劇団ゴキブリコンビナート Dr.エクアドルが語る2年ぶりの劇団本公演『法悦肉按摩』
Dr.エクアドル
「SPICE」が、そのメディア名に最もふさわしい、真に“スパイシー”な演劇情報をお届けできる時が来た。もしあなたが、近頃の演劇シーンに刺激不足を感じているなら、この吉報は見逃せない。刺激の強さでは絶対に右に出るものがいない“奴ら”が、演劇の世界に帰ってくることになったのだから。
その名は、劇団ゴキブリコンビナート。キタナイ、キケン、キツイの3拍子が揃い踏みの「3Kミュージカル劇団」を標榜する彼らが、来たる2017年7月、約2年ぶりの本公演を都内で上演する。1994年に旗揚げした彼らの公演は、今回で第32回目を数える。地獄のような環境で男女の役者が肉体を酷使しながら繰り広げるゴキコン流ミュージカルは、野生的だが諧謔味に満ち溢れている。その奇特すぎる舞台表現は、日本演劇史が生んだ至宝といわずして何であろう。
ここ数年はお化け屋敷スタイルの参加型アトラクション演劇を上演したり、見世物小屋興行に出演したり、はたまたアイドルグループBBG48をプロデュースしてはライブハウスに出没したりと、もっぱら閉鎖的空間での活動が続いていた彼ら。しかし今回の新作『法悦肉按摩』はオープンな野外劇だ。野外で公演を打つのは2012年の『ちょっぴりスパイシー』再演(木場公園)以来、実に5年ぶりとなる。今回の公演がどのようにして実現に至ったか。そして、どのような内容となるのか。劇団の主宰者であり、作・作詞・作曲・演出を全て1人で手掛けるDr.エクアドルに話を聞いた。
--新宿タイニイアリスで行われた第31回公演『ゴキブリハートカクテル』(2015年2月)から、今回の公演まで約2年もの間が空きましたね。その理由は何ですか?
タイニイアリスがなくなってしまったことが大きいですね(※同劇場は2015年4月5日に閉館)。「何でもやっていいから」とタイニイアリスからオファーを受け、幾度も上演してきました。僕らのような特殊な劇団を積極的に受け入れてくれるので、とてもやりやすい劇場でした。それがなくなってしまい、今後どこか別の劇場と、あのような友好関係をゼロから築けるかといえば、それは容易なことではないと思います。劇場というものは制約事項の多いことが普通ですから。
その一方で僕らは今、イベント出演のオファーを、色んなところから次々といただいているんです。それこそ、息つく間もないくらい。それらの対応をこなしていると、やることがいっぱいあって、それなりに充実の日々を送れちゃっているんですね。それで本公演の準備がどうしても後回しになってしまう。そういったわけで時間が経ってしまった……というのが実情です。
--今回の公演会場は「東京都小金井市某所」となっていますが……。
タイニイアリスのように自由にやらせてもらえるところがなくなったら、野外でやるしかないと考えていました。ただ、以前使用していたところは諸事情で使えなくなったので、新たな空間をずっと探していたんです。それで今回、ようやく或る場所を使用できることになりました。とはいえ、僕らのような劇団の公演を実現させるためには、物事を慎重に運ばないと何が起こるかわかりません。それで今回、場所名を伏せることにしたのです。ただ「場所がどこだかわからない」ということも、今度の芝居のコンセプトと一部リンクしていて、特にそれは当日券のお客さんに関係してきます。当日券のお客さんは、西武新宿線の花小金井駅南口の階段を降りたところで劇団員が案内をすることになっていますが、芝居が終わるまで「上演場所がどこだかわからない」状態になっているんです。
--今回の野外劇に客席は存在しますか?
今回、客席は特に設けません。お客さんには『my life as a punishment-game』(2007年)の時のように、わーっと逃げまどいながら遠巻きに観ていただく、というスタイルです。
--するとキャパシティもないようなものですか?
まあ、そうですね。ただ、一回あたり100人くらいを想定してます。あまり多すぎたりすると色々と勝手が違ってくるので。
--野外劇でしか出来ないことってありますよね。
ああ、例えば重機(建設機械)とか、ですね。動力系の導入は今回も或る程度は考えています。
--芝居の中身はどんな感じになりますか?
「五感を総動員して鑑賞すること」というスローガンを僕らは掲げています。一般的な演劇は、どうしても視覚中心の「視覚芸術」に偏りがちです。でも僕らの作品では、すべての感覚を全開にして味わっていただくことで、演劇の可能性が拡がればと考えています。そのために、今回は敢えて、視覚をいったん抜くところから始めようと思いました。視覚以外の他の感覚に刺激を与え続ける。そんな世界を体験すると人はどうなるのか。それがチラシにも書いた「これはもう視覚表現ではない」という言葉に繋がります。
--チラシに「まるで触れてくるような、皮下に侵入してくるような……」といった言葉が並んでいるのは、そういうことなんですね。『法悦肉按摩』という、ちょっとピンク映画めいたタイトルも、そのコンセプトと関係してますか。
公演のタイトルはチラシ印刷など主に制作的な事情により、内容を考えるよりもずっと前から考えなければなりません。その際に、ゴキブリコンビナートの雰囲気が漂っているか、さらに、話がどんな方向に進んだとしてもイメージが不自然にならず、どうにでも転べるか……といった基準で題名を考えるわけです。それで今回は『法悦肉按摩』という題名が、なんとなく、真っ先に浮かんできました。
ところで、芝居に入り込んでもらうために観客を主人公に感情移入させる、という手法がありますよね。そのためには主人公と同じ感覚をお客さんにも共有してもらうのが一番だと思います。先ほど言ったように、今回は視覚をはずした世界から芝居が始まります。そこで、主人公を目の見えない人に設定しました。目の見えない主人公に感情移入してもらおうと。じゃあ、目の見えない人の就く職業は何だろうと考えたら「按摩だ」ということになりました。その時、すでに決まっていたタイトルと主人公を表わす言葉が、思いがけず結びついたんです。それで今回はタイトル通りに、按摩が主人公の話になりました。
--その按摩さんを巡って、どのような話が展開するのですか?
女性の按摩が主人公です。彼女は目が見えない。そこに痴漢やスカトロの要素が絡んでくる予定です。予定と言うのは、まだ台本を書いてる途中だからです。僕が台本を書くときには二つのパタンがあって、一つは最初にコンセプトや条件など枠組みをかっちり決めてから書くパタン。もう一つは、考えついた出だしから自由に書き紡いでいくパタン。今回のは後者のパタンで、とりあえず視覚を抜いた世界から始めて、あとは成り行きまかせで、最終的にどこに向かうかは現時点でまだわからないのです。ただ、最初は視覚を抜いて、それ以外の感覚で刺激を感じていただきますが、やがて視覚も加わって、最終的には五感全部を使って体験していただく作品になります。
--話を聞いていると、観客も最初は視覚を封じられることになるんですね。
一定の時間は、そうなりますね。具体的にどのように視覚を封じられるかは、まだ言わないでおきましょう。
--視覚以外の五感の刺激というと、聴覚とか。スカトロ要素は臭そうなので嗅覚の刺激ですかね(笑)。
あとは触覚とか、熱いとか冷たいとか。でも味覚はさすがに難しいかな。そこはあまり厳密ではありません(笑)。
--視覚を封じられた観客は痴漢体験なんかも主人公と共有することに?
そうなんですけど、一定の節度は守って上演しますから、本当のセクハラになるようなことはしませんよ。どこかの“舞台観客一体型”演劇で過去に起こったようなトラブルはありません。
--もちろん今回もミュージカル作品なんですよね。
はい。本格的な長編ミュージカルというスタイルは、久しぶりです。一番最近やった本格ミュージカルは『ちょっぴりスパイシー』(2012年9月)でしたが、あれは再演だったから、完全な新作という意味では2011年12月の『おから大好き』以来です。
--ゴキコンさんは、『レ・ミゼラブル』にように全編が音楽の、オペラ・スタイルのミュージカルですから、作曲も大変でしょう。
いつもだと、先に台本を全部書き、後から曲をつけてゆくのですが、今回は準備期間が短いこともあって、台本書きに集中すると、稽古が止まってしまう。だから、台本2ページ書いたら、曲を1ページ作る、というノルマを自分に課してます。まあ「曲1ページ」というのは、あくまで僕のイメージですから、具体的に説明しづらいのですが……。
--曲1ページ=譜面1枚みたいなイメージでしょうかね。ミュージカルはやはり総合芸術ですから、五感を総動員するうえでゴキコンさんには切り離せない形式だと思います。新作公演を楽しみにしてます!
……といったわけで、久しぶりのゴキブリコンビナートの演劇公演『法悦肉按摩』は、五感すべてを刺激するスペクタクル野外ミュージカルとなる。世界的にも稀有な「野生の思考」の演劇なので、彼らのファンだけでなく、より多くのゴキコン未経験者に出会って欲しい。そして「こんな演劇があるのか」と面喰って欲しい。ただし「野生の思考」が放つ、視覚が一定時間剥奪されたり、汚いものが降ってきたり、異臭を嗅いだり……といったことへの覚悟は予めしっかり持つように。各自己責任において、しかるべき対策を打つべし。登山と同様、シチュエーションを考えた服装や靴で参戦すること。私たちの生きる世界がいつだって平和や安全が続くところではないという認識を噛みしめつつ……。
取材・文・撮影=安藤光夫