【THE MUSICAL LOVERS】 ミュージカル『アニー』 [連載第5回] アニーがいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず!
【THE MUSICAL LOVERS】
Season 2 ミュージカル『アニー』
【第5回】アニーがいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず!
中学時代、世界史のテストで「ニュー・ディールは誰の政策ですか?」の設問に「アニー!」と答えて×をくらったヨコウチ会長です。
さて、『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ として、【前回】は「フーバービル」を取り上げた。そして今回は「ニュー・ディール政策」の立役者たちについて触れようと思う。
正直な話、筆者は子どもの頃、これらの場面を理解できていなかった。ゆえに観劇中、しばしばポカーンとしていた。原因は、時代背景を知らなかったからだ。しかし今は歴史を学んだことにより、こうして嬉々として書いてしまうほど大好きなシーンになった。優れたミュージカルには、大人も退屈させない要素がしっかりと組み込まれているものだと改めて思い知らされた。
トーマス・ミーハンがミュージカル『アニー』の脚本を書き始めたのは1972年。ニクソン政権下にあった当時の世相を作品世界に反映すべく主人公アニーを送り込んだ先が「1933年のアメリカ合衆国」だった……ということは、【前回】お話したとおりである。ミーハンには、ニクソン政権下の1972年が、フーバーの失政で大恐慌にあえぐ1933年と重なって見えたらしい。そして、その1933年は、フランクリン・ローズベルトが大統領に就任した年だった。そこでミーハンは「ローズベルト大統領」も登場人物の1人としたのだそうだ。
アメリカ史上初の車いすの大統領、ローズベルトの出番は第2幕。アニーと大富豪ウォーバックスがラジオ出演し、「5万ドルの賞金をかけ、アニーの両親を捜索する」と宣言した翌日だ。
■アニーがホワイトハウスにやって来た!
「選挙時の公約は、何ひとつ実行されていない」とローズベルト政権を批判する声がラジオから聴こえてくる。その頃、大統領は日々批判にさらされ、閣僚たちもウンザリしていた。ローズベルトは前夜のアニー出演のラジオを聴いたようで、それにならっておどけてみせたりもするが、ワシントンD.C.のホワイトハウスは概して重苦しい雰囲気だ。そこへウォーバックスがアニーを連れて、ニューヨークからやって来る。
ホワイトハウスではちょうど閣議がおこなわれていた。「この国の状況は絶望的で悪くなる一方だ」と嘆く閣僚らに、アニーがこんな言葉を口にする。
朝が来れば トゥモロー
いいことがある トゥモロー
閣僚のひとりがアニーを制する。だが、ローズベルトはアニーに発言を許す。「言ってごらん。ここはまだ、自由の国だよ」
1933年。それはドイツでナチスのアドルフ・ヒトラーが首相に就任、憲法を事実上停止して敵対勢力を排除、ファシズム政権を樹立させた年でもあった。アメリカ合衆国も、「いつドイツと戦争になってもおかしくない」という警戒心に満ちていた。
ドイツが独裁国家へと突き進む状況を日々伝聞しているローズベルトだからこそ、子どもには自由に発言してほしいと願っていたのだろう。筆者はこの「言ってごらん。ここはまだ、自由の国だよ」で、いつも胸がきゅっとしめつけられてしまうのだ。
■アニーがアメリカ合衆国を救った!?
「ここはまだ、自由の国だよ」と大統領から促されたアニーは、「Tomorrow」を歌い出す。
朝が来れば、トゥモロー
いいことがある、トゥモロー
あした
この曲、この歌詞を聴き、何かひらめいた様子のローズベルト。彼は興奮気味に、さきほどアニーを制した閣僚に対して、一緒に歌うことを命じる。さらにローズベルトの指示により、他の閣僚たちも次々に歌い出す。ついにはローズベルトも車いすから立ち上がりそうな勢いで歌う。「大統領の、ソロだ!」 筆者の涙腺が決壊!
舞台上も客席も、皆がみるみる希望に満ちてゆく。「ヒトラーも、大恐慌も恐れない!この国の明るい未来を信じる政権でいよう!」と。
そしてアニーが帰った後、希望の灯をつけられた閣僚たちは、前向きな政策を次々と発案していく。「われわれがアメリカ国民に与えなければいけないのは、新しいスタート、ニュー・ディールだ!」
かの「ニュー・ディール政策」誕生の瞬間である。そして大統領が毅然と叫ぶ。「われわれが恐れなければならないのはたったひとつ、恐れそのもの!」 ああ、アニーがアメリカ合衆国を、一歩あした(Tomorrow)へ進ませたのだ!
なお、史実においてはローズベルトは大統領選の公約で既にニュー・ディールを政策として掲げていた。アニーによって作られたわけではもちろんない。観客の子どもたちは、世界史のテストで筆者のような間違いをおかさぬよう気をつけてほしい。
■閣僚たちはモブキャラにあらず!
ところで『アニー』を観たことのある人は、ホワイトハウスのシーンに、女性閣僚が1名いることにお気づきだろうか。「ウォーバックス邸の食事係、ミセス・ピューが紛れている」「アンサンブルの方、何役も演じて大変ねえ」……いえいえ、彼女は、アメリカ合衆国初の女性閣僚フランシス・パーキンズなのだ。
パーキンズは学生時代の1911年に、ニューヨーク市マンハッタンで発生したトライアングル・シャツウェスト工場火災という大惨事の現場に居合わせたという。当時アメリカの工場で働くのは、多くが未成年の移民たちだった。彼らは窓やドアが施錠された、完全に閉じ込められた状態で長時間労働を強いられていた。勝手に外で休憩をとったり、外から泥棒に入ってこないように、という理由だった。火災を起こしたトライアングル社も例外ではなかった。146人(女性123人、男性23人)が亡くなり、最年少の犠牲者は14歳だった。
ローズベルトがニューヨーク州知事だった1929年に、パーキンズは同州労働局の長官に任命され、児童労働に終止符を打ち、女性の労働時間も週48時間に短縮するなど改善に貢献した(ここに至るまでには【第4回】に登場したアル・スミスとも大いに関わっている)。そして1933年、ローズベルトが大統領に就任すると、彼女は政権の労働長官となり、社会保障、失業保険、児童労働を規制する連邦法、連邦最低賃金の採用などニュー・ディール政策の基礎固めを担った。
ちなみに、アニーが閣僚会議に参加しそうになることを制し、はじめは突然歌い出すことに難色を示しつつも、最終的にはノリノリで公共事業拡大を提言するのはハロルド・イッキーズ内務長官だ。
「労働者に給料を払えば税金に回る」と発言するのはヘンリー・モーゲンソウ財務長官。「ヒトラーにも負けない国づくりをしよう」と主張するのがコーデル・ハル国務長官。ローズベルト大統領の側近で特別経済顧問の、ルイス・ハウもいる!
これらを踏まえたうえで、『アニー』のラストの曲を、ぜひとも英語版で聴いてもらいたい。直近では「光と愛のクリスマス」と歌われている、あの曲だ。そう、本来の英語タイトルは「New Deal For Christmas」なのである。ファーレー郵政長官、アイクス公共事業庁長官、ウォレス農務長官、カミングス司法長官、ローパー商務長官、スワンソン海軍長官と、舞台には登場していない閣僚の名前まで、オリジナル舞台版の歌詞には出てくるのだ。
ローズベルトが「ファーレーよ、パーキンズよ、アイクスよ、ウォレスよ、モーゲンソウよ、カミングスよ」と歌えば、孤児たちが「皆のポケットをドルで満たしてください」と、「フーバーフラッグ(何もないポケットを裏返しにすること→【第4回】参照)」の解消を訴える。
極めつけは、ローズベルトとウォーバックスの「コーデル・ハルよ、政策を進めなさい」。そして皆で「クリスマスにはニュー・ディール政策が施行される!」と希望に満ちた笑顔のエンディングとなる。ただし2012年~2014年のブロードウェイ・リバイバル版では、この「ファーレーよ」から「コーデル・ハルよ、政策を進めなさい」までの部分はカット。1982年の映画版、1999年ディズニーのテレビ版、2015年日本公開のソニーピクチャーズ版もラストが違うため、この曲は入っていない。ここ最近までの日本上演版も歌詞が変わっていた。つまり、ローズベルト政権の様相を知るには、オリジナル舞台版の歌詞にあたる必要がある。
それにしても、彼ら閣僚、とくにハル国務長官とモーゲンソウ財務長官に大統領が「政策を進めろ」と言う先には、日本にとって「いいことがある」などとは楽観していられない未来が待っていた。当時、ABCD包囲網と呼ばれる米英中蘭の対日貿易制限により経済的苦境に立たされていた日本は、対米交渉において「ハル・ノート」と称される強硬な最終通告書を突きつけられ、それを拒否。これがきっかけで1941年12月の真珠湾攻撃(日米開戦)へと至ったのである。その「ハル・ノート」こそ、ハル国務長官によってまとめられた文書であり、その一部はモーゲンソウ財務長官の私案を叩き台にしたものだった。
さらに、である。ナチスによる核兵器製造を危惧したローズベルトは1942年、アメリカの原爆開発プロジェクト=マンハッタン計画を承認した。その結果、3年後には広島・長崎の悲劇を日本は経験することとなる。これは言わば「暗黒のTomorrow」であった。そこで思い出されるのが、長崎原爆投下の前日を描いた黒木和雄監督の映画(1988年)である。折しも、そのタイトルは『TOMORROW 明日』だった。現代の日本人は、そういう歴史の展開も知りながら、『アニー』を深部まで味わい尽くすことができる。それもまた意義深いことと思える。
話が暗くなってきたので、少し気分をかえたい。今いちど女性閣僚フランシス・パーキンズ労働長官に目を向けよう。『アニー』上演において、日本ではウォーバックス邸の食事係のミセス・ピューが兼任してきた。また、筆者がニューヨークで観劇した際にはお風呂係のミセス・グリアが兼任していた。しかし筆者には、この役を特に専任で演じてほしい人がいる。それは、「日本テレビ版」の初代アニーであり、その後東京大学に進学し、法曹界を経て、いまは政治の世界に転じた菅野志桜里だ。現在の名は山尾志桜里、民進党の衆議院議員である。
彼女は1987年にマイケル・ジャクソンが来日した際にも、アニーの扮装で、『アニー』の名曲「Maybe」を英語原詞で披露、13歳にして国際交流に貢献した。もっともそれは、彼女が、というより、日本テレビ主催の『マイケル歓迎パーティー』がキャピトル東急ホテルで行なわれた際に、『アニー』の出演者としてパフォーマンスをしたということなのだが……。
ともあれ、今回見てきたように、アニーは国の政治を大きく動かすほどの少女だ。そんなアニーを演じ、ホワイトハウスのテーブルの上で「Tomorrow」を歌っていた菅野が、将来、本当に国家の政治に関わる道を歩むことになろうとは、誠に感慨深いかぎりだ。あの頃の彼女に、この「Tomorrow」は見えていたのだろうか。そんなところにも、歴史の成り行きを知りつつ『アニー』を考えることの愉しみがある。
『マイケル歓迎パーティー』之図
次回につづく
参考文献:
・トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
・オリバー・ストーン&ピーター・カズニック 夏目大訳『【ダイジェスト版】オリバー・ストーンの「アメリカ史」講義』(2016年、早川書房)
・Thomas Fleming『The New Dealers' War: FDR and the War Within World War II』(2001年、Basic Books)
アニーになりたい筆者よりお知らせ
☆アニーのオーディションの様子などが見られる、2017「アニー」メイキング特番 4月8日(土)放送!
4月8日(土)10:30~ 日本テレビ(関東ローカル)
(※大阪・仙台・名古屋・上田の放送日は未定)
http://www.ntv.co.jp/annie/news/
■日程:2017年4月22日(土)~5月8日(月)
■会場:新国立劇場 中劇場
■日程:2017年8月10日(木)~15日(火)
■会場:シアター・ドラマシティ
■日程:2017年8月19日(土)~20日(日)
■会場:東京エレクトロンホール宮城
■日程:2017年8月25日(金)~27日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール
■日程:2017年9月3日(日)
■会場:サントミューゼ大ホール
[スマイルDAY]
4月24日(月)17:00公演
4月25日(火)17:00公演
全席指定:特別料金6,500円(税込)
[わくわくDAY]
4月26日(水)13:00公演 / 17:00公演
来場者全員にオリジナルグッズプレゼント
(「犬ぬいぐるみ」「ハート型ロケットペンダント」「アニーのくるくるウィッグ」「非売品Tシャツ(Sサイズ)」4点のうちいずれか1点をもれなくプレゼント)
(入場持参で当日のみ引き換え。グッズによっては数に限りがあり、先着順となります。)
※ 4歳未満のお子様のご入場はできません。
※ はお一人様1枚必要です。
■一般発売開始:2017年1月14日(土)10:00~
■作曲:チャールズ・ストラウス
■作詞:マーティン・チャーニン
■翻訳:平田綾子
■演出:山田和也
■音楽監督:佐橋俊彦
■振付・ステージング:広崎うらん
■美術:二村周作
■照明:高見和義
■音響:山本浩一
■衣裳:朝月真次郎
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:小林清隆・やまだてるお
野村 里桜、会 百花(アニー役2名)
藤本 隆宏(ウォーバックス役)
マルシア(ハニガン役)
彩乃 かなみ(グレース役)
青柳 塁斗(ルースター役)
山本 紗也加(リリー役)
ほか
■協賛:丸美屋食品工業株式会社
2017「アニー」メイキング特番 オンエア日決定!
4月8日(土)10:30~ 日本テレビ(関東ローカル)
(※大阪・仙台・名古屋・上田の放送日は未定→決定次第お知らせ)
http://www.ntv.co.jp/annie/news/
<チーム・バケツ>
アニー役:野村 里桜(ノムラ リオ)
モリー役:小金 花奈(コガネ ハナ)
ケイト役:林 咲樂(ハヤシ サクラ)
テシー役:井上 碧(イノウエ アオイ)
ペパー役:小池 佑奈(コイケ ユウナ)
ジュライ役:笠井 日向(カサイ ヒナタ)
ダフィ役:宍野 凜々子(シシノ リリコ)
アニー役:会 百花(カイ モモカ)
モリー役:今村 貴空(イマムラ キア)
ケイト役:年友 紗良(トシトモ サラ)
テシー役:久慈 愛(クジ アイ)
ペパー役:吉田 天音(ヨシダ アマネ)
ジュライ役:相澤 絵里菜(アイザワ エリナ)
ダフィ役:野村 愛梨(ノムラ アイリ)
ダンスキッズ
<男性6名>
大川 正翔(オオカワ マサト)
大場 啓博(オオバ タカヒロ)
木下 湧仁(キノシタ ユウジン)
庄野 顕央(ショウノ アキヒサ)
菅井 理久(スガイ リク)
吉田 陽紀(ヨシダ ハルキ)
<女性10名>
今枝 桜(イマエダ サクラ)
笠原 希々花(カサハラ ノノカ)
加藤 希果(カトウ ノノカ)
久保田 遥(クボタ ハルカ)
永利 優妃(ナガトシ ユメ)
筒井 ちひろ(ツツイ チヒロ)
生田目 麗(ナマタメ レイ)
古井 彩楽(フルイ サラ)
宮﨑 友海(ミヤザキ ユミ)
涌井 伶(ワクイ レイ)