ヴァイオリニスト川井郁子は、なぜ「名曲」にこだわるのか?

インタビュー
クラシック
2017.1.26
川井郁子

川井郁子


10年以上にわたり、第一線で活躍し続けるヴァイオリニスト川井郁子。2017年2月1日(水)、東京文化会館小ホールにて全編アコースティックサウンドによる「愛の名曲コンサート~クラシックから映画音楽まで~」が開催される。今回のインタビューでは、コンサートにかける思いと共に、川井がずっとこだわりをもって追求してきた「名曲」や「メロディー」についても詳しくお話をうかがった。


――今回のコンサートはどのような内容になるんでしょうか?

今回は一言でいうと「名曲コンサート」ですね。皆様がもう良くご存知の名曲を、クラシカルな編成で、様々なジャンルからお届けしようというコンサートです。会場となる東京文化会館の小ホールは2年前(2015年6月)にも演奏しているのですが、やはり生の弦楽器の響きが良くて、弾いている側も気持ち良いですし、お客様にもいい音楽を聴いていただける場所です。広さもちょうどよく、お客様との一体感がいいですね。

――コンサートのタイトルが「愛の名曲コンサート ~クラシックから映画音楽まで~」とのことなので、愛にまつわる音楽が中心になるのでしょうか?

愛と一言でいっても、家族へのあったかい愛もあれば、激しい恋もあれば、映画のシーンが浮かんでくるような愛の曲もあったりしますよね。今回はそうした様々な愛の曲を広いジャンルからお聴きいただければと思います。

――名曲といえば、川井さんがご出演されているテレビ番組『100年の音楽』(テレビ東京系列で毎週金曜22時54分より放送中)も「100年残る世界の名曲」というコンセプトですよね。

今回のコンサートで取り上げる予定の曲も、「100年の音楽」で演奏したものが多いですね。この番組は「ジャンルにこだわらない名曲を」というコンセプトなんですけど、番組自体が2分ちょっとなので、コンサートでもコンパクトにたくさん聴いていただけるようにしたいと思っています。

――この番組から派生した名曲アルバム『The Melody ~100年の音楽~』も発売されていますよね。名曲アルバムというと、どうしてもメロディーばかりに焦点があたりがちですが、このアルバムでは川井さんが演奏される主旋律だけでなく、共演者とのアンサンブル(合奏)が非常に充実していて聴き応えがありました。

色んな名曲を集めたアルバムを出すのは初めてだったのですけど、実はこのアルバムでは録音するシチュエーションもそれまでとは異なっていて、スタジオではなくコンサートホールで共演者と一緒に「せーの!」で録るというのも初めてでした。だから「一体感」とか「アンサンブル」が大事な録音でしたね。

――そうした番組やアルバムに収録したり、コンサートで演奏したりする曲目はどのように選んでいるのでしょうか?

色々なジャンルから聴いていただきたいということと、皆様がよくご存知で幅広い年代の方に楽しんでいただけるというのを、今すごく大事にしています。自分の持ち味が出せる曲っていうのも大事ですし、聴いている方が「懐かしいな」って感じたりするような、バリエーションの豊かなプログラムにしたいとも思います。小さいお子様が初めて聴く曲でも、メロディーがすごく強い曲っていうのは印象に残るんですよね。だから、メロディーだけで魅力のある曲というのも大事だと思うんです。

川井郁子

川井郁子

――メロディーに対しての強いこだわりもあるかと思うのですが、そのこだわりについて少し教えていただけますか?

ヴァイオリンはもともとメロディー楽器ですしね。歌詞はないですけども人の声に近い楽器なので、メロディーに心をゆだねて弾く楽器なんですよ。どんなに名曲とされているものであっても、弾いている時、聴いている時に自分を別世界に飛翔させてくれないと、自分から選んで演奏しようとはしないですね。

――では、作曲するときはどうでしょう。メロディーを中心に作っていくのでしょうか? それともハーモニー(和音)も一緒に作っていく感じなんでしょうか?

作るときはハーモニーも一緒ですね。ハーモニーはその曲の方向性をいざなってくれますし、コード感で世界観が広がるのでピアノで弾きながら作っていきます。

――そもそも作曲はいつ頃からされるようになったんでしょうか?

子供の頃から、モティーフ(短いメロディーの断片)を書くのが好きだったんですよね。でも、ちゃんと曲として構成するようになったのは、自分のアルバムを出した時のことです。作曲の基本も、他の作曲家の人のようにはやっていないわけですけど。でも書いてみたいという気持ちは強かったですね。

――出来る出来ないではなく、やりたいという思いが先にあるのは演奏と同じなんですね!

作曲した楽譜を最初に演奏者へ渡したときには「本当にこのコード進行でいいの?」とかなんとか言われたりもしたんですけど……でもね、そこが自分の世界観なんだなって。最初はなんか、不安なまま始めた作業だったんですけど、それが段々と音楽仲間にも「それが川井郁子らしさだよね」って言われるようになって自信がつきましたね。もちろん自分では、好きだからこそ作品にしたんですけど、周りの人も「これ好き」って直接声をかけてくれるようになったのは、すごく自信になりましたし、ヴァイオリンという楽器や、自分に与えられたもう一つの必然性というのをもらえた気がします。

――作曲をするようになって、演奏の方にも影響がありましたか?

それはすごい変わりましたね。クラシックを弾く時に、こう弾かないとブラームスじゃないみたいな……守りに入る気持ちになってしまったから、そういうところから解き放たれて、自分のブラームスでいいんだっていう気持ちになれたところがすごく良かったですねえ。それまで舞台恐怖症だったのが、作曲のお陰で真逆になれたんです。

――確かにクラシックを舞台で演奏していると、いつでもコンクールを受けているような、審査員からチェックされているようなところがあったりしますよね(笑)。

本当にそうなんですよ(笑)お客さんがみんな審査員にみえるというか。守りの気持ちにしかなれず、攻める気になれなかったんです。おこがましいんですけれど、過去の作曲家たちを人間っぽく、近い存在に感じるようになってきたんですね。私がもし、そうした立場だったら演奏者が自分の感性で曲を変えてくれるのはすごく嬉しいことですし。作曲をすることで、視点が変わったことは本当に大きかったですね。

――今度は作曲ではなく、編曲(アレンジ)についてお聞かせください。川井さんはこれまで、斬新な編曲をいくつもなされていますが、そのユニークなアイディアはどのように浮かんでくるのでしょう? またどのような基準で編曲する作品を選んでいるのでしょうか?

色んなタイプの名曲がありますけど、メロディーの強い名曲というのは別の可能性を秘めているものが多くて、別の輝きの宝庫だと思うんですよ。そういうのを見つけたときというのは、一番嬉しいですね。実際に編曲をする際に設計図は自分で書くんですけど、奏者それぞれに任せた方が大きく膨らむんですね。大きい設計図だけ渡して、素晴らしいアーティストにそれぞれやってもらう。殆どの楽曲の場合、実は最初の切り口や方向性が一番大事なんです。

例えば、チャイコフスキーの白鳥の湖をもとに編曲した〈ホワイト・レジェンド〉(アルバム《新世界》に収録、羽生結弦選手が使用したことでも有名)の場合は、最初にサビのメロディーをどうするかが思いついていたので「和の世界」をいれたのですが、和楽器をいれたことで自分が最初想像していたときよりも更に膨らんでいくんです。こうしたインスピレーションだけで最初のざっくりとした設計図は書くわけですけど、素晴らしいアーティストに恵まれているお陰で完成していきます。

川井郁子

川井郁子

――今回のコンサートではピアノだけではなく弦楽四重奏とも共演されますね。

ピアノの石岡先生は、クラシックのピアニストなんですけど、色んなジャンルのコンサートもされている方で、実は娘のピアノの先生でもあるんです(笑)コミュニケーションのしやすさや音楽の柔軟性がとても大事で、人柄も音も温かい方なのでお願いしています。あとは若い有望な奏者たちですね。第1ヴァイオリンをお願いしている大倉礼加さんは、前回のツアーでもお願いしました。フレキシブルで、色んなことに気がつくタイプの演奏家で、期待の後輩です(笑)。

――若い世代との関わりということでいうと、もう長らく大阪芸術大学で後進の指導もなされているわけですけど、ご多忙な演奏活動との両立は大変ではないのかなと想像するのですが。

大阪という場所なんで遠いんですけれど、大変かといえばそうでもなくて。教えにいくと毎回、自分がヴァイオリンの音そのものにこだわって向かい合っていたときのことを思い出させてくれるんですね。レッスンって相手のためにやっていて、学生さんの音を追求しているんだけど、自分を見直すきっかけにもなっています。だから一緒に成長している感じがしますね。「この前、入学した子がもう卒業か!」みたいな感じなんですけど。

――素晴らしいですね。そうした門下の卒業生と共演することもあるんですか?

ありますよ。大阪でコンサートをするときは頼むんですけれど、一生懸命だしとっても成長していてすごく嬉しいです。

――若い世代との共演を通して、川井さん自身も更に輝かれていらっしゃることがよく分かりました。今後の益々のご活躍に期待が膨らみます。

2000年に《The Red Violin》でデビューしてからのこの十数年間、ヴァイオリンと仕事してきて一番変わったのは「自信」だと思いますね。それまでは他のヴァイオリニストでもいいじゃないとか、この曲はもっとこういう人が弾いた方がいいんじゃないかとか、自信のなさや怖い日々だったのが、色んな経験を通して私にヴァイオリンを与えられたのは必然だったんだなって思えるようになりました。だからこそ、より積極的に道を極めて行きたいなっていうのはありますね。実は今年、7年ぶりにオリジナルのアルバムを出すんですよ。それが自分自身としても今一番楽しみです。

――そちらも非常に楽しみです! では、最後に「愛の名曲コンサート ~クラシックから映画音楽まで~」にいらっしゃるお客様に向けて一言お願い致します。

今回のコンサートでは、よりヴァイオリンで歌える曲を、それも歌に負けないくらいの気持ちを込められる曲を選んでいくので、聴いてくださった方にあたたかい気持ちになっていただいたり、切ない何かを思い出したりする時間にして欲しいとと思っています。また音に共感していただく時間になると一番嬉しいです。演奏する曲目も、間違いなく皆さんよく知っている曲がほとんどだと思うので、リラックスし楽しんでいただければと思います。


取材・文:小室敬幸

公演情報
川井郁子 愛の名曲コンサート~クラシックから映画音楽まで~
 
■会場:東京文化会館小ホール (東京都)
■日時:2017/2/1(水)19:00
■出演:川井郁子/石岡久乃/大倉礼加/山川絢子/樹神有紀/福本真琴
■曲目(予定):
仮面舞踏会~「ロミオとジュリエット」より 
愛の讃歌 (マグリット・モノー) 
ジュ・トゥ・ヴ (エリック・サティ) 
リベルタンゴ (アストル・ピアソラ)
■公式サイト:http://www.un-plugged.jp/event/view/45

 
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