演劇集団円『景清』上演中の橋爪功にインタビュー
演劇集団円が『景清』を上演中だ(2016年11月27日まで)。近松門左衛門の人形浄瑠璃『出世景清』を原典に、その語りの魅力を生かしつつ、戦闘シーンをふんだんに盛り込んだ見どころ満載の人間のドラマとして、森新太郎の演出で現代に再生させる。主演の橋爪功に話を聞いた。
近松門左衛門の時代物に初挑戦
橋爪 3、4年前だったと思うんですけど、「近松やろう」と演出の森新太郎にふったら、意外と乗ってきて……
──最初に近松を提案されたのは、橋爪さんですか。
橋爪 そうですね。しかも、近松の世話物とか人情物ではなくて、時代物をやりたいと。この企画は、ぼくも受け売りというか、円にはもう亡くなりましたが安西徹雄という演出家がいて、大昔に「ヅメさん(橋爪功さんの愛称)、今度さ、近松の時代物やろうよ」とおっしゃって、それがそのままになってたんで、なんとなくどこかに残ってて。
ぼくは鶴屋南北の『天竺徳兵衛』も演ってるんで、森新と演るなら……と思って「近松の時代物」と言ったら、あいつが勉強しはじめた。『景清』は、森新が持ってきたんですよ。
──意外なつながりですね。
橋爪 そうなんです。だから、ぼくは「近松の時代物」を森新に丸投げしたんですけど、森新はパートナーのフジノサツコさんに、また丸投げしたらしくて、フジノさんが死ぬほど勉強したらしい。
人形浄瑠璃の語りを生かした台詞
──『景清』の台本を拝読して思ったのは、台詞を覚えるのがものすごく大変じゃないかと……
橋爪 まあ、ちょっと大変ですね。
──ちょっとですか?
橋爪 そんなにむちゃくちゃ数が多くはないんで、まあまあ……
──ひとつひとつの台詞がずいぶん長い。しかも、人形浄瑠璃の語りを生かした文体になっている。
橋爪 フジノさんが、ほんとにしっかりしたいい台本を書いてくださって。演出が森新太郎なんで安心はしてましたけど、最初はどういう舞台になるのか気になって、制作に電話して「おい、これ、どうするつもりなんだよ」って。
その前に森新が「立ちまわりもある」って言ったんですよ。だから、「おい、おれのこと、いくつだと思ってるんだ」って(笑)。そしたら、あいつ、こともなげに「だいじょうぶですよ」って言うんだよ。なにがだいじょうぶだ、ばかやろうと思ってたんだけど、その後で、演出上のプランを聞いて、それならできるかなって。
けっこう若い人も出てるんで、あのまま地の文で舞台に出ていってもどうかなって思っていたんですが、文楽みたいに人形を使うと聞いて、やっと安心したんです。
──文楽では、台本に書かれた詞章を朗読するかたちをとりますから、太夫は暗記する必要はない。でも、『景清』の舞台では、役者は台詞を全部覚えなきゃいけない。
橋爪 まあ、多少乱暴なことやらないと、どんどん老けちゃいますんでね。
──ハードルが高くても挑戦しようと……
橋爪 毎回そうでしょうけど、どっちかというと、激しくて挑戦しがいがある舞台の方が、まあ、うちの劇団でやるんならね。あんまりウェルメイドとか、そういうのはやりたくないんで。
演劇集団円『景清』(撮影/森田貢造)
さまざまなバージョンがある『景清』
──今回の『景清』は、近松門左衛門の『出世景清』を原典にしたものですが、その『出世景清』は、『平家物語』や、舞曲の『景清』、さらに古浄瑠璃の『かげきよ』がそれぞれ別にあって、近松が竹本座と初めて提携公演をしたときに、それらを元に書き下ろした人形浄瑠璃。
橋爪 そのときに『景清』をやってるんですよね。
──はい。それが『出世景清』で、当時の〈景清〉に関する芸能を新たな視点で近松が書き下ろした『出世景清』を、今回はフジノさんが、さらに現代的な観点から脚本を書いて上演する。その意味で『景清』は、常に実験的なものが加わっていく演目なのかもしれません。
橋爪 幸若舞(能や歌舞伎の原型)の『景清』もあるんですよね。景清が子供を殺すバージョンもあるんでしょう?
──清水坂の女房・阿古屋のふたりの息子ですね。
橋爪 だから、それを女房が殺すようになってるとか、そういう多少のアレンジはあるんだけど。
戦闘シーンと歌舞伎の荒事
──調べましたら、人形浄瑠璃の『出世景清』はなかなか上演されない演目らしいんですけど、1985年に、大阪の国立文楽劇場で復活上演がされています。
橋爪 歌舞伎では、團十郎さんというか、成田屋系がやってたらしいですね。
──十代目團十郎の前ですね。
橋爪 前です、九代目のとき。で、十代目團十郎さんのときに、たしか海老蔵時代におやりになったとか言っていた。でも、なにかがあって、縁起が悪いということになって、しばらく歌舞伎座でやらなくなった時期があるらしいですよ。
──へええ。
橋爪 らしいです。親父に小さいときから歌舞伎には連れてってもらってて、九代目團十郎さんは海老蔵時代から。東京へ出てきてからも、歌舞伎座には通ってたんで、團十郎さんと白鸚さんと松緑さんの三兄弟が出る舞台は見てました。そのときの『出世景清』は、まあ言ってみれば、戦闘シーンが主だったみたいですね。歌舞伎でやったやつはね。
──戦闘ならば荒事中心……
橋爪 荒事ですね。荒事のための『景清』だったみたいですよ。
──怪力無双で、ものすごく強いですし、檻を破って力まかせに出ちゃうところもありますし、もう見せどころが次から次に出現する芝居ですね。暗転するたびに、またひとつ見せ場がある構成になっている。
橋爪 その場面の演出はね、二転三転してるんですよ。いまのところはひとつにまとまりつつあるんだけど、またそれも森新の演出だから、初日が開くまでにはいろいろと変更があるかもしれません。
いま稽古は佳境ですけど、手前味噌ですが、けっこう舞台が立ちあがってきてて、面白くなりそうだとは思っているんです。森新だからなにかやってくるとは思っていましたが、こんな形になるとは想像できなかったですね。
橋爪功さん(撮影/森田貢造)
エリザベス朝演劇と『景清』の共通点
──近松の『出世景清』の初演は1685年。この荒々しさで思い出すのは、それより約100年前に書かれたシェイクスピアをはじめとするエリザベス朝の演劇です。橋爪さんは、演出・翻訳家の安西徹雄さんと組まれて、たとえば、クリストファー・マーロウの『マルタ島のユダヤ人』とシェイクスピアの『ヴェニスの商人』を同時上演したことがありましたが、それと『景清』の上演とはつながりがありますか。
橋爪 安西さんに紹介されて、マーロウの『マルタ島』やベン・ジョンソンの『錬金術師』とか、ぼくも演りました。シェイクスピアはよく練られた筋と台詞なんだけど、『マルタ島』や『錬金術師』になると、はるかに荒っぽくて、破格のエネルギーがないと舞台化できない。どちらも言ってみれば、荒事ですよね。気取ったまま台詞をしゃべっても絶対にだめ。もうすっかり気に入っちゃって。
──『景清』では、何度も血を浴びるシーンがあります。先日、英国のドンマー・ウエアハウスで上演された『コリオレイナス』を映画館で見たとき、タイトルロールを演じたトム・ヒドルストンが頭から何度も血しぶきを浴びて、全身がどんどん真っ赤に染まっていったんですが、そんな舞台になるかなと想像して……
橋爪 お金があったらやりたいみたいですよ、舞台上で(笑)。あなたがおっしゃったように、今回は血が怖ろしいテーマなんで。景清は何人も殺すでしょう。残念ながら11ステージしかできないし、舞台を汚すわけにいかないんでどうなるかわかりませんけど、最終的に舞台上では、殺戮とか戦闘が、森新のなかでは大きなイメージを占めているみたいですよ。
──最後は、殺戮の果てに辿り着いた世界で、いまの過激派組織ISとか、イラクやシリアで現在進行形の出来事とつながっていく。
橋爪 たぶん、ピカソの『ゲルニカ』のように、死屍累々といろんなものが積み重なった廃墟を創りだしたいんじゃないかと思うんですよ。ただね、狭い舞台だから、それをやると他の場面ができない。でもね、相当残してます。最後には、あたり一面を、血と死体が累々としたなかで、景清だけが化石のように立ってるっていう……
──劇的な場面が連続しますし、しかも、それらは『オイディプス王』や『リア王』の名場面を、即座に連想させるものにもなっています。
橋爪 もちろん源平の時代もそうでしょうけど、日本の武士(もののふ)が本当に死を怖れなかった時代、荒々しい人間性が残っていた最後の時代。まだ死ぬことを名誉だと思ってたり、命をかけて戦った時代ですよね。
だから、おっしゃったみたいに、ギリシア悲劇とか西洋の古典にもじゅうぶん通用する人間の骨太さがありますよね。それがはたして現代でどういうふうに伝わるかはわからないけど、すげえことをやった人たちがいたんだなって、お客さんに思ってもらえればね。
森新太郎の演出
橋爪 景清の役はずっと節で演っても、浄瑠璃の人にはかなわないし、ましてや昔の歌舞伎の俳優さんにはかなわない面がある。そのへんの兼ね合いが難しいなと思って。ただ、節にまかせてしゃべろうと思えばしゃべれるんですけど、それだけでは、ちょっと物足りないと思ったりしながら、いま試行錯誤してるところです。
──森新太郎さんの演出はどうですか。
橋爪 森新はなかなか手応えがあるやつで、まずは本当によく勉強しますんで。あと、舞台の可能性みたいなものを、自分でもいまだに探っているようなところがある。あれだけ太ってるから、肉を削いでいくと、まだ新しいものが出てきそうな気がするけど……
──シェイプアップして筋肉質になると、もっと腕力がついた演出家になるかもしれない。
橋爪 まだ40歳になったばかりですよ。
──貫禄があるから、ベテランに見えるんですけど、話をすると、気さくだし。
橋爪 そうです。どこで何を考えているのか、ちょっと謎のところがあって、そういう意味でも面白いですね。演劇の新しいものを見てみたいという気持ちは、まだ森新のなかにいっぱいあるかもしれませんね。
あと、舞台上で起こることは、楽しいものだけじゃなくて、嫌なものも同時に見せたい。
──ひとつの舞台のなかに、いいものと悪いものが同時にあったほうが、世界が大きくなりますね。
橋爪 お客さんは、それ、絶対わかるじゃないですか、感覚的に。
──肌で感じますよね。
橋爪 観客をバカにしちゃいけないって、ほんとにつくづくそう思いますよね。よく役者に言うんだけど、おまえたちよりも二歩も三歩も観客の方が先に行ってんだから、緊張してないとだめだよと言うんです。エネルギーを使わないと、絶対にお客さんの前には立てない。この景清なんか、典型的ですよ、そういう意味ではね。
──最後に、お客さんにひと言、お願いできますか。
橋爪 だから、そういうの苦手なんですよ。(しばらく考えて)どんな反応でもいいから、お客さんの反応というか、いろんなものをこっちが聞きたい。どうでしたかって。
──さっきおっしゃった、楽しいだけじゃなくて、嫌なものも同時に見せたいというなかには、景清が抱えている狂気も含まれると思いますし……
橋爪 面白かったのは、この台本を読んだ女性のインタビュアーが「景清って、ひどい人よね、女ったらしで」って言ったの。これも面白い視点でね。ぼくにとって景清は、どっちかって言うとシンパシーのある英雄だったんだけど、いまの時代で言えば、たしかに女ったらしでひどいやつなのかもしれない。なるほどなと思い、それは演技にも反映させました。台本を読むだけでも、いろんな反応があるんだなと思って。
だから、舞台に来ていただいたお客さんには、その場でもいいし、ちょいとした感想を寄せていただくと、森新もぼくも終わったあとも楽しめるかもしれないっていうとこですかね。
(取材・文/野中広樹)
■原作:近松門左衛門
■脚本:フジノサツコ
■演出:森新太郎
■日程:2016年11月17日(木)~27日(日)
■会場:吉祥寺シアター
■出演:橋爪功、中平良夫、石住昭彦、高橋理恵子、渡辺穣、原田大輔、石原由宇、乙倉遥、清田智彦、戎哲史、原田翔兵、久井正樹、新上貴美
■公式サイト:http://www.en21.co.jp/
※全日程完売、当日券は開演の1時間前より劇場ロビー受付にて若干枚販売、先着順。