『和キルト×百段階段 2018』展レポート 独創的デザインと究極の手仕事が融合した“布の芸術”に魅せられる
「十畝の間」の展示風景
2018年6月24日(日)まで、東京・目黒のホテル雅叙園東京で『和キルト×百段階段 2018』展が開催されている。本展では、同館にある東京都指定有形文化財「百段階段」に和モダンをテーマとした380点以上のパッチワークキルトを展示。独創的なデザインと神業的な縫製技術が融合した美しいキルト作品の数々を鑑賞できる。多くの写真とともに、本展の見どころをお伝えしよう。
東洋一の美術の殿堂と称された名門料亭、創業当初を伝える「百段階段」
昭和6年(1931)創業の目黒雅叙園を前身とするホテル雅叙園東京は、創業時から名だたる芸術家による壁画や天井画を館内に配し、当時「東洋一の美術の殿堂」を称された芸術と縁の深い場所だ。そして、その館内で創業初期の姿を今に残しているのが、昭和10年(1935)に造られた「百段階段」である。
(左)太宰治が知人の結婚式で訪れた、あるいは日本に滞在したチャップリンが天ぷらを食べたといった逸話も残る百段階段(右)螺鈿、組子などの伝統工芸も美しい
百段階段は急勾配の地形上に造られた木造建築で、計99段の階段廊下に沿って7つの部屋が配されている。各部屋の装飾は鏑木清方や礒部草丘ら当時のスター絵師たちが手がけたもので、襖画、天井画、彫刻などが施された絢爛豪華な建築は東京都の指定有形文化財にも登録。かつては傍に三田用水が流れる清涼な環境の中にあり、婚礼や宴会の場として使われていたが、今は企画展などの際だけ一般開放されている。
「清方の間」の展示
作家の感性により多彩にデザインされた「和モダン」なキルト
この『和キルト×百段階段』展は、今回が3回目の開催。同館では2年ごとに和キルトのコンクールを開催しており、今回は「和モダン」をテーマに作品を公募。本展ではそのコンクールの優秀作品や招待作家の作品を含めた79名380点以上のキルトを観ることができる。
入場してまず見上げるであろう階段廊下の重厚さにも圧巻だが、作品が展示された部屋も日本の雅びを感じさせる圧倒的印象な空間。最初の「十畝の間」は、散りばめられた螺鈿と荒木十畝の手による天井画が象徴的だ。
「十畝の間」の展示風景
この部屋には、コンクールで入賞した衣桁サイズ(150×120cm)の作品が展示されている。最優秀賞にあたる金賞に輝いたのは床の間に飾られた《蒔絵と回路》という作品で、電子回路のような紋様の上にアゲハ蝶が舞うという、一見不釣り合いなモチーフ同士が調和したイメージとしてまとめられている。
《蒔絵と回路》(大澤恵美子・作)
続く銀賞に選ばれたのは、白黒のチェックやストライプを組み合わせた《シマ・ウマ》と、日本画に見るような大河の流れを巧みなステッチで浮かび上がらせた《行く川の流れは絶えずして》の2点。金賞・銀賞の3点を比べただけでも各作家のセンスに委ねられた「和モダン」のイメージが様々な形に表現されていることがわかる。それでも、いずれの作品もこの空間と違和感がないのは、「それぞれの作家がこの百段階段という空間を理解し、ここに飾られることを目的として作品作りをしているから」だと会場の担当者は説明する。
手前は《行く川の流れは絶えずして》(野田真美・作)、奥は《シマ・ウマ》(宇津久子・作)
キルトは作家の人生や思いも映し出す
コンクール受賞作は、次の「漁樵の間」にも展示。こちらの部屋は超絶技巧というべき床柱の彫刻に心を打たれる。併せて壁から天井まで絵で敷き詰められ金箔や金泥で塗り固められた一室は、百段階段の中で最も煌びやかな空間だ。
「漁樵の間」の展示風景
これより上の4つの部屋には招待作家の作品がサイズ別に展示されている。もっともスケールの大きな作品を観られるのが次の「草丘の間」で、ここには2m四方の大作が8点飾られている。
「草丘の間」の展示風景
この中で筆者がとりわけ注目したのは、《息吹》という作品だ。濃淡ある背景の上に様々な扇子型のパッチワークで立涌文様を描いたこの作品は、無数の色と和柄が違和感ない一体感を作り出し、まるで西洋のモザイクアートのようにも見えてくる。
左は《華・花・はな》(斎藤泰子・作)、右は《息吹》(家元純子・作)
パッチワークキルトは西洋発祥の文化だが、和キルトの素材には日本の古布が多く使われている。担当者によれば「おばあさんや母親から受け継いだ打掛や帯を崩して作品に使う作家もいる」そうで、そんな貴重な布を使うというところにも作家の思いを感じ取れる。
ここまで上ってくるまでにちょっと息切れ。かつては料理を運びながらこの階段を何度も上り下りしていた女中さんたちがいたというから、その足腰の強さはいかほどだったのだろうかと想像してしまう。そんな往時に思いを馳せながら、再び一つひとつ階段を上がっていく。
巨匠・鏑木清方が手がけた部屋にも和キルトを展示
「静水の間」「星光の間」には衣桁サイズの作品が展示。その中で注目したのは、菱形を繋いだ細かな円を幾つも並べた《The Milky Way》という作品。間近で見ると細かな正方形の集合なのだが、離れてみると一本の天の川に見えてくる不思議な作品だ。
手前が《The Milky Way》(木藤紀子・作)
また、これらの作品は裏面のキルトを見ることもでき、「裏側のステッチの綺麗さにも着目してほしい」と担当者は言う(※裏側をご覧になる場合はスタッフにお声がけください)。
《The Milky Way》の裏面
他にもステッチの繊細さで魅せるもの、色や柄の組み合わせの妙味で魅せるものと、どれも発想力豊かな作品ばかりで一つひとつに目を奪われる。
東京スカイツリーをステッチで描いた作品も
次の「清方の間」は、近代日本画の巨匠・鏑木清方が装飾を手がけた部屋だ。彼の真骨頂というべき美人画や四季の草花が壁や天井の各面に描かれている。この部屋には撞木サイズ(150×40cm)の作品が飾られており、87点もの作品が並べられている姿は、大作が続いた先ほどまでとは異なる美しさがある。
「清方の間」の展示風景
そして最上階となるのが「頂上の間」だ。外光が唯一差し込むこの部屋は、三田用水が近くを流れていた頃の様子が少しだけ感じられる場所。ここには公募で集まった30cm四方のミニキルトや、グループによるキルト作品が展示されている。
「頂上の間」の展示風景
それぞれの感性で表現された和モダンなキルトは、高いデザイン性に「縫う」というテクニックが加わり、ひとつの芸術作品に昇華されている。展示風景は撮影OKなので、フォトジェニックな作品や空間をSNSなどで共有できる。
なお、6月9〜11日には特別講習会(事前予約制)も予定されているので、これをきっかけにパッチワークキルトの世界へ飛び込んでみてはいかがだろう。