維新派『アマハラ』、台湾で行われた最終公演をレポート《前編》
維新派 『AMAHARA~當臺灣灰牛拉背時』 [撮影]吉永美和子(このページすべて)
維新派の舞台と松本雄吉の面影を重ねながら歩いた、台北~高雄までの旅の記録
昨年(2016年)奈良県・平城宮跡地で上演した野外劇『アマハラ』が、台湾・高雄で開催された芸術祭「2017衛武營藝術祭 WEIWUYING ARTS FESTIVAL」の公式プログラムとして招へいされた維新派。主宰・松本雄吉が2016年に逝去したのにともない、この台湾公演を最後に、劇団は解散することがすでに決定している。20年近く維新派を追いかけ続け、公演パンフレットの編集も手がけてきたライター・吉永美和子が、劇場に到るまでの道中記も交えながら、その最終公演の様子を前編・後編に分けてレポートする。
「また、遠くまで連れてきてもらったなあ……」
維新派の最後の公演地となる、台湾・高雄。私が維新派を観るために訪れた都市は、これで合計8都市4ヶ国となる。しかしそのたびに、終演後の会場で「ようここまで来たなあ」と言わんばかりに迎え入れてくれ、屋台村で一杯やりながら芝居の内容について語り合った主宰・松本雄吉の姿は、もうそこにない。
昨年の『アマハラ』の観劇は、今考えると……大変失礼なことながら、どこか葬儀に立ち会っているような心境だった。もちろん芝居自体は、松本の遺したモノを劇団員・スタッフ全員が一体になって具現化し、あたう限りの回答を出し切ったことに、心を大きく揺さぶられた。しかしその一方で、知らぬまに突然いなくなり、いるのかいないのかわからなくなった人が「ああ、本当にいなくなったんだ」ということを受け止める。その気持ちの整理に、半分ぐらい心を持っていかれたなあと、心のどこかで悔やんでいたのだ。なのでこの公演に向かうのは、単に維新派の最後を見届けるだけでなく、『アマハラ』という舞台に“作品”としてもう一度向き合いたいという思いも込められていた。
台北の街角の風景。日本統治時代の古い建物も数多く残っている。
私が観劇する千秋楽・11月5日の4日前となる、11月1日に台湾・台北に降り立った。私にとっては初の台湾だ。空港から街の中心に向かう電車は近代的だが、いざ街に出てみると、新しさと古さ、カラフルとセピア、にぎやかさとさびしさが全部ごちゃ混ぜになったような……言ってみれば、1990年代の維新派の野外劇を彷彿とさせるような風景が広がっている。とりわけ台湾名物の夜市に至っては、どこか猥雑でアウトローな雰囲気が、あの屋台村そのものだ。今まで維新派で観た様々な風景を重ねながら、腰が爆発しそうなぐらい街を歩き回り続けた。まるでヂャンヂャン☆オペラに出てきた、あの白塗りの少年たちのように。
規模は小さいながらもエネルギッシュな雰囲気の「寧夏夜市」。
台北だけでなく、少し足を延ばして九份(きゅうふん)と猴硐(ほんとう)も訪れてみた。『千と千尋の神隠し』のモデルになった街と言われる九份は、人の多さに少しげんなりさせられたものの、猴硐の方は維新派ファン的にはたいそう刺激的な所だった。猫が多いことで世界的に知られている村だが、かつては炭坑で栄えたエリアということで、すっかり廃墟と化した炭坑跡があれば、当時の面影を残す路地の多い住宅地もある。そのドラマティックな風景の隙間でぽつんぽつんと、悠然とくつろいでいる猫たち……。かつて松本は「人間は基本的に風景に参加できないけど、そこにいかに立てるようにするかが維新派でやっていること」というようなことを語ってくれたことがあるが、猴硐の猫たちはまったくの自然体で、廃墟にも路地にも山々が連なる風景にもとけ込んでいる。松本だったら、感心と羨望を持ってこの風景を眺めたのではないだろうか。というより、松本が多頭飼いするほど猫好きだったのは、何もせずとも風景と一体化できるという、猫の持つ不思議な風景力に惹かれたというのが大きかったのかもしれない。
(上)猴硐(ほんとう)駅のすぐ横にある「瑞三礦業公司」の炭鉱の跡地。(下)猴硐名物の猫と炭鉱の線路跡。
歩き回り過ぎて爆発寸前の腰を、台湾名物のマッサージで癒してもらってから、4日には高雄に入った。台湾高速鉄道(新幹線)でたった2時間移動しただけなのに、長袖でちょうどよかった台北と打って変わり、半袖でも暑いぐらいの気候であることに驚かされる。しかし17時頃に「維新派観るんなら、その前に海を見なきゃ」と思い立って、滞在先のホテルから高雄港へと地下鉄で向かったら、地上に出る頃には辺りは見事に真っ暗。気候が真夏そのものだからうっかりしていたが、日没時刻はしっかりと秋なのだ……。とはいえ、かつて港町兼工場街として栄え、現代はアート特区として開発はされているものの、どこか「祭りの後」的な風情を残した港の雰囲気は、夜の闇をまとっていても何となく伝わってくる。かつて維新派が何度も公演を行った大阪南港の風景を、自然とそこに重ねていた。
高雄港。この周辺は「アート特区」として、倉庫をリノベーションしたギャラリーやミニシアターなどが連なっている。
そして公演当日。午前中に高雄港の海の姿をしっかりと目に焼き付けるという、昨夜のリベンジを無事に果たした後、ホテルで自転車を借りて、維新派の野外劇場がある衛武營都会公園に向かった。47ヘクタールにもなるだだっ広い公園の、どこが会場だかわからないまま自転車を飛ばすうちに、今回維新派が参加している芸術祭「WEIWUYING ARTS FESTIVAL 2017」の大きな看板を見つける。そして南国ならではのわさわさと茂った木々の隙間に、昨年も観た『アマハラ』の廃船劇場の姿がチラリと見えたおかげで、無事劇場に到着した。
衛武營都会公園に建てられた「2017衛武營藝術祭 WEIWUYING ARTS FESTIVAL」の看板。
公演は17時15分開演だが、特別に13時開始のリハーサルから見学させてもらえることになった。野外劇場そのものは奈良の時と変わらないが、客席から見える風景は、茫漠(ぼうばく)たる荒野と、古代の息吹を感じさせる生駒山が広がっていた平城京跡地とは真逆といえるものだった。船の舳先に当たるすぐ後ろには大木が生い茂り、そのすぐ下の遊歩道では高雄市民たちが幾人も行き交い、さらに遠くに目をやると、高雄のシンボルといえる高層建築「高雄85ビル」の姿が見える。栄華から見放された土地と、未来に向かって発展しようとする土地。もうこのロケーションだけで、今回の公演が決定的に雰囲気の違うものになるだろうということが予想できた。
リハーサル中の維新派。
13時を少し過ぎた辺りで、リハーサルが始まった。今日は全体を通すのではなく、少し気になる辺りを少しずつ抜き稽古していく。今回はキャストやスタッフに、現地の台湾人が何人か参加していることもあり、維新派のスタッフが飛ばした指示を、台湾人通訳が中国語(もしかしたら地元の台湾語かもしれない)で再度繰り返すという場面もしばしば見られた。多国籍の人々が参加する、海外公演ならではの光景だ。今回その中心にいるのが、維新派の看板女優の一人・平野舞。奈良公演では出演もしていたが、今回はその役を別の俳優に譲り、自分は演出として作品を外から見つめる役に徹することとなった。20年以上松本の演出を受け続けていただけあり、マイク越しにやんわりと、しかし毅然と指示を出すその口調が、やはり松本を彷彿とさせる。
開演前のお祈り。
15時頃、まだ真夏のような厳しい日差しが照りつける中、リハーサルは終了。これで開演準備に入るかと思いきや、台湾人スタッフたちが菓子や果物が大量に乗ったテーブルを舞台の中心に運んでくるとともに、キャストやスタッフ一人ひとりに火のついた線香を配りだした。何でも台湾では、公演初日に必ずこのようなお清めの儀式を行う風習があるそうだが、今回は不測の事態が多い野外劇ということもあり、公演ごとに行っているそうだ。台湾人スタッフの一人が祝詞(のりと)のようなものを読み上げると、全員が四方に一斉に一礼。そして最後にコップにつがれた酒を、乾杯の合図とともに一気に飲み干す。なかなか念入りな儀式だなあ……と思ったら、乾杯だけは維新派側の要望で入れたものだとか。全員が酒を飲み干し、本番に向けて志気を高める声を上げる中、ふと祭壇の方を見ると、松本雄吉のくわえタバコの横顔が写った写真が、日本のカップ酒とともに飾られていた。
お清めの祭壇。
リハーサル後はいったん劇場を離れ、受付で無事引き替え終了。開演までしばし、維新派の屋台村よりは幾分上品で、地元の親子連れや老夫婦などでもにぎわっている、アートフェス用の屋台でのんびりしよう……と思ったら、維新派のスタッフから「開場の30分前には、入口に並んだ方がいいですよ」とのアドバイスをもらった。最近の維新派公演は指定席制だったので油断していたが、今回は自由席なのだった! そういえば私が維新派を観始めた90年代の終わり頃は、席取りはまだ早いもの勝ちの自由席制で、開場と同時に良席を求めて客席内をダッシュしたものだ。懐かしさと同時に、競争心をかき立てられてるようで久々にワクワクする。
台湾の屋台。台湾名物の屋台が出ている他、公演前後には音楽ライブも行われていた。
というわけで、45分前には劇場入口に待機したが、確かにそれから10分もしないうちに、開演待ちの列が結構な長さになってきた。そこからもれてくる会話に耳を傾けると、日本からはるばるやってきた観客よりも、おそらくこれから維新派を初めて観るであろう台湾人観客の方が、さすがに多いことがわかる。私の前にたまたま並んでいた知人たちと、お互いの旅行中の出来事などを語らっているうちに開場時間となり、観客たちのほぼ先頭を切る形で客席へと向かう。おかげで高雄85ビルが見える少し後方の席という、私的にはベストの位置を無事に確保。天気はやや曇り気味で、残念ながら夕焼けはあまり期待できそうにない(後で聞くと、初日は大変見事な夕焼けが広がったそう)。急遽舞台撮影も頼まれたため、持参の一眼レフカメラの設定を調整しているうちに、舞台上に一人の白塗りの少年が現れていることに気づく。昨年のように……いや、今までの維新派と同じように、静かに日常から虚構へと世界がスライドし、最後の『アマハラ』公演が始まった。
舞台開演待ち。遠方の一番高いビルが「高」の形をしていると言われる高雄85ビル。
《後編》に続く
取材・文・撮影=吉永美和子
※「2017衛武營藝術祭 WEIWUYING ARTS FESTIVAL」参加作品
■会場:衛武營戶外園區 Weiwuying Outdoor Grounds
■音楽・演奏:内橋和久
■構成・演出:松本雄吉、平野舞
■出演:金子仁司、井上和也、福田雄一、うっぽ、石本由美、吉本博子、今井美帆、奈良郁、石原菜々子、伊吹佑紀子、坂井遥香、松永理央、衣川茉李、平山ゆず子、室谷智子、山辻晴奈、大石英史、下村唯、樽谷佳典、松井壮大、市川まや、大石美子、日下七海、李仁喨、吳欣怡、何明庭、吳昭瑩、宋政憲、姜品濃、胡雅絜、張嘉玲、張釋分、楊智翔、楊穎主、謝鳳庭
■演劇祭公式サイト:http://waf.npac-weiwuying.org/
■劇団公式サイト:http://ishinha.com