吉田都×堀内元が贈るバレエへの愛に満ちた“次代へのメッセージ” 『Ballet for the Future 2016』を振り返る

コラム
クラシック
舞台
2016.12.12
Romantique

Romantique

画像を全て表示(4件)

2016年も年の瀬。バレエ界を振り返えると、話題豊富な一年のなかでも一際ある公演の存在感が増してきた。『吉田都×堀内元 Ballet for the Future 2016』(8月31日 東京文化会館、9月3日 金沢・本多の森ホール)である。22年にわたりバーミンガム・ロイヤル・バレエ団、英国ロイヤル・バレエ団で最高位であるプリンシパルを務めた吉田都(特別ゲスト)と、20世紀を代表する巨匠ジョージ・バランシンに見出され、東洋人として初めてニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパルに任命された堀内元(芸術監督・出演)を中心とした公演だ。2015年の初回に続いて堀内やバランシンの作品を紹介し、都会的で洗練されたアメリカン・バレエの楽しさを満喫させてくれた。

チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ

チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ

吉田と堀内は堀内の代表作のひとつ「Romantique」で共演。クロード・ボリングのジャジーな響きにのせたリズミカルな踊りが心地よく、群舞も織り交ぜながら大人の雰囲気漂うダンスを通して交感する様子がスリリングだ。新国立劇場バレエ団プリンシパルである米沢唯&奥村康祐によるバランシンの「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」では、両者が軽快に戯れグルーヴ感が感じられる。ヴィヴァルディのチェロ曲にのせて男女12名が躍動感たっぷりに踊る「Vivaldi Double Cello Concerto」(振付:堀内元)、ジョビー・タルボットの現代的な響きにのせて森ティファニー、上村崇人ら14人が緩急自在に動く「Bloom」(振付:ブライアン・イーノス)、寺田亜沙子、清水健太ら20人が堀内の友人ジョー・モッラのパーカッションを基調とした曲で力強いダンスを繰り広げる「More Morra」(振付:堀内元)もあり、若いダンサーが吉田と堀内と共に一夕の舞台を創りあげた。

昨年の『Ballet for the Future 2015』東京・ゆうぽうとホール公演は満員で、カーテンコールも超熱狂的だった。今年は客席数の多い東京文化会館に移ったが、そこにも多くの観客が詰めかけている。筆者は今年金沢公演を観たが、同地でも2年連続の開催なのに客席が埋まっていた。わが国のバレエ界の常識を破る快挙だ。というのも『白鳥の湖』、『くるみ割り人形』といった定番の古典でもないし、夏になると活発に行われるスターを大量投入したガラ公演でもない。海外の人気スターを招いたわけでもない(むろん吉田、堀内はビッグネームであるが)。演目を一新したが2年連続の開催でもある。それなのに盛況となり、SNSなどでの反響も大きく、メディアからも心のこもった賞賛が相次ぐ。何が人をかくも熱くさせるのであろうか。

More Morra

More Morra

この公演、「吉田都・堀内元が、バレエファン・バレエを学ぶすべての方へ、“次代へのメッセージ”をお贈りします」と銘打たれている。“継承”がテーマであり、世界のバレエ界のトップクラスに登りつめた吉田と堀内が、新進気鋭のダンサーたちと舞台を共にしながら豊富な経験を伝えていくこと、また、バレエという芸術の奥の深さやバラエティに富んだ魅惑を観客と共有することがコンセプトのようだ。そのことは公演に接すると直ちに感得できる。アメリカンな開放的で楽しいプログラムは古典バレエを中心に愛好する人にとっても新鮮であるし、バレエを観たことのない人にも入りやすいと思われる。楽しくエキサイティングな体験がクセになり、昨年に続いて足を運んだ人も少なくないと聞く。バレエ・フリークからバレエになじみのない人までもが同じ空気をシェアし盛り上がれる、他にはなかなかない公演として異彩を放っている。

とはいえ“継承”というコンセプトは、ベテランと若手の交流、次世代への架け橋であると同時にバレエという芸術を育んできた、それぞれの時代の先駆者への敬意とオマージュが秘められているように感じる。バランシンに対してはもちろんのこと、たとえばクラシック・バレエの様式美を確立したマリウス・プティパに対しても。吉田、堀内の豊富な経験も、彼らがイギリスやアメリカで偉大な先達から学び血肉化してきたものである。日本のバレエの可能性を感じさせる、未来を見据えた公演だが、世界のバレエの歴史を築いた人々へ敬意と伝統を受け継ぐ意思が、ひしひしと伝わってきた。吉田と堀内を核にバレエの現在、未来、そして過去が一体となった小宇宙が『Ballet for the Future』。新鮮で生き生きとしたステージの底に流れるのは、バレエへの限りない愛だ。その熱さに観るものは共鳴・共感するのではないだろうか。

Romantique

Romantique

吉田は現在日本を拠点に踊りながら各種イベントに出演し、このほど初めての自伝的エッセイ「バレリーナ 踊り続ける理由」を出した。またハンガリー国立バレエ団に招かれ恩師のピーター・ライトが振付した『眠れる森の美女』の主役パートを中心に教えたり、『Ballet for the Future 2016』でバランシンの申し子・堀内が指導する「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」を踊る米沢に同作を何度も踊った経験から助言したりしたりと指導的立場にも意欲的だ。堀内はアメリカのセントルイス・バレエの芸術監督として長らくバレエ団運営に携わり発展させている。アメリカには“「居るな!」と言われるまで居たい”と以前トークイベントで話していたが、作品発表はもとより芸術監督として培った手腕を日本でも生かす機会が増えていい。出演した若いダンサーの今後の活躍も要注目だ。

2015年、2016年と2年続けて行われた『吉田都×堀内元 Ballet for the Future』。今後のさらなる展開にも大いに期待が高まる。
 

文=高橋森彦 写真=瀬戸秀美

シェア / 保存先を選択