【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』[連載第10回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間

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【THE MUSICAL LOVERS】
 Season 2 ミュージカル『アニー』
 【第10回】『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間

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ミュージカル『アニー』の新演出版が遂に始動!(そして早くも5月8日に東京公演は千穐楽を迎える)……というわけで、前回はゲネプロ(総通し稽古)の第一幕についてレポートを書いた。なぜ第一幕だけだったかといえば、メディア向けに公開されたのが、会 百花アニーのチーム・モップによる第一幕に限定されていたからだ。

筆者は後日、野村里桜アニーのチーム・バケツ本公演を観劇し、さらに会 百花アニーのチーム・モップ本公演も改めて観たことで、新たに色んな思いが頭に浮かんだ。そこで今回より、前回触れられなかった第二幕を振り返りながら、『アニー』を通して見えてくる1933年という時代について、さらなる考察を重ねてゆこうと思う。

劇場ロビーのキャスト表

劇場ロビーのキャスト表

■新演出になっても、バート・ヒーリーは矢部貴将!

新演出版では多くの配役が変更された。しかし 【第9回】 でも触れたように、2016年(ジョエル・ビショッフ演出)においてローズベルトを演じた俳優・園岡新太郎は、今年も同じ大統領役を演じている。だが、それ以上に着目したいことが、第二幕の冒頭にあった。ラジオ番組の司会者バート・ヒーリーの役を、俳優・矢部貴将が今年も続投していたのだ。これがなぜ特筆ものなのかというと、実は彼、同役をかれこれ17年も演じ続けて来ているからである。これほどのヒーリー役者は世界的に珍しいのではないか。どうやら新演出になっても、彼を替える理由は見あたらなかったのだろう。

そんな矢部の演じるバート・ヒーリーのラジオ番組に、アニーと共に出演するのが大富豪ウォーバックス(藤本隆宏)なのである。彼はアニーの両親探しのために多額の懸賞金をつけて、リスナーたちに呼びかける。だが、緊張のあまり用意した原稿を棒読みしてしまうなど、滑稽なふるまいをする。これが第二幕の第一場だ。このシーンは、注意深く鑑賞するとナンセンスな要素がたっぷり詰め込まれていることに気付かされる。

まず、第二幕が始まる直前、効果音係(谷本充弘)が幕前に登場するところからして可笑しい。劇場の観客をラジオ番組の見学客に見立て、あるアプローチを無言でおこなう。番組を盛り上げるために、彼が「APPLAUSE」というボードを掲げたら、観客は拍手をしなければならない。拍手を意味する「APPLAUSE」という英語が難しいのではないかと、(旧演出の時代から)ちょっと心配していたのだが、子どもたちはそんなことどこ吹く風、大喜びで拍手をおくる。しかし、効果音係は、またもやボードを掲げる。そしてそれが、延々と何度も繰り返される。本当に、しつこすぎるほどにしつこかった。効果音係が完全に退場したときには、筆者の後ろに座っていた子どもが「やっとかよ……」とため息まじりに呟いていたほどだ(笑)。

やがて幕が開き、ラジオの生放送が始まる。バート・ヒーリーと共に番組テーマ曲を歌うのが、ボイラン・シスターズというガール・グループだ。おや? その中に第一幕の「N.Y.C」における未来のスター=坂口杏奈( 【第9回】 参照)が、さっそく紛れている。ということはボイラン・シスターズは本当の姉妹ではなく、「姉妹という設定」の3人組、なのだろうか?(叶姉妹的な……)

そのボイラン・シスターズの歌の最中にバート・ヒーリーが自分の歌のきっかけを忘れそうになると、効果音係がタップ用の靴でバートの頭をゴツンと叩く! しかし毎年思うのだが、このラジオはリアルな客に拍手をさせる公開録音のわりに、「バートがおくる奇跡のタップ」が、効果音係の手操作で鳴らすタップでいいのか? 逆に「ラジオだからほとんどのお客さんに見えない」という前提なのであれば、人形術師フレッド・マクラケン(白石拓也)は人形ワッキーと本格的な腹話術をやる必要があるのか?(しかもお揃いの服で!)

その流れで、さらに変なのは「ラジオ界唯一の覆面アナウンサー、ジミー・ジョンソン」だ。ラジオだったら覆面である必要はないではないか!? しかも新演出では、このジミー・ジョンソン(森 雄基)が大変なことになっている。頭にすっぽりと紙袋をかぶっているのだ。もとのセリフは「masked(仮面の)」で、いままでは少々ミステリアスな仮面をつけていたと記憶するが、なぜ今回は紙袋を雑にかぶっているのか? いや、それより気になるのは、ボイラン・シスターズが歌っているとき、彼は紙袋をはずしてくつろいでいるけど、それでいいのか? 何のための覆面なのか?

そんな面々の後ろで胡散臭くふるまっているプロデューサーが、ごぞんじ鹿志村篤臣だ。 2階席から眺めると、彼がラジオの台本を指で舌を舐めながらめくっていたり、ボイラン・シスターズにお触りしてちょっかいを出したり、ウォーバックスの後ろでニヤニヤしていたり等々、絶えずちょろちょろと動き回っていることがわかり、実に楽しい。

■「可愛いお嬢さん」……実は男性向けだった

バート・ヒーリーが歌う「You're Never Fully Dressed Without a Smile」は、スウイング感あふれる親しみやすいナンバーだ。日本語での歌い出しは「可愛いお嬢さん」。つまり、女子に呼びかける歌だが、実はこれ、英語原詞だと「Hey Hobo man , hey Dapper dan」となっている。後者の「Dapper dan」(ダッパーダン)は、おめかしした伊達男という意味だ(現在でも販売されているポマードのブランド名にもなっている)。では、最初にでてくる「Hobo」(ホーボー)とは何か。

それは、1933年当時、仕事を探して各地を点々としていた渡り鳥のような労働者たちのことである。もともとは19世紀後半に現れたそうだが、その数が最も増えたのがちょうど1930年代の大恐慌時代だった。

当連載 【第4回】 でとりあげたフーバービルを思い出して欲しい。フーバービルとは、家も仕事もない人たちが作った掘っ立て小屋街だった。しかし、そこにいたからといって仕事がもらえるわけではない。それならば、と、行くあてもなく貨物列車に無賃乗車し、着いた先で働く道を選ぶ放浪の人々もいた。そんな流れ者が世間では「Hobo」と呼ばれたのだ。当時の「Hobo」は、ジョン・スタインベックの小説『二十日鼠と人間』にも登場する。

……普通ならば「Hobo」の解説はここまでである。しかし筆者は考えた。脚本のトーマス・ミーハンや作詞のマーティン・チャーニンは、おそらくもうひとつ意味をこめているのではないか、と。

ミーハンがミュージカル『アニー』の脚本を書き始めたのは1972年だった。その前年8月に、ニクソン大統領が金とドルの交換を停止する措置=ドル・ショックを宣言するまでは、スタグフレーション(不況+インフレ)が深刻化し、失業率も高かった。また、何よりも1960年代から続くベトナム戦争がひどく泥沼化していた(アメリカがベトナムから全軍撤退するのは1973年3月)。そんな当時の空気を、大恐慌時代の「1933年のアメリカ合衆国」に重ね合わせながら、ミーハンが『アニー』の物語を紡いでいたことは 【第4回】  でも既に述べたとおりだ。

その頃、ベトナム戦争に対する反戦ムーブメントを主導していたのはヒッピーだった。そして、そのヒッピーが大きな影響を受けたもののひとつに、1957年に出版されたジャック・ケルアックの小説『路上(オン・ザ・ロード)』が挙げられる。この中にはまさに、1940~50年代のアメリカ大陸を放浪する「Hobo」が描かれていた。

「失業したやつや移動中のやつ、ただ放浪しているだけのとか」(青山 南訳)が貨物列車に乗り込む。どこに着くかわからない、その列車自体も冷凍車かもしれない。着く前に死ぬかもしれない。けれども、行った先々の州で稼ぐ放浪の「Hobo」の姿が、カルチャーとしての放浪や自由な生き方「ビート・ジェネレーション(ビートニク)」を誕生させた。特にボブ・ディランが「この本は僕の人生をかえてしまった」(『路上』の帯より)と述べているように、この本から刺激を受けたアーティストたちによる波及効果が大きかった。こうして『路上』は、若者、とくにヒッピーたちから絶大な支持を得たのだ。 

ジャック・ケルアック「路上」「オン・ザ・ロード」

ジャック・ケルアック「路上」「オン・ザ・ロード」

アメリカ西海岸で「サマー・オブ・ラブ」という大規模なヒッピー・ムーブメントが起こったのが1967年である(今年マイケル・メイヤーが東京で演出した『お気に召すまま』にも描かれていた)。そして、その翌年(1968年)には、ベトナム戦争に召集されるヒッピー青年を描いた反戦ロック・ミュージカルがブロードウェイで開幕した。『ヘアー』と題されたその舞台は、一大センセーションを巻き起こす。ニューヨークにいたミーハンやチャーニンらが、それら一連のカウンター・カルチャーから大なり小なり影響を受けていたとしても、なんら不自然ではない。

だから「Hey Hobo man」という歌詞には、大恐慌時代の「Hobo」の裏側に、ヒッピー的な「Hobo」への思いが込められていたのではないか、と筆者は深読みするのである。そして『アニー』がブロードウェイで初演された1977年頃になってもなお、そのもくろみは60年代以来のカウンター・カルチャーに触れてきた大人、とくに進歩的なブロードウェイの観客たちに対して有効に機能しえたのではないかと推測できるのだ。

(※2010年に、むっちりみえっぱりという劇団が『ムートンにのって』という作品を上演した。前田司郎演じるボブ・ディランが、山本由佳演ずるバスキアに対し、「お前って、不潔を売りにしてるところあるよな」というセリフがあったのだが、そう言ってるディランだって、2011年に上演されたアトリエ・ダンカン・プロデュース『ア・ソング・フォー・ユー』という劇の中では「風呂に入ってなさそう」と言われていたのだ。「Hobo」にあこがれていたディランならば、さもありなんと言えそうだ。)


さて、この「You're Never Fully Dressed Without a Smile」という曲は、「フリードレス」という日本語タイトルがつけられているため、「Free Dress」だと思われがちだ。しかし、それは間違いである。本当は「Fully Dressed(しっかりした正装/完全に着飾った)」なのだ。「Fully Dressed Without a Smile」とは、どんなにブランドものや何かで着飾っても、笑顔を身に着けていなかったら完全な(fullの状態の)オシャレにはならないよ、という意味なのである(洋服も帽子もジュエリーも、笑顔も、英語ではすべて「wear(身に着ける)」という言い方ができる)。

オシャレの例として出てくるのが「Beau Brummelly」と「Saville Row」だ。「Beau Brummelly」は、イギリスのダンディ・ファッションの祖である「ジョージ・ブライアン・ブランメル(George Bryan Brummell/俗称Beau Brummell・洒落者ブランメル)」にyをつけて形容詞化(ly)し、「洒落者ブランメルっぽい」という意味。もう一方の「Saville Row」(サビル・ロウ)はオーダーメイドの名門紳士服店が集中するロンドン中心部のショッピング・ストリートの名前である。さらに、バート・ヒーリーが呼びかける相手も「お嬢さん」ではなく、「Brother」である。

そう、もともとは男性に向けて歌われる歌詞なのだ。それを日本版では女性向けに変えたのはなぜなのだろう。そうしたほうが、ラジオを聴いた孤児たちが、自分たちもマネして歌ってみたくなるような、可愛い雰囲気があるからなのかもしれない。また、バート・ヒーリーが歌いながらボイラン・シスターズにちょっかいをかけているような雰囲気も、「お嬢さん」という訳であることによってイメージが伝わりやすいのかもしれない。

ちなみに「現代の子にもわかりやすく製作した」とウィル・グラック監督が語るソニーピクチャーズ版映画『ANNIE(2015年日本公開)』において、Siaが大胆なアレンジで歌うこの曲のオシャレアイコンは「Chanel(シャネル)」「Gucci(グッチ)」と変えられている。


そうした意味では「可愛いお嬢さん」という呼びかけも、日本で上演するうえでは良訳といっていいだろう。この曲を歌い踊りたくて、孤児役を目指す子がいるほどなのだ(アニー役では歌うことができない!)。

ところで今回の日本版新演出、孤児たちがこの曲をマネする場面では、ダフィが歌い出しを担当している。日本上演では長らくテシーがソロをとってきた部分だ。1977年のブロードウェイ初演時にもテシー役のダイアナ・バロウズがソロをとったことが、同年のトニー賞パフォーマンス映像によってわかる。さらに調べてみると、過去上演において、ダフィが歌い出すバージョンも存在していた。

今回の新演出においては、ダフィのセリフの比重がこれまでの日本上演よりも多くなっていた。その流れで新演出は、ダフィが歌い出すバージョンを採用したのかもしれない。

……さて、次回は改めてホワイトハウスの閣僚たちに迫る。

次回につづく

参考文献:
・ジャック・ケルアック 福田 実訳『路上』(1983年、河出文庫)
・ジャック・ケルアック 青山 南訳『オン・ザ・ロード』(2010年、河出文庫)
・映画『ANNIE』パンフレット(2015年)

 
<THE MUSICAL LOVERS ミュージカル『アニー』>
[第1回] あすは、アニーになろう 
[第2回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(前編) 
[第3回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(後編)
[第4回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その1>フーバービル~
[第5回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず! 
[第6回] アニーの情報戦略
[第7回] 『アニー』に「Tomorrow」はなかった?
[第8回] オープニングナンバーは●●●だった!
[第9回] 祝・復活 フーバービル! 新演出になったミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第10回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間

※上記のうち2017年4月21日以前の掲載内容は新演出版と異なる部分があります。
 
公演情報
丸美屋食品ミュージカル『アニー』
<東京公演>
■日程:2017年4月22日(土)~5月8日(月)
■会場:新国立劇場 中劇場

 
<大阪公演>
■日程:2017年8月10日(木)~15日(火)
■会場:シアター・ドラマシティ

 
<仙台公演>
■日程:2017年8月19日(土)~20日(日)
■会場:東京エレクトロンホール宮城

 
<名古屋公演>
■日程:2017年8月25日(金)~27日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール

 
<上田公演>
■日程:2017年9月3日(日)
■会場:サントミューゼ大ホール

 
■脚本:トーマス・ミーハン
■作曲:チャールズ・ストラウス
■作詞:マーティン・チャーニン
■翻訳:平田綾子
■演出:山田和也
■音楽監督:佐橋俊彦
■振付・ステージング:広崎うらん
■美術:二村周作
■照明:高見和義
■音響:山本浩一
■衣裳:朝月真次郎
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:小林清隆・やまだてるお

 
■出演:
野村 里桜、会 百花(アニー役2名)
藤本 隆宏(ウォーバックス役)
マルシア(ハニガン役)
彩乃 かなみ(グレース役)
青柳 塁斗(ルースター役)
山本 紗也加(リリー役)
ほか

 
■主催・製作:日本テレビ放送網株式会社
■協賛:丸美屋食品工業株式会社
■公式サイト:http://www.ntv.co.jp/annie/​


 
■子供キャスト

<チーム・バケツ>
アニー役:野村 里桜(ノムラ リオ)
モリー役:小金 花奈(コガネ ハナ)
ケイト役:林 咲樂(ハヤシ サクラ)
テシー役:井上 碧(イノウエ アオイ)
ペパー役:小池 佑奈(コイケ ユウナ)
ジュライ役:笠井 日向(カサイ ヒナタ)
ダフィ役:宍野 凜々子(シシノ リリコ)
<チーム・モップ>
アニー役:会 百花(カイ モモカ)
モリー役:今村 貴空(イマムラ キア)
ケイト役:年友 紗良(トシトモ サラ)
テシー役:久慈 愛(クジ アイ)
ペパー役:吉田 天音(ヨシダ アマネ)
ジュライ役:相澤 絵里菜(アイザワ エリナ)
ダフィ役:野村 愛梨(ノムラ アイリ)

ダンスキッズ

<男性6名>

大川 正翔(オオカワ マサト)
大場 啓博(オオバ タカヒロ)
木下 湧仁(キノシタ ユウジン)
庄野 顕央(ショウノ アキヒサ)
菅井 理久(スガイ リク)
吉田 陽紀(ヨシダ ハルキ)

<女性10名>
今枝 桜(イマエダ サクラ)
笠原 希々花(カサハラ ノノカ)
加藤 希果(カトウ ノノカ)
久保田 遥(クボタ ハルカ)
永利優妃(ナガトシ ユメ)
筒井 ちひろ(ツツイ チヒロ)
生田目 麗(ナマタメ レイ)
古井 彩楽(フルイ サラ)
宮﨑 友海(ミヤザキ ユミ)
涌井 伶(ワクイ レイ)
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