【THE MUSICAL LOVERS】 ミュージカル『アニー』[連載第8回] オープニングナンバーは●●●だった!
1977年4月21日、ニューヨークはブロードウェイのアルヴィン・シアター(現在のニール・サイモン・シアター)において『アニー』が開幕した。つまり本稿公開の2017年4月21日は、ちょうど『アニー』初演40周年記念日にあたる。そして翌4月22日からは、いよいよ新演出版『アニー』が新国立劇場で開幕する。まことにめでたい、めでたい!
そんな中、【前回】は、ただただ「Tomorrow」について考えた。英語でいうところの “Just thinkin' about Tomorrow” だ。「Tomorrow」が最初は別のミュージカルのために作られた、とする作家ダニエル・キイスの主張に疑義を呈してみたのだった。で、今回は『アニー』全体の楽曲構成についての話である。『アニー』の製作当初は、曲順や使用曲が現在のそれとはいろいろと異なっていた。それらについて『アニー』のクリエイターたちの声を中心に見てゆきたい。
■オープニングナンバーは●●●だった!
『アニー』バッカーズ・オーディション(【第7回】参照)から40年後の2012年、ミュージカル『アニー』のブロードウェイ・リバイバル上演にあたり、作曲のストラウスと作詞・演出のチャーニンがインタビューに答えたBroadway.comの動画がある。イマドキ風にいえば、元祖「2.5次元ミュージカル」の発生にまつわる、面白い話が聴ける。そういえば、1978年に東宝製作で日本初演された『アニー』チラシには、「海の向こうのアメリカでも劇画ブーム」と書かれていたのだった(【第4回】参照)。
この動画の内容を、筆者の補足を交えながら紹介しよう。
1972年、自分たちが『アニー』をミュージカルにする前に、カートゥーン(マンガ、アニメーション)をミュージカルにする、という例は、『スーパーマン』くらいしかなかった。だが『スーパーマン』は、『アニー』と同じアルヴィン・シアターで1966年3月から7月まで上演されたが、ストラウスとチャーニンによれば「それは成功とは言い難かった」。
こう書くと「1971年にブロードウェイで上演された『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』をストラウスとチャーニンは知らないのか?」と思う人もいるだろう。だが、筆者はこの場合、初めからブロードウェイを想定して製作された作品で、という意味だととらえる。そのため、『きみはいい人……』のようなオフ・ブロードウェイから上がった作品は含まないのだろう。
同インタビューの中でストラウスとチャーニンは、「『小さな孤児アニー』のストーリーをニューヨークの中でやりたかった」という希望ゆえに「N.Y.C.」の楽曲を作っていったことも、改めて述べている。(詳しくは【第4回】 参照)
そして、1976年にコネティカット州グッドスピード・オペラ・ハウスでおこなわれたトライアウト公演は、現在のミュージカル『アニー』とは曲順が異なっていたという。なんとオープニングナンバーが「It's The Hard-Knock Life」、「Maybe」はセカンドソングだったという。
しかしその後、曲順を逆にし、「Maybe」をオープニングナンバーに変更した。最大の理由は、主人公アニーがどんな問題を抱えているか、真正面から観客に共有してもらいたかったから。孤児院という「大勢の中」での「状況」ではなく、アニーの「独白」による「心情」を聴かせたかったのだ。10ページの対話でも表現できないものを、「Maybe」たった1曲で表現しているのだという。
オープニングナンバー「Maybe」、筆者はこの時点で感極まってしまう。
ダンスなどの派手な演出はない。しんとした夜中にアニーの歌声が響く。さっきまでケンカをしていた相手の子にさえも、優しく布団をかけ直すアニー。そして、それぞれの名前を呼びながら、ひとりひとりに「おやすみ」を言うのだ。それはアニーが願っている家庭の形で、自分に「ベイビー」と呼びかけてくれる両親を待っている「Maybe」の歌詞と重なる美しいシーンだ。
みんな布団の中で自分の家庭をこっそり夢見ている。最後に孤児たちみんなが寝床の中から「Maybe」と一緒に歌うのは、「そんなあたたかい両親だったらいいね」と、アニーの願いを応援しているからなのだ。
「Maybe」を聴き終わる頃には、この孤児院に生きるみんなの心情や人間関係さえも、観客は把握している。そして2曲目の「It's The Hard-Knock Life」は、この「Maybe」を経ての孤児たちの境遇と団結を描く、躍動感あるダンスナンバーだ。私たちは、雑巾とともに叩きつけられる彼女たちのフラストレーションに釘付けになってゆく。やっぱり曲順は、こうでなくっちゃ!
現在の、あの素晴らしいミュージカル『アニー』の形になるまでは、そんな紆余曲折があったのだ。
■没曲も味わい深い
キライな曲が全くない、名曲揃いのミュージカル『アニー』だが、【第7回】で紹介したCD『アニー オリジナル・ブロードウェイ・キャスト』のボーナストラック内「バッカーズ・オーディション」音源には、現在は削除された楽曲、歌詞だけが没になった楽曲等が入っている。コネチカット州でトライアウトを重ねるうちに、この曲は不要、または歌詞を変更すべき等の問題点がわかっていったそうだ。
没曲については、作詞・演出のチャーニンがライナーノーツにひとつひとつ解説を記している。黒歴史を見られた中学生のような口調で「没!」「これも没!」と言い放つ名文は必読だ。
ただ、没曲とはいえ、歌詞はとても興味深い。例えばリンゴ売りによって歌われる「Apples」。1972年のバッカーズ・オーディションの時点では、この曲がオープニングナンバーだったのである。作詞・演出のチャーニンは、「1930年代と大恐慌当時の社会風潮をあらわすために書かれた曲だった。けれども、こんな曲を使ったら劇が始まる前に終わってしまう」と述べている。
歌詞の中には「We had three chickens in every pot」という部分がある。そう、【第4回】で紹介した、ハーバート・フーバーが打ち出した有名な公約「あらゆる鍋に1羽のチキン(A chicken in every pot)」をもじったものだ。フーバーが国政を担う以前の暮らしの方がよっぽど良かったと嘆く、フーバーへの痛烈な皮肉曲である。リンゴ売りは、自分がベンジャミン・カードーゾとも知り合いで、大恐慌前は巨大投資銀行メリル・リンチ一番のブローカーだったと歌う。ちなみにカードーゾとは実在した民主党系の裁判官である。1932年、共和党のフーバー大統領でさえもカードーゾの優秀さを認め、彼を最高裁判所判事に指名したそうだ。
2017年の新演出でカットになっていなければ、現在の舞台にもリンゴ売りは出てくる。「ねえ、おじさん。みなしごのピクニックのために、リンゴを1つ、寄付してくれない?」「……いいよ、どうせ1つも売れないんだ。ところでお嬢ちゃん、その、みなしごのピクニックとやらは、いつ始まるんだい?」「あたしが、ひと口かじった時からだよ!」でおなじみ、「みなしごのピクニック」 の場面だ。ここは『アニー』の名シーンのひとつ。筆者は毎年毎年、ここであふれる涙をぬぐいながら、みなしごのピクニックを応援してしまうのだ。
続く「We Got Annie」、現在はウォーバックス邸で歌われる曲だが、もともとは大衆食堂でのナンバーだったことがわかる。また、孤児院のミス・アズマが歌う「Little Girls」は「Just Wait」というタイトルだった。ミス・アズマとは【第7回】でも述べたように、ミス・ハニガンのこと。CD内ライナーノーツに書かれたチャーニンの解説によれば、アズマ(Asthma=ぜんそく)を患っているように思えたからだという。「Just Wait」では主にアニーへのいらだちが描かれるが、ミス・アズマをイラつかせるのは孤児院の子どもたち全員だ、ということで、現在の歌詞に変わっていった。
そして、現在「Maybe」のリプライズが歌われている第二幕後半のアニーのソロは、「I've Never Been So Happy」という浮かれた曲だった。ライナーノーツに書かれたチャーニンによる没の理由が笑える。「アニーはニュージャージーの養豚場での生活を覚悟しなくてはならないのだ。NG!パーティーじゃないんだぞ」。アニーは夢にまで見た両親が見つかり、彼らと暮らせるようになった(後に彼らはニセ者であることが判明するのだが)。けれどもそれは田舎の養豚場で、厳しい生活が待っていることは明らかだ。アニーだって、せっかく心を通わせた富豪のウォーバックスさんたちと離れたくない、と葛藤しているわけだ。浮かれてなどいられまい。
その他の没曲も、チャーニンのNG節が趣き深い。「Easy Street」に差し変わってしまって影も形もない「That's the Way It Goes」には、「チャールズ(・ストラウス)、そいつをトランクに押し込め!」と叱りつける。ダメ出しが最も厳しいのは、アニーの両親と名乗る男女が歌う「Parents」である。チャーニンは反省する。「この曲に関しては、幾重にも謝罪する」。たしかに「今、これが歌われていなくて良かったな」と思える、やかましめの曲であった。
さて、前述の「We Got Annie」が歌われるはずだった大衆食堂の場面ってどこ? と思った方もいるだろう。その大衆食堂の人々も、また「Apples」を歌うリンゴ売りも、実はミーハンによる最初の脚本では、アニーの運命や行動に大きくかかわった人物たちなのである。彼らがいかに重要な登場人物だったかは、後日この連載で孤児院を取り上げる際に、解説する。
次回につづく
■日程:2017年4月22日(土)~5月8日(月)
■会場:新国立劇場 中劇場
■日程:2017年8月10日(木)~15日(火)
■会場:シアター・ドラマシティ
■日程:2017年8月19日(土)~20日(日)
■会場:東京エレクトロンホール宮城
■日程:2017年8月25日(金)~27日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール
■日程:2017年9月3日(日)
■会場:サントミューゼ大ホール
[スマイルDAY]
4月24日(月)17:00公演
4月25日(火)17:00公演
全席指定:特別料金6,500円(税込)
[わくわくDAY]
4月26日(水)13:00公演 / 17:00公演
来場者全員にオリジナルグッズプレゼント
(「犬ぬいぐるみ」「ハート型ロケットペンダント」「アニーのくるくるウィッグ」「非売品Tシャツ(Sサイズ)」4点のうちいずれか1点をもれなくプレゼント)
(入場持参で当日のみ引き換え。グッズによっては数に限りがあり、先着順となります。)
※ 4歳未満のお子様のご入場はできません。
※ はお一人様1枚必要です。
■一般発売開始:2017年1月14日(土)10:00~
■作曲:チャールズ・ストラウス
■作詞:マーティン・チャーニン
■翻訳:平田綾子
■演出:山田和也
■音楽監督:佐橋俊彦
■振付・ステージング:広崎うらん
■美術:二村周作
■照明:高見和義
■音響:山本浩一
■衣裳:朝月真次郎
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:小林清隆・やまだてるお
野村 里桜、会 百花(アニー役2名)
藤本 隆宏(ウォーバックス役)
マルシア(ハニガン役)
彩乃 かなみ(グレース役)
青柳 塁斗(ルースター役)
山本 紗也加(リリー役)
ほか
■協賛:丸美屋食品工業株式会社
<チーム・バケツ>
アニー役:野村 里桜(ノムラ リオ)
モリー役:小金 花奈(コガネ ハナ)
ケイト役:林 咲樂(ハヤシ サクラ)
テシー役:井上 碧(イノウエ アオイ)
ペパー役:小池 佑奈(コイケ ユウナ)
ジュライ役:笠井 日向(カサイ ヒナタ)
ダフィ役:宍野 凜々子(シシノ リリコ)
アニー役:会 百花(カイ モモカ)
モリー役:今村 貴空(イマムラ キア)
ケイト役:年友 紗良(トシトモ サラ)
テシー役:久慈 愛(クジ アイ)
ペパー役:吉田 天音(ヨシダ アマネ)
ジュライ役:相澤 絵里菜(アイザワ エリナ)
ダフィ役:野村 愛梨(ノムラ アイリ)
ダンスキッズ
<男性6名>
大川 正翔(オオカワ マサト)
大場 啓博(オオバ タカヒロ)
木下 湧仁(キノシタ ユウジン)
庄野 顕央(ショウノ アキヒサ)
菅井 理久(スガイ リク)
吉田 陽紀(ヨシダ ハルキ)
<女性10名>
今枝 桜(イマエダ サクラ)
笠原 希々花(カサハラ ノノカ)
加藤 希果(カトウ ノノカ)
久保田 遥(クボタ ハルカ)
永利優妃(ナガトシ ユメ)
筒井 ちひろ(ツツイ チヒロ)
生田目 麗(ナマタメ レイ)
古井 彩楽(フルイ サラ)
宮﨑 友海(ミヤザキ ユミ)
涌井 伶(ワクイ レイ)