【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』[連載第11回] アニーがいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その4>飢えた人々を救え!

2017.5.23
コラム
舞台

 
【THE MUSICAL LOVERS】
 Season 2 ミュージカル『アニー』
 【第11回】アニーがいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その4>飢えた人々を救え!

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ミュージカル『アニー』の新演出版の東京公演は5月8日に閉幕した。だが、この後、8月から9月にかけて大阪・仙台・名古屋・上田での公演が控えている。そして、この連載では新演出版『アニー』のレポートが、まだ続行中である。

ここで、ちょっと振り返ると、【第9回】において、新演出版による第一幕を紹介した。時は1933年12月。舞台は1929年からの世界的大恐慌が色濃く残り、家や職を失う人々にあふれていたアメリカ合衆国のニューヨーク。主人公は、孤児院に住む前向きな女の子アニー(チーム・バケツ/野村里桜、チーム・モップ/会 百花)。いつか両親が迎えに来てくれることを夢見る11歳の赤毛の少女。そんなアニーが、とある成り行きにより大富豪オリバー・ウォーバックス(藤本隆宏)の家でクリスマス休暇を過ごすことになる。やがてアニーと意気投合したウォーバックスは彼女を養子にしたいと思う。しかしアニーの望みは、普通の子と同じように両親と暮らすことだった。それを知ったウォーバックスは5万ドルの賞金を用意し、アニーの両親探しに協力する。

そして第二幕は、アニーとウォーバックスが人気司会者バート・ヒーリー(矢部貴将)のラジオ番組に出演し、両親の公開捜索を告知するところから始まる。バート・ヒーリーと、放送を聴く孤児たちが歌う「Fully Dressed」について説明を加えたのが前回すなわち【第10回】 だった。

さて、時の大統領フランクリン・ローズベルト大統領(園岡新太郎)も、そのラジオを聴いていた。そんな折、ウォーバックスは、アニーを連れてワシントンのホワイトハウスを訪れるのだった。今回はその場面を取り上げる。

■ノリノリ・イッキーズ

場面はホワイトハウス。アニーたちはまだ到着してない。そして、ローズベルト大統領が閣僚たちに言っている。「FBIはまだ、アル・カポネに手を焼いているのか!」

この一言のセリフが、史実と照らし合わせた時、混乱をもたらすこととなる。どういうことか。

アメリカでは1920~1933年に禁酒法が施行されていた。その廃止を公約に掲げて第32代の大統領に当選し、就任後すぐに実行に移したのがローズベルトである。ところでアル・カポネは、禁酒法の時代に密造酒の製造・販売、さらに売春や賭博など非合法の犯罪組織を飛躍的に拡大させたギャングのボスだった。よって、彼に手を焼いていたのは禁酒法時代のアメリカ政府なのだ。そんなわけで、1929年に第31代の大統領に就任したハーバート・フーバー(「フーバービル」のフーバー)は、財務長官アンドリュー・メロンに対しカポネを摘発するように厳命したのである。その指示を受けたのが、財務省・酒類取締局の捜査官エリオット・ネスだった(【第6回】参照)。「アンタッチャブル」と称せられる妥協なき捜査をおこなうネスとカポネは熾烈な戦いを繰り広げたが、1931年3月、ついにカポネは起訴され逮捕された。

つまり先のセリフが発せられた1933年12月の時点でカポネは既に刑務所の中だった。しかもカポネを逮捕したのはFBIではなく、ネスの率いる財務省・酒類取締局だった。さらに言えば、FBI(Federal Bureau of Investigation=連邦捜査局)は1935年以降の名称であり、1933年当時は創設以来の名称BoI(Bureau of Investigation=捜査局)と呼ばれていた。ただし、そのトップには1924年から1972年まで有名なジョン・エドガー・フーバーが連続して長期に渡り君臨していた。余談だが、こちらのフーバー(大統領ではないほう)は、カポネを逮捕したネスを妬み、ネスの希望したFBI就職を阻んだとも言われている。

これらの史実を踏まえた時、1933年12月において「FBIはまだアル・カポネに手を焼いている」とは何を意味するのか。まあ、所詮はフィクション、あまり深いツッコミは野暮というものか……。

史実といえば、1933年はナチスのアドルフ・ヒトラーがドイツの首相に就任し、独裁政権を固めた年でもある。アメリカ政府も「いつドイツと戦争になってもおかしくない」という警戒心に満ちていた(【第5回】 参照)。そのように世界情勢の雲行きも怪しくなりつつあった大変な時期に、一人の孤児の両親探しのためにウォーバックスがFBIの優秀な捜査官を私的に50人も雇うことをフーバー長官に依頼する『アニー』の第一幕って一体……。

話をホワイトハウスに戻そう。そこでは、【第5回】 でもとりあげた閣僚たちが、政策に関する激しい議論を戦わせていた。そんなところに、ウォーバックスがアニーを連れてひょっこり現れた。大統領に会いに来たのである。閣僚たちの激論をまのあたりにしたアニーが何ごとか呟いたのを見逃さなかったローズベルト大統領は、アニーを閣議に参加させようとする。しかし、メガネをかけて固い表情のハロルド・イッキーズ内務長官(白石拓也)がつっかかる。アメリカ合衆国の重要会議に子どもを参加させるなんて……と。

しかしアニーが「Tomorrow」を口ずさみはじめると、昨晩もラジオでこの声に何かを感じたローズベルトが、さらに何かひらめいたようだ。ローズベルトはイッキーズにこの歌を「歌え」と命令する。「わたくしがですか?!」「ご存知のとおり、わたくしは歌は……」と難色を示すイッキーズ。だが遂には折れて、真面目な表情で必死に歌い出す、その真っ赤な顔と調子っぱずれな音程が、客席の子どもたちを引き込んだ。最終的にはノリノリで机に乗り、満面の笑みでポーズをとる、ツンデレなイッキーズ! 歌い終わっても誰よりも嬉しそうにしているイッキーズに、場内は爆笑だった!

さらに、ローズベルト大統領はウォーバックスにも「共和党員のオリバーも、歌って!」と促す。【第9回】 でも書いたとおり、この時点では共和党員のウォーバックスと民主党のローズベルトは、まだ「友だち」とは言えない間柄だ。ここから、アニーの両親を探し出すためにローズベルトに協力してもらうことで、党派を超えて距離を近づけてゆくことになるのだろう。

アメリカ合衆国初の女性閣僚フランシス・パーキンズを演じる役者は、従来はウォーバックス邸食事係のピューが兼任してきた。しかし今回は、ウォーバックス邸女中頭でお風呂係のグリアがパーキンズ役も担った(筆者がブロードウェイで観た『アニー』もそうだったが)。演じるのは原 宏美、彼女は慶應義塾大学法学部政治学科を卒業している。なるほど児童労働を規制する連邦法を作成し、児童の福祉の制度を整えた人物を演じるのにピッタリといえる。原が、アニーにあたたかい視線を寄せる瞬間も筆者は見逃さなかった。

かつてのホワイトハウスのシーンでは、アニーがローズベルト大統領にキスしていた。しかし新演出では、それがなくなっていた。子どもにキスはさせないという考え方なのだろう。そもそも最終合格者発表の場でも、アニー役に選ばれた2人と肩を組む際ですら「触るけど……」と声をかけていた演出家・山田和也である。肩を組むことすらレディに断りを入れる山田なら、そういった慎み深さを持ち合わせているのは当然のことと思われる。好感が持てる。

そういえば今回、孤児院の院長ハニガン(マルシア)に対しても、呼称が「ハニガンさん」になっていた。もともとの台本には「Miss」がついており、「I Love you, Miss Hannigan!」はブロードウェイ上演時のグッズにプリントされているほどメジャーなセリフだった。これも、ことさらに独身であることを強調する「ミス」を言わないという言葉のチョイスが、“新演出”の紳士的センスと見た。「ハニガン」の「ガン」の部分にアクセントを置く憎たらしい言い方が排除されていたのも筆者的には歓迎だった。

ブロードウェイ公式グッズのマグネット(筆者所有物)

■公共事業を推進しなければいけない理由

さて、ホワイトハウスにおいて、発言を求められたウォーバックスが、真っ先に「クーリッジ大統領の言葉を借りれば『アメリカ人の本業はビジネスにあり』」と言って、閣僚たちをウンザリさせるシーンがある。クーリッジ大統領とは?

カルビン・クーリッジは、ウォーバックスと同じ共和党であり、1924年から1929年まで合衆国の第30代の大統領をつとめた。この次に大統領に就任するのがやはり共和党のフーバーである(その次が民主党のローズベルト)。

【第4回】で、「1929年の株価暴落に端を発した大恐慌は、共和党フーバー前大統領の失政によるものとされた」と書いた。1929年の世界的な大恐慌は、フーバーが就任した年の10月に始まった。フーバーは第一次世界大戦でヨーロッパ諸国に融資した戦債の返済を1年間猶予する「フーバー・モラトリアム」という政策を実施したが、景気回復の有効な手立てにはなりえなかった。後にローズベルトは政府が公共事業で市場に積極介入するケインズ経済学的な政策で巻き返しを成功させたが、フーバーは市場に対してアダム・スミス的な自由放任主義の姿勢を維持したことで、無策と批判されたのだった。

だが、自由放任主義を徹底したのは前任の大統領クーリッジのほうだった。クーリッジは『アメリカ人の本業はビジネスにあり(The business of America is business)』の言葉のもと、政府が市場に関与しないことを明言した。公共事業を縮小し、企業と高額所得者のみ所得税を減税してビジネスを促進した。それによって経済は活性化し、実際に好景気をもたらした。だが、自立できず淘汰される企業には手を差し伸べなかった(ちなみに1920年代の好景気は、第一次世界大戦に武器を輸出した大戦景気も関係する。これは次回述べることと関係するので、ぜひ憶えておいてほしい)。

第一幕、フーバービルの場面で「(大恐慌は)自分のせいではない」というフーバーの声明を鹿志村篤臣が読み上げたが、フーバーとしては「クーリッジのせいだ」と言いたかったのかもしれない。前任者クーリッジの自由放任主義のつけが、フーバーの代になって暴発してしまったのだと。だが、クーリッジにせよフーバーにせよ、破綻がおきても自己責任という政府では、いま飢えている人たちや、家も仕事もなくした人たちを救えなかった。

だから、ウォーバックスがクーリッジ大統領の名を出した時に閣僚たちはあきれ気味に溜め息を洩らしたのだ。「クーリッジなんかダメだったじゃないか」という意味で。一方、アニーの歌った「Tomorrow」は閣僚たちに感動と希望をもたらし、そこから、いま飢えた人々を救うためのニュー・ディール政策が生まれる流れとなったのである。

しかし、過去の連載でも述べてきたように史実においては、ニュー・ディール政策は大統領選挙時からの公約であり、1933年12月にはとうに実行に移されていた。アニーによってニュー・ディール政策が誕生したわけではないのである(【第5回】 参照)。それどころか原作コミック『小さな孤児アニー』の作者ハロルド・グレイはクーリッジやフーバーの考えに近かったという(【第7回】 参照)。

『アニー』がきっかけで、アメリカ現代史に興味を覚えることは実に素晴らしいことである。しかし史実との齟齬が案外多いため、世界史のテストに臨むときには要注意だと、改めて申し上げておく次第である。

次回につづく

参考文献:
・オリバー・ストーン&ピーター・カズニック 夏目大訳『【ダイジェスト版】オリバー・ストーンの「アメリカ史」講義』(2016年、早川書房)
・Thomas Fleming『The New Dealers' War: FDR and the War Within World War II』(2001年、Basic Books)
・トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
 

Tシャツ各種(筆者所有物)

<THE MUSICAL LOVERS ミュージカル『アニー』>
[第1回] あすは、アニーになろう 
[第2回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(前編) 
[第3回] アニーにとりつかれた者たちの「Tomorrow」(後編)
[第4回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その1>フーバービル~
[第5回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その2>閣僚はモブキャラにあらず! 
[第6回] アニーの情報戦略
[第7回] 『アニー』に「Tomorrow」はなかった?
[第8回] オープニングナンバーは●●●だった!
[第9回] 祝・復活 フーバービル! 新演出になったミュージカル『アニー』ゲネプロレポート
[第10回] 『アニー』がいた世界~1933年のアメリカ合衆国~ <その3>ラヂオの時間
※上記のうち2017年4月21日以前の掲載内容は新演出版と異なる部分があります。

 
テレビ信州 アニーメイキング特番 5/27(土) 15:30~放送決定!
 
公演情報
丸美屋食品ミュージカル『アニー』
 
<東京公演>
■日程:2017年4月22日(土)~5月8日(月) ※公演終了
■会場:新国立劇場 中劇場

 
<大阪公演>
■日程:2017年8月10日(木)~15日(火)
■会場:シアター・ドラマシティ

 
<仙台公演>
■日程:2017年8月19日(土)~20日(日)
■会場:東京エレクトロンホール宮城

 
<名古屋公演>
■日程:2017年8月25日(金)~27日(日)
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール

 
<上田公演>
■日程:2017年9月3日(日)
■会場:サントミューゼ大ホール

 
■脚本:トーマス・ミーハン
■作曲:チャールズ・ストラウス
■作詞:マーティン・チャーニン
■翻訳:平田綾子
■演出:山田和也
■音楽監督:佐橋俊彦
■振付・ステージング:広崎うらん
■美術:二村周作
■照明:高見和義
■音響:山本浩一
■衣裳:朝月真次郎
■ヘアメイク:川端富生
■舞台監督:小林清隆・やまだてるお

 
■出演:
野村 里桜、会 百花(アニー役2名)
藤本 隆宏(ウォーバックス役)
マルシア(ハニガン役)
彩乃 かなみ(グレース役)
青柳 塁斗(ルースター役)
山本 紗也加(リリー役)
ほか

 
■主催・製作:日本テレビ放送網株式会社
■協賛:丸美屋食品工業株式会社
■公式サイト:http://www.ntv.co.jp/annie/​


 
■子供キャスト

<チーム・バケツ>
アニー役:野村 里桜(ノムラ リオ)
モリー役:小金 花奈(コガネ ハナ)
ケイト役:林 咲樂(ハヤシ サクラ)
テシー役:井上 碧(イノウエ アオイ)
ペパー役:小池 佑奈(コイケ ユウナ)
ジュライ役:笠井 日向(カサイ ヒナタ)
ダフィ役:宍野 凜々子(シシノ リリコ)
<チーム・モップ>
アニー役:会 百花(カイ モモカ)
モリー役:今村 貴空(イマムラ キア)
ケイト役:年友 紗良(トシトモ サラ)
テシー役:久慈 愛(クジ アイ)
ペパー役:吉田 天音(ヨシダ アマネ)
ジュライ役:相澤 絵里菜(アイザワ エリナ)
ダフィ役:野村 愛梨(ノムラ アイリ)

ダンスキッズ

<男性6名>

大川 正翔(オオカワ マサト)
大場 啓博(オオバ タカヒロ)
木下 湧仁(キノシタ ユウジン)
庄野 顕央(ショウノ アキヒサ)
菅井 理久(スガイ リク)
吉田 陽紀(ヨシダ ハルキ)

<女性10名>
今枝 桜(イマエダ サクラ)
笠原 希々花(カサハラ ノノカ)
加藤 希果(カトウ ノノカ)
久保田 遥(クボタ ハルカ)
永利優妃(ナガトシ ユメ)
筒井 ちひろ(ツツイ チヒロ)
生田目 麗(ナマタメ レイ)
古井 彩楽(フルイ サラ)
宮﨑 友海(ミヤザキ ユミ)
涌井 伶(ワクイ レイ)