庭劇団ペニノ『笑顔の砦』国内最終公演を前に、タニノクロウに聞く~「コロナを機に『小さな世界』を肯定する面が強まりました」

インタビュー
舞台
2022.8.28
「庭劇団ペニノ」主宰で作・演出のタニノクロウ。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

「庭劇団ペニノ」主宰で作・演出のタニノクロウ。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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劇作家・演出家のタニノクロウが主宰する「庭劇団ペニノ」の代表作の一つ『笑顔の砦』。木造アパートで隣接している、ベテラン漁師が住む部屋と、家族に介護される老女の部屋で起こるそれぞれの出来事を、同時進行で見せていく群像会話劇だ。2007年の初演を経て、2018年に関西人キャスト・スタッフとリクリエーションしたものが決定版となり、国内外各地で上演されている。しかし日本国内では、今年の9月いっぱい行われるツアー公演を最後に、上演を終了すると宣言。そこで改めてタニノに、本作ができあがるまでの裏話や反響、さらに今年の7月に就任した「富山市政策参与」で目指していることについても聞いてきた。


■音楽的な演出をしたくて、対照的な部屋が並ぶ舞台に

──今回の再演は、昨年行われたフランス公演がきっかけですか?

いえ、(フランスは)本来もっと早くに行われることが決まってました。2020年の始めにやっていた『蛸入道(忘却ノ儀)』のツアーが、三重公演の直前に中止になったんです。それでも「三重に行きたい」という話が出た時に、さすがに『蛸入道』みたいに密な作品はまだやれないから、他にないか? というので『笑顔の砦』にしたのが、正直な所。それがたまたま、延期されたフランス公演のタイミングと重なりました。

──そして今回の上演を、最後にしようと思った理由は何だったのでしょうか。

セットの老朽化も理由の一つですが、どこかで終わりを持たせないといけないという思いもありました。みんな、いつまでもこれに関わっていると、活動の幅が広がっていかないと思う。それこそ(FO)ペレイラ(宏一朗)君や野村(眞人)君は、俳優というよりは、劇団を持って演出をやっているし、若くて優秀ですからね。誰も「やめたい」とは言いづらいから、こっちから止めてあげた方がいい。私のようなおっさんに、いつまでも付き合う必要ないです。

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』。 [撮影]堀川高志

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』。 [撮影]堀川高志

──残念ですが、仕方がない所ですね。この作品は、2006年に上演した『ダークマスター』と同じキャストで、真逆のテイストの作品を上演することを目指していたと聞きました。漁師と介護家族の物語を描くことと、2つの異なる話を同時進行で見せるアイディアは、どっちが先にあったのでしょうか?

僕はまだその頃、演出の仕事をあんまりわかってなかったんですが、その中で「演出って、指揮者みたいな側面があるのだろう」と思ったんです。こっちの楽器がこう来たら、そっちをこう鳴らして……という感じで、一つの楽曲を作り上げるように舞台を作ったら、演出家である実感がわくんじゃないかなあ? と考えたのが先でした。物語に何か強い想いを籠めるということは、まだ考えてなかったです。

──ではそこから、この組み合わせの話が生まれたのは?

それこそ音楽的なバランスでした。片方はうるさく男性的で、片方はか細く女性的。(漁師のいる)左側の部屋は和気あいあいと明るくて、(介護老人のいる)右側の部屋は暗くて静かという。

──トランペットとフルートみたいな、音の違いが極端な楽器を並べたような。

そうそう。それをどこに配置して、どうやって聴かせようか? というのを考える。でも何で、片方を漁師にしようと思ったんだっけ……?

──確かに男臭い仕事なら、工事現場の労働者とか消防士とか、いろいろありますし。

舞台で見えているもの以上の広がりを感じるような背景が、何かあった方がいいのでは? と考えた時に、海や山などの自然の存在を感じられる職業にしたい……と思ったんですね。しかも主演の久保井(研)さんが、築地で働いていたのを思い出して「魚さばけますか?」って聞いたら「余裕だよ、そんなの」と言うんで、じゃあ漁師にしようって(笑)。そんな感じだったと思います。

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』。 [撮影]堀川高志

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』。 [撮影]堀川高志

──久保井さんが別の所で働いていたら、別の職業だった可能性もあったわけですね。この作品で初めてちゃんと脚本を書いたというのも、やっぱり「あ、楽譜的なものがいるな」と考えたからでしょうか?

それまでは、稽古中に発想したものを、メモしてしゃべってもらうというやり方で作っていたんですけど、『笑顔の砦』の数ヶ月後に、イプセンの『野鴨』のプロデュース公演を演出することが決まっていて「これはまずい」と。台本を開いて稽古をするという、スタンダードな作り方をまったく知らないから、このままでは手練れの俳優さんたちにバカにされてしまう。だからその予行練習として、一回台本をしっかりと書いて「今日は一場の、何ページから何ページまでやります」みたいな稽古を、今のうちにやっておこうと。

──まさかの練習台だったと。

もちろん当時の俳優さんたちには、そんなこと言ってないですけどね(笑)。もう一つの理由は、劇団風なことをしたかったというのがあります。ペニノは「劇団」って付いてるけど、俳優が所属してない。それは僕に人間を束ねる甲斐性とか、人徳みたいなものが無いからなんですけど。でも僕が劇団を持っていたら、同じ俳優に全然違うキャラクターの役をやってもらって「あなたの劇団の人、すごく演技が上手ね」って言われたい……というベタな気持ちが、ずっとありました。

──でも結局『ダークマスター』から続投できたのは、久保井さんとマメ山田さんだけで、当初の目論見からは外れてしまったと。

そうなんです。その無念が残っていたので、2016年に『ダークマスター』を大阪でリクリエーションした時に「次はまったく同じメンバーで『笑顔の砦』をやる」と決めて。それをちゃんと完成させたので、僕の中で10年以上くすぶっていた想いを成仏させることができました(笑)。今や立派な劇団だと思っています。

タニノクロウ。

タニノクロウ。

 

■「これぞ劇団だ!」と思ってもらうための、生産性のない努力

 

──今ではペニノの重要なレパートリーとなりましたが、やっぱりスタンダードな会話が多いから比較的見やすくて、ペニノの入門編みたいな位置づけになってますね。

そう思います。あと舞台俳優にとっても、入門になる作りなんですよ。きっかけが緻密にあって、そのために自分とは直接関係のない、隣の部屋の動きもずっと意識しないといけない。演技以外に考えることが8割ぐらいを占めていて、俳優が「演じる」ということだけに、集中することができない空間。でも舞台は本来そういうものだということを、嫌というほど味わえる作品だということは確かです。

──しかも、隣の部屋と動きをシンクロさせるという難関が、いくつも用意されているって、大変というよりも、変態なことをやってますよね。

そうですよね(笑)。実はチームワークの妙を見事に体現した、すごいことをやっている……ということができたら、さらに「これぞ劇団だ!」みたいな域に行けると思ったので、あえて膨大な量の段取りをこなすように、すごく変態的に作っていった部分はあります。一番大変なのは、やっぱり舞台転換。特に麻雀牌が出てくる所は、激ムズです。

──明転したら、牌山がちゃんとできている状態から始まりますから。

暗闇の中で、スタッフが牌山を崩さないように持ってきて、(コタツの)天板を変えるという。牌を崩そうものなら、もう終わりです。それってヤバいですよね?

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』。 [撮影]堀川高志

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』。 [撮影]堀川高志

──洗牌(注:最初に牌をジャラジャラ混ぜること)から始めたら楽じゃないですか?

指摘する人はすごく少ないけど、やっぱり「おおっ!」って思わせたいんですよ。そのためにいろんなことを試しました。牌に水を吹きかけたら密着して安定するけど、あまりベチョベチョだと手から滑るから、アルコールと水の配分を工夫するという、何の生産性もない努力が(笑)。それと似たようなことが、この前のフランスでもありました。(芝居の中で)缶ビールを呑むじゃないですか? あれは(缶ビールの)側だけあって、中に小さな強炭酸水の缶を仕込んでるんですけど。

──だから本当に缶ビールを開けた時みたいに「プシュ!」といい音がするんですね。

それが現地で用意してもらったのは微炭酸水で、良い感じにプシュッといわない物だったんです。で、全然面白くないから、僕が「じゃあ、口で言おう」と言い出して、初日開幕の直前に、みんなで「プシュ!」という音ばっかり練習しました(笑)。「2年越しの国際演劇祭で盛り上がってる時に、バカだなあ」と自分でも思ったし、周りのフランス人スタッフたちも不思議そうな顔をしてましたよ。でも本番では、口で言ってることに誰も気づかず、僕も観ていてわからなかった。井上(和也)君が、本当に上手いんですよ。彼の炭酸のプルタブを開ける音は、世界一じゃないですか? 口元がまったく動かないし。

──来年の香港公演は、新しい俳優を募集中とのことですが。

もともとペレイラ君がスケジュール的に出られないのと、香港側からコロナ対策で「アンダースタディを3~4人用意してほしい」と言われたんです。でも段取りがめちゃくちゃある上に、セットを先に輸送しちゃうから、本番と同じ仕様で稽古ができない状態で、どこまでやれるか? という、結構難しい状況ですね。すごく無茶振りしてるとは思いつつ、勇敢な人が現れるのを待っている所です。ただ、ギャラは出るので、何事も起きなければ、香港に旅行に行ってお金をもらえるということになります(笑)。

タニノクロウ。

タニノクロウ。

 

■劇場はもっと自由だということを、富山で試していきたい。

 

──7月から富山市の政策参与に就任しましたが、どういうことを行う予定ですか?

来年の夏に、今の[オーバード・ホール(富山市文化芸術ホール)]の隣に、中ホールができるんです。そこは同時に、いろんなお店が立ち並んで、小さな商店街のような形で発展させる計画になっていて。大きく言えば、僕が期待されているのは、その一帯の文化政策的な部分……どうやって劇場と人をつないだり、そこから発生する文化的な試みを盛り上げることができるか? ということだと思います。そんなことできるかどうかわかりませんが。

──これまで富山市の人たちと『ダークマスター』や『笑顔の砦』をクリエーションしてきたことを認められたわけですね。

そうだと嬉しいです。これまでさまざまな形で、多くの市民・県民の方たちとつながることができました。いい意味で敷居の低い「演劇」の成せるワザかなと思っています。

──今後こういうことができたらいいなあ、という希望はありますか?

劇場をもっと気軽な場所にしたいってことですかね。「演劇を観る」ことが気軽にならなくても、「何かをしに劇場に行く」というのは、気軽になれる可能性があると思う。その中でも舞台芸術のクリエーションって、ほかの芸術に比べると、年令問わず関わりやすいとは思いますが。

タニノクロウ。

タニノクロウ。

──確かに「あ、これなら私でもできそう」と思える要素は多いですよね。演技だけでなく、小道具を作るとか、衣裳を提供するとか、関わり方が多種多様ですし。

セットに釘一本打つだけでも、参加したことになりますしね。しかも観られる人数も限られてるから、社会的な影響力もさして大きくない。でも逆に、それが強みだと思うんです。ダイナミックに失敗してみるのも面白い。そういう意味で、劇場はもっと自由でいいじゃないですか? まだやれることはいろいろあるはずだし、潜在的なポテンシャルがたくさんある場所だから、いろんな面で機能性を高めていくことで、特に若い人たちに劇場を使ってもらえるような仕掛けができたらいいかなあと思っています。

──富山での活動は、ますます広がりそうですね。改めて『笑顔の砦』最終公演に向けての思いを。

昨年のフランス公演は、今までで一番というぐらい反響が大きかったんですよ。コロナでみんな旅行ができなかったから、単純にリアルなセットを観て「日常の日本の風景」を感じられたのが大きかったんじゃないかと。「旅行に行かなくても(他の土地の生活が)観れた」という満足感はコロナによって強くなったというのはあると思うし、国内でもそれは感じられるんじゃないかと思います。

それとコロナになって、人間関係が以前ほど開かれなくなったというか、むしろ縮小していくことに、ある種のショックを受けた人って多かったと思うんです。「あの人と会わなくなったけど、別に大したことじゃなかった」みたいな感じで。でも『笑顔の砦』ってどちらかというと「人間関係なんて小さくても良いじゃん」という作品なんで、コロナをきっかけに、人間関係の距離を測ってしまった人たちを、間接的に肯定した面もあると思います。

──グローバルじゃなくてスモールでも、その世界が楽しくて笑顔になれるのなら、それで十分のはず……という。

そう。自分という入れ物があるとしたら、常に流動的に、何かが入って何かが出ていくというのを繰り返している。いろんなことを期待しても、結局自分の器の大きさに合った世界にしかならないし、それでいいじゃないかと。コロナ以前に作った作品だけど、その部分がより強く感じられるようになったんだろうなと思います。

庭劇団ペニノ「笑顔の砦」国内最終公演トレーラー


【追記】
大阪・西成エリア一帯で行われるアートイベント『路地裏の舞台にようこそ 2022』にて、VR演劇『ダークマスター』が大阪初上映されることが緊急決定! 詳細は下記公演データを参照のこと。

取材・文=吉永美和子

公演情報

庭劇団ペニノ『笑顔の砦』国内最終公演
 
■作・演出:タニノクロウ
■出演:井上和也、FOペレイラ宏一朗、緒方晋、坂井初音、たなべ勝也、野村眞人、百元夏繪 
 
〈新潟公演〉
■日時:2022年9月3日(土)・4日(日) 3日=13:00~/18:00~、4日=13:00~
■会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
■料金:一般3,500円、25歳以下2,000円、高校生以下1,000円
 
〈東京公演〉
■日時:2022年9月10日(土)~19日(月・祝) 10日=18:00~、11・18・19日=13:00~ 12・16日=19:00~、13・15日…14:00~/19:00~、17日=13:00~/18:00~、14日=休演
■会場:吉祥寺シアター
■料金:一般4,800円、学生3,800円、高校生以下1,000円

 
〈三重公演〉
■日時:2022年9月24日(土)・25日(日) 24日=13:00~/18:00~、25日=13:00~
■会場:三重県文化会館 小ホール
■料金:前売=一般2,800円、高校生以下1,000円 当日=各300円増
 
■問い合わせ:庭劇団ペニノ niwagekidan@gmail.com
■劇団公演サイト:https://niwagekidan.org/performance_jp/1132
※この情報は2022年8月25日時点のものです。新型コロナウイルスの状況などで変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。

上映情報

路地裏の舞台にようこそ 2022
庭劇団ペニノ『ダークマスターVR』

 
■原作:狩撫麻礼
■作画:泉晴紀(エンターブレイン『オトナの漫画』所収)
■脚色・演出:タニノクロウ
■出演:FO ペレイラ宏一朗、金子清文、日高ボブ美
■日時:2022年9月16日(金)~25日(日) 10:00~/13:00~/15:00~/17:00~/19:00~ ※各回5名限定
■会場:3U 3階(JR・南海・阪堺新今宮駅or大阪メトロ動物園前駅から徒歩2分)
■料金:2,000円 ※「1公演予約券」となります。同日の「1公演予約券」が必要な他の公演で空席がある場合、予約券を提示いただくと無償で観賞できます。
■「路地裏の舞台にようこそ2022」公式サイト:https://rojibuta.wordpress.com/
※この情報は2022年8月25日時点のものです。新型コロナウイルスの状況などで変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。
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