喜多村緑郎×河合雪之丞×今井清隆 六月花形新派公演『黒蜥蜴-全美版-』新派らしい、江戸川乱歩の世界とは
(左から)喜多村緑郎、今井清隆、河合雪之丞
日本橋三越本店6階の三越劇場で、新派百三十年を記念し六月花形新派公演『黒蜥蜴-全美版-』が上演されている(6月23日まで)。昨年六月にも上演され、好評を博した作品をさらにブラッシュアップしたもので、喜多村緑郎の明智小五郎、河合雪之丞の黒蜥蜴に加え、今回はミュージカル界から今井清隆が参戦。イタリア帰りの警部・波多野十三郎として歌声も披露する。三人に作品の見どころを聞いた。
ーー『黒蜥蜴』が新派で上演されたのは昨年の六月公演が初めてですが、その経緯と手応えからおうかがいできますか。
喜多村:僕は2016年の1月に歌舞伎から新派に移籍したんですが、その前から、江戸川乱歩の世界観が新派に合うんじゃないかと漠然と思っていたんですね。新派は明治、大正、昭和と歴史を重ねてきましたが、乱歩が描いているのは大正、昭和といった時代なので、風俗であったり、言葉遣いであったり、この時代のものが合うんじゃないかと。歌舞伎をやっているときは江戸を意識していましたが、新派に移籍してからは明治以降の時代について意識し、身体にだんだんと馴染ませていっているという感じなんです。それで、昨年の六月公演で何を上演しようかという話になったときに、「『黒蜥蜴』、できませんかね」と提案して。新派文芸部の齋藤雅文さんが2012年に明治座で上演した際に書かれた『黒蜥蜴』の脚本を読ませていただいたら、乱歩の原作に忠実でおもしろくて、これは時が来たのではないかと。
三越劇場は、袖もない、裏もない、セリもない、下もないと、劇場機構的には非常に制限があるんですが、そんな中でどんな作品をどうやっていったらいいだろうということは常々考えていたんですが、だったら、劇場のあのすばらしい壁面や趣ある劇場空間全体を生かそうと、壁面のモチーフをそのままセットにも使い、それが壁や船と言ったさまざまなものに姿を変えるという趣向にすればいいんじゃないかなと思ったんです。初演の初日が開いて、お客様の反応を感じたときに、これはやはり行けると大きな手応えを感じましたね。その際、脚色・演出の齋藤さん共々、ここは大きく修正したい、そのためにも再演をという思いがあり、それが今回晴れて実現したというわけなんです。
喜多村緑郎
河合:歌舞伎にいたころから新派は好きでよく観ていましたが、私が歌舞伎から新派に移籍したとき、昔は大勢いらした新派の女方さんが、その当時、英太郎さんしかいらっしゃらなかったんです。その後、英さんもお亡くなりになって、今では私と私の弟子の二人しか女方がいないんですね。喜多村から『黒蜥蜴』はどうだろうという話を聞いたとき、女方なら一度は演じてみたい、ぜひ挑戦してみたいお役だなと、うれしかったですよね。齋藤さんが乱歩の原作に基づいて書き下ろされた脚本は、さすが新派文芸部のお方だけあって、言葉の美しさを非常によくわかっていらっしゃるものなんです。黒蜥蜴こと緑川夫人がこう話すであろうという言葉遣い、話し方を、音の部分でも非常に踏まえていて、それもある種の新派らしさ、新派感というものだと思うんです。
ーーそんな公演に今回、今井さんも新派初参加で出演されます。
今井:『黒蜥蜴』は非常に有名な作品で、いろいろな方が演じられていて、一度は出てみたいなという思いはあったんですが、なぜ今回呼んでいただいたのかわからないんですよ、僕。昔、齋藤先生とお仕事したことがあったから、それで、なのかな。喜多村さんと河合さんが三月に自主公演で上演された『怪人二十面相~黒蜥蜴二の替わり~』を拝見したんですが、いい舞台を生み出そうという皆さんのエネルギーがすごく伝わってきて、ご一緒できるのがうれしいなと思って。いや、最初は不安だったんですけどね、皆さん本当によくしてくださって、優しくて、お稽古場では、こんなに楽しくていいのかなっていう感じで(笑)。黒蜥蜴って、ただ美しいだけではなくて、妖しさとか強さとかが必要な役だと思うんですけれども、河合さんがときどきぱっと男の声を出されたりなんかすると、おおという感じで、女方さんに似合う役だなあと思いますよね。
ーーイタリア帰りの警部という役どころです。
今井:イタリア行ったことないんですけどね、僕。齋藤先生のイメージなんでしょうね。アメリカ人っぽくはないという(笑)。波多野はね、Hな男みたいなんですよね。Hっていうか、女性とみるとすぐ口説いちゃうという。
河合:ぴったりですもんね。
喜多村:うんうん。
今井:何を言うんですか。実直に、慎ましやかに生きている男なのに(笑)。
河合:ポスターからしてもう、雰囲気にぴったりハマっていて。
今井:こんなによく撮れてる写真、珍しいんですよ、僕。ちょっとうれしい(笑)。
ーー歌もご披露されるとか。
今井:そうなんです、歌っちゃうんですよ、別に僕から頼んだわけじゃないんですが。昭和のモボとかモガとかが流行っていた時代で、ジャズが流れていて、今のカラオケ好きのおじさんみたいに歌うのが好きという設定で、榎本健一さんで有名な「私の青空」や、ディック・ミネさんが歌った「ダイナ」を歌うことになっているんです。あと、大阪・新世界の場面では、サンドウィッチマンの扮装でシャンソン「パリの屋根の下」も歌います。
今井清隆
河合:今井さんの歌は今回の公演の目玉ですから。
喜多村:目玉中の目玉ですよ。
今井:いやいや、とんでもない。
喜多村:強力助っ人ですよ。歌声を聞いているだけでドラマに引き込まれていくから。
河合:声がね、素敵なんですよね。一言「こんにちは」って言っただけで、お客さん、うわあっていう感じだと思う。
今井:(照)一緒に食事に行きましょう。
河合:前回の警部役とまったく違うキャラクターに作り上げられているので、前回観た方にもまったく新しい作品として楽しんでいただけると思いますよね。
喜多村:今井さんが入られたことによって違う芝居になったと思います。キャラクターが変わると、関係性も変わってきますしね。それがいい化学反応になっていて。去年観た方も、同じ芝居だからもういいわと思わずに、まったく違う芝居と思って観に来ていただきたいなと。踊りから立ち回りから何からすべて変わってますから。
河合:私は今井さんとあまり絡むシーンがないのが残念で。
喜多村:波多野警部は明智とライバル的関係なんですよね。
今井:頭の中で黒蜥蜴に会いたい会いたいと妄想だけがふくらんでいる役です。
喜多村:名探偵と敏腕警部で火花バチバチ。
河合:そのバチバチの中に、わかりあえるものというか、友情もあって、そこがまたおもしろいところですよね。今井さん、今回初めてお会いしたんですけど、本当に素敵だなと思って。
喜多村:素敵素敵っていつも二人で言ってるよね。
今井:(照)あ、じゃあ今度、三人で食事に行きましょう。
一同:(爆笑)
河合:人間性なのか、みんなから愛されキャラですよね。
喜多村:それにしても、まさか出てくださると思わなくて。
河合:そうそう、そう思ってた。
喜多村:僕の妻(元宝塚宙組トップスター貴城けい)に、「今井さんってどこの今井さん? 本当にあの今井さん?」ってずっと聞かれてました(笑)。
河合:うちのマネージャーも、「今井さんって?」って聞くから、「今井清隆さん」って言ったら、「嘘、嘘、違う今井さんよ」って(笑)。
喜多村:チラシ見せるまで信じてもらえなかったという。
今井:そんなん言われたら、プレッシャーかかっちゃったなあ。大丈夫かなあ、そこまで言われて、こんなのが出てきちゃったよってなっちゃったら……。
喜多村:大丈夫ですよ。もう、今井さんで、お客様の満足度、150パーセント、いや、200パーセントですから。
ーー黒蜥蜴という役どころと、女方との親和性についてはいかがですか。
河合:三島由紀夫版『黒蜥蜴』の初演はそれこそ新派の初代水谷八重子さんが演じられていますし、その後女優さんもおやりになり、坂東玉三郎さんに、有名なところでは美輪明宏さんが演じられていますよね。女方って歌舞伎も新派も変わらないと思うんですが、本物の女性にいかに近づけるかということではなくて、“らしさ”の追求なんです。師匠(二代目市川猿翁)が昔言っていたのは、女方術を学べば、あの小錦さんでも女に見えるよと。見た目とか体型じゃないんですよね。だから、女方として黒蜥蜴らしさをいかに追求していくか、女方術で黒蜥蜴をどうお見せするかということだと思うんです。どうしても歌舞伎の女方が染み込んでいるところはあるので、こういう現代に近いリアルなお芝居になったときに、その女方術をどう使っていくのか、過去学んできた引き出しから、これはここで使えるとかあれはここで使えるとか、言い方、声の出し方っていうものをあれこれ引き出してくる、その作業は多いとは思うんですけれども。
河合雪之丞
ーーそんな黒蜥蜴に、明智小五郎としていかに対峙されますか。
喜多村:三月の自主公演『怪人二十面相~黒蜥蜴二の替わり~』は、今回上演する『黒蜥蜴』がエピソード5なら、エピソード2くらいのあたり、つまり、明智が確立された名探偵になる前のころの話を扱っていたんですが、その時代の明智を演じることによって、明智の生い立ちなども考え、感じながら演じることができたんですね。なので今回は、明智はなぜ黒蜥蜴と美を共有するようになったのか、そのあたりをもっと深いところまで掘り下げて演じることができるんじゃないかなと思っています。初演の際は作品の成否が気になっていた部分もあったので、今回はより明智という役に集中して、去年とはまったく違った風に進化させたいですね。
ーーそれにしても、三越劇場がある日本橋三越本店6階といえば、高級宝飾品に美術、黒蜥蜴が好きそうな、黒蜥蜴に盗み出して欲しいような美しいものがいっぱいのフロアです。
河合:前回公演でも三越さんに協力していただいて、ロビーに何千万円といった本物の宝石を飾っていただいたんです。
喜多村:黒蜥蜴の犯罪予告も貼って……。
河合:終演後には宝石はなくなっているという。
今井:へえ~、おもしろい。
河合:開演前、休憩中、終演後と、お客様が作品の余韻にひたれるように、今回もっとおもしろいことをやろうと、劇場さんは企画されているみたいですよ。何が起こるかは、幕が開いてのお楽しみです。
今井:僕もライブなんかで何度か出たことあるけれども、時代を感じさせる装飾があって、本当に素敵な劇場だよね。
喜多村:劇場も含め、6階のあのフロア全体がテーマパークみたいですよね。
河合:ミキモトのパールに純金……。黒蜥蜴も宝石をあれこれつけて登場しますし、お客様の購買意欲をそそって、劇場からお帰りの際にぜひお買い上げいただきたいですね(笑)。
ーー今年は新派創始百三十年ということですが、新派になかなか馴染みのない層に対してどのようにアピールしていきたいですか。
喜多村:そこが一番難しくて、これから我々がますます取り組んでいかなくてはいけないところですよね。公演数が多くて、何度も観ていただければ、新派ってこういうものなんだとお客様にもわかっていただけますけれども、なかなかそこまでは行っていないので。今回の『黒蜥蜴』のような、新派ならではの新作をシリーズ化して上演していきたいという思いがあります。11月には横溝正史の『犬神家の一族』も上演するんですが、明治以降の戯曲、小説を上演するには、我々の劇団新派が一番なんだと思う。それこそが新派らしさだと思うんですよね。だから、こういう新派らしい新作も上演しつつ……。
河合:もちろん、新派の名作、古典も上演していきたいですよね。泉鏡花の『婦系図』であるとか。
喜多村:古典では、泉鏡花、川口松太郎、久保田万太郎の作品を軸に、きっちり踏襲し、その上で洗い上げて上演していきたいですよね。歌舞伎もそうですし、きっと落語もそうだと思うんですけれども、時代時代に合ったやり方で洗い上げて上演していったものが今日に至るまで残っているわけで、新派もそういう作業が必要なんじゃないかなと思うんです。昔通りに上演しても、今のお客様の感覚、心のリズムに添えるかはわからないわけで。
河合:私たち二人が経験してきたスーパー歌舞伎にしてもそうですけれども、新しい技術を取り入れていくということも大切ですよね。歌舞伎の早替わりや宙乗りにしても、江戸時代からあったわけですし。
喜多村:早替わり、新派の作品にもあるんですよ。それと我々の強みとしては、文芸部にすばらしい演出家、文筆家がいるので、その統率のもと、深い人間ドラマを描いていける。なおかつ様式的なものもできるという風になっていきたいですよね。
(左から)喜多村緑郎、今井清隆、河合雪之丞
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=荒川潤
公演情報
場所:三越劇場
料金:全席指定:¥9,000
脚色・演出:齋藤雅文
出演:
喜多村緑郎
河合雪之丞
春本由 香
今井清 隆
劇団新派ほか
松竹(株)演劇営業部:03-5550-1685
三越劇場:0120-03-9354(10:30~18:30)