかしDNAだけは謎ですよね。
西村 DNAは面白い。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
野外演劇の時代が来た、と個人的には思っている。関西では相次ぐ劇場の閉鎖が話題になっているが、しかし、劇場が無くなったから演劇を辞めるような演劇人はいない。そんなもの、最初からいないのと同じだ。芝居は人である。劇場ではない。地球が無くなったからと言って演劇を辞めるような演劇人も、またいない。
西村麻生 (撮影:高橋 良明)
-- 野外演劇と完全に反対になる芸術は絵画だと思うんですよ。作家が一つの作品に取り組んだ結果が、残るか残らないか、という点で。
西村 VOGAはストーリーを追っていく訳じゃなくて、何がその登場人物たちに残ったのかを考えるんです。そういう意味では、物語を見るというよりは絵を見る感覚に近いのかな?って思っています。
写真撮影:井上嘉和 <(株)井上写真事務所>
公演5日前の『Social walk』野外特設舞台。何かを待っているようだ。
(取材・文:高橋良明)
■日程:2017年1月13日〜16日
■会場:京都府立文化芸術会館
■公式サイト:http://lowotarvoga.net/
<イベント・データ>
芸創講座vol.2 「VOGA新作公演のオーディションを兼ねた俳優指導ワークショップ」(終了)
■日時:2016年8月6日(土)18:00~21:30
■会場:大阪市立芸術創造館・演劇練習室大(3階)
■講師:近藤和見(VOGA/演出・脚本・音楽家)