庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』最終公演を主宰・タニノクロウが語る~「ただ裸になって湯につかる、温泉以上にフェアな場所はない」

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インタビュー
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2017.10.28
庭劇団ペニノ主宰タニノクロウ

庭劇団ペニノ主宰タニノクロウ


2016年に、主宰のタニノクロウが第60回岸田國士戯曲賞を、庭劇団ペニノも文化庁芸術祭優秀賞を受賞した『地獄谷温泉 無明ノ宿』。2015年8月に東京で初演した後、ヨーロッパ4カ所、京都での「KYOTO EXPERIMENT」、オーストラリア・アデレードをめぐった代表作が、KAAT神奈川芸術劇場、タニノの生まれ故郷である富山のオーバード・ホールで最終公演を締めくくる。タニノの話を聞いた。

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ばあちゃんのために書いた戯曲は、100パーセント僕のノスタルジー

 「僕は富山生まれなんですが、中学から東京に住んでいて、もうよっぽどのことがない限り帰ることがなかったんです。まあ捨てやすい田舎だった。ところがじいちゃんが亡くなって、後を追うようにばあちゃんも病に倒れたことで、しょっちゅう帰るようになったんです。うちは両親が医者で、僕はじいちゃんばあちゃんに育てられたんで。何かあったら駆けつけられるように、仕事があるときには東京に戻れるようにと、それこそ2カ月くらい長野県の軽井沢、佐久、小諸あたりの安宿を行き来していた。ただボロい宿に泊まるのもしんどいから、申し訳程度でも温泉のあるところを探して。それまでは富山へは鈍行を使っていましたが、北陸新幹線が開業すると富山がどんどん様変わりしていくのを感じたんです、風景から何からいろんなものが変化し、なくなっていく。そんな状況を台本というわけでもなく、ダラダラと書き留めていたんですよ。書き進めるうちに、これを作品にして残したいと思ったわけです。かつて体験した風景、文化、方言、人が消えていこうとする瞬間を切り取りたい、美しく力強く気迫あるものとして死にゆく様を描きたいと。でもそれは、ばあちゃんのため、誰に文句を言われてもかまわないという思いで書いていました。だから100パーセント僕のノスタルジーですよ、登場人物の名前も富山で会った人びとからもらっているくらい」

 『地獄谷温泉 無明ノ宿』の舞台が、都会から遠く離れた山里にある、名もない湯治宿になっているのはそんな理由からだ。物語は、そこにやってきた人形師の親子と、宿に泊まる孤独な人々の一夜の様子が描かれている。

代の半分は美術、お客さんが楽しんでくださるなら頑張りたい

『地獄谷温泉 無明ノ宿』

『地獄谷温泉 無明ノ宿』

 庭劇団ペニノといえば、タニノが最初に自宅マンションをあられもなく改装しつくした小劇場『はこぶね』での創作を皮切りに、空間や美術への徹底したこだわりで定評がある。『地獄谷温泉 無明ノ宿』初演時の劇評でSPICE編集部の安藤光夫さんが見事に描写されたのを引用させていただくと《舞台装置に話を移せば、今回もまたトンデモないことになっている。「無明の宿」が、玄関、宿所(二層)、脱衣場、湯殿の4つの場が回転舞台で次々に壮大な転換を繰り広げる。とりわけ終盤近く、これが回転する中を「一郎」が壁を次々に抜けて移動する場面が鮮やかだ。装置の壁だけでなく、人の精神の見えない壁をもすり抜けながら、異なる世界を通底させたり融合させたりする》とある。ワクワクする。ドキドキする。「お客さんはどういうものを見たら喜んでくれるのか、びっくりしてもらえるか、モノをつくることはそこから始まるじゃないですか。僕らが経済的に常に危機なのはそれが理由なんすけど、極端に言えば代の半分は美術だと思っていて。根本の思いとしては、お客さんが楽しんでくださるなら頑張ろうよと」とタニノは舞台美術フェチぶりを語ってくれた。それを象徴する『はこぶね』でのエピソードは、これまであまり聞いたことがなくて面白かった。

 「あのときはまったく台本は書かなかったんです。最初に舞台美術をつくって、照明を仕込んで、音楽を流してみるとすごく美しいわけですよ。そこに俳優を何人か呼んだんですけど、舞台美術の中に人間がはいると邪魔なんですね(笑)。だから俳優を舞台美術の中に置いて、これだったら美しさの邪魔をしないだろうという構図を考えて、写真を撮って、それを並べてストーリーやせりふを考えていったんですよ」(タニノ)。

誰が携わっても完成させられる、リスク管理満載の戯曲

『地獄谷温泉 無明ノ宿』

『地獄谷温泉 無明ノ宿』

 では『地獄谷温泉 無明ノ宿』は、どうだったのか。

 「この作品のつくり方はそれまでとはまるで違ったんです。僕の場合は稽古初日に台本があった試しがなくて、最終的に書かないこともある。だけど『地獄谷温泉 無明ノ宿』では、稽古前にできあがっていた。僕の場合(もちろん初めての体験だが)台本を書くときに目をつぶって、お客さんが会場に入ってくるところから目に見えるはずのものを全部書くんですよ。お客さんが着席して、でもざわざわしていると、こんなスピードで客電が落ち、緞帳がゆっくりあがると舞台美術にこんなふうに明かりが入っていくとか、全部言葉にした。書き始めたら脅迫的に止まらなくなった。そのうちに新作をつくることが決まると、台本は書き終えたけれど、俺が死んだらどうなるのか、これだけプロジェクトが進んでいるのにと思いはじめ、今度は演出もすべて書いてしまったんです。ようはリスク管理みたいなもので、誰がやってもつくりあげられるというところまで書かないと気が済まなくなってしまった。だからこの作品に関しては、台本と同時に舞台美術も照明も音も俳優の佇まいも全部一斉にできたという感覚でした。けれど俳優やスタッフはそれをなぞる作業になってしまって、本当に申し訳なかったなと思います。このときはそういうコンディションだったんですけど、実は基本的に作品づくりにおいては暴君で、誰かのデザイン的センスだったりは必要としないところがあって。だから他所に呼ばれてもできないんで、行かないんですよ(笑)」

 そんな作品が、岸田戯曲賞、文化庁芸術祭優秀賞を取るのだから痛快だ。今回が代表作の最終公演となるのは、海外も含めて約50回もの公演を重ねてきたことによる、舞台美術の老朽化のため。役割をまっとうするのだ。KAAT神奈川芸術劇場での公演について「装置のメンテナンスのための時空間までも提供してくれた、東京の劇場では難しいこと」と、タニノは感謝を口にする。

ツアーを通して、古臭そうな芝居だけれど、今の時代に書くべきものだと思えるようになった

『地獄谷温泉 無明ノ宿』

『地獄谷温泉 無明ノ宿』

 インタビューの締めくくりに最終公演に向けての思いを聞いた。

 「あれだけ深く作品の中に入り込んでつくりあげたのに、上演のたびに変わるんですよ。僕自身の解釈も初演からずいぶん変わっている。またキャストの交代によっても変化がある。それは公演のたびに舞台装置を建てて壊してきたことで、毎回フレッシュな気持ちで見られたこともその理由かもしれません。まだまだこれからも新しい発想が生まれると思います。

 この作品は演劇祭に呼ばれる形でツアーをしたのですが、最初は演劇祭はフレッシュなものを見せる場なのに、よくこんな古臭い作品を呼ぶなという感覚だったんです。ただいろんな方に見ていただき、いろんな感想を聞くうちに、無意識的に自分が書いていたことは、意外と古くないんだ、今の時代に書くべきものを書いていたのかなと思えるようにはなりましたね。どの人物にも、宿にも設定にも同等に温かく、優しい視線があるけれど、同時に批判的に扱っているということにお客さんからのフィードバックで気づいた。僕は意外にいい人だなって(笑)。変化していくもの、死にゆくものへの悲しみもあれば、無くなってしまえ!と思っている自分もいる。現代的なものへの優越もありながら、大事なものを失う退行の感覚もある。そういう視点に気づいたことが一番の変化です。そして田舎の混浴の温泉という舞台がまさにそうじゃないですか。ただ裸になって温泉につかる、これ以上フェアな場所はない。そのまんまなんです」

帰るべき故郷・富山公演で代表作に幕

 『地獄谷温泉 無明ノ宿』は故郷・富山へ最後の最後に里帰りする。帰るべくして生まれ故郷、じいちゃんばんちゃんの思いが山積する地にたどりついたのかもしれない。「作品の性質上そうだと思いたい。マメさん72歳、石川さん73歳をはじめ、60代、50代の出演者がタフなことやってますから、地方のおじさんおばさんが見ても元気をもらえるんじゃないかな。今のこと、これからのことも含めて、いろんな考えや対話みたいなものがお客さん同士で生まれることを期待しています。ただ全裸のお芝居なんか見たことないだろうから、抵抗されるからもしれないけど(笑)」とタニノは笑った。

タニノクロウ》1976年富山県出身。庭劇団ペニノの主宰、座付き劇作・演出家。セゾン文化財団シニアフェロー(2015年まで)。2000年医学部在学中に庭劇団ペニノを旗揚げ。以降全作品の脚本・演出を手掛ける。ヨーロッパを中心に、国内外の主要な演劇祭に多数招聘。劇団公演以外では、2011年1月には東京芸術劇場主催公演で『チェーホフ?!』の作・演出を担当。2015年3月ドイツにて新作『水の檻』を発表。2016年、『地獄谷温泉 無明ノ宿』にて第60回岸田國士戯曲賞、北日本新聞芸術選奨受賞、第71回文化庁芸術祭優秀賞受賞。

取材・文=いまいこういち

公演情報
庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
 
◼作・演出:タニノクロウ
◼出演:マメ山田 村上聡一(中野成樹+フランケンズ) 飯田一期 日高ボブ美(ロ字ック) 久保亜津子 森準人 石川佳代
◼公式サイト:庭劇団ペニノ http://niwagekidan.org/

 
【横浜公演】
◼会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
◼日程:2017年11月4日(土)~12日(日)
◼開演時間:11月4日18:00、5日・11日13:00/18:00、6日・7日・10日19:00、9日14:00/19:00、12日13:00、8日休演
◼問合せ:庭劇団ペニノ Tel.080-4414-2828(平日11時~20時)

 
【富山公演】
◼会場:オーバード・ホール 舞台上特設シアター
◼日程:2018年1月12日(金)~14日(日)
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