尾上右近主演 G2演出舞台『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場レポート
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
2008年7月6日に紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで初日を迎える舞台『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル~スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ~』の稽古を取材した。主演は尾上右近。翻訳・演出はG2。脚本のキアラ・アレグリア・ヒュディスは、本作で2012年ピューリッツァー賞 戯曲部門を受賞している。共演は、篠井英介、南沢奈央、葛山信吾、鈴木壮麻、村川絵梨、そして陰山泰。
チャット・ルームから“オフライン”へ
“スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ”
この言葉から、ハートウォーミングな物語を想像する方もいるかもしれない。しかし本作が描きだす物語は「ほっこり」するタイプのハートウォーミングとは一線を画すヒューマンドラマだ。
まず「スプーン1杯の水」という言葉。これはエリオットと実母・オデッサの、目を背けたくなるような過去の出来事に由来した言葉となっている。エリオットには妹がいた。兄妹は幼いころにウィルス性の胃腸炎にかかってしまい、体が水も受けつけない状態となってしまった。母親であるオデッサは、二人に5分ごとにスプーン1杯分だけ、水をあげつづけるよう病院から指示を受ける。しかしコカイン中毒だったオデッサはその単純作業を放棄してしまい、その結果、エリオットの妹は脱水症状で死んでしまう。エリオットはそれ以来、おば(オデッサの妹)のジニーに引き取られ、育てられた。
取材したのは、第2幕シーン7の稽古。直前のシーンでは、育ての親であるジニーが、がんで帰らぬ人となったところまでが描かれている。設定は、スプリングガーデン三番街のとある食堂。オデッサとジョンが席についている。二人の会話はどこかぎこちない。
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
篠井英介が演じるオデッサは、コカイン中毒から立ち直ろうとする人々を対象にしたチャット・ルームの管理人。「俳句ママ」というハンドルネームで、サイト利用者に勇気を授ける言葉を提供し、また、利用者同士が気持ちを共有したり、気持ちを紛らわせる場を作っている。使う言葉や仕草に品があり貴婦人のようにも見えそうだが、彼女自身も薬物に依存していた時期があるからこそ、チャット・ルームは彼女自身にとっても拠り所であるようだ。リアルの生活では、トイレ掃除で生計をたてている。
葛山が演じるのは、元起業家のジョン。IT関連企業を立ち上げた後に事業で成功をおさめ、最高値で会社を売却。妻と二人の子供がおり家族にも恵まれ、今はお金と時間は溢れるほどあるけれど、コカインに手を出してしまい、チャット・ルームにアクセスした。それがきっかけでオデッサと知り合うが、二人が“オフライン”で顔を合わせるのはこの時が初めて。
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
しかし二人の会話のぎこちなさは、初対面だけが理由ではなかった。
ジョンはコカインにはまり抜き差しならないところまできている。しかしコカインを吸って浮気をしてしまったこともあり、一番に相談すべき妻に相談できずにいる。ジョンは、オデッサに助けを求めながらも、話の要所要所をはぐらかし、話題をすり替えようとする。そのせいで、会話がちぐはぐしていたのだ。そんな二人のテーブルに押しかけてくるのが、エリオット(尾上右近)と従姉弟のヤズミン(南沢奈央)。オデッサから、ジニーのお葬式のお花代をもらおうとやってきたのだった。
よりギスギスと、居心地が悪くなるように
この作品の演出を手がけるG2は、『人間風車』『ダブリンの鐘つきカビ人間』などの伝説的傑作を生み出してきた。稽古では、上述のシーンで、よりギスギス感を出す方法を探っていた。たとえばオデッサ(篠井)とジョン(葛山)が二人で会話をするシーンでは、成功経験も資産もあるジョンに、より尊大になることを求めた。篠井も「たしかに(ジョンに)もっと下にみられたい」とコメントし、葛山も「なるほど」と頷く。
すがるような気持ちでオデッサに会いにきたジョン。それにもかかわらず、コーヒーを一口ものまずに帰ろうとしてしまう。G2は、ジョンの素直に助けを乞うことができないもどかしさを、プライドの高さとのコントラストから描き出そうとする。その後に同じシーンをもう一度さらってみると、葛山のジョンは一変。元経営者(あくまでも「元」!)の尊大さが出たことで、内面の弱さと葛藤も浮かび上がり、ジョンだけでなくオデッサの台詞や、二人の行動の一つひとつに意味が生まれた。
この日の稽古でG2は、エリオットの「心の余裕のなさ」の表現にも力を入れて演出していた。
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
たとえば台本に「席に座る」とある箇所も、いざその通りにやってみると、心に余裕があるようにみえてしまう。そこで立ち位置や台詞のタイミングを見直し、チューニングをあわせるようにシーンを作る。また、オデッサに“花代”を求めるエリオットの台詞のトーンをかえることで、金額とは別のところに憤りがあることを滲ませようとする。右近はすぐにそれを飲み込み、アウトプットする。
ちなみに右近が演じるエリオットは、イラク戦争で負傷した帰還兵という設定だ。国に還ってきてからもイラクでの悪夢の象徴である亡霊を見続けている。そして、負傷時の痛み止めの過剰摂取をきっかけに、エリオットも鎮痛剤中毒になっていた。従妹のヤズミンは、この物語で唯一ジャンキーではない人物。しかし彼女もまた人生に行き詰まりを感じる状況にあった。南沢は瑞々しさと安定感を兼ね備えた演技をみせ、G2からあるポイントの演技の意図を聞かれたときにも、迷いなくそれに答え(時にその答えが場を和ませ)ていた。
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
第2幕シーン7は、全体においても重要な役割をもつシーンだった。弱り切った人たちがかろうじてつかんだ、オンラインのつながりから、恐る恐るオフラインのつながりに踏み込もうとする。そこに、血のつながりをもつ人間が飛び込んでくる。レイヤーの違う人間関係が一緒になることの居心地の悪さ。そこから生まれるぶつかり合い。その結果さらされる現実。ギスギス感が増したからこそ引き立つ、トンチンカンな掛け合いの可笑しさ。
取材では、物語の解像度があがっていく過程に立ち会うことができたように思われた。
本作には、かつてコカインにはまり家族と断絶している税務庁勤めの男の役(ハンドルネーム:あみだクジ)で鈴木壮麻が、日本の釧路で生まれ9日目に里子に出された元コカイン中毒で今もコカインの誘惑に苦しむ女(ハンドルネーム:オランウータン)の役に村川絵梨が出演する。さらにこの物語のダイナミズムを生む重要なポイントで、陰山泰が登場する。
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル 』稽古場模様 撮影:引地信彦
右近は、歌舞伎俳優として7歳で初舞台。清元の浄瑠璃方として、今年2月に七代目清元栄寿太夫を襲名した。先月まで『スーパー歌舞伎Ⅱワンピース』大阪公演に出演し、8月には自主公演『研の會』も控えている。そのキャリアとバイタリティーをもってしても、初現代劇&主演舞台となれば、プレッシャーもあり、エネルギーも必要なはず。しかしカンパニーの中でも気後れすることなく、すでに台詞を完璧に頭に入れて演技に挑んでいる様子。歌舞伎の古典にあるような、先人たちが磨き上げてきた型がここにはない。だからこその可能性に、ステージファンも歌舞伎ファンも注目したい。
舞台『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』は、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて、7月6日より上演。
取材・文=塚田史香
公演情報
■作:キアラ・アレグリア・ヒュディス
■翻訳・演出:G2
■出演:尾上右近 篠井英介 南沢奈央 葛山信吾 鈴木壮麻 村川絵梨/陰山 泰
【東京公演】
■日程:2018年7月6日 (金) ~2018年7月22日 (日)
■会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
■日程:2018年8月4日(土)
■会場:サンケイホールブリーゼ
■入場料金:一般8,000円(全席指定・税込)
U‐254,000円
(観劇時25歳以下対象、当日指定席引換、要身分証明証/ぴあ、パルステ!にて前売販売のみの取扱い)
※未就学児入場不可 ※営利目的の転売禁止
■公式サイト:http://www.parco-play.com/