ヘクとパスカル すべての楽器とボーカルが絶妙に絡み合う、おとぎ話のような華やかな音世界をレポ―ト

レポート
音楽
2018.5.25
ヘクとパスカル

ヘクとパスカル

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『ヘクとパスカル アジアツアー2018』2018.5.6(SUN)大阪・Soap opera classics

映画監督の岩井俊二が率いるバンド・ヘクとパスカルが、1stアルバム『キシカンミシカン(既視感未視感)』を携え日本と中国を巡るアジアツアーへ乗り出した。荒井桃子(Vn)、林田順平(Vc)、ヨースケ@HOME(G)をバンドメンバーとして迎えた新体制で挑むこのツアーは、5月6日の大阪・Soap opera classics公演からスタート! 関西でのライブも初となるこの日の模様をレポートする。

照明が落ちた会場には少しピリッとした空気が漂い、ステージには桑原まこ(Pf)、荒井桃子、林田順平の姿が……。まずは映画『ヴァンパイア』から「ヴァンパイアメドレー」で、ライブはゆったりと幕開け。静かなピアノの調べで始まり、徐々に楽器が重なって音の厚みを増す。そして今度は真っ赤なドレス姿の椎名琴音(Vo)が登場し、その息づかいも感じられる距離感で「引っ越し」へと進む。その歌声にはわずかに緊張感も感じられる。続く「冬の小鳥」では、タイトルどおり小鳥のさえずりのような軽やかなピアノとボーカルをストリングスが包み、鳥笛も加わって観客は森林浴気分といったところ。さらに「アルカード」ではヨースケ@ HOMEがイン。ギターの音色がさらに音の層を作り、椎名の歌声がワルツのリズムに合わせてドラマチックなメロディを綴る。そして曲後には緊張がほぐれた椎名にほほえみが浮かび、ここで岩井俊二(G)も舞台に……。MCタイムがほのぼのと繰り広げられ、椎名は大阪にある高校に通っていたことや、岩井は親類が関西にいることなどを明かし、「ホームに帰ってきたような感じ」(岩井)と、初となる関西でのライブを楽しんでいる様子だ。

そして十分に温まった会場に響き出したのは、映画『Love Letter』からのインストゥルメンタル2曲。スチールギターの音色も聴こえ穏やかなムードになる。さらに続けられたのは、映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の挿入歌「Forever Friends」で、前半のピアノとボーカルの静けさから後半の盛り上がりへと運ぶと、じっと見入っていた観客のなかにはリズムを取り揺れ始める人の姿も……。

と、ここでメンバーの個性も垣間見られるMC。活動開始からの5年を振り返り、椎名が「5年で変わったことは?」という問いを投げると、「ギターが弾けるようになった(笑)」(岩井)のほか、「泣かなくなったかな」という桑原の答えには「こないだ泣いてたじゃん(笑)」という林田のツッコミが入る。荒井はアレンジについて熱く語った後、自身で「これ、スベってるもん!」と笑いを誘うトーク。バンドの和気あいあいとした関係性が伝わってくる。こんなリラックスしたムードから次は、湿度をもたらし時も止めるように、スロウな「風が吹いてる」で中盤戦へ。さらに最新作から「君の好きな色」と「テレビの海をクルージング」をセレクト。「テレビの海をクルージング」の80年代テイストの感触は、椎名のキュートなパフォーマンスでよりポップに響く。

そしてこの後、観客を喜ばせたのは、岩井の中国での撮影秘話。現在、撮影中という新作にも期待が高まるが、映画『スワロウテイル』の思い出話も飛び出し、“岩井映画”のファンにはたまらない時間だ。もちろんこの後に鳴り始めたのは、ヒットチューン「Swallowtail Butterfly~あいのうた~」など『スワロウテイル』を彩った3つの楽曲。オリエンタルなメロディや人の温度を感じるボーカルが、映画と今しがた語られた中国での撮影風景を思い浮かばせる。またNHK 東日本大震災復興支援ソングである「花は咲く」に寄せた思いも岩井から語られ、「この曲だけは、どうしてもずっと人生の中で近くに居続けることになるのかなと思ったりするんだけど……」(岩井)と曲へ。強く優しくしっかりと前進するようなナンバーに、震災とこれからのことについて今一度考えさせられる。そして続けて始まった「花の歌」は、情熱的なストリングやどこかスリリングなメロディと低めの歌声で空気を変え、ヨースケ@ HOMEのブルースハープも楽しい「休日の歌」の明るさへとつなぐ。

気付けばライブは残りわずか。MCは最新作『キシカンミシカン(既視感未視感)』の話になる。岩井は「既視と未視を行ったり来たりしながら作っているような気がして……。みなさんの方も既視と未視で揺れているのではないかな?」とアルバムタイトルの由来について言及。ところが「次の曲はアルバムの曲ではないんですけど……(笑)」(椎名)と、自由な空気なまま「The Rainbow Song~虹の女神 ~」と「Break These Chain」のカバー曲を披露する。「Break These Chain」の伸びやかな歌声と強いビートに観客も大いに盛り上がり、余韻たっぷりにライブは本編を終えた。

うれしいことに、バンドはアンコールにもこたえる。そして聴こえてきたのは中国語のナンバー「南海姑娘」で、バイオリンは胡弓にも似た音色に……。異国情緒をたっぷりと味わう。また貴重なMCも“聞き応えあり”で、岩井が学生時代に高畑勲と出会った時のことを語り、「ずっと遠くに光っている灯台……道先案内のような人だなと思っていて」と彼への思いを口にする。さらに「高畑さんに捧げたいと思っています」(岩井)と、高畑が珍しく褒めてくれたという映画『花とアリス殺人事件』の主題歌「fish in the pool」へ。手拍子が起こり、すべての楽器とボーカルが絶妙に絡み合う、おとぎ話のような華やかな音世界がラストシーンを飾り、『ヘクとパスカル アジアツアー2018』初日・大阪公演は熱を持ったまま幕を下ろした。

取材・文=服田昌子

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