柄本時生&篠山輝信ほか実力派キャストによる舞台『チック』初日レポート~「どこか連れて行こうか?」

レポート
舞台
2017.8.15
左:篠山輝信  右:柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左:篠山輝信 右:柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左:篠山輝信  右:柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左:篠山輝信 右:柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

「スタンド・バイ・ミー」より大人、「ライ麦畑でつかまえて」より子供のころ、両親が留守の間に音楽をボリュウム全開で流し、ひとりで踊りはしゃいだ経験はないだろうか? 思い当たる節があれば、舞台『チック』にぜひ足を運んでほしい。

原作「Tschick」は、2010年にドイツで出版された児童文学作品だ。ドイツ国内だけで220万部以上を売り上げ、2011年に舞台化されると、翌シーズンには国内で最も上演された舞台作品となり、今なお、上演のたびには完売する人気ぶりを誇っている。日本では、世田谷パブリックシアターの制作による今作が初めての上演となる。翻訳・演出を手がけるのは、ドイツ・ハンブルグ出身の小山ゆうな。≪チック≫を柄本時生、≪マイク≫を篠山輝信が務め、土井ケイト、あめくみちこ、大鷹明良の3人は、チックとマイクが出会う一癖も二癖もあるキャラクターたちをそれぞれが複数役ずつ演じる。開幕初日の8月13日、東京・シアタートラムは、小中学生からシニア世代まで幅広い層の観客で賑わい、上演中は世代を問わず客席が一体となって笑い、カーテンコールでは5人のキャストに大きな拍手が贈られた。

少年のひと夏の冒険をテーマにする本作を、ちょっぴりノスタルジックな子供向け作品とイメージされる方もいるかもしれない。しかし舞台『チック』は、疾走感ある物語、独創性に富んだ演出、そして5人の俳優によるエッジの効いた演技により、14歳の頃のわくわくとヒリヒリを体感できる舞台作品となっている。

左:柄本時生  右:篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左:柄本時生 右:篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

<あらすじ>
マイク(篠山)は、ベルリンのギムナジウムに通う14歳の冴えない少年。アルコール依存症の母(あめく)と家庭を顧みない父(大鷹)は喧嘩ばかりしている。学校ではクラスのマドンナ・タチアーナ(土井)に恋い焦がれるも相手にされることはなく、誰からも見向きもされない。閉塞感に息がつまりそうなある日、チック(柄本)が転校してきた。彼は、
ロシアからの移民らしい。風変りで、投稿初日はお酒の匂いをさせてきた。夏休みが始まり、いつにも増して気の滅入るような思いをしたマイクの家に、チックが突然訪ねてくる。チックは盗みだしたオンボロなラーダ・ニーヴァ(ロシアの名車。プーチン大統領も愛用)で、マイクを旅に誘い出す。

※以下、ネタバレを含むレポートです。

左から:篠山輝信  大鷹明良 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:篠山輝信 大鷹明良 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

ステージ中央には、傾斜のついた台がある。台の上に木の椅子があり、その頭上には、石板にも曇天にも見える大きなパネルが浮いている。開演前はドイツの女性シンガーのポップソングが流れていたが、開演時間が近づくと目の前を車が猛スピードで行き交う音。さらにピアノのメロディが重なってきて暗転。照明がつくと、父と母が何を言っているか聞きとれないほど激しい言い争いをはじめる。そして、2人がそっぽを向くと、間にはさまれてていたマイクの独り語りで、舞台が始まった。

マイクの台詞は、しばらく続く。合間に他の人物の台詞をはさみつつも、小説の地の文を読むような台詞、独白、「アドリブ?素?」と疑うような自然体での客席への問いかけが積み重ねられる。このスタイルのマイクの独り語りは劇中に頻繁に登場する。チックが主人公であるなら、マイクは狂言回しのような役割だろうか。作品世界と現実をニュートラルな立ち位置で行き来する。

右奥:土井ケイト、手前  左から:柄本時生  篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

右奥:土井ケイト、手前 左から:柄本時生 篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

柄本が演じるチックは、ドイツ系ロシア人の移民(今秋公開の映画版では、アジア系の外見的特徴ももっている)という設定だ。いかにも悪くあろうと肩をいからせるわけでもなく、異様な雰囲気をまとったアウトサイダーでクラスにも馴染めていない。柄本は、浮いた存在のチックの人種や生い立ちに由来する特異なイメージと佇まいを、マイクほどには多くない台詞とごく自然な演技で体現する。そして思えば柄本も篠山も、実年齢とのギャップを力むことなく乗り越えて、14歳の少年を当たり前のように演じていた。

中央:柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

中央:柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

最低じゃない1%の人ばかり

「99%の人間が最低かもしれない。でも不思議なことに、チックと俺は旅で最低じゃない1%の人ばかりに出会った」

そんなマイクの台詞がある。この1%の優しい人たちを、土井、あめく、大鷹が、次々と明確に演じてみせる。例えば、あめくみちこは、アルコール依存症(だけれど、マイク曰く、ユーモアセンス抜群)の母親役を務める一方で、自然食にこだわる「母親のお手本」のような(だたしかなり個性的な)女性を演じる。ストーリーとは関係しないアイスバーの売り子の役さえ、あめくはこってりと演じ観客の爆笑をさらった。

左から:篠山輝信  あめくみちこ   大鷹明良 土井ケイト 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:篠山輝信 あめくみちこ 大鷹明良 土井ケイト 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

奥:篠山輝信、手前  左から:柄本時生 あめくみちこ (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

奥:篠山輝信、手前 左から:柄本時生 あめくみちこ (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

土井は、クラスのマドンナを演じる一方で、ゴミの山で出会う奔放で知的な少女も溌剌と演じる。マイクの父の愛人も、ナース役もきっちりと、少年2人の脇を固める。大鷹は、浮気に走る父親、厳格な教師、戦争を経験したフリッケじいさんなど、それぞれにテーマを潜ませる役をいくつも演じながら、三輪車にのるチビッ子役も嬉々として演じる。どの登場人物も、観る者の心に一矢報いる個性を放っていった。

左から:篠山輝信  柄本時生  土井ケイト (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:篠山輝信 柄本時生 土井ケイト (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:大鷹明良  篠山輝信  柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:大鷹明良 篠山輝信 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

遊び心と疾走感

個性と実力を兼ね備えた役者陣と並び、見どころとなるのは、仕掛けがいっぱいの舞台美術と演出だ。 冒頭で紹介した傾斜のある台は、劇中、役者たちの手により、ぐるぐると回転する。曇天にも見えた天板は、滑車で垂直になり、スクリーンの役割を果たす。青いラジコンカーがふたりが乗る車にみたてられ、役者が時々手に取るハンディカムの映像は、リアルタイムでスクリーンに映写される。映像は、被写体とはまた別の登場人物の視線を映し出す。観る者にとって分りやすく親切であり、なおかつ、新しく遊び心に満ちた演出だった。

左から:篠山輝信 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:篠山輝信 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:あめくみちこ  土井ケイト 篠山輝信 大鷹明良 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:あめくみちこ 土井ケイト 篠山輝信 大鷹明良 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

チックとマイクの乗る車の運転席は、観客席の最前列にあつらえられる。観客は彼らの車の後部座席にいるような錯覚を覚え、テーマパークのアトラクションのような体験をさせてくれる。

奥  左から:あめくみちこ  土井ケイト 大鷹明良、手前  左から:柄本時生  篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

奥 左から:あめくみちこ 土井ケイト 大鷹明良、手前 左から:柄本時生 篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

翻訳・演出の小山が、普段づかいの言葉で台詞を紡いでいるおかげもあり、深みのある言葉も仰々しくならない。素直な気持ちで受け取ることができる。原作者ヴォルフガング・ヘルンドルフが、もともと短編だった本作を長編に書きかえて発表したのは2010年。彼が脳腫瘍を宣告された直後だったという。その後、2013年に彼は自ら命を絶った。

劇の最後に、無茶苦茶な旅をしたマイクに母親は、人生の「根本的なこと」を教える。その台詞はシンプルだった。ヘルンドルフが死を前に研ぎ澄まされた神経で選び抜いたメッセージにも聞こえた。踏み出せないことのある人の背中を押し、何かをやらかしてしまった人に救いの手を差し伸べる一言になるだろう。

ステージに広がる麦畑をかき分け、アウトバーンを疾走する舞台『チック』は、シアタートラムにて8月27日までの上演だ。

左から:篠山輝信 大鷹明良 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:篠山輝信 大鷹明良 柄本時生 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:あめくみちこ   篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

左から:あめくみちこ 篠山輝信 (世田谷パブリックシアター『チック』 撮影:細野 晋司)

取材・文=塚田史香

公演情報
『チック』
 
<東京公演>
■会場:シアタートラム
■日程:2017/8/13(日)~2017/8/27(日)
 
<兵庫公演>
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
■日程:2017/9/5(火)~2017/9/6(水)
 
■原作:ヴォルフガング・ヘルンドルフ 
■上演台本:ロベルト・コアル 
■翻訳・演出:小山ゆうな 
■出演:柄本時生 篠山輝信 土井ケイト あめくみちこ 大鷹明良
■公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/201708tschick.html
 

映画版『チック』=『50年後のボクたちは』、今秋公開
■監督:ファティ・アキン(『ソウル・キッチン』『消えた声が、その名を呼ぶ』)
■出演:トリスタン・ゲーベル アナンド・バトビレグ・チョローンバータル ほか
■公式サイト:http://www.bitters.co.jp/50nengo/
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